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 At 至高館高校 2-D 18:30


「なあ、イインチョ」

 児島が気だるそうに語りかける。

「何よ?」

「なんでウチのクラスだけ5人少ねえんだろうなあ。文化祭の手が足りねえよ」

「知らないわよそんなこと!」

 看板をのたくたと塗っている児島に向かって高木が若干のイライラを含ませながら返答する。

「4クラスあんだろ? 155人なら38~39人で編成すりゃいいのにさ」

「そんなこと考えている暇があるなら手を動かす! ほらほら!」

 そこまで言った後で高木は首をかしげる。

「でも、そうよね……なにか引っかかるのよね……」

 高木はシルバーのチョーカーを右手で触りながらつぶやく。

「かなぴー、赤いリボン足りない~」

 相田が高木に向かって手をふる。

「分かったわよ! 江藤くん、買い出しお願いできる? あと他に足りないものリストアップして!」

 大柄な男が立ち上がり高木の方を向く。

「俺? そんなのは……あれ? うん?」

 江藤は顎に手をやりしばらく首をひねる。

「なあ、高木。なんか忘れているような気がしないか? 俺たちは、その……まあ、あれだ……潜在魔力性能(ポテンシャル)のある世界にいたわけだが、そのせいかね……何か、こう、違和感が常にまとわりついているような……そう、なにかが足りない」

《ふふふ、ありがとう》

 クラスメートが一斉に天井を見る。

《俺は、もう……そうだな……()()、な》

「待って! く……あああぁぁぁ!」

 高木は喉を両手で包み込み、叫ぶ。

《落ち着け、イインチョ》

 苦笑交じりの声。

《そろそろ、時間だ。じゃあな》

 パチン、と硬い音が響いた。


――


 At アルピナ魔法学院内旧フィオドラ研究所 深夜


 ディングトゥは日課となっている廃棄された研究所の掃除をしていた。

 広大な研究所ではあるものの、何も置かれていないがらんどうな建物の掃除は大した手間ではない。

 最後にフィオドラを抱きしめた場所に佇み、黙祷を捧げる。

「お前は、なんだ?」

 顔を上げず、小さくつぶやく。

《流石だね、魔人形(ディング)

「その名で私を呼んでいい良人(ひと)はすでにいない」

《それは失礼した。謝罪しよう。ある種の永遠を意味する君に嫉妬したのだよ》

「強大なちからをもつものに言われてもな」

 ディングトゥはゆっくりと顔を上げ、左目を開く。紅く光る目が周囲を射抜く。

「さて、この潜在魔力性能(ポテンシャル)魔素(エーテル)の濃さは……」

《私の影響だろうね。まあ、もうすぐいなくなるんだが……一つお願いをしてもいいかな?》

「私の祈りを邪魔しないのなら」

《そんなつもりはないよ。なに、アリサ・アルピノヴァの守護者となってもらえないかなと》

「理由は?」

《袖触れ合うも他生の縁、というやつだ。マルス・アルピノフを片付けられなかった俺の落ち度なんだが、まあ、ね》

「報酬は?」

《そうだな……》

 部屋が光に包まれる。ディングトゥは目を閉じる。空間に奇妙にねじ曲がる。光が消えると、一人の女性が立っている。

「ただいま、ディングトゥ。お掃除いつもありがとうね」

 目の前にはフィオドラが立っていた。ディングトゥの論理回路がフル回転する。

 フィオドラは死んだはずだ。

 フィオドラはぎりぎり助かった。

 アルマは失敗した。

 アルマとはなんだ?

 ディングトゥの論理回路上の記憶が補正される。抵抗を試みたが、だが、途中でその抵抗をやめた。

「承った。過去がどうあれ、今があるのならそれでいい」

《感謝する。それでは》

 パチン、と硬い音が響く。

 フィオドラはディングトゥに抱きつき、キスをした。


――


 At リッザ謁見の間 夕刻


「して、ファーレン、隠居とな?」

 玉座からリシャルトが降り、控えているファーレンの肩に手を置く。

「ええ、フェリシアも育ちました。これ以上現役にこだわることも無いでしょう。あとは彼らを弔いながら朽ちてまいります」

「そう……か」

「唯一の気がかりは、あの跳ねっ返りが嫁入り……はて……?」

 そこでしばらくファーレンは黙り込む。

「嫁入りの予定があったような、そんな気が……」

 ファーレンの言葉にリシャルトも頷く。

《やあ、竜殺し殿。久しぶり》

 ファーレンは眉を吊り上げる。

「お前は、何者だ?」

《そうだな……何者なんだろうな。もう僕にもよくわからない。ただ、壊れた世界はいずれ癒えるもの。疵痕が残るかもしれないが、だが、それもまた時間が解決するだろうね》

 リシャルトはファーレンの肩を叩く。

「何を言っているのだ、ファーレン。誰と喋っておる」

《ああ、関係が薄いからね。王様には聞こえていないと思うよ……跳ねっ返りさんにもよろしく》

「おのれ妖魔!」

 ファーレンが立ち上がろうとしたときにパチンという何かが弾けた硬い音がした。

 ファーレン・メーヴィスは王の前に立っていた事に気が付き、慌てて膝をつく。

「失礼いたしました、我が主君よ」

「ん……ああ、儂とお前の仲ではないか。気にするな」


――


 At フェーダ軍教練場 昼


 フェーダの常勝将軍エシュリア・カイルハーツはヴァーデン駐留の任務を終えてから教練場でひたすら体をいじめる毎日を過ごしている。

「エシュリア様、それ以上は……」

「うるさい! あたしは、最強じゃなければならないんだ!」

 止めようとした副官に食って掛かる。温和な彼女には珍しいことだった。

「エシュリア様に勝てる相手など、この地には……」

「いる」

「リッザの竜殺し殿は、すでに年齢が……」

「ファーレン・メーヴィスではない! 彼は」

 そこでエシュリアは固まる。

「彼は……」

《やあ、エシュリアさん。元気そうだね》

「お前は!」

 エシュリアは天を睨む。

 副官は左右を見回し、気の毒そうにエシュリアを見る。

《ま、黙って聞いてて。あなたにしか聞こえないから。エシュリアさんは可愛いんだからさ、もう少し幸せを掴む方向に行ってもいいと思うんだ……俺みたいに突っ走ると、最後、哀しいことになる》

 エシュリアは鼻にシワを寄せ、天をにらみつける。

《ほら、美人がもったいないよ。笑顔笑顔》

「そんなことを言うのは、ケ……うあああぁ」

《ごめんね。俺はこれで消えるから》

 パチンという硬い音が響く。エシュリアは棒立ち状態だった。

「エシュリア様……?」

 副官が声をかけると柔らかな笑顔を向ける。

「そうだな。根を詰めてもいいことはない。休憩するとしよう」


――


 At ヴァーデン城 朝


「おはようございます」

 テーブルに付きながら、ヴァーデンの姫フィーラルテリアヴァーデンがその父ガルグォインヴァーデンズィークに挨拶を投げかける。

「うむ……ときにフィーラ」

「はい、なんでしょう?」

「私は孫を抱くことが出来るのかね?」

「ディーガルに期待ですね」

 美しい姫はしれっと返す。

「お母さんとしては……あら?」

 ルテリアサリーンヴァーデンは頬に手をやり、しばらく考え込む。

「おかしいわね。なにかが」

 ルテリアサリーンヴァーデンはその姿勢のまま考え込む。

「ガルほどじゃないけど、いい男がいたような気がするのよね」

《干渉に打ち勝つとは……素晴らしいですねお義母(かあ)さま。でも……そうですね、フィーラさんにはいい人を見つけてほしいのは同意見です》

「あなた!」

 フィーラルテリアヴァーデンは立ち上がりながら声を上げ、そして口を押さえ、目を見開く。

《ありがとう。でももう私にはその資格がない。勝手な言い分で申し訳なく思いますが、あなたは、あなたの人生を歩んでほしいのです》

「なんで、なんで」

《私は、私であることを辞めました。ごめんね、フィーラ。愛していたよ》

「いや、いや、いやああぁぁ!」

 幼子のように頭を振り、地団駄を踏む姫。

《困った姫だ。さあ、これで》

 パチン、と硬い音が響いた。

「どうした、フィーラ」

「……あれ?」

 父に声を掛けられ、首をかしげながら座るフィーラルテリアヴァーデン。

「なんで私立ち上がったんだろ?」


――


 At ??? 大禍時(オオマガトキ)


「すべてを食らいつくすか」

「だが我らはすべてでありすべてでもなく、死でもあり、生でもある」

「ないことすらも我々であり、あることも我々だ」

《うるさいな。もう》

 花輪が煌めき、回りながらすべてを吸い込み、そして無数の花輪が生み出され、落ちていく。

 溶け込み、引き伸ばされ、あちこちへと散らばる。分岐がさらに大きくなり、散っていく。

「一つの世界の終焉は、無数の世界の誕生を意味する」

「我々が世界と親しいときにはその災厄もまた大きいが」

《だからうるさいっての。俺たちは退場するべきものなんだから》

「……そうだな、にんげん」

《さあ、ともに散ろうぜ。それくらいは付き合ってやる》

 パチン、と硬い音がした。


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