36 野営にて
軽装とはいえ武装ありの女の子。そこそこ重量がある。2人合わせて150kgくらいかね。
縛って背負ってる方はロープは鎧の部分を利用して体に食い込まないようにしてある。実際立ち上がっても気絶しっぱなしなので大丈夫だろ。
もう1人のほうは最初小脇に抱えていたが左手が完全に不自由になるので結局は左肩に担ぎ上げる。これでいざというとき両手が空く。まあ潜在魔力性能ぶっ放すのに手は必要ないんだけど、なんとなく、ね。
シャツが彼女たちの血で染まる。傷は塞がってはいるがすでに流れている血はどうにもならん。
移動を始めるとアリサは再び兜を被り、俺に頭を下げる。
「気にするな」
空いている右手を振る。
「いえ……背中の子エレーナは私の姉のような人、肩の子アンナは妹のような人です。それにこの2人、ミラーナとシーナも私の妹と言える人です。一番上の姉があのような状態ですので代わってお礼を言わせてください」
ミラーナが俺が掌底でぶっ飛ばした子か。
「そうか。じゃあ先を急ぐぞ。日が暮れる」
てくてくと黙って歩く。20分ほど歩いたところで3人とだいぶ離れてしまったことに気づいた。立ち止まり、振り返る。3人は時々休憩しながら歩く。30分ほど待った。
「……体力ないんだな」
「すみません、だいぶ血を失いました」
この世界のゴブリンと言われたもの、身長80cmくらい。動きは俊敏ではあるものの、体重が軽く筋肉量はそれほど多くない。瞬発力のみで勝負するような生き物。大人1人に3体くらいは捌けないと冒険者としてはちょっとやばい気もする。
「ケイタ様から見て、我々はどう見えますか?」
アリサたちのペースに合わせてのんびり歩いて10分、沈黙に耐えかねたのかアリサが俺に問いかける。
「駆け出し冒険者。しかも自分の実力を高く見積もりすぎ」
「そう……ですか……」
がっくりするアリサ。掌底でぶっ飛ばされたミラーナが柄に手をやる。
「ミラーナさんだっけか? やるのはいいけどアンナさんとエレーナさん大変なことになるよ?」
大変なことになる前に制圧できるがそれは言わない。
萎む殺気。
「こういうところだな。実力差が見えていない」
「どうすればいいと思いますか?」
「冒険者は引退して、姫をしておくべきだな」
「……姫、ですか」
「アルピノヴァの姓を持つ者、なのだろう? おそらくここにいる4人は家名持ちだろ」
「……はい」
アリサが小さく返事する。
「姫の我儘で4人、死にかけた。そういうことだ」
「耳が痛い、です」
「そう思えるならまだ大丈夫」
日がだいぶ落ちてきた。このままのペースだと夜になってから到着。
「ところで、アルピナ王都って夜でも入れるの?」
夜は人の時間ではないために扉を閉じてしまうのが普通だ。
「あ……」
街道を行く人が全くいないのはそういうことだろう。野営地を探すためにゆったり歩きながら森に視線を飛ばす。
「ん、ここでいいか」
手前のブッシュの向こう側、そこそこ開けた場所がある。
「ここで野営だな」
「……はい」
2人を降ろし、軽く頬を叩く。この子達も美人ではあるんだよな。とはいえフィーラさんのほうがずっと綺麗で可愛くて最高。ああ、早く逢いたいフィーラさん……。
「ん……う……」
意識を取り戻す2人。
「男!」
「……そうだけどさ。まあいいや」
俺はアリサに預けていたバックパックを返してもらい、1人用天幕を設営する。雨の日はポンチョになるやつなんだけど、まあポンチョで使うことはない。
設営が終わったら水筒に向かって湧水を発動。新鮮な水を獲得。飯はまあいいや。天幕の中で血で汚れたシャツを着替える。
「んじゃ、おやすみ。明日は日の出とともに行動だな」
……なんでまだ天幕設営やってるんですかね。しょうがないので手伝ってやる。結局5張全部俺がやった。
「……お前ら、ほんっとうに、冒険者向かないなあ」
腕組んで仁王立ちの俺の前に小さくなって座っている5人。
「あの、ケイタ様……夜中の警戒番はどうしましょうか」
アリサの質問に首を振って答える。
「いらないよ」
聖域発動。空気が変わる。
「12時間は有効だ」
俺は自分のテントに戻り、横になる。
天幕のなかでしばらくゴロゴロしている。関わらなければ今頃アルピナの宿だったろう。だが見捨てていれば俺の夢見が悪い。今日少なくとも心安らかに寝る気になれた、ということで満足しよう。
天幕の入り口が開く。この世界にも月があり、満ち欠けしている。今日は満月に近いので結構明るい。
「なんの用だ?」
アンナという名の軽装冒険者。今は寝るためなのか装備を外していた。防具の下のキルト装備は刃に切り裂かれ、あちこちが見えている。自らの血で染め上げられた服。
「ケイタ様にお礼を。あの……切られた痕も残らず治りました。ありがとうございます」
腹のあたりをめくって見せる。
「影になってて見えないよ。見るつもりもないけどさ」
俺は寝返りを打ち背中を向ける。天幕の中に入り込むアンナ。
「あの……」
「出ていってくれないかな」
背を向けたまま言う。衣擦れの音がする。溜め息をついて、見ないようにしたまま抜け出す。
「え、あの、ケイタ様?」
天幕の中から困惑の声。そして周囲の意識がこっちを向いているのがわかる。
「馬鹿にしているのか、舐めているのか、あるいは両方か。そんなつもりで助けたわけではないし、そんなつもりだったと思われるなら心外だよ」
天幕が開く。生まれたままの姿のアンナがそこにいた。白い肌は月明かりに輝いて見えた。
「それでも、こんな綺麗な体にしていただけた感謝を。あのままでは、私は……」
ちらりとしまったお腹と豊かな胸を見てしまった。後ろを向き視線を外す。
「そりゃ良かった。ちゃんとした旦那を見つけて幸せに暮らせるならば、それがいい」
抱きつこうとする気配。避けることはできるが、避けたら……多分彼女たちは深く傷つく。
抱きつかれた。そのまましばらく受け入れる。
「ケイタ様、ケイタ様、私は、私は……」
「ああ、ありがとう。それで報酬とするよ。綺麗な女の子が裸で抱きつく。恥ずかしかっただろう。もういいよ」
この世界の女性たちは裸で抱きつくというのがなにかの意味を持っているのだろうかとちょっと考える。例はフィーラさんとこのアンナだけだけど。
他の天幕にいた4人も騒ぎで目が覚めたのかなんかゴソゴソしている。
「あのね、アンナさん。勘違いされるから離れて、服着て。お願いだから」
「勘違い、って何がですか……」
耳元で囁き、俺の腕や体を撫でるアンナ。
天幕からエレーナが出てくる。なんで全裸かな、この娘も。そしてミラーナ、シーナもなにも纏わず出てくる。お前ら露出狂の集団かよ……。
「アンナ、抜け駆けはだめ、だよ……」
月明かりでもわかる赤い顔のエレーナ。2人に挟まれる。右にミラーナが、左にシーナが来て俺の手を自らの胸に当てさせる。そりゃあ若い男だから反応はするけど、そうじゃない。これはどう考えても正しくない。
「俺の意思ってのはないのか?」
ちょっと殺気が出る。4人は少し怯み、下がる。
「あの、その……」
正面に立ってたエレーナが右手で胸を、左手で下を隠して俯く。
「恥ずかしいんだろ?自分の天幕戻れ。全員。あ、アンナさんは俺の天幕から着替え持って帰るように」
4人がトボトボと戻ると入れ替えにアリサが来る。アリサは鎧の下のキルト姿だった。これも全裸だったら俺ブチ切れてたかもしれない。
「ケイタ様……その……」
「まず、様、じゃない。そんなに俺は偉くない。それからあれ、あれはお前の差し金か?」
「違います! 違いますけど……みんなが見捨てるような危機に颯爽と現れて救ってくれた上に、体に傷痕を残さず治療してくれた英雄と結ばれたいと思う気持ちは、間違っているんですか! 私だって立場が……立場が……」
ここで涙が一筋落ちる。溜め息。女の涙に弱いな、俺、と思いながら説得してみることにする。
「まず、君たちはそんなに安い女じゃない」
俺は頭を振りながら返答。
「俺みたいな風来坊に君たち貴族の娘たちは騙されやすい。派手な演出でイチコロ、だ。今みたいにね。家名持ちの男はこういう荒事はなかなか向かないかもしれないが、でも俺よりは遥かに上質で洗練されている」
「でも……でも……」
「はっきり言おうか。目の前で死人が出ると夢見が悪いから介入した。アルピノヴァの姓を聞いて自分にとってプラスになるかもという計算で同道した。それだけだ」
アリサは涙に濡れた瞳で俺を見る。
「そういうことだよ。騙されてはいけないよ」
「ケイタ様……」
まだ様付けで呼ばれる。抱きつかれる
「優しい方ですね」
「優しい? 俺が? 打算で生きているのに?」
「詐欺師は自分が騙す内容について言いません。あなたは、優しい方です」
アリサは小柄だ。150cmないだろう。どうも小さい子を騙している気になる。
「俺は国に妻がいる。待たせているんだよ」
「え……?」
アリサはその言葉に俺から離れ、見上げてくる。
「そういうことだ。結ばれる可能性はないんだよ」
フィーラさんとはまだ正式に結婚していないが、まあほぼ結婚しているも同じだ。言い切っていいだろう。
「明日は夜明けとともに移動するといい。アンナさんにしろエレーナさんにしろ俺に迫ってくるだけの元気があるんだ。もう別行動で大丈夫だろう」
俺の言葉にふるふると首を振るアリサ。
「明日もご一緒にお願いします」
潤んだ目で見上げられると非常に弱い。
「わかったよ、明日も一緒に行動する」
「はい」
泣き笑いで元気に頷かれる。女に甘いなと自分でも思う。
「もう遅い、ほら、寝なさい」
「はい、おやすみなさいませ、ケイタ様」
「……様ってつけるのやめて欲しいんだけど」
「ケイタ様は、ケイタ様、です」
アリサの表情を見る。憧れと、好意とが混ざった表情。
顔を右手で覆って溜め息。
「わかった。もう諦める。ではおやすみ」
アリサが天幕に戻るのを見届けてから、自分の天幕に潜り込んだ。溜め息一つ。残り日数は僅かだが、心がフィーラさんを求めている。
弱いな、と頬を叩く。フィーラさんのはにかんだ笑顔を思い出す。
「よし、ケイタ。大丈夫だ」
自分に言い聞かせてから、寝た。