49 プロポーズ
デッドドロップはなんとかうまく動き始めた。
最初は無視された。仕方ないので高木を巻き込んだ。署名をもらって落としたら信用された。
今日もいつもどおり千里眼で様子を見て、瞬間移動で跳ぶ。
『非測定組の所在は不明。俺たちはいつでもいける』
向こうの返答を回収する。
一旦ヴァーデンに戻った後、千里眼でグンダール城内を探索する。
ふと思いつき、除外していた地下牢をチェックしてみる。
「……いた……」
劣悪な環境の中、クラスメートが転がされている。その数16人。4人足りない。おそらくあの4人はすでに殺されたか、売られたか。
そしてクラスメートがこの環境に置かれているのは心を折るためだろう。胸糞悪い話だ。
しかし、この場合どうやって転送したものか。地下牢の16人を救い出し、立て続けに全員を飛ばす方法を考えなくてはならない。
『発見した。対策を考える。次回連絡は明日』
通信文を置き千里眼で監視。回収されるのを確認後、作戦検討を開始する。
「23人か……兵舎の空きはある。大丈夫だろう」
ガルに相談したらそういう返答が来た。
「ただ16人はかなり衰弱している。地下牢送りにして心を折る作戦だろう。そいつらは療養が必要だ」
「ああ……なるほどな」
ガルは頷いている。
「一応、兵士のための病院もある。ベッドの空きがあるかどうかはわからん」
「俺で治せるなら治すよ」
「しかし、異界の勇者ですら……か……。以前、グンダールの軍費について疑問があったのでな、資金源を洗ったことがある。あそこは不定期にオークションがある。売るものは、失脚した元貴族やそれに連なるものたち」
「……なるほどね。それで周囲の貴族家から金を吐き出させて戦争を維持する。政敵はそれで排除してルヴァートは成り上がった、と」
「ここしばらくは開催されていない。俺たちが脱走してから1回だけ行われたという報告がある。その時の商品は男女二人ずつの計4人。四肢欠損一部あり。元異界の勇者だそうだ。まさかと疑っていたんだが……」
「……ということはあの4人は生きてはいる、ということか」
「生きているだけ、かもしれんがな」
このところの劣勢が情勢を急展開させるかもしれない。
「なあ、ガル。一気に救出をやろうと思う。予定は明後日」
「どうやって?」
「最初にやった、気絶・増強・範囲拡大。あれで城全体を沈黙させる。そうすればあとはやりたい放題だ」
「おそらく、対策が取られているはずだ。幹部は意識を飛ばさないだろう。グンダールは魔術研究院を持っている。そして完全能力主義。アルピナほどではないとはいえ、かなりのレベルにある」
ガルが首を振る。
「ふむ。ならば地下牢に人が入り込めなければいい。出入り口の兵士を無力化後不可視の壁で封鎖。上の連中をその直後に瞬間移動。後は城の中を蹂躙していく」
「蹂躙?」
「ディルファが煩いのだよ。食わせろ、とな」
ガルは腕を組んで俺をじっと見ている。
「なあ、ケイタ。ルヴァート、ひいてはグンダールを破壊した後のことを考えているか?」
「少しな。フェーダとアルピナに半々割譲しちまえばいい」
「……は?」
「ヴァーデンは野心がないよ、だから領土はくれてやる、ってね。リッザには山岡が行っているから裏切らないよ、と」
ガルがまたしばらく考え込む。
「リッザはそう取ってくれるかね?」
「無茶してクラスメートを救い出すくらいだ。ケイタヴァーデングァースは山岡を裏切らない、だろう?」
ウィンクしてサムズアップしてみせる。
「筋は通るが、な……」
「あとは竜殺し殿が説得してくれるだろう」
「楽観主義だな」
「俺がどれだけの戦力であるかをこの対グンダール殲滅作戦で思い知らす。俺を怒らせないほうがいいとそれで理解するだろうさ」
ガルは寂しそうに笑う。
「なあ、ケイタ。もうグンダールは弱体化した。これ以上お前が自らの存在を削る必要はないと思うんだ」
「いいや、ダメだ。ルヴァートが生きているなら、俺たちと同じ境遇になる人間を増やすことになる。俺達みたいに人生を踏み荒らされる人間はもうこれ以上増やしてはならないんだ」
俺の言葉にガルはしばらく考え込む。
「我々の世界のことを外部の人間に」
そこへ割り込んだ。
「それは正しい。だがルヴァートが外部の人間を巻き込む以上、その理論は通せない。未来の外の世界の人間も、これ以上この世界に関わってはいけない。ならばそれを止めるしかない」
俺はガルの前に人差し指を立てる。
「そして、それができるのが俺である以上、俺がやるしかない」
作戦をずらずらと書く。これが見つかったとして相手に意味がわかるとは思わないが、それでもリスクはリスクだ。見つからないことを祈りながらいつもの場所、城のレンガの隙間に押し込む。
作戦実行は明日の夜、7人が夕食を摂った後、居室へ戻ったタイミングで仕掛ける。
大雑把には地下に飛び込み、壁を建てた後に上にいる7人のクラスメートをすべてヴァーデンへ転送、その後はルヴァートを殺してからグンダールを壊す。
実際には流れに任せて勢いで実行するのだが、まあ細々と想定される状況を書いて仲間の不安を潰す文書、といったところだ。
押し込んだ後ヴァーデンへ瞬間移動、千里眼で監視する。
江藤が回収した。それを割り当てられている居室に持ち帰り、全員に回していくのを確認し千里眼を切る。
ソファに体を預けてだらん、と座っていたらドアがノックされた。
「開いてますよ」
ドアが開いてフィーラさんが滑り込んできた。後ろ手にドアを閉めるのをだらんとしたまま見ている。
「ケイタさん、大丈夫ですか?」
「あー、うん。ちょっとグンダールまで行って帰ってきて監視してたからね」
フィーラさんは俺の左隣に座り、手を重ねてくる。
「これが終われば、問題は全部解決、のはず」
天井を見上げる俺により掛かるフィーラさん。視線を下ろす。視線がフィーラさんと絡み合う。目を閉じて顎を少し上げるフィーラさん。軽く口づけする。
「ケイタさん、あの……」
「ん?」
「その……ですね……」
うつむいてしまったフィーラさん。頭を軽くポンポンしながら言う。
「大好きですよ、フィーラ」
フィーラが俺を真っ直ぐ見る。目が潤んでいる。
「違うな……愛しています、フィーラ。こんな俺だけど、一緒になってくれますか?」
「はい! 私も愛してます! ケイタ!」
フィーラからキスされた。
朝、目が覚める。隣にはくぅくぅとかわいい寝息を立てているフィーラがいる。頭をそっと撫でる。
「ん……」
小さく声をあげるフィーラ。頬をそっと撫でてから、人差し指で唇をそっと撫でる。
「ふぁ……ん……なぁに……?」
フィーラはもぞもぞと体を動かし、ゆっくりとまぶたを開く。
「かわいいな、と思って。起こしちゃったね、ごめんね」
可愛い人をそっと抱き寄せる。
「ケイタさ……ううん、ケイタ。おはよう」
「あ、そうだね。おはよう」
フィーラは俺を見て微笑む。
「無事に、帰ってきてくださいね」
「当たり前だ。こんな可愛い奥さんを一人残すことはしないよ」
顔色が黒くなっていく。そんなフィーラにそっとキスする。
「さて、朝ごはん食べに行こうか」
俺が誘うとフィーラは小さく頷く。
ベッドから出る。
「きゃ」
フィーラの可愛い悲鳴。
「いや、その一緒に風呂入ってるじゃん……なにを今更……」
「明るいところでは違うんです!」
枕を投げつけられた。理不尽だ。
フィーラと恋人繋ぎで食堂へ。入り口にニヤニヤ笑いのルテリアさ……ルテリアがいる。
「あら、夜遊びの不良娘がいるわね」
「責められるべきは私ですよ、ルテリア」
俺の言葉にルテリアは目を見開く。しばらく俺とフィーラを交互に見る。
「え? あら? あらあら、あらあらまあまあ、そうなの? そうなのね?」
「ええ。そうですよ、ルテリア」
「ディーガルの遊び相手を期待しても?」
「さて、それはどうでしょうかね?」
フィーラを見るとうつむいてふるふるしていた。可愛い。
食堂の奥から微妙な表情のガルが出てきた。
「男親としてはどう接したものか。いや、ケイタは英雄だからな。でもな……」
フィーラの手を離し、ガルの前へ移動。
「覚悟は出来ている。だが、フィーラの幸せのために生きる覚悟はそれ以上だ」
目を閉じ、歯を食いしばる。
暫く待つが、一撃は来なかった。ガルは俺の肩に手を載せ、頷く。
「その言葉で十分だ。そもそも俺が選び、その上で娘が選んだ男だ。なんの不満がある」
ディーガルがのてのてと歩いてくる。しゃがみこんで視線を合わせる。
「やあ、ディーガル。新しいお兄さん、ケイタだ。よろしくな」
両手を突き出し、抱っこしろと要求するディーガル。左手を曲げて座らせ、抱きかかえる。
「ケイタ!」
首に抱きつかれ、耳元で俺の名を呼ぶ義弟。背中を右手でぽんぽんと叩くと、ギュッと抱きつかれた。そのあと首を解放し、後ろを振り返るディーガル。じっとルテリアを見て両手を伸ばす。
「ああ、お母さんが一番か、そりゃそうだ」
ルテリアにディーガルを渡し、食堂に座る。フィーラがサーブしてくれた朝食を食べる。
「さて、式をどうするか」
ガルの言葉に頷くルテリア。
「今日の作戦が終われば、フェーダも手が空くだろう。それでいいんじゃないかな」
「そうだな……グァースとの挙式となると派手にやる必要がある。ヴァーデンは20日は祭りだろうな。そのためにも平和になる必要がある」
「……がんばります」
「期待しているぞ、息子」