44 計略と実行
兵士たちに連れられてゲインドレッジヴァーデンとオーリアエフィナヴァーデンはそれぞれ別の館へ。
「一緒にお茶でもどう?」
ルテリアさんがサリーンオーリアを誘う。サリーンオーリアはフィーラさんを見ている。
「あー、フィーラさん、ちょっとお話があるので」
俺がフィーラさんを呼ぶと、サリーンオーリアは俺が一緒に来ないことを理解したようで少し寂しそうな表情をしてからルテリアさんと一緒に王族フロアへ上がっていった。
全員がいなくなってからガルが言う。
「予想で分断させたが、合っているか?」
「はい」
ガルはさすが王様というところか。あるいはフィーラさんの能力か。
「立ち話もなんだし、会議室に行くか」
「まずは、戦果報告を」
ガルに促され返答する。
「フェーダに侵攻していたグンダール軍は指揮官のヴァルファンを殺害、兵士は見える範囲では潰した。逃げた兵士は整備されていない森に逃げ込んだのでほぼ全滅だろうと思う。魔法戦士隊については後送したが、どうかな?」
「ああ、8人到着している」
「アルピナに侵攻していたほうは指揮官を残し全滅させた。指揮官のリアン、とかいった女はそのまま置いてきたからどうなってるかは知らない。多分アルピナの捕虜になっているんじゃないかな」
あっさりと報告。絶句された。
「そっちはどう?和平交渉は?」
「今朝調印した。二日後にはグンダールに着くだろうが、アルピナとフェーダの惨状を聞いてどう動くか」
しばらく考えて、切り出す。
「まず、アルピナだが……マルク・アルピノフには注意だ。行動に一貫性がない。何かを抱えている」
頷くガル。
「そしてあの3人、スリーヴァ村については調査官を派遣したほうがいい。なにか闇を抱えている」
「手配しよう。アルピナについてはマルクの代になったら考えるが、おそらくその線はない」
「へ? 第一王子の長男じゃないの?」
「側室の子だからな。アリサは正室の子でその下にやはり正室のレオニート・アルピノフがいる」
字が読めないことがこんなに影響があるとは思わなかった。資料が読めない以上全く事情がわからない。おそらくマルクはかなり頭のキレがいい。アリサの報告から俺がおそらく何も知らないことを予測、トラップを仕掛けてみたのだろう。
上手く行けば万々歳、失敗してもどうせ王になれないのは変わらない、と。
「で、だ。ケイタ、フェーダから書簡が届いた。お前のところに姫を輿入れしたいんだそうだ」
「断っておいて」
ノータイムで返答。
「理由をどうする?」
「異界の勇者は異界の倫理観に従って行動する。彼らの世界では一夫一婦制であり、一夫多妻は憎悪するとでも」
「んー……わかった。なんとかする」
しばらくの沈黙。思考をまとめて発言する。
「グンダールってこれで引くと思う?」
「一時的には」
「……だよねえ。やっぱりこっちから攻めてルヴァート潰さないとどうにもならないよねえ」
「ルヴァートが潰れたらグンダールも瓦解するだろうな」
中央に食い込む病巣、か。
「そう言えばさ、グンダールって成立してまだ100年経ってないんだよね? 前はどんな感じだったの?」
「アルピナの属国でフィエルという国だった。支配を打ち破ったのが今の王の4代前のグンダール。それから代々グンダールを名乗る王を測定で決め、全権がその王に与えられることになっている」
「独裁制か……ルヴァートはそのシステムに取り付いたガン細胞ってところだな」
アルピナが属国として管理していたということはそれなりに旨味があったはずだ。おそらくは農地。豊富な食料を後ろ盾にしての軍事国家運営。
そもそもはアルピナと対抗するための戦力だったはずだ。ルヴァートが全てを変質させたのだろう。
そしてその変質はすでに中枢にまで到達し、死に至る病となった、ってところか。
ルヴァートはどうやってその地位を得たのか、をずっと考えている。魔術師長が強大な権力を持つとは思えない。純粋な能力主義で王すら測定で決める国。
となると、何かを餌にする必要がある。金、女、あるいは男。
人権意識が低い世界では結構胸糞悪い事になりそうな気がしなくもない。
「で、だ。ケイタ、結婚式どうする?」
「ふぁ?」
「とりあえず当面の危機は去っただろう?」
ガルが腕組みして俺を見る。フィーラさんは真っ直ぐ俺を見ている。あー、ほんのり暗い顔色。
「まあ、ね。そうだねえ。フェーダの後始末が終わって、エシュリアさんがこっちに戻ってきたらやろうかしら」
「じゃあ、輿入れを断る書簡と一緒に送っておくか」
「うん、それで」
フィーラさんがまっすぐ抱きついてきた。そっと抱きしめて、それから離れる。
「あっさりと承認したな。ちょっと予想外だ」
「約束したからねえ。約束はちゃんと守るよ」
フィーラさんにむけてウィンク。
「はいっ」
元気よく返事。また抱きつかれた。
「え、ついにケイタって呼んでいいの⁉」
「まだです」
フィーラさんと一緒に報告に行く。ルテリアさん大歓喜のあとしょんぼりした。
暗い表情のサリーンオーリア。多分それは君の錯覚だと思うんだよな。危ないところに助けに来た人に対する憧れというかそういうものだ。とはいえ、親の問題があって追い打ちかけるわけにもいかず、さてどうしたものか。
「フェーダのゴッタゴタが終わってからだからだいぶ先になるとは思うんですよね。その間にやれること片付けておきます」
「やれること……?」
可愛い婚約者が俺を不思議そうに見る。
「いっぱいあると思うんだよねえ。字の問題とか、しきたり関係とか」
他にも色々あるけれど、とりあえずはそこだけ明かしておく。
「ところでさ、俺のクラスメートたちはどうするの?」
「客間の余裕はまだあるから大丈夫よ」
さすが城。でかい。
「ざっとあと20人くらい増えると思うんだけど……」
「え?」
「クラス40人、うち4人が死亡疑い、残りは36。こっちに12人引き込んだから、あと23、か。測定組が初期から増えていないならあと7人」
おそらくグンダールは引きこもるはずだ。面倒な状況になる。アルピナを利用して戦闘を継続させるのがおそらくよい。
ならばスリーヴァ村を利用した戦闘継続プランをざっと考える。
考え込んでいると、そっとフィーラさんに手を握られた。サリーンオーリアが寄ってきてその手を乱暴に払う。サリーンオーリアを一瞥する。
「あ、あ……」
おそらく守護者の目だったのだろう。かなり怯えた。
「ケイタさん! 駄目ですよ!」
フィーラさんに怒られた。
「あー、ごめんねえ」
サリーンオーリアは俺の一面を見て、少し考え直した……と思いたい。
「さて、報告も終わったし、俺は一旦自室に戻ります。残務を片付けたい」
「え、ケイタさん……その……」
「夜に少しお話しましょう。それでいい?」
微笑んでフィーラさんの手を取る。潤んだ目で頷くフィーラさん。
「正確な地図があればそれを。今後の戦略のために必要なんだ」
地図をもらい、自室に戻り鍵をかける。
私の今やれること、それはスリーヴァ村を利用した戦闘継続プラン、モヤッとしていたものを確定させていくこと。
フェーダの森の中に逃げているグンダール兵を確保し、アルピナ側からスリーヴァに侵攻させたように見せかける。
これはアルピナ軍が取り逃がした敗残兵がヴァーデンの罪もない村人を虐殺したという図式になる。
この状況の場合、アルピナとグンダール、アルピナとヴァーデンの関係からおそらくアルピナは戦闘継続を選択するだろう。そうやって時間を稼げば手は出てくるはずだ。
スリーヴァ村は壊滅はしないだろう。ただ昼間なら若者は仕事へ出ているだろうから、防衛を担うのは老人。そう、老人が死ぬだろう。
人口の減った村の維持のために入植者の手配もしなければ。
荒っぽいアウトラインを決めた後、地図を睨みながらどこに落とすかを考える。
アルピナ側からスリーヴァへ向かう道がある。これを使う。
千里眼発動。目標はフェーダの森。生命反応を探す。意外と生き残っている。グンダールの兵士の練度は高い、ということか。
「いいのがいた」
8人固まって移動している集団があった。周囲に幻覚発動。暗闇にする。パニックになる8人。ただ走り出さなかった。練度が高いなやはり。
全員を強制転送。アルピナ側のスリーヴァ村へ繋がる小道へ。
スリーヴァ村へ向かう方向のみ幻覚を解く。誘導に乗るかどうかを祈る気持ちで見ている。
反対側へ向かおうとする。慌てて不可視の壁を建てる。間に合った。
警戒しつつスリーヴァ村へ向かっていったのを確認。溜め息をつく。
監視しつつ後はスリーヴァ村の防衛がそこそこうまくいくことを期待するだけ、だ。危ないようなら瞬間移動で私が飛んで状況を好転させる。
そして後片付けが終わったあたりで調査官がちょうどスリーヴァに到着。アルピナとグンダールに抗議が行くだろう。
千里眼で追跡を続ける。
グンダールの敗残兵がスリーヴァ村に到着。魔族を見て斬りかかる。計画通り。
若者はほとんどいない。老人が対抗し、乱戦へなだれ込む。
敗残兵とはいえ軍事国家の兵士、よく鍛えられている。潜在魔力性能を発動させる前に斬りかかり、何かを投げつけ、とにかく集中させない。
不意打ちの強みもあって序盤は有利に展開している。
対する村人は戦闘に不慣れでさらに年齢もあり、だいぶ押されている。
飛び込みをへっぴり腰で避け、追撃の突きを避けきれない。胸を貫かれた。致命傷だろう。
ここで逃げるかと思ったが女子供のために踏みとどまったのは魔族の矜持といったところか。
とはいえ武装のない村人に武装ありの敗残兵。15人が斬り捨てられた。
介入を検討し始めた頃、補給の切れた敗残兵のスタミナがついに切れた。速度が落ちたところを潜在魔力性能の集中砲火。
かろうじてスリーヴァ村の勝利。被害は老人男性ばかり16人。この段階では村の運営にはさほど影響はないだろう。満足して千里眼を切った。