40 辺境の伯爵
てくてくと王都を歩く。
「嘆きの平原までどうやって行くんですか?」
アンナが聞いてくる。
「飛んでいく」
短く答える。
「飛んでいくって、どうやって?」
「俺がお前ら5人を潜在魔力性能で吊り下げて飛ぶんだよ」
「そんなこと出来るんですか⁉」
「色々組み合わせてやる。暴れて落ちないように捕縛して重量軽減して操り人形で吊り下げる」
アンナはぽかーんと俺を見る。
「同時に3種、発動するんですか?」
「5人に3種、その後俺は飛行で飛ぶ」
ドン引きされた。エレーナが青い顔で俺を見る。
「人って、鳥みたいに飛べるものなんですね」
「怖いなら気絶させるが、どうする?」
5人は相談しながら歩く。貴重な経験だけど怖い、怖いけど見たい。グダグダ話している間に王都の門へ。門は閉じられているが門番は詰所内にいるのでアリサが開門について依頼する。
「はい、連絡は受けております。今から開門します。素早く抜け出してください」
俺、アンナ、シーナ、ミラーナ、エレーナ、アリサの順で抜ける。抜け出すと門が閉まる。
「んで、どうする? 気絶なしで怖かったら上がった後でも気絶入れられるからそれでもいい」
全員、気絶なしで移動を希望。とりあえず全部発動させて飛び立つ。
「ひゃああああああぁぁぁぁぁ」
アンナとアリサが叫んでいる。他の3人はぐっと口を閉じた状態で堪えている。いや、まだ加速するんだけど大丈夫かね?
「いやーーーー!」
加速していくとシーナが口を開いた。まあ、そうよね。怖いよね。
「どうする?気絶するかー?」
「だ、大丈夫でーすきゃーーーー」
大丈夫、ねえ。まあそういうことにしておこうか。とりあえずうるさいので静寂球を展開。移動に合わせてついてくるようにしたので外に音は漏れなくなる。
そんなこんなで飛ぶこと20分ほど。平原が見えてくる。手前側と向こう側に篝火と天幕。あそこだな。
その頃には5人はぐったりしていて声も上がらない。速度を落として降りる。
「ほれ、あと20分ほど歩くぞ」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待ってください……」
アリサが涙目で俺に言う。
「わかった。少し休憩」
全員へたり込んだ。
アリサはそのまま倒れ込む。地面に衝突する前に手を差し込んで抱きとめ、そっと横たえてやる。
「あー、いいなあ、あたしもー!」
「アンナさん……気絶するのがいいのか?」
「そっちじゃないー! ケイタ様に抱っこされたいー!」
「嫌です」
ぶんむくれるアンナを放置して、空を見上げる。今日もたぶんいい天気になりそうだ。
しばらくしてアリサを起こす。一人倒れ込んでいるのに気がついたようで慌てて体を起こす。
「姫様、疲れましたか?」
俺がにこやかに話しかけると俯く。
「え、ええ。少し」
「そうですか。じゃあ抱っこして行きますか?」
「な、な、な、なーーー」
真っ赤になって俺をポカスカ叩く。
「元気になったようで何より。では行こうか」
陣地へ向かうことにする。10分ほど歩いたところで沈黙に耐えられなくなったのか、アンナが俺に話しかける。
「ねえ、ケイタ様、戦場は怖くないんですか?」
アンナの無邪気な問い。戦場の気配に意識が先鋭化するのを感じながら答える。
「怖いか怖くないかで言えば、怖い。だがやらなければならないことだからな。全ての魔族の楯であり、剣の切っ先であるのが英雄。そういうこと」
アリサが私を悲痛な面持ちで私に問いかける。
「その生き方は正しいのでしょうか?」
同じことを最愛の人に言われたことを思い出す。
「そうだな……我らのような人の上に立つことを強要されたものは、その自らの器が足りないからと舞台から降りることは許されない。既に幕は上がっている。足りないなら無理にでも詰めて拡げるしかないんだ」
アリサは複雑な表情のまま私を見る。
「さて、そろそろ戦場だ。静かにな」
黙って歩き続ける。
いつのまにか私、アリサ、アンナ、エレーナ、シーナ、ミラーナの順で歩いていた。中央に軽装な二人を置くフォーメーション。
これでももう少し実力があれば……まあ貴族の女の子の冒険者ごっこだからそれを望むのは酷というものか。
篝火に照らされた陣の入り口に不寝番の兵が二人。アリサが自分の剣の柄に刻まれたアルピノフの紋章を示す。兵の一人が慌てて中に走っていった。
しばらくするとすらっとした壮年の男性が複数の兵士とともにやってくる。
「姫、戦地になぜ?」
「色々あるのです、ゲラム様」
彼がゲラム・レヴァフ伯爵か。私より確実に頭一つ高い。全般的に筋肉質、武人としてはマルク以上かもしれない。
「そうですか。では中央の作戦会議用天幕に」
兵士たちに囲まれて天幕に移動する。アリサはまあ普通にしているが、残りの4人はちょっと緊張、というより怯えている。戦場にいる兵士というのは陣にいてもピリピリしているものだから怖いのだろう。
中央の大きめな天幕にアリサたち5人が招き入れられる。私は外で待機。中で伝達書の引き渡しとか、どこに5人を置くのかとかそんな打ち合わせがあるんだろう。
とりあえず私はその間思索に耽ることにする。
「【変身】しディルファでぶった斬る」を選択した場合を考える。ヴァーデンのグァースがアルピナで戦っていることが明らかになるが、実際あまり問題にならないだろう。
どんなにグンダールの対ヴァーデンの担当官が楽観主義で無能であったとしても、ヴァーデンが和平交渉を意図的に引き伸ばしていることに気がついているだろう。
そして実際のグンダールは優秀だ。クソッタレなことに身体値を見ての適材適所を徹底している国家だからな。
脇道にそれた。では「なぜ引き伸ばしているか」を考えるはずだ。
恨み骨髄のクリハラケイタは、ガルグォインヴァーデンズィークとともに脱走している。その後、ケイタヴァーデングァースという名の英雄が現れ、形勢をひっくり返した。
そのグァースが暴れるための時間稼ぎ。多分見抜いているだろう。
そもそもその時間をくれてやるくらいのつもりの可能性もある。
フェーダ侵攻軍を容赦なく潰しているのはそのグンダールの読みを混乱させるためでもある。
まさか壊滅してしまうとは思っていなかったはずだ。
ヴァーデン侵攻軍は魔法戦士隊を失い総崩れの状況で止まっている。異界の脆弱な精神の人間には殲滅はできない。よってヴァーデンがフェーダ・アルピナに助力したとしても被害は総崩れ止まりで撤退できる、撤退しヴァーデンだけをターゲットにすればなんとかできるだろう。一時的に村一つくれてやるくらい構わん。
私の考えるグンダールの読みはこんなところだ。だからそれを裏切る。
昨日フェーダ侵攻軍が壊滅した。そして今日、アルピナ侵攻軍を壊滅させる。これでグンダールはだいぶその力を失うはずだ。
想定より遥かに大きな打撃を受けたグンダール、どう立て直す?
天幕の中から声がかかる。天幕には大きなテーブルと地図、そして駒。作戦会議のための設備が置かれている。
そのテーブルから離れたところに椅子が5脚、そこにアリサたちが座っている。
テーブルの直ぐ側で伝達書を握りつぶして立つ男。ゲラム・レヴァフ。こっちをまっすぐ見据えている。
「中央の考えることはわからん……対グンダール対策軍管理官ゲラム・レヴァフだ」
入っていきなり言われた。そりゃそうだろう。5人に私の戦う様子を見せろ、というのだからな。
「初めまして。ヴァーデンのグァース、ケイタヴァーデングァースです。いつの世も上の考えることはたいていくだらないものと決まっておりますよ、伯爵」
「そういうものではない。小娘どもを送りつけてきて、見学させろ、はまだいい。なんだこの作戦指令は!」
ゲラムの怒声にアリサは俯き、つま先を見ている。アンナ、エレーナはそのアリサの肩をたたき、シーナとミラーナは肩を竦めて小さくなっている。
「申し訳ないんですが、私はアルピナの機構の外側なので何の話だかさっぱりなのですよ」
軽く受け流すと、ゲラムは咳払いの後声のトーンを落とす。
「……失礼した。軍人をバカにしている指令でな……これは流石に腹に据えかねる。全部話そうと思う」
手を前に出して制止。
「そのことで伯爵の立場が悪くなるようでしたら、お断りします」
「何、構わんさ。俺は辺境の田舎伯爵だが領地は中央から離れているからな。わざわざアルピノフの連中がうちにちょっかい掛けても勝てんよ」
アリサは更に小さくなる。
「伯爵……一応、アルピノヴァ様がいるのでお手柔らかに」
「一応! グァース、お前も言うな!」
哄笑を上げるゲラム。ひとしきり笑った後、私をまっすぐ見て言う。
「気に入ったよ、ケイタヴァーデングァース。ヴァーデンのグァースというのは伊達ではないな」
「さて……私はまだその器に足りてはおりませんでな……日々修行の毎日ですよ」
「ふむ。指令だがな、ケイタヴァーデングァースが仕掛けたら全軍待機。好きに暴れさせよ、だそうだ」
「まあ、それは別に問題ではないですね。むしろそっちのほうが敵味方考えなくてすむので楽です」
私が笑いかけると、ゲラムは愛想笑いの微笑の後、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。
「敵が潰走したら追撃戦で不幸な事故が起きるかもしれない。潰走せずに敵大将を討ち取ったならば、その凱旋帰還のときに不幸な事故が起きるかもしれない。中央はそれに対する準備を充分にしているが、注意してくれ、だとよ」
「……なるほど」
「指令書のサインは、マルク・アルピノフ。これを期に出世していくんだろ。親父は歳だからな。一足飛びに王になるかもしれん」
指令書を地図の上に投げ捨てる。
「だが、な。それは俺を侮辱している命令に他ならん。あの若造は辺境の伯爵の意味を知らん。わざわざ人質まで送り届けてくれる抜作っぷりだ」
「伯爵、すまないがあの5人は私の庇護下にある。なにか危害を加えるつもりがあるなら領土が焦土と化す覚悟を持って対応してもらいたい」
「……お前を売った男の妹だぞ?」
「獅子身中の虫はあくまでマルクでありアリサ・アルピノヴァはマルク・アルピノフじゃない。取引材料に使うのは別に止めないが、それ以上は駄目だ」
しばしの睨み合い。ゲラムが溜め息をついて肩を竦める。
「降参だ。そういえば異界人だったかな、ケイタヴァーデングァース」
「そうです。そしてケイタで構わないですよ、伯爵」
「わかったよケイタ。今日の作戦はどうする?」
「指令書のとおりに。私は戦闘終了後、そのままヴァーデンに戻るため事故は起こらなかった、ということで」
「ふ、ふふふふふ、ふはははははは! それはいい! 実にいいぞケイタ! それで行こう」
ゲラムは私の右手をガッチリと握り、握手。口の端でニヤリと笑う。
「田舎の伯爵と侮ってきた中央の思惑をぶち壊す。終わった後は久しぶりに楽しい酒が飲めそうだ」