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54 ヴァイアブリー

 フィーラが少し戸惑いながら、私に話しかける。

「あなた……その……」

「役者というものは舞台の上で舞い踊るものだよ」

 誰に踊らされているのか、は置いておくとして、だ。

 ゆるやかに飛行(フライト)で並んで飛んでいたら、顔を両手で挟まれた。

「あなた!」

 強くフィーラに呼ばれたのでそちらを見る。

 不意打ちで口づけされた。

「危ないよ。兵舎に着いてからにしてね」

 微笑まれた。

「ん?」

「よかった。帰ってきたわ」

「なにが?」

「なんでもないです」

 フィーラは上機嫌でそれだけ言う。

 それから兵舎までずっと黙って飛んで帰った。


 国境での小競り合いから4日。封蝋にヴァーデンの国印が付いた手紙が届いた。

 フィーラに読んでもらう。

「親愛なる旧グンダール国主、ケイタヴァーデングァース殿」

 ちょっとくすぐったい。親書ってことか……。

「アルピナとの紛争について、心を痛めている。ヴァーデンが仲介しその問題解決について会談を執り行いたいと考えているがいかがか?」

 心配かけてます。すみません義父(おやじ)殿。

 フィーラはここで固まる。

「ん? どうした?」

「あのー……意訳したほうがいいですか?」

「意訳?」

 少し困った顔で俺と親書を交互に見るフィーラ。

「任せる」

 フィーラはホッとした表情でしばらく文を目で追っている……長くないか?

「旧グンダールという名前は問題なので新しい国名を決めてください、だそうです」

「……そのまま読むと……?」

「ごめんなさい、読めません」

 ふるふるとするフィーラ。ポンポンと軽く頭を撫で、小さくため息。

「そうか。じゃあ国名考えるか……うーん……あとアルピナの話は了解。依頼しちゃっといて」

「はい」

 フィーラはニッコリと微笑んでライティングデスクへ向かった。


 旧グンダールだと困るから名前をつけろと言われて悩み始めて3日目。

「軽く考えればいいんですよ」

 フィーラはあっさりと言うが、そうは言ってもね。

「ヴァイルス……はダメだろ。ヴァ、ヴァ、ヴァ……がーー!」

 頭をガリガリ掻く。

「どうしたんですか?」

「ヴァーデンの属国という意味を持たせたいのでヴァで始まる名前にしようとしてグルングルンしているのですよ姫」

 そっと頭を抱きかかえられた。慎ましやかな柔らかさに包まれる。

「落ち着きましたか?」

「落ち着きますが、落ち着きません」

「ふふ」

 フィーラはいたずらっぽく笑う。最初の頃はドッカンな娘だなと思っていたんだけど、実はそうでもない。

 ドッカンだったのはテンパっていたからだ、と言われた。グァースという名前は魔族にとっては絶対的なものらしく、まさか目の前にそんな存在が来るとは思わず、しかもいきなり名前で呼ばれて舞い上がり……と言われた。

 なるほどな、と。

 今の状態が本来のフィーラの姿なのだろう。

 親元を離れ、割と不安定にフラフラしている俺のそばでも健気に、生き生きと……生き生き?

「それだ!」

 びっくりしたのかフィーラが俺をギュッと抱きしめる。いくらアレでもそれは窒息します。

「あ、ごめんなさい」

 解放される。

「うん、決めた。ヴァイアブリー」

「国名? どういう意味ですか?」

「生存可能な」

 不思議なことに日本語で話さないと翻訳されない。おそらくは感覚で会話できていないからだろう。謎な翻訳システムだ。

「じゃあ、官僚たちとヴァーデンにその名前を送りますね」

 ライティングデスクへ向かおうとするフィーラをそっと抱き寄せる。

 一瞬不思議そうな顔をして、そのまま抱きつくフィーラ。

「甘えん坊さんですね」

「そうだな。たまにはね」

 フィーラの綺麗な銀髪に指を通す。

「どうしました?」

「あっという間だったな、と思って」

 ここで殺されかけ、逃げ出して、殺して。

 ある意味巻き込まれてしまったクラスメートのこと。

 その事実をまだ伝えられていない。彼らが知っているのは、栗原慶太が国王になった、ということだけ。

 歴史の表舞台に立っている私に、そういう私生活のようなものはない、と言っていい。

「こら!」

 ぐいっと顔を両手で挟まれ、引き寄せられた。目の前に少し怒った顔のフィーラがいる。

「また変なこと考えてるでしょ?」

「いつも疑問に思うんだが、なんで分かるんだ?」

「夫婦だからです」

 そう言ってごまかされる。これもまあいつもの風景だ。

「そうか、夫婦だからか。だがな」

 苦笑いで返す途中で口を人差し指で塞がれた。

「もっとシンプルに考えればいいんですよ」

「シンプル、ね」

 それができれば楽だろうとは思う。

 そもそも内政システムは官僚がうまいことやってくれるからあまり考えていない。厄介なのは外交。

 敵意はないと言っても、通るかどうか……。

 頭の痛いことだ。


 国名を決めてヴァーデンに送って3日後、招待状が届く。アルピナとの会談。千里眼(セカンドサイト)で確認後瞬間移動(ファストトラベル)でフィーラとともにヴァーデン王城中庭へ飛ぶ。

 そのままガルの執務室へ。ノックする。

「どうぞ」

 中からガルの声。ドアを開けると書類に目を落としていたガルがこっちを見て、椅子から立ち上がる。

「そうか、おまえは瞬間移動(ファストトラベル)で飛べるんだったな、ケイタ」

「ええ、そうですね」

 フィーラとともに中に入ろうとすると、ガルが手を上げて制止する。

「フィーラ、ちょっとルテリアのところに顔を出してきてくれ。式のことで相談したいと言われている」

 フィーラは頷くと部屋を後にした。

 ガルに手招きされ机に向かう。

「まずはヴァイアブリー成立おめでとう」

「ありがとうございます、義父上(ちちうえ)

 眉を吊り上げ唇の端で笑うガル。

「他人行儀な話はここまでだな。ま、座ってくれ」

 指し示された椅子に座ると、目の前に綺麗な女性の絵が3枚差し出された。うち1枚はアリサ・アルピノヴァ、だと思う。たぶん。

「なにこれ?」

「リッザ、フェーダ、アルピナからの輿入れ候補、だそうだ」

「なるほど。ガル、大変だな。奥さん3人増えるんだ」

 ガルは苦笑い。いや、わかっているけどさ。

「今の所後見人が俺だからヴァーデン(こっち)に届けられてな」

「断るとどうなるかな……?」

「今駐留している3国の軍はだいぶ規模が縮小されるだろうな。だがまあそっちはグンダールという脅威が消滅したのでどうにかなる。ケイタもいるしな。3国との関係は悪化するだろうが、資源の問題もあるからそれほどは悪化しないだろう」

 ため息。頭を抱える。

「前にも断ったはずなんだけどなあ」

「まあな。我々魔族は寿命の差とこの外見から人族や獣人族とのロマンスというのはうまくいかない事が多くてな」

 ガルはここで言葉を切って沈黙する。

「なるほどね……3国は俺とフィーラの関係が壊れることも期待している、と」

 苦笑で答えるガル。俺も苦笑いで答えた。

「アルピナとの和平交渉ってことだけども、決裂しても問題ないかな?」

 俺の言葉にガルはしばらく考え込んだあと頷く。

「決裂した場合は国境の小競り合いが続くがケイタが出るならそれもすぐに終わるだろう」

「え、俺そんなにヤベー奴扱いなの?」

「ヴァーデンの黒の戦士、新たなグァースは先代同様強大な力だ、とね」

 先代……ランベルトか。ヴァレン・ソリンによって呼び出された、俺のご先祖様のようなグァース。

 俺が思考に沈み込んでいる間もガルは話を続けている。

「それ以前にうちと断交状態になって一番困るのがアルピナだ。魔術系資源は魔族の特異とする領域なんでな。交渉決裂は彼らにとっても望ましい状況ではない。無理な条件を出さないのならば締結されるだろう」

「そっか……国境警備二人殺したんだけどさ、それも含めて大丈夫かな?」

「ああ、フィーラからの報告にあったな。まああれは大丈夫だろう。旧グンダールとの小競り合いの延長みたいなものだ」

 ほっと胸をなでおろす。

「……それと、多分気になっているだろうから話すが……スリーヴァ村だがな」

 深刻な表情のガル。

「まさか……本当に儀式を……?」

「いや、そっちは予想通りオーリアエフィナの作り話だったんだが……ちょっとな……」

「あれ? ヴァーデンってつかないの?」

「罪人はその贖罪が終わるまでヴァーデンの所属ではなくなるのでな」

 なるほど……罪人?

「え、オーリアエフィナって何やったの?」

「父殺し。結局の所、オーリアエフィナはフィオドラを守れなかった父と母を憎んでいて、そして自分はフィオドラを殺した罪を償うというために自らを傷つけていた。そこに父の贖罪の言葉を聞いてカッとなったようだ」

 サリーンオーリアを見る母の目を思い出す。慈愛に満ちた母の目。あれは嘘だったのか?

「そしてそこへ若いグァースがサリーンオーリアを連れてきた。懐いている娘を見て思いついたんだそうだ。グァースを利用してやはりフィオドラを追放したスリーヴァ村を滅ぼそう、と。自らを傷つけていた行為を『儀式』だと偽って。若いグァースならそれを周囲に漏らすこともないだろうと踏んだようだ。ケイタを利用しようとしていたと吐いたよ」

「……そう」

 半分騙された自分に少し怒りを覚える。やらなくてよかった計略と、やらなくてよかった両断と刺殺。その2つがチクリと心を刺す。

 俺の表情を見てガルは小さくため息をつく。

「ケイタ、人生というのは選択の連続だ。その選択には間違いもあるだろう。だが、その時の情報で最良の選択をしたのだとしたら、それに対し後悔をするなとは言わないが、怒りを覚えるのはよくない」

「……わかった」

「それでいい。人の上に立つ以上、そういう厳しい判断は常に付いて回る。あと、これはおせっかいというものだが、父や母は子の幸せを願うものだ。それがどのような形であれ。ケイタの場合はそれが見えない形で、見えやすいものが祖母のものだったのかもしれないが、な」

「……まあ、そういうことで納得しておくよ」

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