第十八話 ギルド対抗戦のお話②
ついにあの人が本編に登場です。
1/30 修正
※Vitの概念について少し補足
Vitは、重いものを“持ち続ける”、“力を出し続ける”ことに必要なステータスです。
重いダンベルを持ち上げることと、それを持ち上げ続けることを例にすると、主人公はダンベルを持ち上げるだけなら余裕でできますが、その後力が続かずに、すぐに降ろしてしまう、ということで伝わるでしょうか?Strは“瞬間的な”力(攻撃の威力)に関するステータスですので。
最初は軽々と持てますが、その力を維持するためにはVitが必要、ということです。
そのため主人公は、剣を振る時など、瞬間的な動作をする際にはStrを十全に発揮できますが、鍔迫り合いや重いものを運ぶなどの、力を継続的に使う際には、力を十全に発揮できるのは最初だけで、それ以降は腕が疲労したような状態になって力が出せなくなってしまいます。Vitはゲームでいう“物理防御力”であると同時に、この疲労に至るまでの時間を延ばすステータスともいえます。
追記:
重い、とは、リアル基準よりもかなり重いファンタジー基準を指しています。
2m超えの大剣なんかがいい例。
武器の中でも、大~系の武器は特に重量があります。武器の差別化を図る浪漫補正だと思って頂ければ。
逆にそれ以外の普通の武器は、リアル基準に比べて軽めに設定されていますが。
「くっそ、なんだこの旗。異様に重くないか?」
ただいま騎士がいた広場に刺さってた旗を運搬中、なんだが。
旗が意外と重かった!なんなんだこれ!
おそらくこれは大剣クラス以上の重さだぞ。Vitが0で力を継続的に出すことができないの俺には、この運搬はきつすぎるわ。
普段はインベントリにしまって持ち運んでいる「黒蓮・壱式改」だって、今日ばかりは背負いっぱなしなのに。
とりあえず持ち上げてるのも限界があるので、先っぽをもってずるずると引きずる方向にシフト。
これなら幾分か楽だな。
そうして自分の拠点を目指すこと約5分。
俺はなぜか、自分の拠点とさっきの広場のちょうど中間あたりで数人のプレイヤーに囲まれていた。
しかも後から後からどんどんくる。メニューを開いているので、それで人を呼んでるようなんだが……一人のプレイヤーに対して人数が多すぎやしないか?
「おい、こいつクノだぞ!」
「まじか!おい、ギルメン呼んで来い!」
「全力でぶっつぶす!」
「いやまて油断するな!やつの実力は確かだ!」
「死ねリア充!」
あ、フレイが言ってた人達か……マジでこんな大勢くるとは思って無かったわ。
まぁ、いっか。じゃ、こっちも遠慮なく。
俺は旗を担いで、人ごみの中に投げ込む。
ドォォォン!
見事に地面に突き刺さる旗。こんなん持ってちゃ、戦闘なんぞできないからな。
今のでギルドにでも連絡しようとしてたのか、メニューを開いていた軽装の男が一人光の粒子になった。よし、ラッキー。
「なんだあいつ、旗を投げた!?」
「あれで一人ロストとか……化物か」
「警戒体勢ー!」
「応援は距離をとって呼べ―!」
「不意打ちだと、汚ねぇ!?普通旗なんか投げるか!?」
囲んでる奴らに汚ねぇとかいわれたか無いよ。後、別に不意打ちでもなんでも……あ、予想外の攻撃って意味じゃ確かにそうか。
じりじりと完成していく、俺包囲網。
正直なんでこんなに狙われんのかが、フレイの話だけじゃよくわからんが。
いっちょ、行きますかね。
フェーズは既に戦闘中。こっちのHPは1。万全だ。
「【狂蝕の烈攻】【捨て身】」
立ち上る赤と黒の透き通ったオーラ。
【覚悟の一撃】はまだ使うべきではないだろう。
「……」
「なんだあのオ―ラは!?スキルか」
「赤は聞いたことあるんだぜぃ、だが黒のほうは」
「なんでもいい、かかれ!」
流石にこの人数に対しては余裕がないため、俺は無言で駆ける。
それを皮きりにどっと押し寄せるプレイヤー達。
救いは、今のところは同士打ちを恐れてか不意打ちで遠距離攻撃されていないということか。そもそもこの場には男性の姿しか確認できない上、ほぼ全ての奴が近接系と思われる武器を持っているが。
「おりゃあぁ!」
「はぁぁあ!!」
「せいっ!」
刀を持った男が、槍を持った青年が、ハンマーをもった大男が、【ステップ】を使いながら一斉に襲いかかってくる。
……流石に速いな、おい。
【危機察知】によって分かるのは、そのどれもが俺のHPを刈り取る軌道にあり、また後方からも同様に攻撃が仕掛けられているということ。
視界が灰色に色褪せる。避ける場所は、潰されている。
なら、
「……ふっ」
高速で長剣をふるい、槍とハンマーを一気に弾く。
そして刀を受け止め、一拍の後に弾き飛ばしながら前へ、刀を持つプレイヤーの背後へと、スルリと移動。そして一閃を放ってHPを刈り取る。
プレイヤーの壁は、何層にも重なっているな……まずはここから抜け出したいんだが。
遅れてやってくる槍とハンマーの二撃目、そして壁の二層目にあたるプレイヤーの攻撃。
今度は紙一重でかわし、弾き、空いている左手(本来長剣は両手武器だが、俺のStrだと片手でも普通に扱える)で他のプレイヤーを掴み、強引に盾にして周囲に攻撃をためらわせ。
まさに鎧袖一触、次々とプレイヤー達を斬り伏せていく。
こいつら違うギルドだろうに、変な仲間意識持ってるから人盾作戦(俺命名)が有効だし、防御をほとんど考えずに斬り込んでくるからさっきの盾持ちの騎士さんみたく何回も斬りつける必要がない。
あっさり俺の剣がとどき、剣に触れたそばから粒子化してくれる。
乱戦状態ではまぁ確かに、防御なんて考えてる暇もないって感じなんだろうが。
「らぁあ!」
「おっ……と?」
パリィン
心臓辺りでガラスが砕けるようなエフェクト。
あっれ、完全にかわしたと思ってたんだが、すこし掠ったか。
HP1は流石につらいねぇ。もうこれからは一撃だって掠っただけでアウトだよ。
「もういいでしょう。構いません、周囲ごといきましょうですわ」
「「「「はい、姐さん!」」」」
バシュン!
おあっ、外から矢が降ってきた。
でもって普通に俺じゃないプレイヤーを貫いてったよ。
家々の屋根に登って、上から撃ってんのか。この通りの屋根はさほど高くはなく、せいぜい平屋程度なんだが、射線確保には充分……でもないのか?狙いは外れてたみたいだし。
ちらほらと見える弓士や魔法士らしき皆さん。面倒だな。
プレイヤー達の怒号が聞こえる。
お、今度は範囲魔法か?俺の視界に移る地面が広い範囲で円状に灰色に染まっている……ってそれはやばいぞ!
幸いまだ時間はあるようだし、さっきまで仲間意識を持ってたプレイヤーが同士打ちを始めて、一部瓦解しているから攻撃の弾幕も薄くなってきたな。これは、突破できるか?
「……」
俺はあくまで無言、淡々とプレイヤー達の隙を突き、隙を作り、おざなりな防御の隙間を縫い。
ペースアップしながら数多の敵を屠り、包囲網の突破を目指す。
そして魔法の範囲と思わしき地帯を抜けた、数瞬後。
背後では雷が降り注ぎ、そこにいた少なくない数のプレイヤーを焼き焦がす。
「おいこらぁ!だれだいまの雷ぃ!」
「ちゃんとクノを狙えやぁ!」
「そうだこんちくしょう!」
あ、地上にいるプレイヤー、完璧チームワーク崩れたな。
こうなってしまえば後は早いか?最も気をつけるべきは遠距離攻撃だな。
まばらに迫る武器をことごとく弾き、カウンターの一閃や突きを決め、降ってくる矢や攻撃魔法に対処しながら考える。
「と、と」
地面から急に鎖やツタが伸びてくることもあるので、【危機察知】に反応がなくても油断は禁物だ。
束縛系の攻撃はダメージがないため、【危機察知】では捉えられないのだ。
【危機察知】に頼り過ぎて、反応がない、と油断していると、文字通り足元をすくわれてその隙に一撃貰って即終了である。
【捨て身】の効果が切れているが、まだまだ一撃でプレイヤーを仕留められるレベルの攻撃力ではある。
やはり多少無理してでも【狂蝕の烈攻】を取った価値はあったな。
筋力二倍という破格の効果と、“戦闘終了まで”というこの効果時間は有り難い。
そして、気がつけばこの通りに立っている近接系プレイヤーは俺とあと数人。
そして屋根の上の弓使いと魔法使いが合わせて5名程だ。左に二人、右に三人。丁度逆光のようになっていてその姿の詳細はわからないのだが、一人だけ、髪の長さ的に女性と思わしきプレイヤーもいる。
「彼ならこれくらいは耐えますわよね……?総員、弾幕攻撃ですわ!」
「「「「おおっ」」」」
地上の包囲網を抜け、俺が一息つこうとした瞬間。
俺の視界が、まだら模様の灰色に染まった。
バシュバシュバシュ!!ドドドドドッ!!
矢と魔法がこれまでで一番の数と勢いで飛んでくる。なんか強化スキルでも使ったのだろう。
それは俺だけではなく、他の近接系プレイヤーも巻き込む軌道で迫ってくる。
攻撃は全て単体用を連射しているだけのようなので、避ける隙間はないでもない。
とりあえず弾幕の薄そうなところに飛び込み、それでもなお当たりに来る追尾性能をもった魔法は「黒蓮・壱式改」で弾く。
てかホーミング弾て……結構レベル高い魔法使いが混ざってる気がするぞ。
「ぐっ……」
「うわぁ!」
「くそ、見境なく攻撃しやがって!」
「我らの最高威力の弾幕を、無傷でしのぐだと……」
「やっぱ化物か、あいつは!?」
「……ここはわたくしに、任せてくださいな?」
「あ、姐さん!?任せるというと、」
「よろしいですわよね?」
「「「「は、はいっ」」」」
弾幕がやんだ後には、満身創痍のプレイヤーが数人。
隙だらけの彼らを、第二射が来る前に【捨て身】も一応発動してばっさばっさと素早く斬り倒していく。
ここはあの弾幕に感謝だな。あの乱戦状態を生き残ったんだ、こいつらはなかなかの手錬れだろう。それが一斉に襲いかかってこられたら、さきほどの乱戦よりも苦戦するはめになっていただろう。
まぁ、なんでも数が多けりゃいいってもんでもないよなぁ。
こうして通りに立っているのは中央付近に俺が一人と、それを屋根の上から包囲する遠距離攻撃陣だ。
「無理ゲーだろ……」
攻撃手段がないぞ。せいぜい相手の攻撃を無効化が精一杯で、とてもじゃないが近づけない。
背を向けて逃走する訳にもいかないし。
さて、どうするか。
向こうは攻撃を仕掛けてくる様子は、今のところは無い。
俺がどう動きだしてもいいようにと、対処をしてきているんだろうか?
なんて統制がとれているんだ。誰か指揮官でもいるのかよ。
と、俺がじりじりとしていると、屋根からすたっ、と飛び降りる一人の弓使い。
否、彼女が持っているのは、銃に近い形をした、ボウガンのようだった。
そしてこちらに歩いてくるその顔は……
「姫……?」
「お久しぶりですわ、クノ」
そう。昨日もメールのやりとりをしていた、姫だった。まさかこのタイミングで現れるとか……
「あ、ああ、久しぶり。なんだ、あいつらをまとめてたのもお前か?」
「そうですわ。これもわたくしのカリスマ性の為せることですのよ」
「流石というかなんというか」
久し振りに会った(とはいえVRで、俺は姫とリアルでは会ったことがないんだが)姫の格好は、「テルミナススタァ・オンライン」というVRゲームで会った時と、装備は違えどアバターは同じだった。
鈴の音のような澄んだ声。薄桃色の長い豪奢な髪で、毛先20センチ程を縦ロールにしている。
その勝気な瞳は髪の毛よりかは色の濃い桃色。
なにからなにまで、記憶通り同じだった。とはいえ、それは俺もなんだがな。
「で、どうしたんだ?いきなり現れて」
「いえ。そういえば待ち合わせの場所を決めてません、と思ったのですわ」
「待ち合わせ?」
「昨日返信で、“明日会おう”と送ってくださったではありませんの。ですから、わたくしずっと貴方を探していたのですわ。そしたら何故かギルドから貴方に関しての連絡がきたので」
ああー。そういやそんなことも送ったなぁ。
でも、対抗戦中は会いたくなかったなぁ……
「じゃあ、どこにするかは姫が決めてくれよ」
「ふふっ。ではクノ、対抗戦が終わったら「ロビアス」の中央広場に来てください。そこで待っていますわ」
「ロビアス」?……ああ。
「悪い、俺まだ第二の街までしか進んでないんだわ」
「ええっ!本当ですの!?……仕方ないですわね。では、「ウウレ」の中央広場にしましょう」
「ああ、すまんな。わかった、そうしよう」
「ふふふっ。久しぶりに会えましたものね?少しお願いしたいこともありますし」
「そか」
そういって花が開くように微笑む姫。
まるで緊張感は感じられない。
なごむなぁ。なごむけどこの状況はどうすればいいんだろう?いまだ遠距離隊の人たちの動きはなし。
というか姫がいるから動きたくても動けないって感じかな。
さっきから、
「なんだあのリア充、まぢ爆発しろ」
「なぁ、うっていい?うっていいかぁ!?」
「ちょ、おま、やめろって。姐さんいるんだぞ」
「畜生……ちくしょう」
とかいう、喚くような声がここまで届いてるし。
「で?俺は結局どうなるんだ?」
このまま逃がしてくれると嬉しいんだが。姫はどのくらいこの連中の手綱を握ってるんだろう。
「そうですわね、逃げてもよろしいですわよ?この方達には手出しはさせませんの」
「……ホントか?」
「流石のわたくしも、久し振りに再会した所に変な禍根を残したくありませんもの」
「そっか、ありがとな」
俺はそんなことで恨むほど人間小さくないつもりだけど、まぁこの状況では素直に姫に感謝だな。
「じゃ、そゆことで」
「はい。あ、中央広場へは、そうですね……今日の17時に来てくださいますか?わたくしも対抗戦が終わった後、いろいろやることがあるんですの」
そういや臨時でギルドに入ったとかいってたから、抜ける手続きとかその辺かな?姫の性格からしてなんの礼もなしに抜けるなんてことはないだろうし。引きとめられたりもするだろうな。
「ん、了解」
「絶対来てくださいね?」
「はは、わかってるって」
姫は俺にとって、最初に出来た親しい友人だしな。
姫に手を振り、一応周りを警戒しながら広場を出ていく俺。
地味にまだ残ってた旗は勿論回収だ。
「うわ、意地汚ねぇ!?」
「なんて根性だよ、あいつ……」
「ねぇ、撃っちゃっていいですかぁ!?」
「姐さんの判断なんだって!抑えろ!」
あー、あー。聞こえなーい。
こうして俺は無傷のまま、旗を引きずってそそくさと自分の拠点へと帰るのだった。
※補足
対抗戦の『旗』は、持ちながらの戦闘が難しくなるように、かなりの重さが設定されています。
それでも普通のVitがあれば普通に持てるレベルですが。
魔法は、一応普通の近接武器でも打ち消す(防御する)ことができます。
が、完全に無効化するには相手魔法使いのIntをこちらのStrが大きく上回っている必要があります。
魔法使いはあまりVitやAgiを重視しなくてもいいので(それでもいくらかは入れますが)結果的に総じて近接系のStrよりIntは高いです。
そのため、武器で受け止めても普通なら押し負けて、余剰分のダメージを受けてしまいます。
では魔法使いのデメリットはというと、おなじみの“詠唱時間”です。
ちなみに『IWO』では“詠唱”は移動しながらでもできます。ただし魔法を放った後にはアーツよりも長い硬直時間が待っていますが。
“詠唱時間”と“硬直時間”があるため、魔法使いは近接職に比べて攻撃の数が少なくなってしまうのです。そのため一撃一撃を重くしようと更にIntが高くなるのです。
ちなみに詠唱が必要なのは【~属性魔法】のスキルのみですが、属性魔法以外には“攻撃魔法”を複数使えるスキルはない。