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7 人は独りで生きるしかないが、独りでは生きていけない

 客間に戻る。

 日本とこの世界では常識が大きく異なるようだ。

 俺も大概エキセントリックな思考をする方だと自分で思っていたが、ガルやフィーラさんの言動を見る限りにおいて……。

 いや、やめよう。ここでは俺が異分子なんだ。

 平和ではない、生きるだけでも大変な国。たぶん、その常識は俺とは違う。

 測定という技術で、評価が丸見えになる社会。

 十分前線で戦えると言われたクラスメート。じゃあ彼らは前線で戦うことになるのだろうか。いつから? どこで?

 剣や槍を使うこともできぬ現代日本人の我々が、近接集団戦闘で役に立てる可能性とは?

 潜在魔力性能(ポテンシャル)のみで戦い抜けられるような戦場なのだろうか。

 逆に測定拒否をしたクラスメートはどうなってしまうんだろう。完全実力主義のグンダールで測定拒否はもともと少ない人権を失うのと同じ、気がする。

 では俺のように測定が出ない人間は、どうなんだ? 見えているのに、見えない者。ルヴァートは危険分子として処刑しようとしてきた。

 測定されていて、測定されていない。人であるようで、人ではない、なにものか。そういうことなのだろうか。

 じゃあ栗原慶太は何者なのか?

 クラスメートがまるごと消えた高校はどうなっているのだろう。

 イインチョの親なら悲しんでいるだろうなあ。俺の親は……やめよう。気分が沈む。

 物理の田中はどうなったんだろ。こっちに来てないのかなあ。それとも違うところに飛んでいった? まあ田中だから大丈夫だろ。あれは殺しても死なないタイプだし。

 とりとめもない思考がグルグルと回る。こんなにも不安になるのは久しぶりだ。

 大きなベッドに腰掛ける。

 俺じゃないけど、クラスメートの左手を吹っ飛ばした。

 クラスの女の子を丸裸にして縛り上げた。晒し者にしてしまったなあ。なんであんなことをしてしまったのだろう。

 魔法を使いこなした……ってほどでもないか。でも使えた。

 魔軍の長とともに脱走した俺。

 クラスメートの立場が悪くなってないといいんだけど。無理な相談かなあ。

 空を自由に飛べる楽しさ。

 綺麗な人との混浴。そして知らなかったとはいえ傷つけてしまった。

 自己嫌悪。


 ドアが控えめにノックされる。

「はい」

「私です。フィーラルテリアヴァーデンです」

 ベッドからドアへ向かい、開いて招き入れる。

「ケイタさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ」

 さっきの接触を思い出し、ちょっとドキドキする。が、そのドキドキは長続きせず、思考は暗く淀んでしまう。安全が確保されたからこその、問題の認識。

「大丈夫そうには見えない、です」

 いや、ダメだよ。綺麗な人に心配させてはダメだ。

「そんなことはないですよ。少しのぼせてクラクラしているだけです」

 サムズアップして無理やり笑う。フィーラさんは寂しげに微笑んで、俯いた。

「ケイタさん、あなたは強くて、優しくて、誠実な人、ですね」

「そうですか? 何も考えていない、ちょっとエッチなことが好きな、普通の高校生ですよ。今もまだフィーラさんのことを思い出してドキドキしてます」

 サムズアップしてニカっとした笑顔を継続。でもフィーラさんは俯いていて見てくれない。

精神通話(トーク)消音(ミュート)を意図的に教えなかった。酷い父です」

「あー……まあ見られても困るものでもなし」

「多分、ケイタさんが考えているよりももっと多くの範囲を見ています」

 サムズアップしていた手をそのまま後頭部へ。ポリポリ掻く。なんて言ったらいいのかなあと考え、綺麗な人が落ち込んでいるのは俺が耐えられないので笑わせる方向に持っていこうと頑張ってみる。

「あらー、ガルったらー。いやん、えっちー。そんなに俺に惚れたの? でもガルにはルテリアサリーンヴァーデンって綺麗な奥さんと、フィーラさんって可愛い娘にディーガルって可愛い息子までいるじゃなーい」

 フィーラさんはそのまま俺に抱きついた。ほのかな体温が伝わる。

「ケイタさん。独りは心細いですよね。仲間もいない、人族すらいない、故郷にも戻れない」

 フィーラさんの声が震えている。俺のことで心を痛めてくれている。フィーラさんは俺を優しい人、っていうけどフィーラさんのほうが優しい人、だよ。

 フィーラさんの背中を軽くさすって、天井を見上げながら言う。

「ほら、大丈夫。こうやって綺麗な人に抱きつかれて、素敵な体験ができてる。異世界転移ってのも悪いものじゃないよ。元の世界では体験できないことだらけで、おら、ワクワクすっぞ」

 ……ああ、ネタわかんないよね。ゴメンねフィーラさん。うん、少し動転してるわ、俺。

 しばらくそうしてふんわりと抱きつかれていたけども、さすがに夜も遅いし、ねえ。

 両肩に手をあてて、そっと体から離れるように促す。

「さあ、フィーラさん。もう夜も遅いし、また明日、ね。俺は元気だから、大丈夫だから」

「……はい」

 フィーラさんは名残惜しそうに部屋を去っていった。

 ドアを閉めて寄りかかる。ズルズルと床にくずおれ、ため息をつく。

「栗原慶太。男だろ。気合い入れろ」

 頬をバシバシ叩いて、立ち上がる。


 ベッドへ移動するも眠る気になれない。フィーラさんが来る前に考えていたこと、フィーラさんのこと、ガルが知っている、俺のこと。

 いろんな考えが頭を巡る。こりゃあ、ダメだ。

 客間を抜け出し、散歩することにする。

 ヴァーデンの城は夜でも意外と明るい。地下の大浴場はリラックスするために照明を抑えてあったのだろう。魔族は潜在魔力性能(ポテンシャル)が高いので灯りに魔力を用いても困らないんだろう。

 そんなことを考えながら歩く。

「グァース、もう夜でございますよ」

 警備兵に声をかけられる。

「そうですね。でも眠れないのです。今日はいろんな事がありました。しばらく考えを整理するために散歩をしております」

「そうですか。ただ明日に障りますのでお早めの就寝をお勧めします」

「そうですね。ありがとう。もう少し散歩をしたら、寝ます」

 フラフラと目的もなく城内を歩く。

 広い庭園に出た。ベンチに人影が二つ見える。あの頭はガルだな、たぶん。もう一つは、多分ルテリアサリーンヴァーデン、奥さんだな。

 後ろからそっと近づく。盗み聞きって趣味悪いけど、その前にガルは俺の全部を見ているわけだし、いいよね。

 ……会話してねえ……精神通話(トーク)か、あるいは本当にただ二人で座っているだけ、か。

 そっと離れる。

「ケイタ、いるんだろ」

「わ、わんわん」

「犬が城内にいるわけ無いだろう」

「バレてたかー……すみません、夫婦の時間に割り込んで」

「フィーラが全部話しただろう? ガルグォインヴァーデンズィークというのは、そういう男だ」

「いや、だって王様でしょ? 得体の知れない異界のにーちゃんに全部託すのはありえないからそれはそれでいいんじゃない?」

「それでも、それでもだな」

「んー、プライベートな部分を見られているのは理解したけど、じゃあそれを口に出さないなら、知らないのと同じ、じゃないかな。それくらいはガルに要求してもいいよね」

「ケイタ……お前は……」

「自分の知らないところで、自分の秘密を誰かに知られる、なんてことはどこでも起きること。じゃあその秘密を知った上でどうするか、でその人との関係は決まるんじゃないかなあ、って思ってる。17の若造の理想論だけどね」

 ウィンクしてみせる。

「ケイタさん、あなた、いい男ね」

「ルテリアサリーンヴァーデンさん、それはちょっと高評価過ぎませんかね?」

「あー……わたしのことはルテリアでいいわよ。もう息子みたいなものだもの。でもあの子(フィーラ)のことを考えたら、ルテリアさん、のほうがいいかしらね」

「そう、ですかね……ルテリアさん」

「うん、いい男よ。ガルがいなければケイタって呼びたいくらいに」

「ガルのほうがいい男でしょうに」

「そうね、私にとっては」

 ルテリアさんはそう言い、微笑む。ガルは苦虫を噛み潰したような顔だ。

「ま、とりあえず、私はガルを嫌っていない、というかむしろ好きですよ。友達として……って平民の17の若造が王様に友達っていうのもなんか烏滸がましいというか、うーん……まあでも、そんな感じですよ」

 ガルはそれを聞いて、俯いてしまった。

「ケイタ、お前の無償の友情に私は……私は……」

「だからそれはいいってば。立場も違うんだからしょうがないでしょ。しかも蛮族に囚われて処刑寸前。そんな異常事態だもの。むしろ俺あそこから逃げられたのはガルのお陰なんだからお互い様、でしょ」

 俯いてしまっているガルに近寄り、手を取る。

「ほら、王様。しっかりして。明日から、ちゃんと王様するんですよ! ね!」

 ルテリアさんが笑う。

「そうよ王様。くよくよするのは今日まで。明日からはガルグォインヴァーデンズィークに戻りなさい。でも、今日は私が甘えさせてあげるわ」

 いい奥さんだなあ、と思う。

「あ、そうそう。ケイタさん、フィーラと一緒に寝る?」

「……お断りします」

「なんでよー」

「ルテリアさんは基本いい女だと思うんですが、時々ダメ女だと思うんですよね」

「ひどいなーケイタさん。仮にも義理の母に向かってそんな言い方ないでしょう?」

「いつ俺の義母になったんですか。まったくもう。そういうところがダメな女なんですよ……でもまあ、それでガルが救われている気もします。そう、ガルを救うためにしているんですね」

「……バカですかケイタさん」

 俯いてくねくねしているルテリアさん。ああ、この人も可愛い人なんだなあ。でもフィーラさんのほうが……って何考えてるんだ俺。立場が、立場が、ね。

「はい、バカです。最近、周りの人にすごく恵まれている、バカです」


 心の眉間に寄っていた俺のシワもこれで伸びた気がする。

 考えても仕方のないことは考えない。

 でも、今日は、その意味のあることを考えるのもやめよう。それは明日からすればいいこと。

 無事に、ここにいる。

 自らが何を為すべきか、為さぬべきか。

 そしてここにいる意味はなにか。

 少し、見えてきた気がした。

2019/05/20 表現を少し修正しました

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