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43 帰還

 スリーヴァ村。70年前。双子。

 ディングトゥの妻、アルピナの元貴族フィオドラは森の中に捨てられていた魔族だと資料にあった。おそらくはオーリアエフィナヴァーデンの妹、だ。

 そのことを伝えるべきかどうか迷う。彼らは、忌み子がそのまま生きていたとしたらどう感じるだろうか。それにもうフィオドラはミスリルゴーレム暴走のときに亡くなっている。

 フィオドラのことはすでに過ぎたこと、なのだ。

 今の問題を片付けることのほうが優先だろう。

「そうですか……その話と予想が真実と仮定すると、彼女は非常に不安定ですね。その憎悪はどこに向いているのか、多分自分でもわかっていないことになります。だから伯母に呼ばれてついて行ってしまう」

「グァース様……?」

 不思議そうにゲインドレッジヴァーデンが俺を見る。

「赤子を捨てるような大人たちといたくない、のならば伯母だってその大人ですよ?」

「あ……」

「むしろ母親に何かを思っているのかもしれません」

 オーリアエフィナヴァーデンをじっと見ると目を伏せる。

「さて、私は部外者ですしこれ以上踏み込むつもりはありません。家族の形は様々ですから」

 ゲインドレッジヴァーデンが俺を見つめる。その横で、目を伏せたままのオーリアエフィナヴァーデン。

「グァース様、何を……何をおっしゃりたいのですか?」

「結婚とは、お互い片目を閉じること。両目を見開いて見ていても両目を閉じてまったく見ないようにしてもいけない」

 俺の両親は両目を閉じてしまった。

 首をかしげたままのゲインドレッジヴァーデン。目を伏せたままだったオーリアエフィナヴァーデンは意を決したように俺を見る。

「グァース様、その!」

「さて、私に何かを告げて解決するか、と言えば否、でしょうな。所詮部外者ですし。責任を取れるような人間でもないですしね」

 じっと見つめ返す。

「片目を閉じている相手のその見えない目の方で何かをしたのだったら最後まで抱えて死ぬのが愛情でしょう? その覚悟もなくしたのだというのなら、相手に対する侮辱でしかない」

 ゲインドレッジヴァーデンがオーリアエフィナヴァーデンを見る。いや、睨む。

「さて、片目を閉じて見なかったことにしたのなら、それを追求しないのもまた愛情ですよ?」

「グァース様……あなたは……」

「ただの人、と言ったのは訂正します。私は壊れている人間です。()()()()()()()からグァースが出来る。そういうことです」

 ゲインドレッジヴァーデンは呆然としたまま私を見る。

「人族の、たかが17歳の若造かもしれませんが、私はグァースという器を演じ、最愛の人を護るために生きている」

 私に言わせれば現実主義を標榜する魔族はまだ()()

「全ての魔族の楯となり、剣の切っ先として生きる。それがグァースの務め。私は常にそれを行動規範とする。だが私が喪われることによる最愛の人の悲哀を避けるために全精力を傾ける。お前達魔族はそこまでの覚悟を持って生きていないだろう?」

 オーリアエフィナヴァーデンを睨みつける。私の両親は私に関心を持たなかったが、だが家族を裏切ることはなかった。裏切るだけのエネルギーを持ち合わせていなかったのかもしれないが、ね。

「英雄の前で懺悔し、贖罪される。そんな甘ったれた思考は許さない。自らの行動の責任を取ることが大人の務めではないのかね?」

「我が妻を愚弄するかグァース」

 ゲインドレッジヴァーデンが怒りに燃える。そう、これこそが家族の愛。だが、オーリアエフィナヴァーデンは震え、縮こまり、小さくなる。それこそが証拠。

「私は! 私は……」

 顔を上げ、叫んだ後言葉を飲み込むオーリアエフィナヴァーデン。静かに語り始める。


 私は祝福された子、でした。

 そう、成人の15の歳に祝福の儀式が執り行われました。

 儀式は全て200歳以上の男性の魔族のみが対象で、祝福を分け与える、という理由が付けられていました。

儀式は昼間、若い男たちは全て狩りにあるいは畑に出かけている間に執り行われました。

 最初は意味がわかりませんでした。

 何人もの男性に取り囲まれ……。

 意味がわかった後……このときほど、森に捨てられた忌み子の妹が羨ましかった事はありませんでした。

 それからも、何度も、儀式が行われました。

 結婚してからも、行われました。


 予想外のものが出てきた。これならフィオドラのほうが幸せだったのではないか。

 私が悪戯心を出さず、急いでヴァーデン王都に戻っていたならどうなっていただろう、とふと思う。サリーンオーリアは林の中魔物に殺され、この夫婦は娘を失った悲しみに濡れた後、母はこの儀式を繰り返す。そんな生活、いずれ壊れる。

 ゲインドレッジヴァーデンは憤怒の形相、顔色は黒くなっている。人族だったら真っ赤、だろう。

 私の思考をまとめるため、時間稼ぎの提案を出してみる。

「さて、君たち夫婦にはいくつかの選択肢がある」

 親指を立てる

「1.何も知らなかったことにする」

 人差し指を立てる

「2.老人共を叩き切り、スリーヴァの悪習を断つ」

 中指を立てる。

「3.スリーヴァ村を後にし、王都に来る」

「2だ!」

 ゲインドレッジヴァーデンが選択する。

「なるほど。それは短期的には良い考えだな。だがその後君たち家族はこの村では生きていけまい。おそらく老齢のご婦人共は共犯者だ。となるとスリーヴァの人口はだいぶ減ることになる。集落として維持できるかどうか」

「だが、だが!」

「罰を、という気持ちも分かる。だが罪なき村人がその罰の結果死ぬことはヴァーデンにとってマイナスだ」

 一呼吸置く。考えはまとまった。

「グァースの名にかけて、奴らには必ず罪を償わせる。これは約束しよう……そうだな、一時的にだが君たち家族は王都に招待することとしよう。これはゲインドレッジヴァーデンが、あるいはオーリアエフィナヴァーデンが短絡的な行動を起こさないための監視の意味もある」

 指を突きつける。

「サリーンオーリアを不幸にしないための措置、でもある。ゲインドレッジヴァーデン、君にはしばらく辛抱を強いる。この通りだ、堪えてくれ」

 私が頭を下げるとゲインドレッジヴァーデンは慌てる。

「そんな! グァース様、頭を、頭を! 堪えます、ですから頭を!」

 英雄に頭を下げられ困惑し動揺するゲインドレッジヴァーデン。なるべく穏便に済ませたいがために無理を願っているのだ。私の頭を下げる程度でその無理を受け入れてくれるのならば安いものだ。


 彼らの家を後にし全員でルーシアエファシュヴァーデンの家へと向かう。ドアをノックし、グァースだと告げるとサリーンオーリアとルーシアエファシュヴァーデンが出てくる。

 サリーンオーリアは私の後ろにいる両親の姿にやや警戒モード。

「サリーンオーリア、君は両親と私とともに王都へ移動する」

 ルーシアエファシュヴァーデンが目を丸くし、私を見る。

「グァースの私が君たち家族を召し抱えることになる」

「なぜ、ですか?」

 ルーシアエファシュヴァーデンが遠慮がちに聞く。

「機密のため回答はできない。今からすぐに出立の準備を行う。サリーンオーリア、私とともに君の家に戻るぞ」

 サリーンオーリアは私のそば、オーリアエフィナヴァーデンの反対側に立つ。

 オーリアエフィナヴァーデンは手を伸ばしかけ、頭を振り、俯く。

 ゲインドレッジヴァーデンはそのオーリアエフィナヴァーデンの手を両手で包んで、小さく頷く。

「さあ、行くぞ」

 私が促すと全員ゆっくりと移動を始める。サリーンオーリアは私の服を掴んで俯いたまま歩く。

「あたしは、どうして、ここに、いるのかな」

 小さく言う。頭を軽く撫でてやり、移動する。

 移動しながら考える。ゲインドレッジヴァーデンの怒りは今は老人たちに向いているが、妻にも娘にも向きかねない。その時サリーンオーリアはどうなるだろう。

 オーリアエフィナヴァーデンはおそらくしたたかだ。自らの身に降りかかる災難を夫にも告げず、隠し通そうとした。それは保身であり、自らが第一だ。

 サリーンオーリア、どこまで知ったのだろうか。幼い心に傷が残らなければ……いや、無理な相談か。

 家に戻り、着替えやらの細々したものを箱に詰めさせる。その間に潜在魔力性能(ポテンシャル)を使用。千里眼(セカンドサイト)と名付けた。城の中庭が見える。人はいない。

「準備はいいか?」

 箱を持ちゲインドレッジヴァーデンが戻ってくる。少し離れてオーリアエフィナヴァーデン。サリーンオーリアは私の隣から動くことはなかった。

「では移動する。私に触れてくれ」

 全員の手を感じる。願えば叶う潜在魔力性能(ポテンシャル)。城へと瞬間移動(ファストトラベル)発動。城の中庭に出る。

「よ、フィーラさん、ただいま」

 ちょうど中庭に降りてきたフィーラさんに手を上げて挨拶。ものすごい勢いでタックルされた。抱きとめる。

「どうしてあなたはいつもそうなの! 連絡くらいしてよ!」

「や、すまんね」

 取り残される三人。そりゃ気がつけば城の中庭で、英雄(グァース)に抱きつく女性がいる。進行が速すぎて呆然とするよね。

「あー、フィーラさん、ちょっと連れを紹介してもいい?」

 なんとか引き剥がす。

「スリーヴァ村のゲインドレッジヴァーデン、オーリアエフィナヴァーデン、そしてサリーンオーリア。ちょっとした事情で俺預かりになった家族だ」

 フィーラさんはしばらく俺の顔を見て、その後三人を見てから頷く。

「ちょっと待ってて下さいね」

 フィーラさんが中庭から王族フロアへ向かう階段を上がり、姿を消す。しばらく待っているとガルとフィーラさんとルテリアさんと兵士たちがやってくる。

「ケイタ、帰ってくるならちゃんと言え」

「すいません、緊急だったもので」

「兵士宿舎に空きがある。大人二人はそれぞれ男性兵士、女性兵士の宿舎に入ってもらおう」

「この子は?」

「……俺とルテリアが面倒を見る」

 サリーンオーリアは俺の服の裾を掴んでふるふると首を振る。

「そうか、嫌か」

 ガルが少し寂しそうに笑う。

「ケイタとも一緒に生活できるんだが」

 サリーンオーリアはその言葉を聞いてガルを見て、笑顔で頷く。

「随分気に入られたな英雄(グァース)

 溜め息で返事をする俺。

「初めまして、サリーンオーリア。私の母さんと同じ名前ね。ルテリアサリーンヴァーデンよ」

 ルテリアさんがサリーンオーリアの前でしゃがみこんで語る。サリーンオーリアはしばらく考えて、ルテリアさんに頭を下げる。

 フィーラさんもルテリアさんの隣にしゃがみこんで挨拶。

「初めまして。フィーラルテリアヴァーデンです。ケイタさんの婚約者、してます」

 ぷいっと横を向くサリーンオーリア。困った顔のフィーラさん。

「サリーンオーリア、それはよくない」

 俺が言うと渋々頭を下げるサリーンオーリア。困ったものだ。


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