5 王族と親しくしすぎたかもしれない伝説の勇者と思われる高校生
『先程の続きだがな。ヴァーデンはもともと兵士が少ないのだよ。資源を周囲の国に輸出し、その見返りで兵士を駐留してもらっている。もともとグンダールとは関係は良くないのだが、リッザ、アルピナ、フェーダとは友好関係にあるのでどうにかなっていた』
ガルの精神通話に合わせて周辺地域の地図っぽいものが出てくる。ヴァーデンの北西にリッザ、北東にアルピナ、東にグンダール、南東にフェーダ。
『グンダールはアルピナとフェーダ、ヴァーデンに同時に侵攻。アルピナとフェーダの駐留軍はどうしても母国に多少戻ることになってしまってな……結果防衛の兵も少なくなり、そもそも争いごとを好まないヴァーデンはグンダールに蹂躙されてしまうことになったのだよ』
で、その蹂躙でガルが囚われた、と。でもヴァーデンはガルが捕虜になっても降伏せず戦争を継続した。争い事を好まない割にはタフだなあ。
『聞こえているぞ、ケイタ』
『あ……ごめん、ガル』
『そのあたりは我々の考え方の違いかもしれん。王にしろ貴族にしろ、それはたまたまそういう家に生まれただけで人としての価値は大きくは変わらん、と考えている。そのうえで降伏した場合に我々が受ける被害を考えれば一人の犠牲で済むならそれはそれでよいだろう、とも考える』
『ドライだね』
『我々は人族に比べれば寿命が長く、頑強だ。代わりに子がなかなか産まれない。このような環境においては常に収支を考えて行動しなければその先にあるのは絶滅だ』
なんとなくそれはわかる気がする。
『グンダールは我々の資源を狙うためアルピナとフェーダも侵攻しヴァーデンの駐留軍を削ぎ落とした。なんとか我々は戦線を維持しているものの押され気味だ。このまま陥落すればアルピナもフェーダも資源供給元を失い敗走する』
『グンダールが苦戦しているというのは、対アルピナ、対フェーダかなあ?』
『そうだ。人族の国との戦争で苦戦している』
……ルヴァートは魔軍って言っていたけどどっちかって言うと連合軍?
グンダールってそう言えば完全な能力主義っぽかったから血の気の多い軍事国家なのかもしれないなあ。
『そうだ、ケイタ。だからグンダールは蛮族なのだ。リッザもアルピナもフェーダも理性的な国家だが、グンダールは違う』
思考がダダ漏れなのは困るなあ、どうすりゃいいんだ?
『精神通話には消音というテクニックがある』
なるほど……理解したぞ。そういうことか。
しばらく消音を維持。
『できたようだな。これができないと精神通話は使いづらいだろう』
『早く教えてよそういうことは』
『当たり前のことを教えるのは難しいのだよ』
ガルの申し訳無さそうな心も伝わる。
『あー、わかるよ、わかる。難しいよね』
精神通話を維持したまま大通りをだいぶ歩いたが、まだ王城に着かない。遠いなあ。
「ガルグォインヴァーデンズィーク、お迎えにまいりました!」
正面から大きな馬車がやってくる。屋根はないのでパレード用というかそんな馬車、だな。
『ケイタ、まだしばらくは見世物になるが、我慢してくれ……』
『まあ、しょうがないよね』
心の中でそっとため息。馬車に乗り込む。隣に座るのもなんだし、向かい側に。結果進行方向に背を向けることになるけど、まあ、いいか。
ガルは周囲の人々に手を振り、笑顔を見せる。
『王様って、大変なんだね』
『代わってくれる人がいるなら代わりたいところだが、それもまた人生なのだろうと思ってやっている』
魔族も人、という範疇に入るんだよね、この世界だと。たぶん。
『他に獣人族、竜人族がいるぞ。魔族、人族、獣人族、竜人族は近縁でな。間に子を成すこともできないこともない』
『獣人族ってのは、あれかな。普段人っぽい姿で、いざというとき獣っぽくなるタイプ?』
『いや、耳が頭頂部にあり、尻尾があったりする、らしい。それぞれ獣の性質を持つらしいが、私が見たことがあるのは狼系のみなので詳しくはわからん』
うーん、どんな感じなんだろ……まあ出逢えば分かるか。
『竜人族は自らは転生を繰り返すと信じていて、転生が進むと最後は竜になるそうだ。なので死をあまり恐れない強靭な戦士の一族だ』
ガルから流れ込んできたイメージは直立するトカゲ尻尾付き。り、りざーどまん……。
『戦場で敵対したらまず逃げておけ。我ら魔族でもアレとの戦闘は面倒だ。物理体力性能潜在魔力性能は人族より優秀な我らだが竜人族の物理体力性能は更に上だ。そして彼らは測定を行わないのでどこまで耐えられるのか見えない。更にあの顔。表情が全くわからん』
あー、うん、そうかもねー……。流れ込んできたイメージのままなら表情は無理だなあ。
『彼らは理知的ではあるが闘争にも優れているというタイプだ。ようはこじれたら洒落にならない性悪女のようなもの、だ』
ガルさん? 王様にしてはその表現はずいぶん俗っぽくありませんかね?
そんな俺の困惑が伝わったのだろう。
『私だって人間だ。いろいろあるんだよ』
『……あー、うん、そう、ですね』
『ケイタ……いや、なんでもない』
『俺のいた世界は、人族、しかいないんでどうもこうピンと来ないんだよなあ……』
『なるほど。概念が違う、と』
『そうだねえ……黒白黄色と肌の色の違いは多少あるけどもその程度の差なんだよね』
『我らの世界ではそれがもう少し大きく振れているだけだ、と考えれば良いだろう』
『……努力するよ』
郷に入っては郷に従え、って言うし、なんとか、なる、よね?
しばらく馬車で移動すると大きな城が見えてきた。ガルさん? この大きさの家に住んでいて生まれがたまたま王だからってだけ? それはなにかの冗談ですかね?
城門に兵士が数人、多分これは護衛だろうね。あと綺麗な(ただし尖った耳と青緑の肌、綺麗な銀の長髪)のスレンダー美女が二人、幼児、多分男の子が一人。
馬車からガルが降りると美女の一人が走ってやってきて抱きついた。
「あなた! 無事で……無事で……」
そのまま泣いてる。うん、奥さん…かな?
もう一人の美女が寄ってきて俺に深くお辞儀する。
「父を救出していただき、ありがとうございます。異界の勇者ケイタヴァーデングァース」
あ、娘さん。綺麗な人だなあ、というのが第一印象。
しかし魔族の人たちって年齢がわからない。肌の色ではわからないし、髪の毛の感じからもわからない。しばらくは慎重な行動が必要かなあ、それとも年齢のことは気にしないのかなあ。
なんてことをつらつら考えてた。意識逸らさないとダメなくらい綺麗な人で、ドキドキしてたんです、はい。
幼児……人間だったら二歳くらいかなあ……がトコトコ俺のところに来て、両手を出して背伸びしてる。しゃがみこんで脇に手を入れ、抱き上げてみた。
軽い。子どもってこんなに軽いっけか?
抱きかかえられた子どもはぺちぺちと俺の顔を叩く。
「ディーガル! だめよ」
ガルの娘さんが制止する。いやまあ痛くないし可愛いしいいんだけど、この子はディーガルくんなのね。
「弟がすみません……」
ってことはガルの息子ね。まあ、そりゃそうよね。
「初めましてお嬢さん。差し支えなければお名前を」
「フィーラルテリアヴァーデンです。異界の勇者ケイタヴァーデングァース」
「よろしく、フィーラルテリアヴァーデンさん。私のことはケイタ、で」
「そんな畏れ多いこと」
「うーん……私は別に英雄だと思っていないんですよね。グァースの称号を受けなければ多分ここに来ることはできないと考えて受けたのですけども、ただの一般市民なんですよ。なのでプライベートはケイタで通したいのです」
フィーラテリアヴァーデンさんは俯いてそのあとがばっと顔を上げて少し寄ってきた。こんな綺麗な人に近寄られるとですね、一応青少年な私としてはいろいろとこう妄想がですね。
「わかりました。ケイタさん、私、頑張ります! では私もフィーラと呼んでもらえますか……?」
「ああ、さん、はいりませんよ、フィーラさん。よろしくお願いしますね」
「わ、私もさん、は不要です……ケイタさ……いいえ、ケイタ」
フィーラがちょっともじもじする。美人という印象から、可愛い、に少しだけシフトする。いやでも本当に綺麗で、可愛くて、可憐だ。
「わかりました、フィーラ」
ディーガルを抱えたまま礼をするとフィーラは慌ててスカートの両端をつまんで膝を曲げお辞儀する。あ、これカーテシーってやつだっけか。お嬢様なんだなあ……。
フィーラの後ろにガルの奥さんってことはフィーラのお母様か、ガルと手を繋いで立っている。
「私の宝を連れ戻してくれるなんて……ありがとう……」
「あ、いや、どうも。初めまして」
「ルテリアサリーンヴァーデンですわ、勇者様」
……もしかして、自分の名前の後ろに親の名前? そして全員ヴァーデン姓を名乗っていて、称号は姓の後ろ……って感じかしら?
「あ、勇者っていうほど立派ではないので、プライベートではケイタでお願いします、ルテリアサリーンヴァーデンさん」
「それでしたらケイタ、私もルテリアと呼んでください。私もフィーラと同様、さん、は不要ですわ」
ルテリアはフィーラを見て、ガルを見、俺が抱っこしている子を受け取った。
「さあ、ディーガル、お母さんとお部屋に戻りましょうねー」
『ケイタ、我々は親の名を含む名が正式な名前だが、成人した後は親しい仲あるいは家族については親の名を含まない名で呼び合う。成人するまでは親の庇護下にあるということで必ず親の名を含めた名で呼ぶ。だがまだ国には属していないのでヴァーデンの名はない』
『ディーガルは成人したらディーガルヴァーデンとなり、親しい相手にはディーと呼ばれることになる、のかな?』
『正解だ』
なるほど。面白い考え方だけど合理的だなあとも思う。
あれ……ってことは王様にちょっと親しくしすぎた? でも一応伝説の勇者扱いだし、いいのかね。いいんだろうね。捕縛されないってことは正しい、んだよね? ね?
まあ、それは後々考えよう。とりあえずは今の目の前の問題から片付けていくしかない。
どれくらいガルが囚われていたのかはわからないけども、命の危機があったんだし、あとは家族水入らずってやつがいいだろう。うん、きっとそうだ。
「ガルグォインヴァーデンズィーク、あとはご家族でどうぞ。私はここで御暇させていただきます」
「勇者ケイタヴァーデングァース、路銀もないのにどうするつもりだね?」
「あ……」
『馬鹿だろケイタ』
『うるさいっ!』
「まあ、我が家には部屋がたくさんあるからな。いくらでも滞在してくれ」
ガルは俺の肩をバンバン叩いてから城に招き入れてくれた。