52 旧グンダールでの生活の始まり
翌日、戦後処理についてガルとルテリア、フィーラと会議。
「グンダールは壊滅……だよな?」
「ああ、王もルヴァートも殺した。兵士たちは城から逃げた。とりあえずしばらくは俺がグンダールの統治者ってことで立て直すことになるかな」
ただ、民は激しく反発するだろうなあとは思う。外からやってきた、得体のしれない、魔族の手下。まあうん、そう見えるよな。どうしたものか。
「ふむ。アルピナとフェーダと協議するが、まずは城付きの兵士100名と文官50名でグンダールの領内立て直しをしよう。ケイタ、新婚早々悪いが行ってくれ」
苦笑い。新婚、ってまだ、まあ、うん。そんなもんか。
「私も行きます!」
苦笑していたらフィーラに詰め寄られた。
「いや、だって危ないよ?」
「行政文書どうするつもりなんですか」
あ……何も考えてなかった。
「それに、私を守ってくださいますよね?」
「当たり前だろ!」
「じゃ、大丈夫です。世界一安全な場所です」
苦笑いのガルを見て諦めた。ルテリアは俺を見てニコニコしている。
「頑張ってね、ケイタ」
「はい……がんばります、お義母様」
「あ、式は3ヶ月後の予定です。それまでに旧グンダール領を立て直してくださいね」
ルテリア、厳しい……。
「とりあえず準備に3日ほどかかるから、それまでお前らのんびりしてろ」
ガルは俺とフィーラにそう告げると執務室に戻っていった。
3日後、みんなで飛行で飛んでグンダール城へ。遠くから偵察すると、人の気配があると報告。
「無政府状態の城を再度奪還かーまあなんとかするよ」
その報告を受けて【変身】してから単独城門前に立つ。
「おろ?」
城門無条件解放、武装解除したならず者が両手を上げて出てきた。
「ほんの出来心でした。すみませんでした」
「いや、まあ、殺す気はないけどさ……」
俺、どのように見られているんだろう……多分極悪非道の人非人ってところだろうなあ。
「じゃ、僕たちはこれで……」
「いや、ダメですよ? 一応中のもの勝手に持っていってないかチェックしないといけませんし」
全員を拘束した。ものすごい絶望な表情していたけど気にしないことにする。
ざっと見たところ城の中は綺麗に掃除されていた。何を持ち出したかはわからないけれども、まあこの掃除に免じていいかな、と。
「いやあ、掃除大変だったでしょう?」
俺がにこやかに聞くとなんかブルブル震えているならず者。不本意だ。
「出身はグンダールでいいのかな?」
「はい……」
ならず者の割には大人しく……って多分俺のせいだよなあ。
「測定せず、か。今まで何やってたの?」
「暗殺とか、強盗とか、そのあたりです」
聞かれたことをサクサク話すならず者のリーダー。かわいそうになってきた。俺がため息をつくとビクっと反応する。いや飽きたというか、正直興味がないんだよね。
「まあ、出来心ってのはわかった。んで城で遊ぼうってほどの勢力なんだよね?」
「すみません調子に乗りました」
「いや、謝罪はいいの。質問に答えて」
「はい、一応グンダールでは最大の盗賊団だと自負はしております」
変な自負。まあいいんだけど。
「そう。じゃあさあ、その手の非合法な人たちをまとめられるかね?」
「……は?」
「いやさ、グァースがそういう人たちを指導するのはおかしいじゃない。だからそういう人たちの規律は任せたいんだよ」
「え……その……はい?」
「調子に乗らないなら、任せる。ま、乗ったらすぐにでもコレ、だけどね」
親指で首を掻っ切るポーズ。その後ニッコリと笑ってみる。
「か、かしこまりました」
直立不動。いや、まあ、いいんだけどさ。
一事が万事こんな感じでとにかく何でもかんでも報告が上がってくるのでフィーラに翻訳してもらって決裁して動かしていく。国の基本システムはヴァーデンから来た優秀な官僚たちが組み上げてくれているんだけど、システムをぶん回すエネルギーあるいは象徴としてグァースである俺が必要、らしい。
よくわからん。
それって力による支配だよね?
それがいいことなんだろうか。
旧グンダールの玉座の間、今は撤去して普通に広い会議室にしてしまった部屋でぼーっと考えている。
ぽっかりと何もすることがなくなる時間が時々出来るんだけど、そのときはいつもこんな思考がぐるぐると頭の中を駆け巡っている。
「あなた?」
フィーラが俺の肩にそっと手を置いて呼びかけてきた。
「ん?」
椅子から立ち上がって振り向くとキスされた。
「少しは元気出ましたか?」
いたずらっぽく笑うフィーラを見て、不意に何かがこみ上げてきた。飲み込んで微笑む。
「ああ、少しどころか、すごくね」
俺を見て笑みを消し、両手で俺の顔を包み込むフィーラ。
「ケイタ、無理してますね」
「……んー、無理というより、呆然かなあ。流れに身を任せていて気がついたら権力者になってるって、まるでローラーコースタームービーだなーって」
「ろーらーこーすたーむーびー?」
小さく首をかしげるフィーラを見て、少し心が軽くなる。自然な笑みが出たのだろう。フィーラも微笑みを返してくれる。
「んー……精神通話繋ぐけどいい?」
顔を赤らめて頷くフィーラ。考えてみれば精神的な接続はこれが初めてか……。
繋がった瞬間に好意に包み込まれる。全幅の信頼と、愛情。彼女はなぜここまで俺に。
『ケイタ……?』
『ああ、ごめん。あまりにも深いフィーラの愛に包まれて圧倒されてた』
「んもう!」
フィーラは普通に発音で返してきた。可愛いな。
肩を軽く叩かれる。消音してなかったからダダ漏れだったんだろう。
『さて、ローラーコースターだが、こんな感じだな』
自分の記憶の中にある、有名な遊園地のローラーコースターの記憶を再現してフィーラに送り込む。しがみつかれた。少し強めに抱きしめる。
『な、な、な、な!』
『俺のいた世界にはこういう管理された恐怖を楽しむ娯楽施設があったんだ』
『なんでそんなこと!』
『人生には刺激が必要だからさ』
俺の思考に呆れた感じの思考が戻されてくる。そりゃそうだよな。
『そしてローラーコースタームービーってのはこんなローラーコースターみたいにドキドキするような場面が次々と出てくる映画、だな』
『映画……?』
ああ、そっちもか。そうだよな。
『映画は、今俺たちが見ているような風景とか人物、それに音声を記録して、後でみんなで見ることが出来る、そういう発明品だ』
嬉しい、楽しいという思考が流れ込んでくる。フィーラが俺の首に腕をかけて再びキスしてくる。
『あなたと一緒にいると、驚かされて、そして……大好き』
『キスしたままでも言葉を伝えられるのは精神通話のいいところだな』
フィーラは急に離れ、俺に軽く平手打ち。
「んもう!」
「ごめん。ちょっとこうしておかないと我慢がですね」
「……なんで我慢するのかなー?」
「まだ国が安定してないからですね」
俺の言葉にため息で返すフィーラ。
「そうでした。あなたはそういう人なんですよね」
フィーラに軽くキスをして解放する。同時に精神通話切断。
「あ……」
少し寂しそうな表情。
「また精神通話でお話しましょうか。夜にでも」
「はいっ」
元気な返事に微笑んでサムズアップを返した。
夜。王族向け居室を使用している。部屋にバスタブはあるもののまあヴァーデンの大浴場に比べれば、ねえ……。お湯を張って浸かるものの、ちょっとこう物足りない。
とりあえずは体を洗って、さっぱりする。
控えめなノック音。ドアを開けると、フィーラが立っていた。部屋に招き入れる。
「お着替えも持ってきたので、お風呂いただいていいですか?」
「あ、ああ、うん」
とりあえず浴室へ案内し、ライティングデスクに座ってぼーっと出てくるのを待つ。
俺は、いったい、何者なのだろう。
ルヴァートと対峙してからずっと考えている。あれがすべて与太話ならば問題はないんだが、そもそもここにいる時点で与太話みたいなものだしな、とも思う。
薄い現実感というか、いや、でも……少なくともフィーラは現実だ。彼女は可憐で純真で、そして俺にとっての救い。
浴室は防音がしっかりしているわけではない。フィーラの軽やかな歌声が聞こえてくる。
無意識に発しているんだろう。歌詞は全く意味のわからない言葉だった。声はフィーラのもの、だが、意味はわからない。そうか、これがある意味現実、か。
かつて感じていた鬱屈とした笑いを思い出す。世界は歪んだ愛を持って俺を取り囲んでいる。この世界もまたの俺の周囲に薄い膜を張った上に神と呼び、歪んだ愛を押し付ける。
壊れかけている俺の居場所はどこにもないのかもしれない。
「あなた!」
浴室から出てきたフィーラが仁王立ちで俺を見る。
「どうした?」
「また変なこと考えてたでしょ」
この人の勘の良さはどこから来るのだろうといつも思う。
「いや、少し疲れたからぼーっとしてただけだよ」
「あのね、心配させないように嘘をついているのはわかるの。でもね、それは私にとって悲しいこと」
濡れた髪をまとめ上げている。ほっそりとした項から目が離せなかった。彼女はやはり美しい。
フィーラは珍しく怒ったままこっちに近寄る。座ったまま彼女を見上げる。
両手で頬を包み込まれ、そっとキスされた。
「ね、私がいるのよ?」
フィーラは俺の膝の上に座り、首に腕を回してくる。ゆるく抱き寄せ、そっとキスする。
「そうだな」
彼女の澄んだ瞳を見ながら答える。彼女を俺に巻き込んでいいものかどうか。
そんな事を考えていたら両耳を引っ張られた。
「ぅお⁉」
「んもう、また変なこと考えてるでしょ。私と二人きりなんだから、私のことだけ考えて」
「いや、フィーラのことを考えていたんだけど……」
「そうかしら?」
再び首に腕を回され、引き寄せられる。額をくっつけてきた。囁かれる。
「私は、あなたを愛しているの。だから、大丈夫」
「ああ、そうだな。俺も君を愛している。だから大丈夫だ」
クスクスとお互い笑い、そしてそっとキスをした。
それから精神通話で繋がり、他愛のない思考のやり取りをしている。そもそも発音でもなぜか分かるように翻訳されているのだが、それ以上に細かなニュアンスと心情が伝わる精神通話は、便利で、素敵で、そして怖い。
消音をうまく使わなければ自分の考え、記憶のようなものがすべて相手に繋がる。それは俺のような壊れた存在にとって危険なことだ。
『あなた……何を怖がっているの?』
そんな心情が少し漏れていたようだ。
『いや……そうだな。フィーラを失うことが怖い』
胸にピッタリ付けていた状態から俺を見上げるフィーラ。首をかしげて微笑む。
『お馬鹿さんがいるわ。そんなことしませんよ?』
『そうだな。でも人というものは理由もなく不安になるものなのだよ。特に今みたいに幸せなときにはね』
キスされた。柔らかい感触に温かい心情が流れ込んで、溶けていく。
『私は、あなたのもの。そしてあなたは、私のもの』
無邪気な告白。フィーラの頬をそっと右手で包み込む。フィーラの耳を薬指と中指で挟み込む。
小さな吐息。そっと口づけをした。