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第一話 始まりのお話

誤字脱字文章のおかしなところ等ありましたら、御指摘くださると幸いです。



 まだ始業前で賑やかな朝の教室。

 俺は半びらきだったスライド式の教室のドアを掴み、教室に足を踏み入れると同時にドアを投げっぱなしスライドできっちりとしめる。


 しかし、中学もそうだったんだが高校のドアも、なんで皆スライド式なのかね~。やっぱ黒板消しとか挟むため……な訳ないね、はい。


 ガララッ――トン。 


 うむ、今日も隙間なく閉められた。やったね、朝っぱらから虚しい感じも凄いけど。

 などと一人で馬鹿らしい思考をして、すぐにその事を頭から霧散させ自分の席へと向かう。

 そして机に鞄を置き、中身を覗きこんで授業の用意をしようかと思った矢先。前の方からこちらに駆けてくる気配を感じた。


 ガン!


「あっ、すみません」

「いっ、いえっ!」

 

 俺が教室に入ったとたんバッ! と立ち上がり、途中でクラスメイトの男子――確か久保田君だったか?――の机に衝突しながらも小走りで俺の席まで飛んできたこの女子生徒の名前は、御崎みさき玲花れいかという。そして彼女は俺の机に勢いよく手をつき、開口一番にこんなことを言ってきたのだった。


「九乃さん! おはようございます! 朝一番で申し訳ないですが、『Innocent World Online』ってゲーム知ってますか?」


 玲花とは半年程前から友達付き合いをしている訳だが、毎朝毎朝、教室入って数秒で俺の元にやってくるのはどうかと思う。友達いないのかと思われるぞ、おい。


 ……いや、実際には玲花は人気者なので、全然全くこれっぽちもそんなことはないんだが。

 むしろやばいのは俺の方かもしれん……や、俺も周囲とコミュニケーションはちゃんととってるよ? ただ、特定の親しい友人が今のところ玲花を除いていないだけで。……まぁ、それは今はどうでもいい話か。


「おはよう玲花」

「はい、おはようございます! で、どうですか九乃さん? 知ってます……よね?」


 二回目のおはようを元気に宣言する玲花。いやホント、朝っぱらからなんでこんな元気なんだろうね。

 ……後とりあえず、俺の机に身を乗り出して、キラキラとした眼でこちらを見るのをやめて欲しい。


 俺の用意ができないんだ、机をガタガタさせるのもやめなさい。

 手でしっしと玲花を除けて、俺は鞄から教科書類を机に入れていく。

 ちなみに俺は置き勉はしない派だ。単純に、無くなったら困るし。

 

 九乃とは俺の名前。

 フルネームは藤寺九乃ふじでらここのだ。女っぽい名前? 最近じゃ珍しくもなんともないだろう。一昔前はキラキラネームなんてのが流行ったもんだが、今は両性的な名前を付ける事がブームとなっているらしいしな。


 準備をし終え、席について前を向く。俺の視線の先には、自分のものではない俺の前の席に堂々と座って、先の質問への俺の答えを待ってる風な玲花。

 ……その席の主、さっき教室に入ろうとして玲花見てどっか逃げていったんだが……憐れ吉岡さん。


「『IWO』だろ? 勿論知ってるぞ。最近話題のゲームだしな」


『innocent World Online』――今最も熱いVRゲームだ。略称『IWO』。

 内容は剣と魔法のファンタジー世界でモンスターと戦い、世界を救う感じの王道展開。

 しかし一方で、さまざまな『スキル』を駆使して自分の思い描いた主人公としてプレイができ、やりこみ要素も多く、細部までかなり作りこまれているようだ。

 ここ最近のMMORPGと呼ばれるジャンルのゲームでは、一番気合いの入った一大作だな。今朝も朝のニュースで開発部へのインタビュー映像をやっていた。


「実は私、偶然・・『IWO』を2本手にいれたんですよ。折角なので、よかったら一緒に始めませんか?」

「偶然ってお前……超人気ゲームでしかもまだ発売前だぞ?」


 確か今度の日曜が発売日だったはず。


「って、ああ、清十郎さんか?」


 清十郎さんは彼女、御崎玲花の父親だ。玲花のことを溺愛しているから、ゲーム好きの娘のために超人気ゲームを手に入れるぐらい余裕でやりそうだな。というか、それしか考えられない。


「え、ええ。そうなんです! 父から貰って、九乃さんと一緒にやったらいいって……あの件の恩返しにもなるかと思いまして」


 あの件……ああ。

 俺は半年ほど前のある出来事を思い出す。

 アレは正直なぁ……恩とか感じられるような事でもないと思うんだけどね。

 まぁでも、向こうさんの感謝の気持ちは嬉しいし、貰えるものは貰っておく主義なので、玲花の言葉に肯定を返しておく。

 

「そういうことだったら遊ばせてもらおうかな」

「ほんとですか!? やったぁ!」


 えらい喜びようだな。

 まぁ、俺としてはかなり気になっていたゲームがタダで手に入るのなら願ったりかなったりだ。

 

 「いやったぁ~! 九乃さんとゲーム!」


 イスをガッタガッタさせんな五月蠅い。

 全くもう……子供か。もっと落ち付けっての。


「それじゃ、放課後に私の家に来てもらっていいですか? 早速ゲームをお渡ししますので!」


『キーンコーン……』


 と、そこで始業のチャイムが鳴り、玲花はあわてて自分の席に戻っていった。




 ―――




 その日の放課後。


 無駄にでかくて豪華な玲花の家にいくため、玲花と一緒に下校をする。

 二人で並んで歩く俺達は、傍から見るともしかしたらカップルにでも見えたかもしれない。というか、こんなことしてるから二年の友人たちからの誤解が絶えないんだ。

 俺なんかが玲花につりあう訳がないのにな。


 玲花はいわゆるお金持ちのお嬢様で、栗色の綺麗で長い髪と小柄ながらメリハリのあるボディの美少女だ。ちょっとたれ目ぎみの清楚な顔立ちも合わせて、学園内にもファンは多いらしい。


 それに比べて俺は、特に今をときめくキラキラ系イケメンという訳でもないし、無愛想な顔立ちと、長めの黒髪が特徴といえばそうかもしれない程度の、凡人だと思う。

 ……いや、無愛想っていうと正確じゃないかなぁ……まぁいっか。

 身長も165センチとそう高いわけじゃないが、玲花よりは高いのが救いか。

 勿論成長期なので、これから伸びる予定ではあるが。これでも先月より1cm大きくなったのだ。……とはいえ、だからなんだ、と言われればそこまでだけれども。このくらい、玲花とつりあうための条件に、かすりもしていないだろう。


 とにかく、玲花にはもっと相応しい奴がいるだろうってことだな。

 彼女は普段は残念な感じだが、やる時はやるし。


「えへへ。二人きりで下校なんて久しぶりですね。どっか寄り道していきます? ハンバーガーぐらいなら奢っちゃいますよ?」


 ……お嬢様のくせに本人の感覚はいたって庶民的だよなぁ。ここら辺は玲花の父、清十郎さんの教育の賜物だろうか。

 あと、久し振りっても一週間くらい前にも一緒に帰ったし。


「いや、女に奢らせたら男が廃るだろうに。それだったら俺が奢るよ」


 玲花と喋りながらの帰り道、道中のハンバーガーチェーン店で一休みした俺達は、ようやく御崎邸にたどり着いた。


「しっかしいつ見ても凄いな。羨ましい」

「そうですか?実際に住んでみると、広すぎてうんざりしますよ?」

「それは玲花の活動範囲が狭いだけだ」


 このゲーム好きめ。そりゃ部屋でゲームばっかりする不健康な生活を送ってれば、家も広く感じるだろうよ……まぁ、実際広いんだけど。


 俺は知り合いのメイドさん達に軽くあいさつをしながら、玲花の部屋へと向かう。


「とーちゃく。では九乃さんはここで少しまっていてくださいね?」


 そういうと玲花は一人部屋の中へ入っていく……なにやらどたばたと音が聞こえるから、片づけででもしてるんだろう。俺としては普段から綺麗にしておけと言いたい。


「入ってきて大丈夫ですよー」


 音がおさまり、中から玲花の声が聞こえる。俺が中に入ると、玲花は奥のベッドの上に座っていた。


「こっちです」


 玲花は自分の隣をポンポンと叩くが、スルー。

 俺は部屋の中央あたりに置いてあるピンク色のソファーに腰をおろす。

 ふっかふかですぜ。


「もぅ。九乃さんは照れ屋さんですね」

「お前はもっと女の子としての慎みを持ちなさい。慎みを」


 まぁ、男の俺を簡単に部屋に入れている時点で玲花の危機感の無さは推して知るべしだろう。


「……んっんん……九乃さん! これが例のゲームですよ!」


「おい? 話をそらすな!?」


 ……まぁいいか。

 玲花の手には、確かに『IWO』のソフトがあった。


「本当に発売日前に手に入れたのか。流石は清十郎さんだな」


 しかも俺の分まで用意してくれるとは……今度あったらしっかりお礼を言っておかなきゃな。

 俺は玲花からソフトを受け取る。


「それじゃあ、ゲームも渡せたことですし、遊びましょう! ……まだ時間は大丈夫ですよね?」


 家は一人っ子だ。親は共働きで忙しく、滅多に家にいない。

 まぁそれでも、俺の誕生日なんかには二人とも時間を作って祝ってくれるし、特に不満はない。というか、その程度で不満を言うような歳じゃないな。

 とにかく、俺は自分のこと……掃除や洗濯、料理なんかは、小学校のころから自分でやっていた。今日も帰ったら晩飯を作らなくてはなので、そのことを心配してくれてるんだろう。


「ああ、大丈夫だ。とはいえ、そんなに長居はできないけどな」


 女の子の家に遅くまでいるなんて、流石に駄目だろうし。

 まずそこだよね。


「じゃあ久し振りに、なにかゲームでも一緒にやりましょう!」


 玲花は無類のゲーム好きだ。

 財力にものを言わせ、実にたくさんのゲームを持っている。

 その中から玲花おすすめの対戦ゲームをいくつかやっていると、外が暗くなり始めたので俺はそろそろ帰ることになった。


 やはり格ゲーが一番盛り上がるね。VRじゃない普通のゲームもいいもんだ。


「じゃあ、また明日です~!」


 玲花と日曜日の正午――『IWO』のサービスが開始される時間だ――からログインすることを約束して、俺は御崎邸を後にした。




―――




 帰り道。


 俺は玲花から貰った『IWO』のパッケージを眺める。

 昨今のVRMMOは、パッケージ販売が主流だ。それは、そもそもVRゲーム自体インターネット等での配信が(今の時点では)不可能だ、という理由によるものだ。

 しかし、このパッケージ自体、VRゲーム全般に言えることだが高いんだ。従来のゲームソフトに比べると、二倍とか三倍とかする。それでも需要がある、というのはそれだけVRに対する期待値は高いんだろうな。まぁ、実際VRを体験してみれば、この値段でも納得できる感じだが。


 そしてこのパッケージ料金故に、今のVRMMOには“都度課金”、つまりアイテム課金などがほとんど存在しない。これは、普通のMMOからするとびっくりだよな。まぁ、最初だけ金出して、後は課金せずに存分に遊べるってのなら俺としては面倒がなくて嬉しい限りなんだが。


 てかそもそも、このソフトにいたってはタダだし。


「帰ったら情報集めだな」


 俺は日曜のサービス開始を万全の準備で迎えるため、とりあえず『IWO』についての情報を集めることにした。

『IWO』は、プレイヤー一人ひとりが自分の思うプレイスタイルで遊べる自由性が売りでもある。最低限始める前に自分のプレイの方向性は決めておくべきだろう。




次回ログイン。更新は亀。

主人公は高校生です。作中のある出来事とは、九乃と玲花の出会いのお話。本編が落ち着いたら過去編として掲載予定です。

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