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39 決戦前

 謁見の間から退出したところでアリサに会う。

「その……ケイタ様……なぜあのときヴァーデンのグァースだと……」

「知ったら、怖かっただろう?」

「あ……その……」

「いいさ、俺はそういう者だ。導きとかは忘れておけ」

 従者に促され移動開始。トボトボとアリサもついてくる。その後ろからマルクが来た。

「ケイタ殿、移動先は作戦会議室ってやつだ。一応、打ち合わせる。必要あるかどうかはわからんがな。そしてアリサ、なんでおまえここにいるんだ?」

「え……いてはいけませんか?」

「必要ない。部屋に戻れ。ここから先は男の話だ」

 マルクは突き放したようにアリサに告げる。アリサはマルクの顔を見て、そしてくるりと踵を返す。

「失礼……いたしました……」

 小さく言うアリサを見て手を伸ばしかけ、降ろす。ここでは俺は客だ。主の行動を咎めるわけにもいかない。

 肩を落としてゆっくりと立ち去るアリサを見送る。そこでマルクに促され作戦会議室へ向かう。


 部屋に入ると、重たい扉が閉じられる。会議室にはマルクと勲章をたくさんぶら下げた老人が3人。それぞれの脇に若い男が1人ずつ立っている。

「戦況がどうなっているか、説明してやってくれ」

 マルクが口火を切ると左側にいた老人の後ろに立っていた男が手を挙げ、説明を開始する。

「ここから徒歩で3日、通称嘆きの平原にゲラム・レヴァフ伯爵率いる535人が駐留しています。2日前の情報ですがすでに負傷等で戦闘従事ができないものが77人、うち戦死者12人、重傷で後送の準備中のものが25人。そろそろ戦線維持が厳しい状況とのことでした」

 テーブルの上に地図が置かれ、いくつかの駒が置かれている。

「グンダール側もほぼ同数の軍勢でありながら、我が方より被害は少ないとのこと。ただし後方撹乱が成功し、兵站についてはかなり厳しい状況にあると推測されます」

 希望のある報告は聞かなかったことにしておいたほうがいい。人は見たいものを見たいように見る生き物だ。

 地図を睨む。嘆きの()()、というからには視界は良好と考えるべきだろう。おおよそ500人を相手にどう戦う。

「グンダールの配置はどうなっている? 過去の分わかるだけ出してもらえるか?」

 地図を睨みながら言う。

「……いつも同じ陣形ですね。駒を並べます」

 若者は戦闘報告書と思われる書類を繰り、答えた後に全員の若者がテーブルの地図の上に青い駒を並べ始める。

 横一列。平原ならそうなるか。

「敵大将の配置はだいたいどのあたりだ?」

「中央ですね」

 真ん中の青い駒に旗が立てられる。

「こちらの陣形は?」

「同じですね」

 500人が横並びで突撃、か。完全に技量勝負。そりゃ軍事国家のほうが強かろう。よく持ちこたえたと思う。

「わかった。明日朝一番で嘆きの平原へ向かう。その日の戦闘でケリをつける」

「どうやって……?」

「左右どっちの端でもいいが、そこに取り付いて中央に向けて削っていく。途中で潰走すりゃ追撃戦へ、しないなら大将を叩き切る」

「そもそも明日に嘆きの平原に着くのは……」

「飛べばなんてことはない。ゲラム伯爵へ伝達書を作ってくれ。それを持って行く」

 真ん中に座っていた老軍人が口を開く。

「ケイタヴァーデングァースとやら。随分な大言だが、本当にできるのか?」

「できるできないではない、やるんです。やるから英雄(グァース)でいられる」

「ふむ……」

 右端の老人に目配せ。リミッター四段抜き。その後ろの若者がノーモーションでペンを投げつけてきた。少しの抵抗を感じるがぶち破って瞬間移動(ブリンク)で中央の老人の後ろに立ち、左肩に右手をやり耳元で囁く。

「彼はいい腕でしたが……()るなら、予告なく」

 瞬間移動(ブリンク)で元の位置に戻る。

「城内で潜在魔力性能(ポテンシャル)発動だと……?」

 中央の老人が脂汗を浮かべる。

「何か仕掛けがあるようですが、過信しないことです」

 肩をすくめて返答した俺を化け物を見る目で見る3老人。仕掛けてきて返されてその反応は失礼だな本当に。

「できるできないではない、やるから英雄(グァース)ね。なるほど」

 マルクが頷いたあと、俺の方を向く。

「ところで、明日うちの姫共5人も連れていけるのか?」

「あ……」

 考え込む。吊り下げ方式で行けると思いたい。上がるよな。上がれよケイタ。

「まあ、なんとかなるでしょう」

「そうか。ところで宿泊はどうしている?」

「手配済みです。この会議が終わり次第戻ります」

「そうか……残念だな」

「明日の夜明け前くらいに、城門で5人拾って戦場に向かいます。果報は寝て待て、というくらいですからのんびり待っていてください」


 城を出たあと考える。5人、装備込みで500kg程度か。と、ここでふと思い至る。真面目に吊り下げなくても潜在魔力性能(ポテンシャル)で軽量化ってできるんじゃないだろうか。

 バックパックに重量が軽くなるイメージを当て込む。成功。重量軽減(ウェイトリダクション)って名前を付けておく。これでどうにかなるな。

 何も背負ってないかのようなバックパックを背負って宿屋に戻る。

「おやおかえり」

 アルピナかあさん、食堂のテーブルを拭いていた。

「ただいまです」

「まだ夕飯までには時間があるからさ、部屋で待ってな。呼ぶよ」

「はい、そうします。ではまた後ほど」

 部屋に戻り、バックパックを机に置いてベッドに座る。情報の整理を行う。

 以前の会議のためにまとめられていた資料にはあまり社会システムについて詳しくは記されていなかった。アルピナは一夫多妻を認めるが、それはそれ相応の力があることを示さなければならない。必然的に王族直系以外複数の妻を持つことは少ない、だったはず。

 導きについては資料になかった。マルクの言葉を信用するならば貴族階級の女性は婚姻相手を選ぶことができず一方的な婚姻を強いられている。それに対する救済のシステムだろうか。

 アルピナの気候とその国力を考えたときに娘というのは有効な外交手段なのはわかる。政治的な思惑に従わぬ娘、だがその強固な意思を曲げることができない場合の救済システム。

 腑に落ちない。そんな厳しい選択なのにあの5人は星の導きについて悲壮感なく会話にあげていた。俺が断れば自害を推奨される、というが……マルクは何かを隠している。それは確信している。

 なぜならば直系の娘をその利用価値なく殺すことは考えにくい。アルピノヴァの姓を持つ姫。王族に繋がる栄誉。これを餌にいくらでも動かしようがあるはずだ。

 それと、ディングトゥの妻、フィオドラ・パシュヴァ。彼女は自らの意思で結婚するために貴族籍を離れフィオドラとなった。養子だったから貴族籍を抜けられたのか?

 あるいは養父がすでに亡くなっていたから?

 情報が足りなさすぎる。

「あーっ! もう、やめやめ!」

 頭をガリガリ掻いて考えるのをやめた。


 しばらく部屋で過ごし、夕飯に呼び出されて黙々と食べる。

 ひき肉を小麦粉の皮でくるんで茹でたもの。水餃子っぽい。

 魚のクリームスープ。肉の串焼き。揚げパン。

 魚をクリームで煮るというのは日本人の感覚にはちょっとないが、これは美味い。

 揚げパンにはひき肉が詰められていて、全般的にボリューミー。こりゃアルピナかあさんがあんな体型になるわけだな、とちょっと思った。

「どうだい? 美味いかい?」

「ええ、とっても」

 微笑みをかあさんに返す。

「そりゃよかった」

 バンバン背中を叩かれる。ちょっと痛い。

「ところでさ、ヴァーデンから何しにきたの?」

「まあ、ちょっとした仕事です」

 さすがに侵攻してきたグンダール軍を壊滅させるためとは言えない。

「へえ、若いのに偉いんだねえ」

 あ……そうか。若いのに遠距離移動しての仕事ってのはちょっと怪しいか。

「私が偉いんじゃないんです。父の都合がつかなかったので代わりに来たんですよ。私はまだまだ」

 以前の世界ではよく使っていた言葉。父親(アレ)は家庭を全く顧みなかったからな。

「あら。それは偉いわねー」

 また背中バンバン。痛い。

「いや、その……はい」

 このかあさんに悪気はないのがわかるのでとりあえず無抵抗。

「んで、明日はどうするのさ?」

「あ、そうでした。さっきの外出で急に決まったの忘れてました。明日は夜明け前に出ます。一仕事片付けたらそのままヴァーデンに戻ります」

「あらー……そりゃ残念だね。またアルピナに来たときはこの『月の導き亭』に泊まってよ」

「……はい、またそのときには」

 ただの偶然か、それとも俺の知らない何かがあるのか。

 それでも串焼きは美味かった。


 夜明け前、ベッドを抜け出し荷物を取りまとめて部屋を出る。

 階段を降りるとアルピナかあさんが腰に手を当て立っていた。

「そろそろ出発する頃合いだと思ってね。見送りさ」

「ありがとうございます。お世話になりました」

「これ持って行きながら食べな。中身はハムとチーズだから腹持ちはいいと思うよ」

 小麦粉を薄く焼いたもので何かをくるんである。とはいえクレープほど薄くはないのでもっちりとした感じ。

「ありがとうございます」

 部屋の鍵を渡して、クレープのようなものを受け取る。まだかなり温かい。

「では、また」

「ああ、気をつけて行っておいで」

 アルピナかあさんに見送られて月の導き亭を出る。

 ちょっと行儀は悪いけど、どうせ他に人はいないし、ってことで歩きながらクレープ風なものを食べる。チーズとハムの塩気がいい感じに生地と混ざりあう。アルピナの料理は全般的に体を温めようとする傾向があるかもな、とふと思った。

 月の導き亭から王城まではさほど遠くない。たぶんこのサイズだと食べ切る前に王城に着いてしまうだろう。少し離れたところで全部食べてから門番に話しかけるつもりで道を急ぐ。

 ……なんで門前に5人いるんですかね。

「ケイタ様!」

 アンナに見つかった。5人が走ってこっちに来る。すごく行儀悪い姿を見られてちょっとばつが悪い。

「何食べてるんですか? あ、ブリヌーだ!」

 アンナが俺の手を見ていう。口の中のものを飲み込む。

「へえ、これブリヌーっていうのか……」

「知らないで食べてたの⁉」

 アンナがびっくりしたように言う。

「出されたものは食べるようにしているんだよ」

 心にチクリと刺さる棘。以前は問題があった。傷つけた高木のことを思い出す。彼女は何度俺に傷つけられればいいのだろう。

「ま、少し待ってくれ。食べ切る」

 後二口くらい。その間アリサ以外の4人はおしゃべり。ケイタ様の活躍を見られるなんて、とか、やはりこれは導きがどうとか。

 悲壮感がまったくない。マルクは何かを隠している。あるいは企んでいる。確信した。

 最後の一口。もぐもぐしながら会話に加わらないアリサを見る。ずっと地面を見ている。と、アリサが顔を上げて俺と視線があう。もぐもぐしたまま見てたらアリサが吹き出した。

「ケイタ様、真顔で咀嚼しながら私を見て笑わせないでください」

 飲み込んでから微笑む。

「うん、女の子は笑顔でいるほうがいい」

「え?」

 アリサの返答は無視して、5人に告げる。

「待たせたね。まずは王都出るよ」

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