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第三十話 腕のお話①

最近戦闘がこないなぁ……

 


 ギルド対抗戦の翌日、月曜日の学校にて。


「そういえば玲花。エリザの家ってこの近くなんだよな? 行ったことってあるか?」

「あ、はい。前々回のオフ会はまさにエリザさんのお家でしましたしね」

「へぇ、どこら辺なんだ?」


 ちょっとした興味本位で聞いてみたのだが、玲花は俺にじとっとした目を向けてきた。

 ど、どした?


「九乃さんはエリザさんのお家が知りたいんですか? そうですかそうですか」

「え? いや、うん。まぁそうなんだけど、なんでそんないきなり機嫌悪く、」

「知りません! 知りませんよーだ」

「それは二重の意味で?」

「二重の意味でです」


 さいですか。もったいぶる必要もないと思うんだけどなぁ。


「そっか。なら別にいいんだけど」

「……意外とあっさり諦めましたね」


 きょとん、とする玲花。


「んー。そんな強く知りたかった訳でもないしな」


 よく考えたら本人通さないで玲花から聞くのもどうかと思うし。そのうち本人にでも聞いてみよーっと。


「そうですか。……そうですかー! もう九乃さんったら~」

「ぬお!? いきなりどうしたよ……」


 ばしばし


 玲花が俺の背を叩いてくる。何故に……まぁ機嫌が直ったようなのでよしとするが。

 しっかし女ってのは凄いよなぁ。こんな短時間で感情がころころと移り変わるなんて。


「玲花。女子ってのはそんなころころ気分が変わって、疲れたりしねぇの?」

「……九乃さんは時々デリカシーがなくなりますよねぇ」

「あら? NGな所だったか?」

「ご想像にお任せしますよ~。それより私は九乃さんの表情の変わらなさの方が凄いと思うんですが」

「そうか?」

「眼ぇ死んでますし」

「……」


 今まで散々言われていることだから、この際表情については特に否定しない。

 別に意識してる訳じゃないんだが、顔面筋全然動いてないなーっていう自覚はあるし。

 ほら、クール系とかあるだろ? 別にあれはあれでカッコいいとも思うし? 気休めでは断じてない。

 ただし、死んだ眼、てめぇは駄目だ。断固否定したい。

 それはカッコいいとかじゃないよ。ただただ“無”だよ。

 俺が今後人づきあいをする上で、これはなかなか不味いんじゃいだろうか?

 早急に直したいとも思うが、正直どうすればいいのかねぇ。


「あ、正確に言うと違いますね」

「おお、というと?」


 あ、そう言えばクリスにも、今は生き生きしてるって言われたしな! 

 取り繕った感がないでもなかったけど、あれは嘘をついてる感じじゃなかったし。

 とすると、もしかしたらこれも玲花の冗談……


「正確に言うと“死んでる”じゃなくて“元々生きてない”って感じですかね?」

「それはどう違うんだよ!?」


 結局貶されただけだったよ! むしろランクが上がってるよ!


「ん~。死んでる、は生きてる時の面影が残ってる感じがあるじゃないですか。ほら、ゾンビとかの生生しい感じというか」

「ふん」


 いや、正直さっぱりなんだが、一応頷いておく俺。


「でも、九乃さんの場合はそれがないんですよね。ただただ無機物な感じで、何も伝わってこないと言うか。底が見えないというか。光を反射しないガラス玉っていう表現がぴったりですかねぇ……あ、あくまで私から見たら~ですけどっ」


 玲花は少し考えながらそんなことを言う。言いたい放題だなおい。


「成程。えっとつまり、それはどう受け取ればいいんだ?」

「いえ、特にどうもないですが。言ってみただけですよ?」


 言ってみただけかよ。特にフォローでもなんでもなかったよ。


「さいですか。ちなみに直すにはどうすればいいと思う?」

「むーん。それが九乃さんですからねぇ。別にそのままでもいいと思いますよぉ?」


 エリザにも同じような事言われたよな。

 んー。

 まぁ、いっか。


「そか。じゃ気にしないことにしよう」

「それがいいですよ。すいません、勢いで変なコト言って」

「いや、いいよ」


 ……それが俺、ね。


 それは、あの過去の空虚な時間も含めて、全部俺を構成する一部ってことだよな。

 まぁ、それも受け入れるしかないんだろうけどね。

 大切なのは、現在いまと未来だし、な。


「……そう言えばエリザさんも結構無表情ですよね~」

「ん、そうだな」

「まぁ九乃さんよりはずっと可愛げがありますけどー」

「はは、まぁうん。エリザの方が俺より可愛いのは当たり前だな」

「や、そう言う意味じゃなくてですね。エリザさんは普段無表情ですけど、案外何かあると普通に表情がかわるじゃないですか?」

「そうだな」


 俺の記憶に残ってるのは、変なテンションで笑ってるエリザと、頬を染めて不機嫌そうにしている(照れてる?)エリザと、ダントツに多いのがあきれ顔をしているエリザ……ってこれはなんか違う気がするよなぁ。


「その点九乃さんはツッコミの時でも無表情、MVPを取っても無表情とくれば、もはや筋金入りですからねぇ」

「え!? 俺あの時かなり嬉しかったんだけど、流石に笑ってたろ?」


 笑ってた、はずだ。

 普段自分の表情なんて意識しないからわからないけど、流石にMVP取ってまで無表情ってことはない……よな?


「いえ。全然」

「マジかっ!?」

「ほら、驚いても無表情です」

「うっわぁ。それはへこむわぁ。ってか、むしろ驚いてるとかは伝わるんだな」

「ええ、そこは声の調子で」

「……んー、ならまぁ、いいや。諦めよう」


 声で伝わるんなら、まぁいっか。

 ……あれ? だんだん自分に対するハードルが下がってきてる?

 いやでも、今自分で意識しても表情は硬いままだし、こりゃあ無理っぽいよなぁ。もうクセがついてる感じ。長年の積み重ねの偉大さを負の方向で知っちゃったよ!

 諦めたくなる気持ちも、わかってくれい。




 ―――




「花鳥風月」ギルドホーム。

 自分の部屋にて。


 俺はいよいよ、【異形の偽腕】を試そうとしている。

 このスキルの説明には特に、戦闘中のみ発動可能、とかはなかったから、試すのならじっくり時間が取れる街の中の、自分の部屋が一番だ。

 既にエリザには挨拶はしてあるし、これで途中で邪魔が入ることもないだろ。

 ちなみに「何をするの?」とエリザに聞かれたが、「秘密」とだけ答えておいた。


「さて、じゃあいきますかね?」


 スキルの発動は、基本的にスキル名を唱えればいい。

 そこそこ広め(家具がベッドとテーブルぐらいしかないせいでもある)の部屋の中心に立って、スキルを発動させる。


「【異形の偽腕】」


 ……


「【異形の偽腕】!」


 ……うん。

 うん?


 あっれ? 発動すらしないんですけど。

 あれれれ? なんでだろうか。スキル名を唱えると言う方法が間違ってるとは思わないんだが。


 少し考えて、結論を出す。


「どこから腕を出すかをイメージしなきゃなのかな?」


 うん、きっとそうだ。

 そうだよな。よく考えたらスキルの説明文が曖昧だったのも、使用者によっていろいろと変わってくるから、シンプルに“腕が増える”という機能だけを説明していた、とすれば辻褄が合うしな。


 とりあえず、試してみるか。


 よし、イメージ。

 うーん、どうしようか? いきなり身体から生やすのもなんかヤダしなぁ。

 とりあえず、床とかから生やせないかどうか試してみるか。


 目の前から腕が一本生えてくるイメージで、と。

 ……ホラー?まぁ、いいや。


「【異形の偽腕】」


 と、次の瞬間。


 俺の前方1mぐらいの床に黒いもやが現れ、その靄からナニカが、ずずずっ、っと生えてきた。

 驚いて飛びのいてしまったが、その何かとは、予想通り『腕』だ。

 うし、ビンゴー!


 MPを見てみると、消費は二割程。

 一本で二割なのか、発動で二割なのかは不明だ。要検証だな。

 しかしこうやってスキル自体がちゃんと形を持ってるって、それだけで相当レアっぽいよな。流石はMVP報酬といったところか。


 長さはきっと俺の腕と同じぐらい。

 ちゃんと肘もあって、指も五本付いている。うん、形だけは人の腕と呼んで差し支えないな。


 ただし、普通の人の腕と違う点は、それが床から生えているという点と、そして。


 その色は、人間には絶対にあり得ない“漆黒”を表わしていた。


 いや、正確に言うと、“色”が黒なのではなく、全ての光を吸収し、一欠けらも反射しないが故の、黒といえよう。

 なぜならその『腕』は、明かりがついている俺の部屋の中、しかもその照明のちょうど真下の位置にあっても、その黒を鈍らせることなく、むしろより一層の存在感を伝えてきたからだ。


 ぱっと見では質感さえ分からない程の、黒々とした影の黒。それが、【異形の偽腕】が生み出した『腕』だった。

 生物の腕とは違い、まるで生きている感じが伝わってこない。流石は“偽腕ぎわん”といった所か。

 例え機械で形造られた“義腕ぎわん”でも、作った人の温かみが伝わってくるだろう。その段階に至るまでの試行錯誤や情熱や工夫が垣間見えるだろう。しかしこれにはそれすらもない。

 この『腕』からは、何の感情も伝わってはこないのだ。


「うわぁ。これが、ねぇ」


 しゃがみ込んで握手をしてみる。

 手触りはこう……なんだろう、人の肌から“温度”という概念を無くした感じだ。温かく感じることも無ければ、冷たく感じることもない。不思議だ。


 『偽腕』を掴んでぶんぶんと振る。ぐいっと引っ張ってみる。


 すると。

 ……おお! 

 これ、自分の手と『偽腕』の両方に感触が伝わってくるな! 


 手を掴まれたり、振られたり、引っ張られたりする感覚が、どこともいえない『腕』を通じて俺の脳に伝わってきた。

 どうやら『偽腕』と俺は感覚がリンクしているらしい。これは面白いなぁ。


 そして『偽腕』はどうやら、出現した所から動かせないみたいだ。

 Str極振りの力を持ってして頑張って引っ張っても、ただただ俺に対して、肉体がちぎれそうな激痛が襲ってくるだけだった。

 実際に身体のどこが痛い、というのではなくて、脳がダイレクトに痛みを受け取ってる感じ。マジ痛い……


 『偽腕』は今、俺が最後に引っ張った形、つまりピーンと伸びた状態で静止している。

 さて、ではいよいよ動かしてみますかね?


 うむ、良くわからんが、“動け”と念じればいいのか?


「よし、“動け”」


 びしっ、と指さしをしながら命令してみる。

 それに対して、『偽腕』は一瞬ピクッと反応したが、そこまでだ。

 あっれ? 動かんな。方法が違うのか?


 うーん。前途多難だなぁ。

 肘をピンと伸ばして床に突き立つ『偽腕』見て、俺は考え込むのだった。





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