第過去話 くだらないデスゲェムのお話・後
1/20 脱字修正
それからは少年の力を恐れたのか、誰も近寄っては来ず。
ただ時だけが過ぎる。最初の方はそこかしこで聞こえて来た怒号や悲鳴も、今は聞こえない。
この空間では疲労もしないし、腹も減らない、眠くもならない。そのため、時間の感覚がどんどん曖昧になってくる。
少年と少女は、メニュー画面も開けないのでどれくらいの時間がたったのかもわからず、ただ寄り添いあって座り込み、ぼーっとしていた。今広場にいる人間は、最初のころよりも心なしか減った気はするが、それでもまだまだ多い。ほとんどの者がただ無為に時を過ごし、外からの助けを待っていた。
「自分からは動こうとしない、与えられるのを待つのみ、か」
「この状況ではかなり有り難い話なんだが」
「どうも現代人は積極性がかけてる気もするな。俺がいえることでは断じてないが」
「いや、ただ理性的なだけか。まぁ、どうでもいいんだが。争わないなら結構なことだな」
「そういえば、遠井……だっけか?どうしてこの状況を静観してるんだ、あの精神異常者?」
「遠井は殺し合いをさせるためにこのデスゲームを始めたんだ。この状況で黙っているはずがない。何らかのアプローチをしてくるかと思ったんだがな」
と、ふと少年が肩に重みを感じ、隣を見ると、少女はのんきにも眠っていた。
眠気はやってこないが、単純に眠ることはできるようだ。
「無防備すぎだろ」
少年はなんとなしに少女の頭を撫でる。少女の髪は絹のような手触りで、ずっと撫でていたくなる。
「……くせになりそうだ」
―――
何時間かたっただろうか。少年の手は機械的に少女の頭を撫で続けていた。と、
「んん……あ、お早うございます~……って、ぬえぇぇ!!」
「おっ起きたか」
少女は起きるなり、自分の状況を確認し、少し少年から距離をとる。
少年は頭を撫でられなくなって残念そうな顔をしながら、
「あー、ごめん。いっとくけど変なことは何もしてなからな?ただ頭を撫でてただけだ。寄りかかってきたのは御崎さんだし」
「あぅ、いや、えーと……すいません……」
少女は心細いのか、顔を赤くしながら少年に近づき、また隣に落ち着く。
頭を撫でることが変なことに入るか否かは本人の価値観によるのだが、彼女的にはセーフだったみたいだ。
「なにも起きないですねぇ……ちょっと退屈です」
少女が呟いたその時。広場の上空に大きなモニターが展開される。
少年は遂に来たかと身構えるが、モニターから響いた声は女のものだった。
「えー、皆さん。こちら政府仮想現実局特殊課です。皆さんを助けに参りました。「デナグラッシュ」運営代表遠井透と運営陣の身柄はすでに確保されており、皆さんのログアウト作業も順次行われています。そのまま目立った行動はとらず、待機していてください。皆さんは助かります。ですから、作業が完了するまで、」
「「「おおおおおおーーー!!!」」」
広場に唐突に救いの声が響き渡り、今までどんよりとした空気を纏っていたプレイヤーの、歓喜の声で埋め尽くされた。
「藤寺さん、助かる、みたいですね。良かった……」
「日本の警察組織は優秀だなー。良かったな、御崎さん」
「はい……はい……」
「よしよし……」
少女は少年に抱きつき、うれし涙をこぼす。よく泣く子だなー、と少年は思いながら少女の背を優しく撫でてやる。と、少女が顔を上げる。
「藤寺さん……」
少女は切なげな声をあげる。少女の目は涙と、何か別のもので潤み、顔は上気して真っ赤だ。
至近距離でそんな顔を見せられた少年はというと、
「あー、いや、御崎さん?ちょっと近すぎじゃないかなー」
珍しくもうろたえていた。目線をあちこちに逸らしながらも、しかし顔色は変えず、少女の背を撫でる手は止めない辺りは流石と言えよう。
「本当に、有難うございました……」
「……!?」
そう言って少女は、唐突に少年の頬に口づけをする。
少年は大きく目を見開いて硬直し、対応ができない。
「んっ」
「……」
少年は柔らかな感触を感じながらも、どこかそれが自分の事ではないように感じていた。
「…………。はぅぁ!」
おもむろ少年から離れた少女は、顔を真っ赤にしてうずくまってしまう。そしてそのままごろごろと地面を転がる。
少年はというと呆然としていて、やっと口をひらいたと思えば、
「あー、大丈夫か?」
と言うだけ。
それっきり黙りこむ二人。しばらくして気持ちの整理がついたのか、少女は立ち上がり少年に尋ねる。
「あの……迷惑、でしたか?」
こんなことを女性に言わせている時点で少年の不甲斐なさがなくわかるというものだった。
「いや、迷惑ではない。ないんだが、どうしてこんな事を?……こう言うのもなんだが、俺は御崎さんに釣りあうような男じゃないぞ。ただちょっと一緒にいただけの人にこーゆう事するのはどうかと……」
「そんなことないです!」
少年の一言が何かの琴線に触れたのか、少女は突然声を荒げる。
「藤寺さんは、私を守ってくれました。私一人じゃ、あの人たちに襲われた時に、その……ひ、酷い扱いを受けて……殺されてました。周りの人は見てるだけで、誰も助けてくれない」
「いや、でもそれは偶々俺が御崎さんを見つけただけで、」
少女はとても可愛らしい容姿をしている。自分がいなくても、他の善意に燃える第三者が声をかけていたんじゃないか、と少年は続けようとする。
「偶々でも!それが私にとっての運命だったんです!藤寺さんが守ってくれた、それが私にとっての全部なんです!それにただちょっと一緒にいたからじゃないんです!私、前から藤寺さんの事……だから、私は、その……私は……」
少女はまくしたてるが、最後の最後になって言葉がつかえる。その顔はもはや茹でダコのようだ。
「?」
「……あぅ。すいませんなんでもないですごめんなさい今のなしで!」
「はぁ」
少年は、いや、ナシって言われるとそれはそれで傷つくなー、ともやもやした気持ちでいっぱいになる。
少女はというと、
(ああぁ、もう!情けない~!なんであそこで一言いえなかったんだろう。うああああぁ、キスまでして、これはない……これはないわぁ……絶対変な奴だと思われたぁ!)
と、内心悶えていた。どうやら気持ちの整理はついたが、その気持ちを伝える勇気まではまだなかったようだ。
「えっと。じゃあ、こうしよう!ノーカウントで!な?」
少年は少女の事を慮ったのだろうが、逆に傷口に塩を塗りこむような言葉を口にする。
「はぐっ!!……そ、そう、ですねぇ……」
少女は追撃をくらい、否定する気力も起きずにその言葉に乗ってしまった。
「……皆さん、ログアウト作業が完了しました。只今から30秒後にログアウトが実行されます。尚、皆さんの身体は既に最寄の病院へと移送してあります。復帰後は検査を受け、ゆっくりと療養をとられますよう」
「お。やっとかー。それじゃあ御崎さん、また学校でね」
「あ、はい、そうですね。また……」
少年は切り替えが早いのか、けろっとした顔をしている。少女はそれを見て内心ため息をついた。
そして30秒後。全プレイヤーが無事ログアウトし、このデスゲーム、時間にしておよそ36時間の悪夢は、こうして幕を閉じたのだった。
―――
後日。学校にて。
「あ、御崎さん。おはよー。もう来てたんだな」
「あ、おはようございます。私は病院へ移送されたのが早かったみたいで、検査の結果特に異常も見られませんでしたので。藤寺さんは?」
「あー、俺はもともと丈夫だから。目覚めてすぐに動き回れるレベルで大丈夫だった」
「……それは凄いですね」
「うん、医者にも信じられないくらい丈夫だなって言われたわ」
「ですか」
「ああ」
そこで会話はしばし途切れてしまう。
なんとか続けようと、少女は必死に話題を探し、
「あの、そうだ、ひとつお願いがあるんですけど」
「何?俺に出来る範囲のことならなんでも言ってくれい」
少年は、少女ほどの美人の役に立てるなら、と笑いながら承諾する。
「私の事は、玲花って、下の名前で呼んでくれませんか?」
少女ははにかみながら、そうお願いした。上目遣いも合わせて。
「……ん、それくらいならお安い御用だな。じゃ玲花は俺のこと九乃って呼んでくれ。でないと、不公平だろ?」
少年はそれだけか、と拍子抜けしてしまい、あっさり了承。そしてそれが
「はい!九乃さん!」
「さん付けは変わらないのな……」
―――
俺は昔から、何をするのも無気力だった。
人生に“価値”を感じられなかった。なぜか心が、冷めてしまっていた。
だから、探した。それはもう必死になって探した。ずっとずっと、探していた。
そのために、高校生活を一年無駄にした。
適当に入っただけの学校だったから。それでもいいと思った。
もしかしたら高校に“価値”があるかもしれないと思った。でもそれよりもずっと気になるものを見つけたから。
仮想現実。
数年前から技術が確立され、最近大流行しているモノだ。
俺は仮想だろうが現実だろうが、どっちでも良かった。
結局感じるのは自分の脳だ。脳がリアリティを感じるなら、きっと仮想現実だって現実だ。
いうなれば、もう一つの世界。
もうひとつの、人生があるんだ。
俺はそれにかけた。
そこでなら、“価値”が見つかるかもしれないと思った。
そして、出会ったんだ。
俺が始めたのは「テルミナススタァ・オンライン」というゲームだった。
初めは淡々と繰り返すレベル上げを、淡々と進めていた。
正直、この世界でも“価値”は見つからないのかもしれないと思っていた。
現実とは乖離したこの世界なら、俺の琴線に触れるものがあると思っていたのに、見当違いだったか。
そう、思っていた時だった。
そんな時、桃色の彼女に出会った。
「しばらくご一緒してあげても良いですわよ?」
そんな上から目線の態度で接してくる彼女に出会った。
もっとも、そんな態度は最初のうちだけだったけど、彼女はかなり押しが強かった。
そして俺は“生まれてから初めて”、爺さんの稽古以外で、長い時間を共に過ごすことのできる人と出会った。
優しくて、アホウな彼と出会った。
ギルドというものに入った。
たくさん、仲間ができた。暖かいと、そう感じた。
その瞬間人生に、“価値”が感じられたような気がした。
そして気付く。
俺は、暖かさが欲しかったんだと、気付く。
ただ人との触れ合いが恋しいだけだったんだと気付く。
人は、一人では生きていけないから。
そしてそんなことを長年かけてようやく気付くような自分のおつむの残念さに、我ながら呆れた。
そんなことも気付かせてくれない周りの環境が、少し恨めしかった。
とはいえそれで両親をうらむようなことはないが。勝手に周囲に壁を作っていたのはどうやら自分の方だったみたいだし。桃色の彼女に教えて貰ったことだ。
両親はそろって仕事大好き、ずっと働き通しで、ともに過ごす時間はあまりにも短かったから。
たまに預けられる爺さんの家でも、稽古しかしていなかったから。もっとも、稽古は俺が“価値”を求めてはじめたことだったが。
学校でも、何処か浮いてしまっていて、友達はいたこともなかったから。
社交性がないとは言わないが、積極性はなかったから。
だから俺は人との関わりが、いままで薄すぎた。
だから俺は決意した。
今度からは、もう少し人と関わろうと。
両親とも、少し話をしよう。爺さんとは、一度ゆっくり茶を飲もう。
学校にもいって……とはいえ、もうあまり時間はなく、これじゃあ確実に留年決定だけど……まぁ、一緒に語らえるような友達を作ろう。
今年が無理なら、来年もあるし。
いままでは淡々とすごしてきた現実を、少し変えようと決意したんだ。
そして今。
二度めの高校一年生。
なんだかんだでクラスには溶け込めている。
友達も多くできた。まだあいさつや軽い立ち話をする程度であって、馬鹿やったりゆっくり話したりできるのは去年の後半に頑張って頑張って作った数人の友達ぐらいだが。
だが残念ながら、そいつらとは学年が一つ離れてしまった。主に俺のせいだな。ははっ……
なので目下一番親しいのは、彼女だろう。
御崎玲花。
ちょっとした縁が合って、“命の恩人”なんて大層なこと言われて、何回かお宅にもお邪魔した。……あの広さには度肝を抜かれたな。
そんな彼女が、一緒にゲームをしようといってきた。
正直あんな目にあったんだから少しは忌避感を覚えろといいたいが。……俺が言えることじゃあなかったな。
折角なので、やってみることにする。
「テルミナススタァ・オンライン」と同じRPG系のVRゲームだ。
最近はハマりすぎるとアレなので、RPGはやってなかったんだが、学校の友達も一緒なら大丈夫だろうということで、な。
「テルミナ」では斥候職だったから、今回は力押しのパワーファイターにでもするか。
ステータスを“極振り”なんてしてしまうのもいいかもしれない。「テルミナ」では自分でステータスを割り振ることはできなかったから。
ああ、夢が広がるなぁ。
いっそネタキャラにしてみるか?Strにでも極振りすれば、かなり爽快でピーキーな感じのキャラができそうだ。「テルミナ」つながりと稽古で、回避は得意だしな。当たらなければどうということはないわ!って。なかなかのスリルが味わえそうだ。
……ああ、人生は、楽しいなぁ。
ホント、仮想現実様々だ。
そういう訳で、俺はもっと回避を磨くべく、爺さんが作り上げたVR用超特訓プログラムでちょっくら修業をしようと思う。
VRなので疲労限界を突破してぶっ続けの稽古ができるのだ。ぶっ続けで爺さん×3の攻撃をかわしてかわしてかわしまくるんだよ。別名無限地獄。
あと、武器の扱いを指南してもらったりとかもできるしね。爺さんはホント、なんでもできるからなぁ。
そんな爺さんに憧れて、一時手当たり次第にいろんな武器の皆伝をとりまくったっけな。あれは今思うと手を広げすぎだった気がするが。
そんな若かりし頃の思い出をちょっと振り返りながら。
俺はとりあえずVRギアを装着し、我が家の固いベッドに寝転ぶ事にした……
―――
VirtualReality Start...
補足
遠井はデスゲーム開始から4時間ほどで身柄を確保される。理由は自分のことを世間にひけらかすため、警察にデスゲームの犯行声明をだしたから。
頭はだけは良かったのに、馬鹿としか言いようがない。国家権力をなめてるからそうなる。
九乃君は、自分では気付いていないが空虚な十数年の間に顔に感情がでにくくなっている。
特に瞳は顕著。底の見えない茶(黒)のガラス玉がデフォ。
九乃君は玲花が友達になるまでは毎回のように休み時間に去年作った友達のところにいっていたので、玲花は九乃君がただのぼっちだと勘違いしている。
実際は、クラスの大半の男子と数人の女子とは普通にあいさつや軽い話をする仲。
しかし九乃君の留年のことを知っている人が多いため、遠慮がはたらいて、積極的につるむまではいかない。
桃色の彼女の“姫”の呼び名は、彼女が「わたくしの事は“姫様”とお呼びなさいですわ!」と初対面の時にいったことがきっかけ。親しくなって、のちに“様”はとれた。
あと地味に彼女は、“姫様”よりも“姐さん”とよばれることの方が多いらしい。