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第過去話 くだらないデスゲェムのお話・前

 


 私はいつも、コドクだった。 

 ただ家がお金を持ってるっていう、それだけで、皆から避けられていた。

 後から聞くと、皆口をそろえて「大人に言われたんだ」という。「関わるなって、言われてたんだ」という。

 大人って、わからない。なんでこんな酷いことをするんだろう。


 だから私は一度、現実を諦めた。


 そして、逃げた先――仮想現実のゲームの中で、私はまた現実と戦うチカラを貰った。


 その世界では、誰も私をさけはしなかった。それどころか、いつのまにか私は仲間に囲まれるようになっていた。

 例えば、白色の彼女。黒色の彼女。緑色の彼女。紅色の彼女。

 皆、私のことを対等に見てくれた。それが嬉しくて。

 現実でも、そんな風になれればいいなって思った。


 だから私はもう一度、現実と向き合った。


 覚悟を決めてからというもの、私の世界はそれまでのことが嘘だったかのように鮮やかになった。

 どうやら、卑屈になって皆を遠ざけていたのは私の方だったらしい。

 私は、弱いから。


 でも今は少しだけ、違う。仲間のおかげだ。

 胸を張って、堂々と現実リアル仮想現実ゲームも楽しめるようになった。


 そして――気になる人も、できた。


 どこか人を見透かすような、曇りのない瞳。

 それでいて、彼自身も感情は何も見えてこない、底なしの反射の瞳。


 気がつけば彼のことを目で追う日々だった。

 何故?私は自分に問う。答えは、案外すんなりと出てきた。


 ――彼は、昔の私に似ている。


 そう思った。何の根拠もないけれど、彼と自分と重ねてしまっていた。

 彼はいつも、一人だったから。

 でもきっと彼は私とは違って。

 だって彼は現実を、諦めてはいないように見えたから。ぼー、っとしていることが多かった彼だけど、それでも現実を切り捨ててはいなかった。楽しみを自ら切り捨ててはいなかった。


 彼は一人だったけど、コドクではなかった。

 人づきあいの深い人がいないだけ、かな?

 それは思い出してみれば、昔の自分の状況と合致していたように思える。

 当時の自分は弱くて、自分から手を伸ばすことはできなかった。

 でも、今は違う。

 私は、彼と仲良くなりたいと、思った。


 彼のことが気になる。

 何故、あんな・・・瞳をしているのか、気になった。

 彼のことが知りたいと、そう思った。


 ――これが、恋というものなのかもしれない。


 そんなことを考えながら、私は今日も仮想現実の世界へ旅立つ。



 ―――



「デナグラッシュ」


 対人戦を売りとするゲームで、プレイヤー個人の腕が必要となるがそのクオリティの高さとバトルの爽快感から多くのファンを持つ。


 プレイヤーはエントリー画面でエントリーすると、多くのバトルフィールドのどれかに転送される。そして、同じく転送されてきた相手と、己の武器、そして「武技」とよばれる特殊な能力を駆使して戦うのだ。


 武器自体は、皆一様に同じものだが、膨大な種類の武器の中から自らに合った武器を選べる。

「武技」とは、戦いで得た「バトルポイント」を消費して習得することのできる特殊な能力で、リアルでは不可能な動きをしたり、必殺技を使えたりとその種類は豊富だ。


 戦闘はいたってシンプルで、斬り合い、殴り合い、どちらかのHPが0になるまでおこない、勝った方に報酬として「バトルポイント」が与えられる。


 また、プレイヤー同士の対戦を観客席で観戦することもできる。


 1対1のバトルの他に、多対多のバトルや、双方同意の上なら多対一のバトルもできる。


 そんな「デナグラッシュ」は発売から一ヶ月後―――デスゲームと化した。



 ―――



 全てのプレイヤーが入口広場に突如として集められる。上空には大きなモニター。そこには歪んだ笑みをうかべ、狂気をまき散らす白衣の男の姿が映っていた。集められた当初は騒がしかったプレイヤーも、男が喋り始めると静まり返る。


「プレイヤーの諸君。こんにちはぁあ!ボクは「デナグラッシュ」運営代表の遠井透だよぉ。知ってる?知ってるよね!だって皆このゲームをやってる人なんだから、当然だよね!」


「このゲームは、只今をもちまして、デスゲームになりましたぁ!わかる?デスゲーム。ゲーム内で死んじゃうと、脳に電気がビリビリィ!ってきちゃうやつ」


「凄いよね、アレ。沢山の人間が争い合い、奪い合い、殺し合う。最高だと思わない!?ね!」


「だからさぁ、ボクもやってみたわけ。大変だったよぉ。他の運営の人を頑張って説得してね~、ゲームを有名にしてね~、ホント大変だった」


「全てこの瞬間のためなんだよ?皆も少しは喜んでよー。ねぇ?」


「そうだなー。解放条件は最後の一人になるまでかなぁ。今から皆に武器を配るよ。大丈夫、皆が一番使ってた武器にするから。ああ、武技もそのままにしといてあげる」


「君たちに安全地帯はないよ。エントリーはできなくしたから、バトルフィールドに転送もされない」


「この広場がバトルフィールドだ。さぁ、脱出したければ殺し合えよ?ボクを楽しませるんだ。じゃあそういうことでー。バーイ」


 遠井の一方的な宣言が終わると、プレイヤー達の怒りは爆発した。そこかしこで怒声がとびかう。

 そんな中、広場の隅の方へ移動する少年が一人。広場の外へは出られない。そもそも、そんな空間は作られていないのだ。


「透明な壁?やっぱでられないかー。となると、外から助けが来るまでは本当にずっとこの広場の中か」

「あるいは―――全てのプレイヤーを殺すか、か」

「ないな。てか無理だろ」

「どうするかなー。本当に周囲の人間を殺そうとするやつらもでてくるだろうしなー」


 少年はさらっと恐ろしいことを言う。


 と、その時少年前方の空間から、突如として何かが出現し、そのまま重力にしたがって下に落ちる。

 ガシャン!そんな音をさせ地面に落ちたものは、大型のナイフ――俗にククリと呼ばれている部類のものだった。


「とりあえずこれは持っとくか」


 少年はそう言ってククリを拾い、無造作に腰のベルトに下げる。ちなみに服装は長袖のシャツにパーカー、細めのズボンにスニーカーと、彼のVR空間でのデフォルトの格好である。ちなみに全て黒一色。


「さて、ここからどうするかなー」


 周囲では、いまだに騒ぎが続いている。幸いにしてまだ死者はでていないようだが、それも時間の問題だろうか。


「ん?あれは……」


 少年は何かを発見し、近づく。何かとは、ふらふらと歩く、少年と同い年くらいの少女だった。「革の防具」とでも形容したくなる服装をしている。


「どうもー。御崎さん、だよな?」

「!!」


 声をかけられた少女は、びくっ!と体を震わせ、おそるおそるといった感じで振り向きながら少年に尋ねる。


「えっと、どちら様……え?……藤寺さん?」

「正解。藤寺九乃だよ、クラスメイトの。にしても意外だな。御崎さんもこういうゲームやるんだ」

「え?あ、はい。……!え?藤寺さん!?本当に!?」

「ああ、本当だよ。君のことも知ってるしな。御崎さん、御崎玲花さん。学業優秀スポーツ万能容姿端麗のお嬢様。あ、でも俺ら話したことなかったし、まさか御崎さんが俺のこと覚えててくれたなんて、」


「……良かった」


「ん?」

「私、こんなことになるなんて……だって、これ、こんなの、ひっく……」


「えっと……よしよし?」


 少女は混乱状態にあった所に知り合いを見つけて安心したのか、少年にしがみつきながら泣きじゃくる。

 周囲には、同じように泣きだしている人がちらほらと見られた。

 少年は少女を抱きとめ、無言で頭を撫でる。


「うう……ぐすん」

「ぐずっ……」

「……っ、ん」


 しばらくして少女は少年からおもむろに離れる。


「……落ち着きました。すいません、同じクラスとはいえ、話したこともないのにいきなりこんな」

「いやいや、大丈夫。むしろ役得か?まぁ、気にしないでいい。こんな状況になったんだ、仕方ないわな」


 頬を染める少女に少年はあっけらかんと言う。


「……それなんですけど、このゲーム、本当にデスゲームになっちゃったんでしょうか?」

「んー。現状確かめる方法はないよな。でもログアウトはできないみたいだし、その可能性があるってことは、今一番大切なことは何かわかるか?」


 少年は少女をぱっとみて、そう問いかける。

 少女はうーん、と唸る


「大切なこと、ですか。人を殺さないこと?」

「ああ、それもそうなんだが、一番は自分が殺されないことだな。御崎さん、武器持ってる?」

「へ?武器ですか……えっと、ないです」

「……見た目からしてあれ?と思ったんだが、やっぱり?」

「……すいません」


 恐らく混乱状態の中、目の前に武器が落ちてきても気づかなかったんだろう。少年はあたりを見渡すが、それらしきものは落ちていない。一定時間触れないとロストしたりするのか、少女がよほど遠くから彷徨ってきたのか。


「ん~、それはちょっとまずいよな。一応自衛手段は持っとかないと、危険すぎる」

「ど、どうしましょう?」

「襲われないように祈る、とか?」

「そんな~」


 少女は俯いて頭を抱える。

 少女の容姿はとてもかわいらしく、この状況下では真っ先に標的にされそうだ。

 それなのに丸腰だなんて、いくらなんでも危険すぎる。


「まぁ、それは冗談だけどな。……御崎さんさえ良ければ、俺と一緒に行動するか?そのほうがまだ安全だとは思けど。あ、でも俺が信用できないなら無理に、」

「いえ、信用できます!クラスメイトですし!だから、私と一緒になってくれませんか!?」


 少女はがばっ!と頭とあげ、必死といった様子で少年に頼み込む。その姿には、生き残りたい一心の他にも、何か別の思惑があるように感じられた。

 少年は予想外の食いつきに、少しうろたえながらも、


「お、おうわかった。じゃあ、一緒にいるよ。一緒になって、か……状況が違えばプロポーズみたいだなー」

「え、え!あ、いや、これはその……」

「いや、場を和ますジョークだから。そんなに照れられてもこっちが困るわ」



 ―――



 少年と少女がしばらく会話をしていると、少年たちより少し年上……大学生らしき4人の男が近づいてきた。ちゃらちゃらとしていて、いかにも不良っぽいスタイルだ。


「どうしました?」


 少年はそう尋ねながらもククリに手をかける。


「おお!可愛い子ちゃんはっけーん!」

「おめぇ、いい女つれてるじゃねえか」

「ちょっと俺らにくれよ~」

「どうせデスゲームなんだ。ここでは何やってもいいんだろ?」

「何ヤッても、な。ぎゃはははは!」

「俺たちはそっちの譲ちゃんにちょーっと用事があったりする系だから~」

「って訳で、悪いがおめぇは死んでくれねぇかぁ?」


 男たちは下卑た笑みを浮かべながら少年と少女ににじり寄ってくる。


「ひっ!」


 少女は慌てて少年の後ろに隠れる。


「うっわあ、テンプレに下衆いな。負けフラグ立ってるけど……殺されても文句はいうなよ?」

「はっ、ほざけ!4対2で何ができるよ」

「4対2?違うな」


少年は不敵な笑みを浮かべる。


「あ?仲間でも来るってのかぁ?」

「4対1だ!こいつは戦えん!」


少年はそう言い放ち、少女は更に縮こまる。


「はぅ……すいません。私のせいでこんなことになったのに」

「いや、気にするな。この程度どうってことないから」


「はははあは!なんだこいつ、意味ワカンネェ!もういい、やっちまえ!」


 リーダーっぽいくすんだ金髪の男の指示で、一斉に飛びかかってくる男たち。頭上にはHPバーが表示されている。

 いつのまにか周囲には軽く人だかりができていて、逃げようにも逃げられない。


「まぁ、逃げるったってこの閉鎖空間じゃ意味ないけどな。御崎さん、ちょっと離れてて。なんかされそうになったら悲鳴でもあげてくれ」

「う、はい」


「おらぁぁ!!」


 男たちは左右から同時に攻撃を仕掛けてくる。得物は全員幅広の片手剣だ。


「よっ、と」


 少年はその場の体捌きだけで軽く全ての攻撃をかわし、男たちから少し距離をとると左腕を振るう。


「≪突風≫」


 同時に少年の武技が発動する。突如少年の周囲に風が巻き起こり、男たちはたたらを踏み、隙ができる。


「≪地揺れ≫」


 更に少年の容赦ない追い打ち。

 少年がククリを地面に叩きつけると衝撃が生まれ、男たちは致命的にも、完全にバランスを崩し尻もちをつく。

 少年は素早く一人の男に近づくと、顔に勢いを乗せたひざ蹴りをぶち込む。そしてそのまま男の腹を踏み台にし、再度顔面を踏みつけ、男の頭を地面に叩きつける。男のHPは赤くなり、止まる。


「……」


 一人目の男は声をだす暇もなく、文字通り沈黙した。


「≪宙移動≫」


 少年は予備動作なしで宙を滑るように大きくバックステップをすると、一旦少女の元へと戻る。

 どうやら確実に一人づつ仕留めるタイプのようだ。


「あと3人」


「ちっ」

「ちょっ、やばくないすか、あいつ。ヘタしたら俺らも殺られますよ」

「なにいってんだアホ。まだこっちの方が有利だろ」

「畜生が……≪突進≫……≪三連斬≫!」


 リーダーらしき金髪は≪突進≫により強化された勢いで、単身突っ込んでくる。≪三連斬≫は高速で三回相手を斬りつけるなかなか上級の武技だ。まともに食らえばただでは済まない。


「≪突風≫≪暴風≫」


 少年は再度腕をふるい、風を起こす≪突風≫とその上位版≪暴風≫を使い男の勢いを殺す。少年の前方で風が吹き荒れ、男の武技は不発に終わる。


「くそっ、がっ!」

「≪竜巻≫」


 金髪男の足元から風が唸りをあげて巻きあがり、男の体が宙を舞う。それをみてさっき弱気な発言をした青髪男と、茶髪の男があわててフォローに走るが、


「≪風弾≫」


 少年が放った風の弾丸に巻き込まれ、二人とも吹っ飛ばされる。少年はすぐさま金髪男に向かって駆け出し、男の着地を見計らって


「≪地揺れ≫」


 男の着地は失敗に終わり、地面に倒れ無防備となる。


「ひっ、や、やめてくれ、」

「≪重撃≫」

「ごっ」


 少年は武技によって威力の増した踏みつけを金髪男の後頭部に落とす。

 ゴスッ!という音がして地面が軽く陥没し、男のHPが一気にレッドにまで落ち込む。そしてそれきりピクリともしなくなる。


「あと二人」


 残りは先の≪風弾≫で二割ほどHPが削れ、リーダー格を倒され呆然としている青髪と茶髪だ。それから二人が気絶するのに長くはかからなかった。


「と、こんなもんだが。……おい!今の見て俺とそこの女に手を出そうって奴はいるか?ああ!?」


「おいあいつ属性系の武技をいくつ……」「どんだけバトルポイント……」「やべぇぞあれ……」


 少年が周囲を見回し、ククリをヒュンヒュンと投げ上げながら言い放つと、人垣は散り散りになっていく。残ったのは少女が一人だ。


「あの、有難うございます。藤寺さん、強かったんですね……あの人達は?」

「気絶してるだけだろ。HPは0になってないから、死んではない。流石に殺人を犯す勇気はなかったわ」

「……そうですか」


 すこしほっとした表情を見せる少女に、少年は尋ねる。


「御崎さんは優しすぎないか?もとはといえばあいつらが喧嘩売って来たんだ。こんな状況だし、死んでも自業自得ではあると思うんだが」

「それでも、藤寺さんは殺したりしませんでした。だから、よかったなって。私のために藤寺さんが人殺しをするのは、絶対に嫌です」

「……そっか。……とりあえず、あいつらはどうする?」


 また起きだしたら少し厄介なので、できれば動きを封じておきたいところだった。


「縛っておきましょう」


 そういって少女はウエストポーチからロープを取り出し、白目を剥いてのびている男たちをぐるぐると縛っていく。


「……なんでロープがあるんだ。そういえば服装もなんとなく戦闘用というか、冒険者風というか」


 少年の普段着のような格好とはまったく違う。


「デナグラ(デナグラッシュの略称)のショップでこういうセットが売ってたんですよ。女冒険者です!」

「ふーん」


 このゲームでは、アバターおよび衣服は自由で、少年は普通のアバターショップで買った只の服を身につけているが、このゲーム専用の“防具”を買うこともできる。

 少女が言っているのは防具に付属品として小道具がセットになった物のことだろう。


 少女が男たちを縛り終わると、少年はロープの端を持ち、未だ気絶中の男たちを広場の中央まで引きずり、放置した。


 

御意見御感想があれば是非お願いします。



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