9 ものすごく怒られ心配される生き方しかできないのは、俺に力が足りないからだ
すてきなかおり。あたたかい。
「ケイタさん!」
なきそうなこえ。かなしいのかい?
「ケイタさん!」
この人をかなしませるのは、だれだ? おれがゆるさないぞ。
「ケイタさん!」
この人、じゃない。フィーラさん、だ。大丈夫。俺が助けるよ。
「ケイタさん! 返事してください!」
返事、返事、うん、するよ。あれ? 声が出ない。
「ケイタさん! お願い、返事してください! ケイタさん!」
フィーラさんの泣きそうな声。返事しなきゃ。泣いちゃう。それは、ダメだ。
「ケイタさん!」
「は……い……ケイ……タ…………さん……です、よ」
薄く目を開ける。視界いっぱいのフィーラさんの顔。
「ケイ……タ……さん……」
顔に温かい液体が当たる。泣いてる……フィーラさんが泣いてる。
「誰、が、フィーラさん、を泣か、せたの? 俺が、殴り、に、行く、よ」
しっかりとした声が出ない。これじゃフィーラさんが心配してしまう。
「バカ! バカでしょ! ケイタさんバカでしょ!」
「バカ、とは、ひどい、な」
重たい右腕。なんとか上げる。フィーラさんの涙を拭う。
その手を両手で包み込まれた。ああ、温かい手だ。俺はこの手のためなら戦える。
「大丈、夫。死なない、よ。フィーラ、さんが、幸せに、なるため、に、俺、は、いる」
言葉が弱い。こんなことではフィーラさんが、心配してしまう。
フィーラさんの膝枕、そうか、それで視界いっぱいのフィーラさん、だったんだな。
自分の手は、変身前の手、だった。意識が飛ぶことで変身が解かれ、付与されていた黒き契約のディルファも消えたのだろう。
〈黒き契約のディルファとの【血の契約】は完了しました。捧げられた血液は30リットルです〉
「フィーラさん、少し、眠り、ます。大丈夫。死なない、から、ね。起きたら、ちゃんと、お話、します。ちょっとだけ、休憩、させて。膝枕、きもち、いいから、ね」
ブラックアウト。
目覚めは最低だった。頭が割れるように痛い。
かつて親父殿に聞いたことのある二日酔いというのはこういうことだろうな、と思う。
ブラックアウト前、30リットルの血を捧げた、とか聞こえた。幻聴でないのなら全血液量の5〜6倍ほど失ったことになる。俺の体はどうなっているんだろう。
重たい瞼を開けると、客間の天井が見えた。
部屋は暗い。夜…なのだろう。どれくらい寝たのか、わからない。
左手にぬくもりと、人の気配。視線を巡らせる。
左手を包んでくれているのは、フィーラルテリアヴァーデン。ベッドの脇に椅子を置き、その椅子に座って、ベッドに突っ伏して今は眠っている。
苦労して体を起こす。倦怠感が全身を駆け巡る。
枕を腰の後ろに置き、安定させる。
深呼吸。倦怠感から全身が文句を言う。
深呼吸。全身に酸素を送りこみ、倦怠感を追い出す。
深呼吸。よし、いける。もう大丈夫。でも念の為、もう一回。
深呼吸。大丈夫だ。ケイタ、男だろう?
「おはよう、フィーラ、さん」
途切れ途切れながら普通の声が出た。俺の声にフィーラさんはガバっと起きた。
「ケイタ……さん?」
「はい」
やせ我慢でニッコリ微笑みながら返事をしたら抱きつかれた。
「なんで、なんであんな! あんな!」
ああ、柔らかいなあ。
「なんで、って……うーん……こう、だから、かな?」
ギュッと抱きしめ、フィーラさんの首に口づける。
「あなたの、国が、いや、あなた、が、グンダール、に、蹂躙、されたら、俺は、多分、死んで、しまう。少し、でも、その、リス、クが、下げら、れるなら、俺は、がん、ばれる」
呼吸が整わない。だいぶ衰弱したのか、俺。意識と体との不一致。イラつくが、どうにもならない。
「ケイタ……さん……」
「実は、初め、て会っ、たと、きに、あなた、が、可憐、で、す、てき、な人だ、な、ってお、もって、いた、んです。そん、な、人に、恥ず、かし、いお、もいを、させ、てしまった。じゃあ、俺に、出来ることは? って、考え、たんですよ」
フィーラさんの耳元に囁く。
「あなた、の、故郷、の、ヴァー、デンは、グン、ダールの、脅、威に、曝さ、れている。俺、の出来る、ことは、グン、ダールの、脅、威を、打ち、消すこと。それ、しかない」
フィーラさんは小さく首を振る。
「俺、らは、グン、ダール、の、ルヴァート、に、呼び、出されて、しまった。グン、ダール、の脅、威は増し、ています」
フィーラさんの香りを吸う。甘い、素敵な香り。
「でも、その、お陰、で、フィーラ、さん、と、出会う、こと、が、出来た。その、点だけ、は、ルヴ、アート、に、感謝、して、います」
フィーラさんの頭を撫でる。
「俺は、俺、の、出来る、ことを、あなたの、ために、やり、遂げる。そう、決め、たんです」
ドアがノックされる。フィーラさんから離れて、返事をする。
「はい」
「俺だ」
ガルの不機嫌そうな声が聞こえる。
「どう、ぞ」
ドアを開けガルが入ってくる。
「娘を口説くなとは言わん。むしろそっちのほうがいい。だがな……」
怖い顔でガルがずんずんベッドに寄ってくる。
首根っこを捕まれ、顔を寄せてくる。
「勝手に、死のうとするな」
耳元で囁かれた。
「はい、すみ、ま、せん」
ここで解放される。
「ケイタ、で、体調はどうだ?」
「明日、には、元通り……とは、言い、ませんが、普通に、動ける、と、思い、ます。だい、ぶ、意識、も回復、しました」
「ならば、よい」
「明日、以降、どこか、で、少し、時間を、いただ、けます、か。今回、の、細かな、事情、説明、を、します」
「そうだな、明日、そうしよう。フィーラ、行くぞ」
「嫌です」
「フィーラ、ケイタは死にかけた。わかるな?」
「わかります、わかりますけど、わかりたくありません」
「フィーラ、ケイタは死にかけたのだ。わかるな?」
「……はい……」
「フィーラさん、また、明日、ね」
すごく不満そうにベッドから離れるフィーラさん。いや、うん、俺が悪かったってば。ね。
「大丈夫。明日、また、お話、しま、しょうね」
重たい手を無理やり上げ、小さく振る。フィーラさんは半泣きになりながら、小さく手を振り返してくれた。
死んだように眠った。目が覚めたら日はかなり高い
頬を両手で挟み込むように叩く。気合注入。
ベッドから降りて、部屋を出る。かなりふらつく。
食堂へと向かう。何もなくても水か果物があればそれでいい。今は食べて回復するのが先決だ。
食堂への道がすごく遠く感じる。休み休みたどり着くと、フィーラさんとルテリアさん、そしてガルがいた。
「ケイタ、おはよう」
「ガル、おはよう……というか、そろそろ、こんにちは、だね」
「そうだな」
肩で息。かっこ悪いぞ栗原慶太。シャキッとしろ。
「お腹、空いたので、何か、食べるもの、あります?」
「何を食べたい?」
ルテリアさんの問いに暫く考える。本音を言えば流動食のような食べやすいもの。でもそれはみんなを心配させてしまうだろう。
「そうだなあ、甘い物と、そして、肉だな、肉」
「死にかけたのに肉か。若いなケイタ」
「そうだよ、ここにいる、誰よりも、若いからね、俺」
ウィンクする。ここは意地を見せるところ、だ。ここで気弱な姿を見せたら、フィーラさんが悲しんでしまう。
「あ、ディーガルが、いたか。ごめんな、ディーガル」
てちてち、という雰囲気で歩くディーガルが俺の方に寄ってくる。ルテリアさんがディーガルを抱きかかえる。ちょっとご立腹のディーガル。でもお母さんに抱っこされていることに気がついてご機嫌に。かわいいねえ。
とりあえずは椅子になんとか座り込む。ダメだ、これでは。
左隣にフィーラさんが座る。
「こんにちは、フィーラさん」
微笑みかける。男だろ、クリハラケイタ。ため息をつくな。息を荒げるな。
「こんにちは、ケイタさん」
半泣きのフィーラさん。左手を上げる。腕が重い。奥歯を噛みしめる。だけど口角は上げる。微笑む。やれるはずだ。俺はケイタヴァーデングァース。伝説の勇者だろう。
「どうしたの、フィーラさん。何か……悲しいことが、あった? ひどいこと、するやつは、俺がぶん殴るから、言ってね」
左手でフィーラさんの頭をポンポンする。
フィーラさんはそのまま静かにはらはらと涙を流す。
左手の人差し指を曲げて、フィーラさんの涙を拭う。重たい。泣き言を言うな、ケイタ。
「ほら、美人が台無しだよ。ね、大丈夫、だから。ね」
最後まで意地を張り通せ、栗原慶太。言葉を区切るな。息を整えろ。
「ケイ……タ……さ……ん」
「はい、ケイタさんですよー……。大丈夫ですよー……。生きてますよー……。ねー」
「ケイタさん、あんた、バカでしょ」
ルテリアさんに言われる。
「よく、言われます」
「でしょうね。本当にもう、こんなバカ、見たことないわ」
「今、見てる、じゃないですか」
「……本っ当に、バカね!」
「お褒めに、預かり、恐悦、至極」
ウィンクしてルテリアさんを見る。ルテリアさんも泣いていた。
結局リンゴのジュースと水を摂った。
「黒き契約のディルファ、という刀と【血の契約】を、交わしました。魔力、体力を吸うことで強化される、伝説級の武器です」
「【血の契約】、とは?」
「契約者が、捧げた血液より、多くの血液を、捧げなければ、ディルファを使うことが、できなくなるという、一種の、呪い、でしょうかね」
水で口を湿らせる。
「さらに変身という技能が、解放されました。フィーラさんが、私とわからないほど、変わるようなので、カヴァーとして、使えると思います」
ガルは頷くと俺の肩に手を置いた。
「ケイタ、お前はなぜ私たちにここまで肩入れするのだ?」
「ガルに、助けられたこと。フィーラさんを、勘違いとはいえ、傷つけたこと。恩とお詫び、それと……フィーラさんが素敵だ、では答えに、なりませんか?」
息切れしながら言う。かっこ悪すぎる。
「……ケイタ、お前……」
ガルは俺の肩に手を置いたまま俯いた。
「さらにもう一つ、謝らなければならないことがある。ああなることを予想しながら情報を絞った。お前に我が一族に加わってもらいたかったから、な」
「なんだ、そんなこと、ですか。そのお陰で、私はフィーラさん、という、素敵で、可憐な女性と、お近づきに、なれました。ありがとう、ガル」
サムズアップしようとしてちょっと顔をしかめる。かっこ悪いなあ、俺。
そんな俺を見てガルは顔を歪め静かに泣く。みんな泣き虫だなあ。
「俺は、決めたんです。グァースとして、生きる。それしか、ない」
息も絶え絶え、かっこ悪いグァース。たぶん史上最弱じゃないかな。
「だから、大丈夫。生き方が、決まれば、俺は、平気。今までも、そうだった」
フィーラさんに抱きつかれた。この人を守るためになら、なんでもやる。そう、決めたんだ。
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2019/05/17 これで今までのストックはすべて出しました。ここからは出来上がり次第公開します。