50 侵入
夜。早めに食事を摂り、自室のソファーにどっかりと座り込む。
すでに自分の庭のように構造を熟知したグンダールの城の中を千里眼で監視する。7人がまとまって食事している様子が見えた。
彼らは会話を交わすことなく流し込むように食事をし、そのまま江藤の部屋に移動していった。視点を地下牢へ移動。様子を伺う。
地下牢は俺が閉じ込められたときと大きくは変わっていない。入り口付近に立哨、そばに詰所。さて、やるか。
千里眼を切って【変身】し、瞬間移動。立哨の真ん前に出現。ディルファ召喚。沈黙・増強・範囲拡大、立て続けに二人の立哨が並んで立ちふさがっている地下牢への入り口へ不可視の壁を発動。
地下牢出入り口が封鎖され、さらに地下全体が無音空間となる。歓喜に震えるディルファを立哨右側の歩兵に滑り込ませる。
簡単に胸を貫き、左横に滑り抜けていくディルファ。豆腐を切っているようなものだ。立て続けに隣の兵士の左腕を落とし、胸へ入り込み、右腕も落とす。一人半を一振りでスパッと斬る。
倒れる物音もせず、二人は絶命した。
――素晴らしき哉、この魂よ!
ディルファの声が聞こえる。歓喜の歌を朗々と歌い上げる。そうか、やつは発声しているわけではないのだな、と理解した。
詰め所に飛び込む。
ざっと20人。なんの感慨もなく切り捨てていく。ディルファは脂に負けるどころか斬れ味を増し続け、魂を食らう。
――素晴らしいぞ主、もっと、もっとだ!
ディルファの召喚を解き、【変身】も解く。千里眼で江藤の部屋を確認し瞬間移動。
「うぉあ、びっくりした」
突然湧いて出た俺に江藤が驚いた声を上げる。
「全員揃っているな?」
8畳ほどの居室。7人の顔を確認する。江藤智昭、国吉俊一郎、高田重文、中村聡、畑沢吉行、船越勝、古澤直哉。測定組全員がこれで揃う。
「よし、俺に掴まれ。飛ぶ」
捕まった手を操り人形で結びつける。瞬間移動でヴァーデンの城の中庭に飛び込む。
中庭へすでに救出していたクラスメートたちが出てきて7人を連れて行く。
「高木! この7人は頼んだ。次の16人を助けに行く」
「栗原くん、死なないでね!」
「俺は強い。死なないよ!」
瞬間移動で地下牢入り口へ飛ぶ。まだ沈黙状態。血臭が濃く漂い、床はぬめる。【変身】し、ディルファを再召喚。地下牢から上へ上る階段を登っていく。
――酷いぞ主。途中で戻すとは。
無視しディルファを引っさげて階段を上がる。あのときはパンツだけだったな、と思いつつ、黒の戦士として再びここを歩いていく。
ルヴァートのいる場所はわかっている。多少寄り道して兵士たちをつまみ食いし、ディルファを満たしていく。
一方的な虐殺を無感動に見つめている私がいる。
ディルファは魂を啜り、強化されていく。ディルファが吸い取った潜在魔力性能が漏れ出てくるのか私に力を与える。減っていた潜在魔力性能が回復値以上に増えていく。
ふとかつて読んだあるファンタジー小説を思い出した。黒い剣を持つ、永遠の戦士。剣の力を得ることでかろうじて生きているひ弱な最後の王。
私はどうだろう。黒の刀を振り回し、刀から少しの力をもらう、この世界に転移した戦士。似ているような、違うような。
組織だった抵抗はなくなった。グンダールの城内の軍は崩壊。後もう一息だろう。
玉座の間へ到達。本来王を護るであろう兵士の姿はなく、周囲を囲む重臣たちの姿もない。高い玉座に一人小さな老人が座っている。
「ああ、儂の人生もようやく終わる、ということか」
玉座にいる老人が頷きながら私を見て言う。
「ルヴァートの傀儡としての人生、すでに何年になっただろうか。測定による絶対能力主義などといういびつな政治形態は本来壊れて当たり前のものなのだが、幸運にも――いや、不幸にも、かもしれんな。身体値の高い清廉潔白な人間が数世代に渡って生まれた」
老人は私に向けて語り続ける。
「そして私の代についに悪魔が登場する。あらゆる搦め手を」
「黙れ」
私の言葉に王が言葉を止める。
「……貴様、不敬で」
「絶対能力主義を標榜するグンダールでその頂点に立つ能力を持つものがなぜルヴァートの策略に気づかない。お前は気づかないふりをして見逃したんだよ。自分が王という責任を取りたくないために」
「違う! 違う! 違う‼」
老人は狂ったように頭を振り俺を指差した。
「お前に何がわかる! 平凡な農民の小倅として生まれて、測定されて王にされて! 両親とも、兄弟とも、幼馴染とも!」
「それがどうした。私なぞ異世界に飛ばされて、こうやって人を殺して回っている。為さねばならぬことをせずにただ茫洋と座るお飾りめ。生きる覚悟もなく、死ぬ勇気すら持たぬ人形が何を今更喚いているのだ。馬鹿らしい」
ディルファを突きつける。老人は固まった。
この世界は私に対して悪意を持っているかと思っていた。違う。歪んだ好意なのだ。私の本質はおそらく世間一般の常識からすれば狂っている。
さて、その常識とは誰が決めるものなのだ?
老人はぶるぶると震えながら、懐剣を取り出す。見事な彫刻が施された鞘と柄には宝石が埋め込まれた、豪奢でそれでいて空虚な剣。その剣を抱え、玉座から降りてくる。
この歪んだ好意は私の本質を解放することを望み、そして。
老人は鞘を投げ捨て、両手で包み込むように柄を持つ。刃を自らの喉に向ける。
「死ぬ勇気を振り絞るか」
老人の持つ刃先はその緊張からか左右に震え、安定しない。老人はその後剣を腰だめにしてこっちに突っ込んできた。
ディルファの腹で老人の横っ面を引っ叩く。弾き飛ばされ転がる老人。
「自死を選ばなかったことを後悔させてやろう。捕縛」
もう言葉を発せずとも発動できるが、相手に聞かせるために言う。
「爆散・減弱・範囲縮小」
老人の右手親指が小さく弾ける。続いて左手親指。
「あが、が」
不可視の縄に縛られ、跳ねる老人。
「抵抗するがいい。出来るならな。さて、次はどこを飛ばそうか」
意外と老人は粘った。とはいえ四肢の先端から徐々に失い続け、肘、膝までいったところで精神の限界がきたようで反応がなくなった。最後はディルファに吸わせて、終わり、だ。
地下室へ行き、数人単位でクラスメートを救う。彼らは【無気力】の下着を着けさせられ、劣悪環境でやせ細り、死にかけている。能動的に動くことはないが、念の為に捕縛で拘束し、操り人形で私の体にくくりつけ、飛ぶ。これを繰り返していく。
最初に石田哲也、中山啓太、相澤徹の三人。瞬間移動で飛ぶ。
「うわ!」
中庭に待機していた高木が驚く。【変身】したままだったからだろう。
「私だ。栗原慶太。3人を頼む」
操り人形、捕縛を解除する。
「立て続けに飛ぶ。衰弱しているから手当を」
瞬間移動。次に青木俊彦、田井英樹、山田裕太。これで男子はすべてだ。
女子は10人、3、3、4に分けて飛ぶ。
北村春香、田中絵理子、福井舞。清水早紀、永野由香里、松山吉江。酷い臭気なのは風呂もトイレもないからだろう。現代社会に生きていた彼女たちにとって、この扱いは堪えたはずだ。
残った4人を見て自分でもなんだかな、と思う。竹村莉乃、緒方愛梨、山本沙織、池上絢香。測定のことを思い出す。
兵士たちの影もなく、さくさくと救出は進行していく。
次はルヴァートの部屋へ向かう。
途中には兵士の姿はもうなく、誰もいない。
障害もなく部屋に到達。ドアをノックする。
「開いているよ」
部屋の中に入る。
「久しぶりだな、クリハラケイタ」
「そうだな」
【変身】したままの私の姿を見ても驚かず、冷静にルヴァートは言う。
「後もう少しで私の帝国が出来上がるところだったのだがな……レグラスとヴァリアを失ったのが誤算だった」
「そもそも欲をかきすぎだ。王を傀儡としただけで満足すればいいものを」
「ごもっとも。失敗だった。が、まあまあ面白かったよ。先代の魔術師長が仕込んでいたことを利用しただけだったんだが、思った以上にうまくいった」
ルヴァートの私室にある小さな椅子に勝手に座る。ルヴァートは私へ舞台裏を話すことに夢中で特に咎めることもなく話を続けている。
「そもそもあの王は、王の器ではない。先代が傀儡にすべく作り上げた偽物だ。先代が身体値をごまかす手法を見つけ出したんだよ。そう、お前がやっていたように」
ルヴァートはここでデスクの上のカップの水を一口飲む。
「頑健で精神的に強い男をピックアップして偽装、王に据えた。いずれ自分が裏で手を引いてグンダールを支配するために。私はそれを引き継いだだけだよ」
「つまり、自分は悪くない、と」
「そうは言っていない。済まないがその姿をやめてもらえないかね。顔が見えないと話がしづらい」
「断る。お前の要求を飲む必要はなかろう?」
「冷たいな。私がお前をそうなるようにしたのに。結果、ヴァーデンの英雄になった。感謝してもらってもいいくらいだ」
ルヴァートはまたコップの水を一口飲む。
「……なんだと?」
「世界は重ね合わされている。観測者の観測によりその中から一つ選択が行われ、世界は分岐していく」
「ヒュー・エヴェレットの多世界解釈がどうした」
「……お前の世界ではそういう名前か。ふむ、興味深い。まあそっちはいい」
ここでまたルヴァートが水を飲む。
「緊張しているな、ルヴァート」
「軍隊をまとめて一人に固めたような存在が目の前にいるんだ。しかも、私を恨んでいる。緊張もするというものだ」
「いいから話を進めろ」
「無数の世界はもともとは一つから始まり、同じ場所に、同じように重なり合って、互いに干渉しないまま存在している。その隣り合った世界の壁を無理やり破るのが異界召喚だ」
「ほう……ということは最初に告げた内容は」
「デタラメだよ。戻れないと聞いたらその場で暴れただろう?」
「で、だ。私をこのようになるようにした、というのはどういうことだ?」
ルヴァートは再び水で口を湿らせる。
「世界は無数の観測者により無数の分岐が発生する。その無数の分岐上のクリハラケイタを大量にまとめて一つにした。本来はお前一人だけを呼び出す予定だったが、まとめすぎた。力が歪みを作り、クラスメートにもいくらか重ね合わさり、そして40人まとめて飛んできたというわけだ」