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第二十九話 クリスと駄弁るお話

 



 姫、もといクリスのテンパリ具合が面白いことになっているので、観察続行。


「……ら」

「え?」

「……ひ、ひざ、まくら。とか?」


 ひざまくら……膝枕。


 ……うん、どうしてそうなった?


 クリスの顔は、もはや茹でダコかというくらい真っ赤だ。これ多分自分でも何口走ってんのかわかってない状態だぞ、おい。目がぐるぐるしてるし。


 でも、さ。久し振りに再開した友達と話す時、テンションが迷子になることはよくあるよね。

 自分がその人とどんな感じで喋ってたのか時々分からなくなるときとか。

 きっと感情が変な具合に荒ぶってるところに変なこといっちゃったせいで、クリスはこんなんなっちゃってるんだと思います。


 ここはやはり紳士的に行くべきだよな。


「おいで」

「へ?」


 という訳で。

 俺はそっとクリスの身体に手を添えて、俺の膝の上に横たえた。

 こんな感じかな、膝枕って。やったことないからよくわかんないけど。

 クリスの長い髪が膝の上に広がり、桜色のカーテンのようだ。地面につきそうでちょっと怖い……いや、ついてもVRだからとくに何もないんだけど、やっぱ汚れとか心配しちゃうだろ?


「……へ?」

「クリス、とりえず落ち着こうなー」

「ぇ? うにゅ?」

「そんでもって自分の要求したことの業の深さを思い出せ。お前はもっと慎み深いやつだったはずだぞー」

「……」


 クリスは俺の膝の上という先ほどまでに比べたら近い距離で、なぜか完全に放心状態だ。


 ……あれー? おかしいな。

 クリスだったら速攻で飛び起きて、「何するんですの!」とか言って正気に戻ると思ったんだけど、逆効果か?


「よしよし」


 頭を撫でてみる。


「ふにゃぁー」


 ……!?


 こいつホントにクリスか!?

 俺の知ってるクリスはこんなことしないし言わないぞ!?


 こうして、俺の膝の上で放心するクリスと、その上で頭を抱える俺、というなんとも奇妙な構図が出来上がったのだった。

 つんつん、とほっぺたを軽く突いてみる。


「にゃぅ~」


 完全に無抵抗どころか猫のように喜ぶクリス。そういえばクリスは雰囲気もどことなく猫っぽいしな。なんていうか、普段は澄ましてるけど、意外と行動派な所とかさ。

 はぁ。これはきっと急に変なコト言われて完全に思考停止してるんだろう。

 しょうがない、もう少しこのままでいっか。



 ―――



「んっんん。先ほどは失礼しましたわ、クノ」

「いや、こちらこそなんかスマンな」


 気をとり直して、舞台は引き続き広場端のベンチにて。

 あれから10分ほどしたら、クリスがいきなり飛び起きたのだ。

 どうやらやっと復旧作業が完了したらしい。意外とポンコツだな、おい。


 まぁ、いいんだけど。


 そういえば、クリスとは久し振りの再会な訳だけど、今回の……なんて言うんだ、デートではないし、お喋り会?は特に目的があったわけではないよなぁ。

 いざ仕切り直しをすると、何を話していいのかわからなくなる。

 それはクリスも同じのようで、先ほどから口を開いては閉じてを繰り返している。


 っていうか今更ながら思うのは、


 俺達結構メールで話してるから、直接あっても話すことが意外とない! 

 というか、直接合うのはかなり久し振りだから、緊張してかなかなかきっかけ言葉が出てこない!


 ということだなぁ。

 クリスからは、ここ一週間くらいはメールが届かなかったものの、その前は週3ぐらいでメールのやりとりしてたし。更に言うと、最初のころは毎日「おはよう」と「おやすみ」のメールが来たな。

 ある時点からぱったりこなくなったけど。流石にそれは恥ずかしいって気付いたのかな?まるで恋人みたいな感じだったし。

 そうやって思わせぶりなことをするから、世の中の男子は勘違いを……いや、もうやめておこう。

 会ったのも一年ぐらいぶりだし。


「そういえばクリスはさ、イベントの報酬はもう決めた?」

「そうですわね。決めましたわよ」


 それでもクリスとの沈黙は決して苦ではないし、ぽつりときっかけさえ話かければそこからするすると会話が発展していく心地よさがあるんだけど。


「何にしたんだ?良かったら教えてくれよ」

「ええ、【弾導】というスキルにしましたの」

「名前から察するに、弓系の補助スキル、放った矢に追尾機能を付けるとかその辺か?」

「ふふふ、流石はクノですわね。正解、その通りですわ」

「へぇ。そういえばクリスの武器って、弓じゃなくてボウガンだったよな?」

「そうですわ」

「なんでだ? 俺はてっきりまた弓を使ってるかと思ったんだが」

「正確にはこちらの方が慣れていますわよ? テルミナでの弓はボウガンの代わりでしたの」

「リアルでボウガン扱ってるのか?」

「そのような部活が高校にあるんですの。弓よりも扱いやすく、スタイリッシュですしね?」

「成程ねぇ。ボウガン扱う部活って何だよ」

「正確には飛び道具同好会ですが」

「物騒だなおい!?」


 飛び道具同好会て。同好会とはいえ、よく学校に認めて貰えてるな……

 他にはパチンコとかエアガンとかを扱ってるんだろうかね?


「それよりもわたくしはクノの武器の方が驚きですわ。鉤爪と長剣では、全く異なると思いますけど」

「あー、俺の方は色々修行的なことをしてなぁ。今は武器なら全般使いこなせると思う。テルミナで鉤爪つかってたのは、単に斥候系の武器で一番攻撃力が高かったってだけだし」

「相変わらず規格外ですわねぇ」

「まぁな。ちなみに褒め何割呆れ何割?」

「4:6ですわね」

「あっれぇ。褒め要素の方がまさかの少なかったよ」


 ここは褒め8は入るところだろ。俺の数少ない自慢を……

 もうクリスの俺に対してのスタンスはまず呆れから入っているようだ。ってそれはダメだろう。


「クノは報酬、何にしましたの? 確かMVPもでしたわよね?」

「んー、なんか変な奴取った。でも磨けばかなり光りそうな感じの」

「変な奴? なんでまたそんなものを取ったんですの」

「面白そうだったから」

「即答ですの……」

「いや、ちゃんと俺なりに考えて選んだよ? うまくいったら多分俺史上最良の選択肢となるよ?」

「で、どんなのですの?」

「【異形の偽腕】っていうスキル。腕が増える。それと【武器制限無効】」

「【武器制限無効】はまだわかりますが。い、【異形の偽腕】とは? 名前からしてゲテモノ臭が……」

「多分、腕が生えてくるんだよ。こう、にょきにょきっと。まだ自分でも試したことないから、今ここでやってみせようか?」


 おっ、これなかなかナイスアイデアじゃあ……


「え、遠慮していきますわ。というか淑女に向かってグロそうなもの見せようとしないでくださいます?」


 クリスの顔はひきつっている。

 腕が生えるのは、淑女的にNGらしい。

 こりゃあスキルを試すのも自分の部屋で一人でやった方が良さそうか。折角おもしろそうな話のタネになると思ったのに、ちょっと残念。


「おっけ。まぁそれは帰ってから試すとしますわ」

「そうしてくださいですわ」



 ―――



 その後も俺とクリスは他愛もない会話を続けて、そして時刻は20:00前。

 地味に引き延ばしになっていたフレンド登録を済ませた後だ。


「ではわたくしはこの辺で失礼いたしますわ」

「おう、またな」

「何かあれば連絡してください。わたくしは基本ソロでやっていますので。何かなくてもメールはしますからね?」

「りょーかい。じゃあな」

「はい、では」


 俺達はささやかに手を振り合う。

 そういってクリスはインベントリから札を取りだし、光の粒子となって消えていった。

 恐らく、帰巣符の宿屋バージョンとか、そのへんだろうな。確か「帰宿符」だったか。


「んんー」


 俺はベンチに座ったまま、大きく伸びを一つ。

 時刻は午後八時だが、このゲームには常昼帯のエリアと常夜帯のエリアしか存在せず、一か所での昼と夜の区別は無い。

 そして街は基本的に常昼のエリアだ。太陽は何故か見当たらないが、周りはまだ明るい。

 が、油断は禁物。リアルではちゃんと夜だからな。

 早めに切り上げて、今日はカップめん以外の夕食を食べようっと。


 今日はイベントも良い結果が出せたし、MVPまでとれたし、クリスとも久し振りにVRとはいえ会って話ができたし、良い一日だったな。


 そう思い、ベンチから勢いをつけて立ち上がり、俺は「花鳥風月」のギルドホームを目指すのだった。

 明日からはとりあえず、【異形の偽腕】の検証と特訓だな。






次週、『腕』関係まで行ける……といいなぁ。

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