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42 スリーヴァ村にて

 危なくバックパックを放置して帰るところだった。

 急降下し、バックパックを回収。【変身】を解いて背負う。

「グァース殿!」

 後ろから声を掛けられる。振り返ると伝令兵。肩で息をしていたのでしばらく息が整うまで待ってやる。

「管理官から伝言がございます。五人のことは任せろ、とのことです」

「了解した。そうですね……」

 しばらく考え、返答する。

「ゲラム・レヴァフ伯爵の寛容と高潔な態度に感銘を受け、非常に感謝していると伝言を頼みます」

「承りました」

 敬礼し踵を返そうとする伝令兵を呼び止める。

「まだ、なにか?」

「その五人の様子、知っていることがあれば教えて欲しい」

「……」

 しばらく考え込む伝令兵。

「なるほど、わかった。まあ、そうだろうな。君も、俺が怖いか?」

「はい、いいえ、そのようなことは……」

「敵以外は殺さないから安心してよ」

 ウィンクしながらサムズアップしてみた。引きつった笑いが返ってきた。

「じゃ、俺はこれで帰るよ。よろしくね」

 飛行(フライト)を発動、ふわっと浮かび、ヴァーデンへ向かって移動する。


 ヴァーデンまで真っすぐ飛んでいけば日没までには余裕で着くけど、びっくりさせたいなら夜こっそり、だよね。

 ちょっと茶目っ気を出してゆっくり移動。適当に途中の林に降りてしばらく休憩する。

 バックパックからカップ、メッシュ袋と茶葉を取り出す。

 湧水(スプリング)沸騰(ボイル)でお湯を作り、メッシュ袋に茶葉。放り込んでしばらく放置。

 メッシュ内の茶葉は例によって霧消(ディシペイト)で処理。

 木に寄りかかってゆっくり茶を飲む。

「いーやーーーー」

 溜め息。なんでこんな人里離れた林の中で女の子の悲鳴が。とはいえ聞いてしまったものは仕方がない。カップの中の茶を一気に飲み干してバックパックに突っ込んで立ち上がる。

 声の方に向けてゆっくり歩く。

「やーーーー!」

 徐々に近づく。声の感じからするとまだ幼い。なんでこんなところに。リミッターを抜きつつ近づく。

「やだーーー!」

 はっきり聞こえる。木々に邪魔されて姿は見えないが、何かに追われているようだ。

「今助ける!」

 声のする方へダッシュ。見えた。銀髪に青緑の肌。魔族の女の子。年齢はわからないが、まだ幼い。

「グァースが助けに来たぞ!」

 とりあえず女の子を掻っ攫い飛行(フライト)。林の上へ出る。女の子は出てきた助けが人族だったのと、急に空に舞い上がったのとがあってびっくりして硬直しているようだ。ちゃんと抱き直す。

「初めまして、お嬢様。ケイタヴァーデングァースだ。お名前は?」

「え、ケイタヴァーデングァース?」

「そう。ケイタヴァーデングァース。で、お名前は?」

 微笑んでやる。下を見るとなんか猪みたいな動物が走っていった。

「サリーンオーリア」

 ルテリアさんの母親がサリーンだったな、と思い出す。

「そっか、サリーンオーリアちゃんか。お家どっち?」

「……わかんない」

 願えば叶う潜在魔力性能(ポテンシャル)。人の気配を探る。それほど遠くないところに多数の気配。林の中にもポツポツと気配。

「もしかして、家出した?」

「……うん」

「みんな心配して探しているね。よし、近くにたくさんの人がいる場所があるから、そこにひとまず行ってみようか」

「やだ……お家帰りたくない」

「みんな心配していると思うんだけどなあ。林の中にもポツポツと人がいるし」

 とりあえずサリーンオーリアの返事を聞かず、多数の人の気配がある方へ飛ぶ。


 しばらくゆっくり飛ぶと小さな村が見えてきた。あそこだろう。

「あれかな?」

「……うん」

 割と素直。根はいい子なんだろう。広場の真ん中に降りる。魔族の女性たちがわらわらと集まる。警戒モード。そりゃそうよね。人族が降りてきた。旦那衆は探索で林の中。怖いよね。

「初めまして、ケイタヴァーデングァースです」

 とりあえず自己紹介。

「林の中でサリーンオーリアさんを救出したので連れてきたのですが……」

 なぜか俺の後ろにしがみつくサリーンオーリア。

「サリーンオーリア! 心配させて! ばか!」

 人の輪をかき分けて綺麗な女性が出てくる。俺の後ろでもぞもぞ動く気配。多分首竦めたんだろう。

「サリーンオーリアさん、とりあえず俺の後ろから離れて?」

「やだ。怒られる」

「叱られるようなことしたからでしょ」

 綺麗な女性は警戒しつつ俺に近寄ってくる。俺を楯に反対側へ移動するサリーンオーリア。

「初めまして、グァース様。オーリアエフィナヴァーデンです。サリーンオーリアを助けていただき感謝いたします」

 礼。基本的に魔族は綺麗な人が多い。オーリアエフィナヴァーデンも整った綺麗な顔立ちをしている。肌の色に慣れてしまえば、だが。

「サリーンオーリア! こっちへ来なさい」

「やだー!」

 しゃがみこんで、両手をサリーンオーリアの肩に載せる。目線を合わせて話をする。

「どうして、家出したの?」

「お母さんが……お母さんが……言いたくない」

「そっか。言いたくないか。じゃあ、悪いことをしたってのはわかってる?」

 こっくりと頷くサリーンオーリア。やはりいい子なんだろうね。

「でも、謝れないのか。そうか」

「だって、だって……」

「いいよ、理由は聞かないから。でもね、お母さんは君のことをとても心配している。それは分かるね」

 心に刺さる自分の言葉。俺の母親(それ)はそんなことはしない。今も多分、そうだろう。

「じゃあ、どうしたらいいだろう?」

 しばらく考え込むサリーンオーリア。その後、俺を見上げる。

「ケイタについていく!」

「そりゃ駄目だ。俺は婚約者を待たせている。それにね。俺は人族だから……そうだな、生きてあと50年くらいかな。君たちのような魔族とタイムスケールが違う。サリーンオーリアさんが落ち着いた大人になる頃、俺は死ぬ」

 頭の中でフィーラさんの事を考える。あの歳でアレだからな……もしかしたら俺が死ぬ頃になってもまだ落ち着かないかもしれない。

「あと、呼び捨ては駄目だな」

 子供の説得は苦手だ。自分がその時代、ひねくれて生きていたから思考がわからない。困ったな。

 人混みをかき分けて男性がやってくる。立ち上がってそちらを見る。

「サリーンオーリア! 貴様! 人族!」

「待ってゲイン!」

 オーリアエフィナヴァーデンが割って入る。助かる。

「オーリア! なぜ止める」

「彼はグァース様よ」

 まじまじと俺を見る。おそらく身体値(パラメーター)を見ているのだろう。俺の身体値(パラメーター)は特異だ。周囲に広まっている可能性は高い。

「失礼いたしましたグァース様。ゲインドレッジヴァーデンです」

 膝までついて頭を下げられる。ゲインドレッジヴァーデンの前に進み、同じように膝をつく。

「グァースなんて呼ばれていますが、あまり変わらない普通の人のつもりでいます。そこまでなさらなくとも」

 顔を上げるゲインドレッジヴァーデン。不思議そうな顔をしている。

「あの……その……」

「多分、私の噂話、こんな感じじゃありませんか? 血も涙もない、強烈な戦力」

「……」

「ま、否定も肯定もできませんよね」

 ここで微笑み、サムズアップ。

「サリーンオーリア! こっちへおいで」

「伯母ちゃん!」

 たーっとサリーンオーリアが別の女性のところに行く。

「ルーシア、サリーンオーリアのことをしばらく頼む」

 ゲインドレッジヴァーデンがその新しい女性をそう呼ぶ。ということはこの人の姉かね。

「はいはい、任せておきな」

 ルーシアと呼ばれた女性は俺に会釈するとサリーンオーリアの手を引いて人の輪から出ていく。

「ルーシアエファシュヴァーデン、私の姉です。グァース様、ここではなんですので狭いところですが私の家へどうぞ」

 ゲインドレッジヴァーデンの言葉に従い、立ち上がって移動することにする。


 ゲインドレッジヴァーデンの家は彼が言うほど狭くない。居間とそこに繋がる台所、そこに繋がる部屋が二つ見える。他に廊下を挟んで反対側に部屋が二つあるので、今風に言うなら4LDK。そこに家族3人なら余裕だろう。

 居間には毛皮が敷かれており、そこに座るよう勧められる。

「サリーンオーリアを助けていただき、ありがとうございました」

 深々と礼をするゲインドレッジヴァーデン。

「いえ、ついででしたから……ところで、家出をしたと本人が言っておりましたが、差し支えなければその原因をお教え願えますか?」

 しばらく考え込むゲインドレッジヴァーデンとオーリアエフィナヴァーデン。

「随分と長い話になります」

 ゲインドレッジヴァーデンが重い口を開き、語りだした。


 始まりは今から70年前の話になります。

 オーリアはここスリーヴァ村で400年ぶりに産まれた双子でした。

 義父はその時239歳、やっと産まれた初めての子を手放すことに猛烈に反対したのですが、村の総意で忌み子として妹を森の奥に捨てたと聞いています。

 その時から義父はおかしくなったのだと思います。酒に溺れ、昼は村外れの自宅の前でぼーっと座り込むようになりました。天気が良くても、悪くても、いつも座り込んでいました。

 義父は義母も憎んで、同時に愛していたようです。視界に入ると愛を語るのですが、オーリアを見ると『誰の子だ!』と怒り狂ったと聞きます。義母もまた最愛の子を失ったところでその扱いに耐えきれず、オーリアを残して自殺しました。

 義父が子どもに憎悪を持っていることを懸念した村人たちは、相談して義父の自宅近くに子どもを近寄らせないよう決めました。結果大人たちも足が遠のくのですが、それが良かったのか悪かったのか、今となってはわかりません。

 オーリアエフィナヴァーデンという名は、途中から代わった名前です。エフィナは私の母の妹で、まだ1歳にもならないオーリアを引き取って育てました。

 オーリアは忌みを持たず産まれた子として祝福されて育てられました。双子の片方が全ての忌みを引き受けるのですから当然です。私はその祝福された子を伴侶にするべく努力し、こうなりました。30年前のことです。

 それから22年、なかなか子宝に恵まれませんでしたが、やっとサリーンオーリアが産まれました。優しい、可愛い子です。今年8歳になりました。

 その時も相変わらず義父は座り込んでいました。

 サリーンオーリアは初めて村外れに行き、義父は彼女を初めて見ました。そして義父は号泣し、オーリアに、そして義母のフィオナに謝罪を繰り返したのです。サリーンオーリアに自らの娘と妻の面影を感じたのかもしれません。

「すまなかった! 私の力が足りなかったばかりに! 忌み子など無視してフィオナとオーリアフィオナ、そして妹を連れてスリーヴァを出ればよかったのだ!」

 地面を叩き、呻き、泣き、吠えた義父を見たサリーンオーリアは、自らの出自になにか秘密があると知りました。他にオーリアの名を持つものがスリーヴァにはおりません。

 義父はその懺悔の翌日、林の中で首を吊っておりました。これもサリーンオーリアに影を落としたかもしれません。

 サリーンオーリアは自分の血縁ではない年寄としばらく遊び、仲良くなってから自らの出自を聞き出したようです。そして、家出を決意し、実行。

 彼女がなぜ家出を決意したのか。推測ではあるのですが彼女の性格から赤子を捨てるような非道な真似をする大人たちと一緒に住みたくない、というところではないかと考えています。


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