35 アルピナへ
フェーダの本隊と合流。グンダール軍の惨状にエシュリアは頭を掻きながら私のところへやってきた。
「ケイタ、やりすぎだ」
「残党は森に逃げた。この街道を封鎖しておけば全て刈り取れるだろう」
「……聞いてる?」
「敵はルヴァート。ルヴァートを差し出した時点でこの扱いは終了、だ。だがこの動きを見るにグンダールの王はすでに傀儡だろう。そもそも軍事国家で実力主義。王なんて飾りの国じゃないのかね?」
「まあ、そうなんだけどさー……まいったな。アルフォンスにどう報告するかな」
血塗れのフェイスガードのまま会話を続けていたことに気がついて、フェイスガードを外す。
「魔法戦士隊の無力化のついでにケイタヴァーデングァースがほぼグンダール軍を押しつぶした、とでも言っておけばいい」
「なあ、ケイタ」
後頭部を掻きながらエシュリアが言う。
「なにかね?」
「おっぱいでも揉んどくか?」
「んあ? なにそれ」
不意打ちの質問に間抜けな返事をしてしまった。
「ああ、よかった。ケイタに戻ったよ」
「は?」
「気をつけたほうがいいよ。さっきのはグァースだった。今はケイタ、だけど」
心配そうな顔でエシュリアに言われる。
「俺は俺、だろ。何を」
「んー……うまく言えないんだけど、ケイタとグァースは違うよ」
ある意味核心を突かれてドキリとする。俺は俺であって俺ではない。そう、何かに飲み込まれる時がある。おそらくフィーラさんもそれを危惧している。戦場に出ていないのに、戻ってきた俺の雰囲気だけでそれを察している。
「そっか……そのときは乳揉ませてくれ。それで多分戻るだろ」
「おーおー、言うねえ。それであたしがその気になったらどうするんだ?」
「なるわけないだろ」
「なあ、ケイタ。お前自分がいい男だって自覚ある?」
溜め息混じりにエシュリアに言われる。
「は? どこが?」
「見た目はいい。頭もキレる方。それ以上にこの武力。お前自分で国興したら後宮に連れ込み放題なタイプだぞ」
「やだよ面倒くさいそんなの。俺はフィーラさんと暮らせればそれでいいの。だからヴァーデンの客で十分」
これはいつも思っている。だからこそルヴァートを倒しグンダールのこれ以上の拡張を止める必要がある。
「フェーダとしてはグンダールの野心が潰れたあとのヴァーデンが心配になるってのもあってね。もしかしたら姫一人送り込まれるかもね」
「いらないよ。フィーラさんを食べさせることだってまともに出来てないのに」
エシュリアは無言で首を振る。
「とりあえず、撤収するけどさ。ケイタどうする? うちの王様と面会したら多分いろいろ解決するまで出してもらえないと思うけど」
「うーん……じゃあ着替えたらアルピナに向かうよ。手助けしないといけないのは変わらないし」
「わかった。じゃ一旦陣に戻ろう」
陣に戻り水浴びで汚れを落としたあと私服へ。バックパックも背負う。
天幕を出ようとしたところでエシュリアが来た。
「ケイタ、これ持っていって。あたしのサインでもないよりはマシだろうから」
信書を渡される。ありがたく受け取る。
「多分ディングトゥから俺の情報についてアルピナへ連絡は行ってると思うんだよね。それがいい方向に解釈されているか、それとも悪い方向になっているか。まあギャンブルだな」
たとえ悪い方向だったとしても一人なら突破出来るだろう、と心の中で付け加える。エシュリアは多分その心の声を読んだんだろう。ちょっと不安な顔。
「あんまり無茶しないようにね」
「無茶をするからグァースなんだよ」
俺が微笑みながら返すとエシュリアが抱きついてきた。鎧を脱いだ柔らかな体に包まれる。
「ね、ケイタ。苦しければ泣いていいんだよ」
「泣き方はすでに忘れた」
「そっか。じゃあぎゅーって」
「……ふふふ」
思わず漏れた笑いにエシュリアがちょっと怒る。
「なんなのよもー!」
「同じことをフィーラさんにも言われた。君たち仲いいね」
エシュリアからそっと離れる。
「ありがと。疲れ取れたよ。んじゃ、ひとっ飛び行ってくる」
エシュリアに手を振り、天幕を出ると飛行で空へ。一路北のアルピナを目指す。
徐々に加速。このままなら数時間でアルピナだ。徒歩なら5日は欲しいところなので潜在魔力性能バンザーイだよ、本当に。
街道に沿わずまっすぐ飛んでいくので眼下は森が続く。植生が徐々に変わっていくのが見える。アルピナのあたりは若干寒冷で針葉樹がメインだ。
遠くに大きな建造物が見える。アルピナ魔法学院。王城よりも立派な建物で、多数の魔術師たちを排出する名門校って以前の資料にあった。
ディングトゥが肩をぶっ壊した事件も魔法学院での実験失敗が原因、ってなってたなあ。マッドな人たちが集まっていろいろやってるんだろうなあ。
なんて失礼な事を考えているうちにだいぶ近づいてきた。整備された街道も見えたのでそこへ降りることにする。
まわりに人目なし。ベストだろう。徒歩で半日くらいかな。てくてくと歩くことにする。
アルピナ王都に近づくにつれて人の往来が多くなってきた。アルピナの服はゆったりとしたタイプでワイドスプレッドカラーにフレンチフロント。クラシックなスタイルね。
そこへヴァーデン様式の服を着た人族。まあ目立つね。けどケイタヴァーデングァースの話は庶民までは広まってないようで特に騒ぎにもならずに旅を続けていた。
遠くでちょっと物騒な物音。走りながらリミッターを抜く。
整備された街道に小さな怪物たちの群れ、10匹。冒険者風の5人が苦戦している。近くに踏み荒らされた茂み。多分これ冒険者として討伐しにいって、数が多くて街道まで逃げてきたってところか。
状況は冒険者劣勢。街道にいた人たちはてんでバラバラに逃げている。
5人は重装が3人、軽装2人。軽装なほうは女の子だな、あれは。あちこち傷だらけで出血が結構派手めに。多分立っているのもやっとってところだろう。3人が外側に立ち怪物たちから守ろうとしている。
そして踏み荒らされた茂みからさらに小さいやつらが5匹参戦。こりゃちょっと危ないかもな。冒険者ってのはならず者ってことになってるけど、目の前で人死にってのは夢見が悪くなる。
魔法の矢を100本生成し、10体に向けて発動。冒険者を取り囲んでいた10体がこれでぶっ倒れる。増援に入ってきた奴らは一旦躊躇。逃さん。そっちは窒息・増強・範囲拡大で一網打尽。フラフラだった2人がへたり込む。
森には気配なし。戦闘状態を解除。念の為【偽装】発動。
「助かりました。ありがとうございます」
重装の冒険者から出てきた声は女、だった。
「とりあえず助けたけどさ、なに、あれ?」
「ゴブリンが巣を作ったのでそれの排除、でした。近隣の村からの依頼で……」
「ふーん……ま、冒険者には向かないと思うからこれで引退しておきな。じゃ、俺はこれで」
手を軽く振って彼女たちに別れを告げる。
「あの、すみません」
「あん?」
「王都に向かわれるのでしたら、すみません、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
言葉遣いは丁寧。声の感じからすると、多分俺と同年代か、やや下か。
「お断りだ」
手を振って拒否。
「え……」
「どこの誰だか知らないが、礼を言うのに顔も見せないって時点でな」
2人の重装が剣に手をやる。うち一人が俺に向かって声を荒げる。
「貴様!」
こっちも女。となるともう一人の重装もあれは胸板が厚いわけじゃなくて女かな。
「なにかな、無礼者くん。やる気があるなら声なぞかけずバッサリやれよ。その覚悟もないならそのまま死ね」
捕縛発動。声を荒げていたやつを拘束。もう一人にも同様に。
リーダー格と思われる女が慌てて兜を取り、頭を深々と下げる。
「大変失礼しました」
彫りの深い金髪。可憐な女性、という表現があう子だった。捕縛を解除。さっき声荒げてたほうが飛びかかってきた。そうですか。
振りかぶってきた刃を右にかわし、軽くボディへ右掌底。凹ませないように気をつけて振り抜く。ふっとばされる重装女。しばらくゴロゴロと転がり、剣を捨てて呻く。
「彼我の戦力差を読めないから、こうなる。お前、弱いよ」
もう一人も飛びかかろうとしていた寸前で止まる。
「その判断はいい。でもその前に飛びかかろうとすんな」
俺が指差すとびくっとなって、剣を鞘に戻す。頭を下げてた金髪美女、2人に振り返り文句を言おうとする。
「んじゃ、俺はこれで。あとは君たちの問題でしょ」
「お待ち下さい!」
金髪美女が俺を止めようとする。
「一応、忙しい身なんだけど……」
「すみません。お名前をいただけますか」
「名を尋ねるならまず自分が名乗ってから。お母さんに習わなかったのか?」
「……すみません。アリサ・アルピノヴァと申します」
アルピノヴァ。ディングトゥの資料にあったから覚えている。アルピナ王族のファミリーネーム。男性ならアルピノフ、女性ならアルピノヴァ。
傍系かもしれないが王族に連なる娘。警戒しておく必要がある。フルネームは告げず、名前だけにしておく。
「ケイタだ」
「ケイタ……様、ですか?」
「様ってほど偉くはない。で、俺急いでいるんだけど」
「……え……?その身体値で……?」
飛びかかるのを躊躇していた重装冒険者から呻くような声。女性か、やはり。
「まあ見てもいいけどさ。お前ら、身体値にこだわりすぎだ。だから自分の実力を見誤る。たかがゴブリン、って考えてただろう」
俯く重装戦士。転がってる方はまだ呻いている。回復遅いな、と考えていたら座り込んでた軽装冒険者がぶっ倒れる。
「あー、もう!」
俺は頭を掻きながら軽装冒険者に近寄る。治癒・増強を2人に与える。増強がかかると淡く全身が光るんだ、とこのとき初めて知った。
「傷はこれで塞がる。多分傷痕も残らないだろう。女の子だからな。ただ、失った血液はどうにもならん……お前ら前衛も怪我してるなら言え。治す」
「え、その……ケイタ様……」
「女の子の体に傷痕があるのは俺の夢見が悪くなる。いいから言え」
いくつか鎧の継ぎ目などにあたった刃の傷があった。全員治す。重装冒険者はなんとか自力で立って移動できそうだが、軽装冒険者、おそらくは後衛で潜在魔力性能で戦う2人、コイツらはもう無理だろう。
「……王都までどれくらいだ」
「あともう1時間ほど、です」
バックパックからロープを取り出し、アリサにバックパックをぶん投げる。
「持ってろ。この2人は俺が運ぶ」
大柄な方をロープで背中にくくりつけ、小柄な方を小脇に抱える。
「ケイタ様……?」
アリサがバックパックを抱えて俺を見る。
「乗りかかった舟だからな。最後まで面倒見てやるよ。まったく」
アルピナ王族に多少恩が売れたらいい、という打算も含めて女の子2人を担いで移動することに決めた。