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38 アルピノフ一族

 門番が俺に近づいてくる。

「申し訳ございませんが、武装……はお持ちではない?」

「いらないので」

 俺がニッコリ微笑むと門番がちょっと引いた顔をする。失礼な。バックパックからエシュリアの信書を取り出し、門番にバックパックを預ける。

「バックパックには私の全財産入っているので大切に保管してくださいね」

 門番にウィンク。信書を手にマルクの後を少し離れて歩く。

「そんなに離れていては話ができないではないか、ケイタヴァーデングァース」

 仕方がないので距離を詰め、右後方につける。

「マルク殿、私がケイタヴァーデングァースであることを確信しておられるようですが……」

「ディングトゥのレポートを読んだ。その身体値(パラメーター)が証拠だろう」

 ディングトゥには両方の身体値(パラメーター)を見せている。

「なるほど」

「にしても、だ。やるなケイタヴァーデングァース」

「はい?」

 マルクは俺を肩越しに見るとニヤリと笑う。

「アリサは俺の妹だ。今ジジイと親父に怒られているところだよ。勝手に城出て危険な目にあってたからな」

「ジジイ……とは? もしかして」

「あー、今の王様だな。んでそれの長男の息子が俺、だ」

 まあ間違いじゃないけど、王様に向かってジジイ、か。

「勝手に、ですか」

「そう。ヴィシュフ、コロトフ、ヴァレンコフ、ベゼロフの四伯爵家の娘たちと王都を抜け出してな」

 やはりそうか。いいところのお嬢様たちのちょっとした冒険心が大事になってたわけね。

「今、エレーナ・コロトヴァとアンナ・ヴァレンコヴァも一緒に説教食らってるよ。シーナ・ヴィシュヴァとミラーナ・ベゼロヴァはこっちに向かってる。説教されるために出頭だから親も頭が痛いだろうね」

「それで、忙しい、と」

「そ。さて、着いたよ」

 案内されたのは城の中庭。嫌な予感しかない。

「ディングトゥのレポートに竜殺しと最後の砦と連戦でやりあってあっさり制圧したって書いてあって、すっげえ興味あるんだよ、俺」

「マルク殿……あなたも戦闘狂(バトルマニア)ですか……」

 溜め息。隣を歩いている従者に信書を預け、カフリンクスを外してこれも預ける。

アルピナ(うち)には魔法学院(あれ)があるせいでどうしても武の評価が低くなる。ディングトゥは衝撃だったよ。魔法騎士団を武のみで打ち倒す。アレには痺れたね」

 マルクはマントだの剣だの諸々を外して従者に預けながら嬉しそうに言う。

「そして今、目の前に竜殺しを超える武の男がいる。これに滾らねば何に滾る」

 暑苦しい人だなあ。顔の作りはどっちかって言うと冷静に物事を解決するようなタイプに見えるだけにギャップが大きくて更になんというか暑苦しい。

「ルールは?」

 諦観に乗せて問いかけてみるとマルクはニヤっと笑う。

「レポートで見たルールで」

「……審判は?」

 もう1人の従者を指差すマルク。

「わかりました。じゃあ、やりましょうか」


 マルクの立ち方は踵に重心ありの右利き。キックをメインとする打撃系(ストライカー)の匂いがする。が、予断は禁物。

 背丈はほぼ俺と同じ。ウェイトも同じくらいかややマルクのほうが重いか。

 リミッター解除、4段。エシュリアと同程度でまずは様子見。同じスタイルで構える。

 ジリジリとすり足で間合いを詰めるマルク。

 右前蹴りが飛んできた。右に躱して抱え込む。軸足をローキックで払ってテイクダウン。抱え込んでいた右足を離す。

 サッカーボールキックを尻へ。アリキックで抵抗するマルク。面倒なので離れて指で立てと指示。

 マルクはヘッドスプリングで跳ね起き、構える。

 前に出ている左の腿の裏、インローを蹴る。嫌がって下がるマルク。深追いはせず待つ。

「遠慮はいらんぞグァース殿」

 挑発には乗らず様子見。マルクも動かない。前蹴りを簡単に捌いたのを警戒している?

 仕方ないので手を出して様子を伺うことにする。

 右ミドル。腕でブロックさせる。もう一回右ミドル。またブロック。ここでマルクの顔色が変わる。

「いいキックだな」

「そりゃ、どうも!」

 どうも、に合わせて同じ軌道で再度右を出す。ブロックに肘を使うマルク。予定通り。途中で軌道変更、ハイキックへ。

 無理やりな起動変化なので威力は下がる。それでも弾ける顔面。そのまま右サイドキック。ボディに刺さる。

「やるなグァース」

「喋ってると舌噛みますよ」

 散々見せた右と同じ動きで左始動。ガードしようとするマルク。だがこっちは途中で伸び上がるのを止め、すっと沈み込み前へ左を出して膝を固定しての前蹴りの要領で親指の付け根で肝臓を狙い撃ち。

 2秒後、倒れるマルク。のたうっている。

「マルク様!」

 審判が駆け寄る。

「ダウン。パウンドしてもいいけどどうする?」

「あ……終了、試合終了!」

 即座に止める。マルクの顔色が悪すぎる。しゃがんで治癒(ヒール)増強(ブースト)を施す。

「化け物め……」

「お褒めに預かり恐悦至極」

「アリサが星の導きを申し出ようとする男だから実力見てみようとしたんだが、な。これでも俺アルピナじゃあかなり強いほうなんだぞ」

「ファーレン殿とエシュリア殿と連戦して普通にしてたんですよ? アルピナの英雄ディングトゥ様が万全でいい勝負じゃないんですかね?」

 俺の言葉にマルクは額に手をやり天を仰ぐ。

「そりゃそうか、そうだな。俺はディングトゥほど武が立つわけでもない。驕り、ってやつか」

「ところで、マルク殿下。星の導きとはなんですか?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔ってのはこういうものか、みたいな顔で俺を見るマルク。しばらくして大笑い。

「そうか、ヴァーデンの民だったな。そりゃ知らないのも当たり前か!」

 ひとしきり大笑いした後、真顔で俺を見るマルク。

「なあに、大した問題じゃない。お前の器ならジジイも親父も受け入れるだろうさ」

 すごく嫌な予感しかしないので釘を刺しておく。

「私の魂はフィーラルテリアヴァーデンに捧げています。それ以上も、それ以下もありません」

「星の導きに従う娘はそこも弁える。そういうものだ」

「私の意思は?」

「英雄に意思などない。そういうものだろう?」

 マルクは真顔になってそう言うと、寂しそうに笑う。

「そう、人の上に立つものの宿命、とも言える」

 エシュリアはフェーダから姫が送り込まれるかもしれない、と言っていた。それは俺というバランスブレイカーが危ういからなのだろう。アルピナもまたケイタという存在が不気味なので保険が欲しい。それは理解できる。

 だがその保険に一人の女性を使うのはおかしい。

「王は民を支配する代わりに民に対し無限の責任がある。だから民は王を慕い、敬い、従う。そう言うものだ」

 むっつりと考え込んでいた俺を見てマルクは呟く。我々とは異なる世界の異なる倫理観。

「それは理解しますが……私はただのヴァーデンの食客ですよ?」

「その理屈は通らない。すでにお前は英雄(グァース)として名前を売ってしまった。世界はすでにケイタヴァーデングァースを機構に組み込んでいる」

 装備を整えながらマルクは語り続ける。

「貴族の娘は自由意志もなく親の都合で身の振り方が決まる。だが、親はその子が幸せになることを願って最大の努力をする。その信頼があるからこそ娘は親の決定に従う。民の信頼と同じだ」

 マルクはここで溜め息。葛藤があるようだ。

「親父もそのへんは考えていたんだが……今回アリサは星の導きを申し出ようとしている。相手は、お前だ。ヴァーデンのグァースであったのは偶然だが、おそらくその器なら親父も納得するだろう」

「その、星の導きとか月の導きってのはなんなんですか、もう……」

 チラリと俺を見るとマルクは溜め息をついてから答える。

「少し違うが簡単に言えば貴族の娘の方からの婚姻相手の希望の提案だ。月は正室を、星は側室を表す」

「いらないですよ」

「……そうなると、アリサは死ぬ」

 マルクは沈痛な面持ちで俺に告げる。

「は?」

「星の導きと思い空へと舞い上がった娘の、その導きが間違いであるならば地に叩きつけられる運命にある……自分で運命を切り開く代償だ。これは例外がない。貴族の務めを拒否する以上、貴族として生きてきたことの代償を支払う必要がある」

「でも、それは……」

「そして、親がこの導きを拒否する場合。この場合は大抵娘は絶望からかその後の人生は……それくらいの覚悟なのだよ」

 アリサの笑顔とフィーラさんの笑顔を思い浮かべる。おそらくフィーラさんは受け入れるだろう。とはいえ、断りなくそれを受け入れていいわけではない。

「まだ両親にその星の導きの宣言はしていない。今なら間に合うがどうする?」

「割り込んでください。少なくとも私の最愛の姫とちゃんと話をしなければなりません」

「わかった。戦った仲だ。ここで待ってろ」

 マルクはウィンクを残して中庭を後にしようとする。

「あと、すみません」

「ん?」

「マルク殿の御尊父様のお名前をいただけますか?」

「……御尊父様……まあ、うん。アルト・アルピノフだ」

「ありがとうございます」

 マルクは苦笑いを浮かべ、今度こそ中庭を出ていった。


 いい天気だ。いい天気だけにソワソワする。結果を早く知りたい。

「ケイタヴァーデングァース様、こちらへ!」

 少し離れたところから声をかけられる。マルクの従者の1人だ。

「これから謁見の間に参ります。ささ、こちらへ」

 案内され城内を移動する。

「結果だけ先に。まだ宣言はなされておりません。ただ……」

 従者はここで言葉を濁す。

「ただ、なんだ? 言いかけてやめるのはいいことではないぞ」

「その……グンダール軍の撃滅と、その様子をアリサ様たち五人のお嬢様方に見せる、というのが条件に」

 現実を見せる、ということか。ディングトゥのレポートに俺はどのように書かれていたのだろう。

 謁見の間に着く。

「開扉!」

 号令とともに重い扉が開く。正面の玉座にアルピナ王アラム・アルピノフ。一段低いところにマルクとアラムによく似た初老の男。その隣にマルクがいるのでアルトだろう。

「ヴァーデンのグァース、ケイタです」

 胸に手をあて一礼。

「まずは孫娘を助けていただいたことに感謝を」

 王の謝意に礼を持って返答。

「して、グンダールを殲滅させるとな?」

「はい」

「どうやって?」

「単純です。軍の真ん中へ突っ込み、切り捨てる。ヴァーデンでも、フェーダでも同じことをやってまいりました」

 さらりと言っておく。

「ああ、そうでした。フェーダのエシュリア“最後の砦(ザ・ラスト)”カイルハーツ殿より信書を預かっております」

 従者に信書を渡す。マルクから隣の初老の男に信書が渡る。

「エシュか……あの可愛い子もだいぶ大きくなった。まさかフェーダの英雄になるとは思わなかったが」

 ポツリと呟く初老の男。そこではっと気が付き自己紹介してくれる。

「ケイタ殿は異界の人間でしたな。失礼。アルト・アルピノフ。王子をしている」

「はじめまして、アルト殿下」

 再び胸に手をあて礼を返す。

「かつてフェーダに留学していた時期があってな、そのときにカイルハーツ家に身を寄せていたのだよ」

 少し遠い目をするアルト。信書に目を落とし、ざっと読んでアラムに渡す。

「エシュリア・カイルハーツが信用する勇者、その戦果を期待する」

 アラムの宣告に頷き、再び礼を返しておく。これで謁見終了。退出する。

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