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59 送還

 挙式が終わった翌日。俺達が召喚された広間に全員を集める。

 山岡も含め35人。4人の行方は追跡できたが、戻ることのできない場所にいた。

「よくぞわが招聘に応じてくれたな、異界の勇者たちよ」

 俺の言葉に苦笑半分、白い目が半分。まあ、そうなるな。

「おい慶太、頭大丈夫か?」

 江藤が苦笑交じりに答える。

「ふむ、そうだな。いきなり言われても納得はできぬだろう」

 俺はここで両手を広げて笑う。

「ま、ネタはここまでだ。今日集まってもらったのは、重要な話があるからだ。お前達を、還す」

 全員がざわつく。

「還すって……?」

 イインチョが声を上げる。

「言葉通りだ。もとの世界に戻す」

「え、でも……」

「千葉、長谷川、菊池、前田はすでに亡くなっている」

「そりゃお前が殺したからだろ!」

 古澤が声を上げる。

「そんなことはしない。あいつらはグンダール、厳密にはルヴァートに売られ、奴隷として死んだ。信じるかどうかは好きにしろ」

「そもそも元の場所に元の状態に戻るんだろ? そりゃ無理だ」

 江藤の言葉に皆が頷く。

「いいや。ルヴァートは嘘を言っている。あいつにはもとの世界に戻す能力はなかった」

「まるでお前にはあるような言い方だな」

「あるよ」

 さらっと言い返す。

「なんだと!」

 江藤が俺をにらむ。クラスメートがざわつく。ざわつきが落ち着くまでの間、ぼーっと考える。

 おそらく、彼らは元の場所には戻れるが、元の状態ではないだろう。(ひず)みを修正するには、更に(ゆが)ませることになるはずだ。その影響は世界と、おそらくは俺が引き受けることになるのだろう。

 やがて静寂があたりを包む。

「さあ、始めようか」


 クラスメートを整列させる。スキルの使い方はなぜか分かった。

 【異世界視察】で、還す世界を見る。

 懐かしの至高館高校2-Dの教室が見える。机も椅子も片付けられている。黒板に書かれた日付は真面目に更新されている。()()()から3日、だろう。たぶん。

「よし、やるぞ」

 全員を見回す。【他者送還】を起動。大きな魔法陣が床に描かれる。

「おおお!」

 どよめきが上がる。その魔法陣の外にいる俺に気がついたのかイインチョが声を上げる。

「え、あれ、栗原くん⁉」

「先に帰っててくれ。俺も後から行く」

「え、ちょ」

 そこで彼らは、消えていった。

 【異世界視察】で2-Dのクラスを見る。

「全員、いるな……」

 異世界の服ではなく、高校の制服姿で、教室に立っている姿が見える。

 しばらくすると現実を認識したのか大きく手を振り上げ、ハイタッチし、抱き合っていた。

 声は聞こえないが、それでも十分にわかる、歓喜の渦。

 【異世界観察】を切る。

 生温いものがこみ上げてくる。右手で口を抑え込み、飲み込もうとする。

 無理だった。指の間から粘り気のある液体が吹き出した。

 リミッターをまとめて30段ほどぶち抜いた感覚。

 視界がモノクロになり、周辺から中央に向けて暗くなる。

 平衡感覚の消失。なんとか横に倒れたところで意識を手放した。


『おつかれ、勇者』

 誰だ、お前は。

『君の認識で一番近い存在なら、神かな』

 俺で遊んで楽しかったか?

『遊んでいたわけではないんだけどね。サイコロの結果がそうなった、というだけで』

 ラプラスの悪魔ってわけではないんだな。

『そりゃね。多少は偏らせることもできるんだけど、観察者が多数いる場合は難しいところだね』

 よほど人造の神のほうが優秀そうだな。

『そもそも神なんて人造のものじゃん』

 随分とライトな。

『そりゃそうさ。我々は人間の想像で出来ている。人間の思想に合わせて変わっていくものさ』

 で、何の用だ?

『んー……今回の事態は我々の失態でもあるんでね。君が心穏やかに過ごせるようにしたいんだ』

 無理だろうよ。俺は()()だし、世界はこの俺を舞台に組み込んだ。

『ま、そのへんはおいおい。僕たちは少なくとも君の味方だよ』

 どうだか。

介入(インタラプト)していた連中は、しばらくは大人しいだろうね』

 ようはお前達神々の権力闘争に巻き込まれたってところか?

『端的に言えばそうだね。そこにレグラスという異分子がルヴァートと結びついてこうなった』

 くだらない。

『そうだね。でもそうしなければならなかったんだよ』

 人を巻き込むな。迷惑だ。

『こっちの世界は』


 そこで意識を取り戻した。体を揺すられている。

「あんまり揺らさないでくださいな。また吐きますよ」

「ばかあああぁぁぁ!」

 フィーラにしがみつかれて泣かれた。汚れていないのを確認してからフィーラの背中を左手で軽くなでさする。

「大丈夫、生きてます。そう簡単には死にません。まだ新婚ですからね」

 口の端で笑う。

「こんなところで今度は何をしたんですか⁉ もう!」

 フィーラの泣き笑い。だが()()()()、だと?

 自分に向けて【解析】を発動する。


〈解析結果〉―通知


 【他者送還】のための対価として彼らがこの地にいた事の記録を利用した。情報はすべてエネルギーとなる。

 彼らがいた事によって改変された事象については、世界の柔軟性――にも限界があるため、使用者に一部を負担してもらうことになった。

 神としての一歩をさっさと進みたまえ、にんげん。


 違和感。

 おそらく、介入を食らったのだろう。

 ため息。事態はまだ収束していない。

 神としての一歩、ね。

 フィーラが落ち着くまでそっとその背中をなでながら、そんなことを考えていた。


 かつてのクラスメートのことを知っている人間がいない。ほぼ確定した。

 だがそんなことはお構いなしに新しい秩序の構築が進んでいく。

 城内にエシュリアとアリサとフェリシアの居室が出来上がっていく。調度品が運び込まれ、人が住む部屋へ。

 フェリシアは結局ヴァイアブリーへ来ることになるらしい。ガルの尽力、なのだろうな。逆にリッザから輿入れがない状況の場合、他の3国との立場の差が軋轢を生むだろうから、これはこれで仕方のないことなのだろう。

 自分でもわかるが、あの日から思考が沈み込んでいる。

 笑わなくなったな、と他人事のように考えている。

「フィーラ」

「はい」

 フィーラは私を見て少しビクつくようになった。それが少し気になった。

「しばらく、ヴァーデンに戻るか?」

「……え?」

「怖いのだろう、私が。仕方のないことだがな」

 苦笑を浮かべつつ、フィーラを見る。以前のフィーラならここで罵倒しながらも抱きついてくるような動きをしたはずだが、今のフィーラにはその動きはない。

 正直、どうでもいい。

 私は、私ではないなにかに変容しつつあることを感じ取っている。

 人ではないなにか。

 おそらく、神。

 まあ、なんでもいいさ。

 おそらくクラスメートが痕跡もなく送還された結果の余波がここにきているのだろう。

「送るよ、フィーラ」

 彼女を抱きしめて、跳んだ。


 それから数日。気がついたのは頭を洗っていたときだ。爪ではない硬いものを感じ、まじまじと左手を見る。

 左手の五指の第一関節の部分が、白っぽく固くなっている。タコのようなものではない。もっと異質な、なにか。

 【解析】すると空打ち。まだ情報を与えるべきではないということか。


 左手の白くなった部分は徐々に広がり、そして更に硬質化し、金属光沢まで出てきた。

 すでに指は全て白銀の金属質に変わっている。不思議なことに自由に動かせるし触感が残っている。

 硬さは恐ろしいほどで、一回ディルファで切ろうとしたが、ディルファが泣き言を喚いた。

 曰く「神を斬ることはできませぬ」と。

 そうか、と納得した。私はそういえばにんげんをやめたのだったな。

 【解析】起動。


〈解析結果〉―通知


 新たな神を歓迎する。その左手は力の象徴。受け取るがいい、にんげん。


 敵対していた神々が優勢となったのだろう。まあ、どうでもいい。


 それから1週間、前腕部の半分まで金属質に変質した。手の甲に丸いレンズがはめ込まれ、ぼんやりと緑に光っている。

 神になったというからにはなにかできるんじゃないか、と干渉してみる。

 できた。ついに人間卒業してしまったようだ。

《おめでとうございます、マイマスター》

 左手から声が聞こえる。干渉の結果。

《できれば私に名前をつけていただけますか?》

 ガーランド。

花輪(ガーランド)ですか。素敵な名前ですね》

 そりゃどうも。では世界を書き換えよう。手伝え、ガーランド。

《かしこまりました》

――我も、手伝うぞ

 おや、ディルファ。そうですか。

 ガーランドとディルファは溶け合い一つになる。

 世界が引き伸ばされ、畳まれ、捏ねられ、千切られ、溶かされ、組み立てられ、作り変えられ、そして再起動のためのクロックが設定される。

 ああ、一つだけ気がかりがあった。フィーラだ。

 クロックが落ちる寸前に干渉した。

 クロックが回る。


 そして、()()()()は、再起動した。


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