41 虐殺
5人に向かう。
「さて、導きがどうとか言っていたが、私の戦いぶりを見れば考え直すだろう」
「……え?」
アリサが私を見上げる。
「先に言っておく。500人以上、皆殺しの予定だ。一方的な虐殺劇を成立させる。誰一人として逃さん。敵はグンダール。破滅させるべきはルヴァート」
「500人以上皆殺し……って……そんな、バカな……」
エレーナが呆然と呟く。
「出来もしないことを言うのはあまり感心しませ」
シーナの言葉に被せて言う。
「我が名はケイタヴァーデングァース。ヴァーデンの守護者。出来ることしか言わん。そもそも500人程度で止められると思われるのは心外だ」
「私は! 私は……私はいいのです。でも4人は!」
アリサが私を睨みつける。
「そもそも、だ。導きとはなんなのだ?」
ゲラムが私の肩を叩く。
「なんだケイタ、この子達に導きを申し込まれているのか?」
「星の導きとか言うやつなんですがね、どうもねえ……」
ゲラムが眉を吊り上げ、その後笑う。
「そうか、ヴァーデンの、更には異界人だったな!」
ひとしきり笑った後真顔に戻るゲラム。
「で、どうするんだ?」
「どうもこうも……あんな内容なら断るのも難しくて。彼女たちから辞退してもらいたいところですよ」
「星の導きだろう? そんなに深刻な話ではないぞ」
ゲラムが怪訝そうな顔で私を見る。
「はい? 月も星も命懸けの請願と聞いているんですけど」
両手のひらを上に向けて首を傾げるゲラム。ああ、海外ドラマの何いってんのこいつのポーズだ。割と人の所作って地域が変わっても変わらないものだな。地域っつーか世界が違うけど。
「月の導きってのは、結婚を前提としたお付き合いを親に願い出て、身辺調査と家格を考慮した上でやるもの、だな。まあ大抵の場合娘の希望が通る。それでも相手が受けるかどうかは別だ。アルピナは男系なんで娘は割と自由にさせる。もちろん姻族の繋がりは重要だがな」
確かにこれならさほど深刻さがない。ということは……。
「星の導きってのは茶飲み友達になりましょうって程度だよ。ただ男女なんでな、間違いが起こらないように周囲に宣言することで相互監視ってな意味合いがある。姻族ほどじゃないが繋がりが出来るのでこれはこれで重要な関係だ」
「……そう、彼女たちは、そうなのよ……私のような王族は……」
沈み込むアリサ。ゲラムが不思議そうな顔をする。
「王族だろうとなんだろうと変わらんよ。アルピノヴァの姓はさほど重要ではない。強固な男系王族支配を作るために軽んじられるように法体系ができている」
「え、でもお兄様が! 王族の導きには異なる意味があるって!」
「マルク・アルピノフには野心がある」
私がぼそっと言う。ゲラムが頷き、答える。
「そうだな。この伝達書といい、アリサ・アルピノヴァの扱いといい、どうもな」
ゲラムとマルク。どちらも初対面だが、信用するならゲラムだ。
「さっきはすまなかった。私がマルク・アルピノフから聞いた導きはもっと深刻で、私が断ったら申し出た娘は全て自害、って話だったんだよ」
5人に頭を下げる。
「ケイタ様……そんな……」
アリサが私に声をかけようとするところへ被せての返答。
「だが、500人の虐殺は本気で執行する。その上でどうするか考えてくれ」
その後、ゲラムと軽く打ち合わせ。随分嫌そうな顔をしていたが、ゲラムの立場を潰すわけにも行かないので伝達書通りの行動をお願いする。
天幕を出て、空を見上げる。やや明るくなってきたが 作戦開始までまだ少し時間がある。つらつらと考える。
マルク・アルピノフ、次々代アルピナ王候補。
あっさりとバレる嘘、地方の伯爵を軽んじるような伝達書。普通の神経ならやれないことを平然とやってのける。
そんな危ない橋を渡らずとも時が来ればアルピナの王になる男。ではなぜそんな橋を渡る?
アリサ・アルピノヴァ、純粋培養のお転婆姫。
城を抜け出して冒険者の真似事は近隣村人の窮状を何かで聞きつけて解決しようとしたんだろう。
自らの才能の錯誤はお付きの護衛の甘やかしだろうな、と思う。
だからこそあの兄の言葉を信じた。王族の導きは異なる、と言うがどう伝えたものやら。
ゲラム・レヴァフ、防衛を任される地方の有力伯爵。
やや粗野な印象があるが、それは私がこうだからだろう。人物としては高潔であり、おそらくは嘘を嫌う。
この中では一番信用できるだろう。権力としてはマルクのほうが上だが、人物としてはゲラムのほうが遥かに上だ。
「グァース殿、そろそろ移動です」
天幕の外で空を見上げながら考え込んでいた私に、少し離れたところからアルピナの兵が話しかけてくる。
「ああ、了解した」
私は兵の方を向き、返答。バックパックを持ち、戦場へ移動する。
戦場到着。これから兵士展開が始まる。まあのんびりしたものだ。向こうも徒歩展開だからな。
私は最右翼に位置し突っ込む予定なのでひたすら歩きながらリミッターを抜き始める。感覚が鋭敏化し、人の気配が見えるようになる。ざっと距離200メートル。
しばらく歩いて展開終了。バックパックを地面に置く。どーん、という大きな音が聞こえる。【変身】し、ディルファを呼び出す。
――久しぶりだな、我が主。
暴虐の予感、その歓喜に震えるディルファ。まず相手の後方に不可視の壁を建てる。これで逃げ場はない。
前に一歩飛び出す。空気が粘る。氷結・減弱で温度調整。相手の最左翼に到達。まだグンダールは最初の一歩を踏み出した程度。一瞬で詰めて、大上段から切り伏せる。地面にディルファを突き刺し追加ブレーキ。
――主よ、酷い扱
ディルファの言葉の途中で引き抜き、そのまま次の兵士へ。鎧袖一触。何の感慨もなくザクザクと切り捨てる。
ディルファの刃が鋭くなっていく。魂を貪り、強化されるディルファ。
――満腹だ
ディルファを振るいながら放出。何かのエネルギーがきれいな円弧の形のまま飛んでいくのが見える。その円弧に触れたものが斬られ、倒れていく。
おおよそ50人ほど切り捨てた。このあたりからグンダール左翼側の兵士に動揺が広がる。やっと状況を認識したようだ。短距離転移でグンダール右翼側へ飛ぶ。逆側からやはり同じように削り取る。途中でディルファが満腹を訴え、やはり同じように放出。
この状態の私にとっての戦争とは一方的な虐殺劇になってしまう。なんの感慨もなく、ディルファを振り回し、切り捨てる。
計100人切り捨て。20%近くを一瞬で失ったグンダールの両翼はそこから一気に崩れる。恐慌は混沌を産み、互いを押し合い、後退する。
だが、後ろには壁がある。見えない壁に阻まれた先頭の兵士を後ろの兵士が押す。さらにその後ろが押す。壁をV字型に配置したのは悪意があってのことだ。押された兵士たちはどんどんと先細りしていく空間へ押し込まれ圧縮される。限界を超えた人体は不可逆な変化を起こす。
一般兵士は総崩れ。中央に残ったのは上官たち、だろう。10名が円形を取り中央に一人華美な服の女を守っている。
「さて、グンダールの攻撃担当官、我が名はグァース。名前を伺おうか」
真ん中の女が私を見て眉を吊り上げた。
「リアン。こんなところでヴァリアの仇に会えるとは。神を信じていた甲斐があったというものよ」
「さて、お前の神はお前を救うと思っているのか? 神々を信じていいことなどないぞ」
吐き捨てるように言ってやる。
「可哀想に。神の加護を信じずになぜ生きている?」
「リアン、とか言ったか? お前が神の何を知っているというのだ。少なくともお前よりよっぽど私のほうが神に詳しい」
指を鳴らす。リアンの前に立って私から護ろうとしていた男2人の頭を吹き飛ばす。
脳漿がリアンに降りかかる。何が起こったか理解するまでしばらくかかった。
「あ、え、え、あ」
言葉にならない呻きを上げるリアン。
「私は優しいからな。慈悲の心を持って即死させてやった」
「リシア! エルドゥア!」
「さて、リアンとやら、あと8人の護衛、どう殺して欲しい? 選ばせてやろう。選ばないのなら緩やかに痛みを与えていく。最後には死ぬだろうが、まあそれまでは地獄だろうな。慈悲の心があるならば、お前が護衛の死に方を決めろ」
8人の護衛が私に向かって飛びかかろうとする。
「なんとも血の気の多いことで。この距離でその行動の意味はないぞ」
指を鳴らす。爆散・増強・範囲縮小を手前から順に発動。いきなり頭を消し飛ばすのも芸がないので、全員左足首から下を消し飛ばす。
綺麗に転ぶ。爆散のショックでそのまま絶命が3人。5人は地面をのたうち、血を撒き散らす。
「選ばないということはもう少し苦しめたい、そういうことですな、リアン殿」
凍結・増強・範囲縮小をそれぞれの左足首に。凍りついて流血が止まる。おそらく神経組織も麻痺して痛みが軽減されたのだろう、私を睨むだけの元気がある護衛たち。
焼却・増強・範囲縮小を護衛の左目へ。不意の激痛に剣を放り投げて左目を全員押さえる。
「次は右目をやるぞ」
私の宣言にただ震える護衛たち。
「殺し方を決めろ、リアン」
両肩を抱え込みしゃがみ込むリアン。
「決定放棄か。いい指揮官だな」
右目も焼却・増強・範囲縮小で潰す。
「さて、これで護衛は無力だ。リアン殿、どうして欲しい?」
「貴様、悪魔だ!」
「この世界に飛ばされた時点で狂ったのか、あるいはもともと狂っていたのか。今となってはよくわからないが、確実に言えることがある。我々はルヴァートにこの世界に呼び出され、人生を狂わされたんだよ。少なくとも私の狂気ははグンダール根絶やしにし、ルヴァートを殺すまでは確実に続く」
「ルヴァートのやったことじゃないか……私になんの責任が……」
「ルヴァートを止められなかったグンダール全体の責任、そういうことだ。さて、結局お前は部下の苦しみを短くすることを選べなかったな」
リアンと話しながらも潜在魔力性能をいくつか発動させている。護衛たちの指を、脚を、腕を飛ばしていく。
護衛がリアンに怨嗟の声を上げていく。
「グァース! やめろ! やめろ! やめてくれ!」
「私達の人生をもとに戻せるのなら、やめてやる。できまい?」
8人の護衛が息絶えた頃、押し合いしていた兵士がこちらに戻ってきた、もともと500人ほどいた兵士。私が100人ほど飛ばしたから残りの400人ほど。逃げ場を求めて押し合い潰される前に切り捨てを行ったのだろう。100人ほどに数を減らしていた。
「逃げ場を求めて味方を殺したおまえたちはもうグンダールに戻ることもできまい。ならば、私が楽にしてやる」
窒息・増強・範囲拡大で兵士を全滅させる。
「さて、リアンとか言ったか。お前は解放してやる」
壁を消し、そのまま飛行で飛び去る。アルピナ軍が残ったリアンを殺そうが知ったことではない。