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56 式前日のトラブル

 怒涛の1ヶ月だった。

 講和調印からずっとてんてこ舞いってやつだ。

 35人のクラスメートを受け入れるための施設の手配。これはまあ兵舎を再利用したからいい。

 婚姻のための会場整備。これはヴァーデンから派遣された官僚と職人が頑張ってくれたからまあこっちも。

 招待状。この世界にも印刷技術はあるので大量生産された案内状に俺とフィーラの連名でサイン。もともとこっちの文字は丸っこくてかわいいのだが、フィーラの字は特にかわいい。

 政治判断。サインだけだが、招待状のサインが増えているので更にげんなりしながら書くことになる。

 貴族たちからの貢物。税を軽くしたのと俺への恐怖とが混ざった分豪勢になっているらしい。それぞれにお返しを贈るのでそれの決裁(という名のサイン)をひたすら書く。

 書類に埋もれる生活。


 婚姻の儀式は1ヶ月近く続く。先方の都合に合わせる部分もあるためそれはしょうがない。

 クラスメートは4人一組にして3日づつ参加するようスケジュールした。

 儀式にかかる費用のことを聞いたら全部ヴァーデンが出しているという。そのことの礼状をしたためた。

 しばらくしたら『気にするなバカ息子』と書かれた手紙が戻ってきた。フィーラは読むのを渋ったなあと苦笑いを浮かべつつ官僚から上がってくる書類にサインしていく。

「どうしました?」

 フィーラが俺の苦笑に気がつく。

「いやなに、思い出し笑いだよ。それにしても早かったなあ……いよいよ明日から、な」

 フィーラのきれいな銀髪をくしけずりながら微笑む。

「ええ」

 ノックの音。ため息をついて手を引き返答する。

「なんだ?」

「すみません王!」

 衛兵の謝罪と同時にドアが開く。特徴的な赤いくせっ毛が飛び込んできた。

「よー! ケイタ!」

「……強引に入ってきましたね……ああ、君、これはしょうがない」

 扉のところで最敬礼している衛兵の肩に手を置く。緊張からか硬直する衛兵。

「エシュリアさんの突進を止められるのは、竜殺し殿くらいだ」

「あとの二人も入っていいよね?」

 すでに執務室のソファーに座っているエシュリアを見てため息。

「二人?」

「そう。私と同じ、ケイタの嫁だ」

「アリサさんと、あとフェリシアさん……だったっけか……」

「面識ないんだっけ?」

「アリサさんとはあるよ。フェリシアさんは竜殺し殿の姪ってことしか知らない」

「そっか。じゃ二人も入ってきなよ」

「……いい、通せ」

 エシュリアさんにため息で返答。衛兵に指示。

「お久しぶりです、ケイタ様」

 アリサ・アルピノヴァが入ってくる。その後ろに背の高い美女。

「はじめまして、ケイタヴァーデングァース。フェリシア・メーヴィスです」

 凛とした、という表現の似合う美女だった。


 衛兵が下がる。俺は三人の前のソファーに座る。隣にはフィーラ。

「エシュリアさん、ちょっと強引すぎませんかね?」

「政治的な思惑はあるけどさ、憧れの君の嫁になれるんだよ。舞い上がっちゃいけない?」

 その言葉にアリサが深く頷く。ため息で返事。

「で、君たちはその……問題はないのか?」

「問題?」

 アリサが首を傾げる。

「……恋仲の人がいるとか、あるいはそうじゃなくても想い人がいるとか、そういうの」

 アリサはキョトンとした顔で俺を見る。エシュリアはじーっと俺を見る。フェリシアはうつむいている。

「ケイタ、それ本気で言ってる?」

「あー、うん、悪かった」

「私は……大きくて強い伯父様を尊敬し……いいえ、憧れていました」

 フェリシアがうつむいたまま語り始める。

「その伯父様を打ち破った男がいる。とても信じられませんでした。今実際にお会いしてもその思いに変化はありません」

「……何が言いたい?」

「ヴァーデンの広告として作られた伝説ではないかと疑っています」

 エシュリアの眉が釣り上がる。俺は右掌を差し出して制止する。

「なるほど。それは不満だな。竜殺し殿は明日参列ってことは今いるな」

「……はい」

 フェリシアの返答を聞いて立ち上がる。

「ならば、証明するだけだ」


「おお、ケイタ殿。4人を引き連れてどうしたのだね?」

 生ける伝説の一人、ファーレン・メーヴィス。相変わらずの威圧感に嬉しくなる。

「いやなに、そのな……」

 竜殺し殿は俺の肩に手を置き、後ろに控えるフェリシア・メーヴィスを見る。

「うむ、理解した。ではやるか」

「フィーラ、ガル呼んできて。場所は中庭で」

 フィーラは頷くと貴賓室を出ていく。

「ルールは前と同じでいいかね?」

 竜殺し殿の言葉に頷く。その後竜殺し殿は頭を掻きながらぼやく。

「まったく、祝い事の前日に何をやらせるのやら……」

「そうですね。すみません」

 俺が頭を下げると竜殺し殿は呵呵と笑う。

「ケイタ殿が悪いのではなく、どうせフェリシアの駄々だろう? 少し甘やかせ過ぎたかもしれん」


 中庭に降りるとフィーラとガル、ルテリアがいる。あと中庭に面する廊下に兵士の姿がかなりたくさん。

「まったく……前日に揉め事持ってくるなよケイタ」

「仕方ないでしょう。ヴァーデンとヴァイアブリーに対する疑義を打ち込まれたんです。証明するしかないですね」

 中庭の真ん中へ竜殺し殿と進み、2mほど離れて対峙。もともと大柄な竜殺し殿が更に膨れて見える。

 リミッターが勝手に抜ける。右スタンダード構え。

 竜殺し殿は右スタンダード、拳は軽く握る程度。前回より打撃系(ストライカー)寄り。どっしりと構えている。

 ジリジリと間合いを詰められる。スピードで翻弄してもいいんだが、今回は受ける。

 竜殺し殿のジャブをスウェーし、手の戻りに合わせて詰める。ショートレンジで左を水月へ。筋肉に阻まれる。化け物め。

 後ろへ跳ぶ。俺の頭の位置にハンマーフック。

「相変わらずだな、グァース」

「そちらこそ」

 リミッター更に抜く。カチリとスイッチが入る感覚。

 ピーカーブースタイルで突っ込む。

 竜殺し殿は左ジャブ。右で上に弾く。

 右の掌底が飛んできた。くぐり抜け加速。

 そのままタックルして倒す。ベルトを捕まれ後ろに放り投げられた。化け物め。

 なんとか体勢を立て直して転がり、跳ね起きる。

「化け物爺さんめ」

 当の化け物は左手を軽く振りながらぼやく。

「化け物はお前だろう。手打ちの拳を拳で突き上げて弾くってどんな目と速さだ」

 再びピーカーブースタイル。頭を左右に振ってから突っ込む。

 今度は右の掌底が飛んできた。手首を狙って左を突き上げて弾く。

 左を即座に戻して潜り込む。そして左ショートボディフック。

 打ち抜いた。

 俺が動きを止めたところを肩越しにベルトを掴まれた。

 水月へ右を突き上げる。

 竜殺し殿の動きが止まったが、そのまま引っこ抜かれて後ろに落とされる。

 痛え。

 のっそり立ち上がる竜殺し殿。ボディじゃ止められないか。

 仕方ない。頭を狙うことにする。

「あー、やめじゃやめじゃ。勝てん」

「はい?」

「掴むまでの間に置き土産が多すぎる。このままやったら明日儂は何も食えなくなる」

「伯父様!」

 フェリシアの咎める声。

「ケイタ殿はな、手加減してくれてたよ」

「……え?」

 フェリシアがキョトンとした顔で竜殺し殿を見る。

「聞いておるぞ。フェーダでの戦闘。竜人を素手で殴り殺したとな」

「あー……あれは……」

 俺が困って天を仰いでいると、竜殺し殿が鳩尾と脇腹をさすりながら近寄ってくる。

「本気で殴ったら儂は泣き別れってところだろう?」

 苦笑いで答える。

「残念なのは、ケイタ殿の本気を見たことがない、くらいじゃな」

「それを言うなら竜殺し殿もそうじゃないですか」

「もう歳だからな。爺に無茶させるでないぞ」

 寂しそうに笑う竜殺し殿の表情を見て、同じような笑みを返す。返せたよな。

 竜殺し殿はフェリシアに手招きをする。

「のう、フェリシア。人は必ず老いる。そして死ぬ。これは避けられぬ運命というものだ」

「でも! でも!」

「儂ももう60を過ぎた。いつ死んでもおかしくない歳だ。グァースたるケイタ殿と二度も仕合えた幸運。これで儂は十分なのだよ」

 フェリシアは首を激しく振る。

「ふむ……フェリシア、お前、儂に死ねというのだな?」

 動きを止めるフェリシア。ため息をつく俺。

「仲間を殺す気はありませんよ」

「とはいえ、フェリシアは儂が最強だと信じておる。生きている限り戦い続け、いずれ逆転する、とな。実際にはそんなことは不可能だがな」

「なぜやらずしてわかるのですか⁉」

「儂はヴァーデンに駐留していた。侵攻してきたグンダール遠征軍を押し返しはしたものの勝利は得られず、それどころかガルグォインヴァーデンズィークを」

「竜殺し殿、それ以上は」

 ガルが割り込むが、竜殺し殿は首を振ってそのまま続ける。

「ガルグォインヴァーデンズィークを見殺しにした、その程度の軍人じゃ。ケイタヴァーデングァースは一人でグンダールの城を落とし瓦解させた。その違いはわかるな?」

「わかりませぬ!」

 いやいやと首を振るフェリシア。さて困ったね。

「ま、別に俺は輿入れなんざ興味ないからどうでもいいんだけど」

「なんですって!」

 今度はこっちに噛み付いてきた。カミツキガメかよ。

「あー、まあなんとなくわかったよ。確かに綺麗な人だが、ね」

 竜殺し殿がため息をつきながら首を振っている。

「なー、エシュリアさん。責任持ってあとの処理よろしく」

「えー、やだよー」

「誰のせいだと思っているんですかあんたは……」

 フェリシアはスタスタと壁に向かい、掛けられている槍を手に戻ってきた。あーあ、それは最悪だぞ。

「やめろフェリシア!」

 竜殺し殿の制止に一瞬体をこわばらせたが、穂先を俺に突きつけてきた。

「勝負です!」

「竜殺し殿、彼女どの程度の使い手?」

「一応、後方の騎士団とはいえ団長をやるくらいは」

「若いのに、なかなかやるんだねえ。ま、仕方ないか」

 リミッター4段抜く。手を振ってみんなを下げさせる間に追加で4段解除を3回。構える間にさらに4段。

「武器は」

「いらんよ」

 フェリシアの言葉に短く返す。更に4段。

 ガルがため息をつく。4段。

「始め!」

 フェリシアはよく鍛錬された突きをまっすぐ俺の腹に向けて飛ばしてきた。

 右にかわして前に踏み込む。加速された俺の体は簡単に彼女の裏を取る。そのまま飛びついて裸絞め。足は胴に絡める。綺麗に入った。

「お前の負けだ、フェリシア・メーヴィス」

 耳元で囁いてやる。槍を振り回そうとしたので軽く胴と首を絞める。

「降参ならば俺の腕を2回タップだ」

 タップしてきたので開放してやる。

「竜殺し殿、あとは任せた」

 額に手をやってそれだけ言うと、俺は中庭を後にした。静まり返っていたのが少し心に痛かった。


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