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48 方針会議

 城に戻ると、ガルに大歓迎された。そのままもう俺の私室になっている客間へ移動する。フィーラさんはルテリアさんの部屋に行った。なんでも母娘で重要な話があるらしい。

「ディーガルに義理の兄ができる。喜ばしいことだ」

 ガルはそう言うと俺の背中をバンバンと叩く。痛い。

「喫緊の課題を片付けてからね」

「……ルヴァート、か?」

 ガルの言葉に頷く。

「どうやる? グァース」

「俺、千里眼(セカンドサイト)ってのを使えるようになった。あと、瞬間移動(ファストトラベル)。行ったことのある場所を見る、あるいは行く事ができる。距離の制約は多少あるかもしれないけど、スリーヴァ村からここまで楽に届くんで、多分グンダールの城もいけると思う」

 あ、ガル呆れ顔になった。そりゃそうだよな。

「で、それでどうする気だ」

「今考えているのは、残されたクラスメートを全員こっちに引っ張り込む方法」

「どうするつもりだ?」

「具体的にはちょっとまだまとまっていないんだけど、アウトラインとしてはデッドドロップをやろうと思ってる」

「なんだそのデッドドロップというのは」

「あーうん……そうか……間諜はいる、よね?」

「そりゃ、まあな」

 答えにくそうに頷くガル。

「一番難しいのは協力者から情報をもらうとき、だよねえ。怪しまれて尾行されたら密会中にバッサリ、ってな感じで」

「まあな。年に何人かはそれで命を落とす」

「その密会して情報を受け渡すのがライブドロップって言うんだ。確実ではあるけれども命の危険がある」

「じゃあ、デッドドロップというのは?」

「そうだなあ……協力者とはある地点Xについて双方合意している。協力者は情報を他の人に渡す際に目立たない地点Yを探し出す。地点Yに情報を隠したあと、地点Xに『地点Yに関する情報』を何らかの暗号手段をもって仕込む」

 しばらくここで間を置く。ガルが頷いたのを確認して続ける。

「こちらは常に地点Xを監視しておき、変化があったらチェックする。地点Yに関する情報を得たら即座に地点Yへ移動し、情報を回収する」

「地点Xがバレている場合はどうする?」

「地点Xがバレているということは協力者の身元も割れていると考えていい。再度協力者を作るところからやり直しだ。最初のうちはライブドロップで信頼を得る必要があるだろうね」

「ふむ……ではその地点Xの同意をどうやって取る?」

「これは半分以上チートなんだけどね、俺達の文字を使う。こんなふうに」

 俺がライティングデスクに向かうとガルも後ろについてきた。紙にペンで『俺はお前たちを救うために来た。栗原慶太』と書く。

「なんだこれは?」

「俺はお前たちを救うために来た。栗原慶太」

「まるっきり読めん」

「だろうね。俺は以前の会議資料が全く読めなくてフィーラさんに読み上げてもらって書き直したんだよね」

 ガルが暫く考えこんでいる。

「そうか……そのメモを彼らになんとかして届けて、そのあとのメモのやり取りについてのルールを決める。それだけで秘密のやりとりが成立する。しかもメモを見たところで意味がわからない。暗号文ではないから意味の取り違えも少ない。合理的かつ強い方法だ」

「まあ、ね」

 あの会議の資料を見たときからずっとこの方法を考えていた。

 我々は音声でのコミュニケーションはなぜか取れている。これは音声を発するという行動が意思に繋がり、結果潜在魔力性能(ポテンシャル)が発動しているんじゃないかと俺は推測している。

 ならば意志を持たぬ文字を介せば()()()()()()()のみに宛てた通信ができるはずだ。

「あとは残りの面々をどうやって一斉にこっちに引っ張り込むか、だが、そこはなんとかなるだろうと思っている」

「根拠は?」

「俺の身体値(パラメーター)。まあ、人間離れしてるんで非公開ってやつなんだが、ね」

「……そうか」

 ガルは一瞬言葉を発しかけて飲み込んだ。

「とりあえず俺はグンダールというかルヴァートは潰す。それは決めているがその後のことは、ね。お互い命の恩人だから腹を割って話そうか」

 ソファへ移動し、どっかりと座る。対面にガルも座る。

「常に俺は身の振り方を考えている。このままヴァーデンに残り、フィーラさんと所帯を持ったとしよう。このとき後継争いになるのは俺の本意ではない」

 ガルは静かに俺の話を聞いている。

「かといって俺が逐電したとしよう。フェーダやリッザはあの英雄二人が抑えてくれるだろうが、アルピナはどうかな?」

「ケイタ、お前……」

「俺はこの世界においては観客でなければならなかった。だがすでに舞台に組み込まれている。ならばその中で最良のパフォーマンスを見せる必要がある」

 じっとガルを見つめる。

「長期的な行動を見据える必要がある。今までヴァーデンの好意に甘えていたが、そうも言っていられないだろう」

「王としてはその考えには感謝する。だが、父として、あるいは友人としては反対だ。娘は幸せになるために生まれてきたのだ。ケイタ、お前の選択は娘を不幸にする」

「少し安心したよ。魔族は以前ガルが捕虜になっても戦闘を継続した。寿命と出生率からドライな思考をする必要があると聞いていたが、最小単位の家族としては愛が深い。初めて羨ましいと思った」

 俺がそう告げるとガルはうつむく。

「その、な……」

「なあに、構わないさ。生まれを嘆いてもしょうがない……ああ、そうだ」

 俺がここで一呼吸置くとガルは顔を上げる。

「サリーンオーリアはどうするんだ?」

「孤児院に入る。ルテリアはディーガルとまとめて面倒見るとは言っていたんだが、ゲインドレッジヴァーデンの強い希望でな。彼は孤児院の警備兵士として働く。オーリアエフィナヴァーデンは治療院に行くことになった」

「スリーヴァ村は?」

「地方監察官が調査に向かっている。が、俺はあれはオーリアエフィナヴァーデンの作り話だと思っている」

「一つ、気になっていることがある。ディングトゥの妻だったフィオドラだが」

 ガルは頷く。

「ああ。スリーヴァの出身だろう。まあ今となっては、だがな」

「ああ、そうだった。スリーヴァは多少老人が削られている」

 眉を吊り上げるガル。

「なにをやった?」

「フェーダと戦っていた敗残グンダール兵を強制転送してスリーヴァ村にぶつけた。下手な追跡をやったアルピナがヴァーデンに迷惑をかけたという形に見えるようにな」

 しばらく俺を見ているガル。何かを言いかけ、踏みとどまる。

「このアルピナ・グンダールの国境の小競り合いで私が介入した結果、双方戦線を維持する理由がなくなった。そのうえでアルピナ、グンダール、ヴァーデンの関係を考えた」

 ガルが続けろと促す。

「アルピナはおそらく私という戦力に対し強い警戒を持っている。主にマルク・アルピノフが、だがね。側室の子で王の目がない野心家は私という戦力を利用しかねない」

「ケイタを利用する?」

「魔族に支配される恐怖。人族として結束すべきだ。裏切り者の人族ケイタヴァーデングァースを殺せ! 人族の敵たる魔族を滅ぼせ!」

 ガルは腕を組みじっと私を見ている。

「私のいた世界では人族しかいなかったが、僅かな違いで人種や民族という区別があってね。優生政策、民族浄化とか嫌な言葉があるんだよ」

 ガルは首をかしげる。

「何だその……優生政策とか民族浄化ってのは」

 私は言葉を選びつつ返答する。

「優生政策というのは優生学という考えがベースだ。生物の遺伝子プールを改良することで人類の進歩を促すということだな」

「すまん、遺伝子プールとはなんだ?」

「んー……ガルの子、フィーラさんにしろディーガルにしろ、どちらかの親に似ているだろう?」

「そりゃ、親子だからな」

「その親と子が似るというのは、遺伝という生物が持つ基本的な性質だ。体が強かったり、手先が器用だったり、目が良かったり、あるいは可愛かったり。そういう情報を持つものを遺伝子という。両親からその遺伝子を半分ずつもらって子が生まれる。だから子は両親に似る。社会全体で考えたときに遺伝子は多種多様である。この多種多様な蓄えを遺伝子プールと呼んでいる。多様性は個性を生む。優秀な個体もあれば、平凡な、そして愚鈍な個体も出るだろう。だがその多様性が社会を作り、システムの進化を促すと私は思うんだが、ね……と、話がそれてしまったな。戻そう。では選択的に優秀な遺伝子を持つ個体を選んで子が生まれたらこの遺伝子プールはどうなるだろう?」

「優秀な個体が増えていくな」

「そうなる。それが優生学の基本だ。では優秀な個体のみにするにはどうしたらいいと思う?」

 ここで私は嫌な笑みを浮かべたのだろう。ガルの顔がひきつる。

「劣るとされた人種を虐殺し排除する。さらに国民の中から優秀な男女を集め、強制的に婚姻させ、子を生ませる。これが優生政策の一つの形、だ」

 ガルは嫌なものを見たというような表情をしている。

「もう一つの言葉、民族浄化というのは戦争における戦略の一つで、虐殺、強姦などの手段で特定の民族を殲滅する事を言う」

「浄化……なのだろう?」

「ある意味、ね。国内に複数の民族がある場合を考えてみようか。その国内を単一の民族Aに浄化するために民族Aの中の不純物、他民族を殺す。国内は民族Aに浄化される、というわけだ」

「ケイタの世界は平和だと聞いたが……」

「ああ、私の母国であった日本は、ね。ただ人族しかいない私の世界においても紛争は常に続く。それが人という種の限界なんだろう」

「……ケイタのクラスメート、彼らはどうなんだ?」

「多分、彼らは平和主義者だ。私が特殊なケースで、それを自覚しているからなんとかなっている。常に言っているんだが、私はまっとうではない。だからこそ身の振り方を常に考えている」

 ここでドアがノックされた。返事を返す。

「はい」

「フィーラです、入りますね」

「どうぞ」

「あら? お父さん、ここにいたんですか」

 ガルはフィーラさんを見て頷く。

「なあ、フィーラ。お前、ケイタの何を知っている?」

 突然の問にしばらく考え込むフィーラさん。

「そうですね……危なっかしい考えをしている人です。世界から常に拒絶されているかのような孤独感を抱えているけど、でもやらなければならないことがあるから頑張ってる。少しでもその孤独を私が埋められればいいんですけど」

「だとよ、義理の息子」

 右手で顔を覆い、俯く。多分、俺は今真っ赤だろう。

「大好きですよ、ケイタさん」

 俺の横にピッタリくっついて座って、そっと抱きつかれた。


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