前へ次へ
32/60

32 人ではないモノ

 エシュリアがしばらく奔走。俺に割り当てた天幕を変更したらしい。そりゃ4人連れ込むんだからなあ。

 結果俺に割り当てられた天幕は幹部向け。ベッドが二つ、小さな折り畳み机と椅子が何脚か。あと小さなたらいと水。かなり豪勢。そこへ4人の捕虜を連れ込む俺を周りの兵士たちが囃し立てる。

「さすがグァース! 底なしだな!」

「しっかり責めろよ!」

 概ねこんな感じ。無視して天幕内へ。

 折り畳み机の上にフェーダ様式の女性用の服。ヴァーデンはシンプルなロングワンピースが多いがフェーダの女性はパンツ系。上は短い袖のTシャツ風。下着はヴァーデンとあまり変わらないようだ。

「あー……エシュリアさんらしい気遣いと気遣いのなさ、だなあ……」

 下着が一番上に置かれている。そりゃ使う順でいうならそうだろうけども。溜め息一つ。タオルがまとめて置かれているのは、濡れた手でとったときに着替えに水を垂らさないための気遣い、だよな。こういう気が効くのに、下着丸出し……だもんなあ。まああんまり気にしないけども。

「んじゃ、俺背を向けてるからそこで体洗って着替えて。使い方わかる?」

「一応……」

 日野が答える。4人のなかでのリーダー格が日野、なんだろうな。

「外で待ってて、ってのは難しい……?」

「うーん……雨の中突っ立ってるのはまずいかなぁ」

「……だよね」

 椅子を回してたらいに背を向けて座る。ドサッと落ちるギリースーツの音のあと、水音、衣擦れの音。これが4回繰り返される。

「終わったよ」

 振り返る。さっぱりした4人が立っている。

「んじゃベッドに行ってな。これから俺も着替えるから」

 ベッドに4人が移動して、どこにどう寝るか相談している。

 革鎧を脱ぐ。表面加工はしてあったものの切られたところから雨が染み込んでしまってこりゃ多分ダメだな……。

 天幕から顔を出すと立哨が二人いた。一応客人扱い、か。面倒な……。

「エシュリア・カイルハーツ殿へ伝言を。竜人族とやりあって革鎧がダメになったので新しいものを一揃い手配お願いしたい」

 立哨のうち一人が敬礼し、駆け足で雨の中移動する。まあこれでどうにかなるだろう。

 たらいへ移動してゴシゴシ体を流してタオルで拭く。ふとベッドを見ると三宅と目が合う。

「なんで見てんの?」

「あ、あの……いい体だなあ……って」

「そりゃ鍛えてるからね」

 ヴァーデン様式の服を着る。すっかり着慣れたものだ。

 ベッドへ向かう。

 小さな声でお願いする。

「悪いんだけど、ちょっとそれっぽい声だけ出しといて。外に立哨がいてね……天幕だからどうしても音は漏れるんだよ。でそれっぽい声がしないならいろいろ怪しまれるんだ。本当にごめん」

 4人は顔を見合わせている。困った提案なのはわかる。

「栗原相手ならいいんだけどなあ」

「三宅さん? 私には婚約者がいるんですよ? そんな事するわけないでしょう」

 軽く睨む。その後気配を消して机のところに戻り、椅子に座る。

「あ、そうか。別にリアルにやらせなくてもいいんじゃんか」

 念じる。

 4人の艶っぽい声、ただし俺の想像、がベッドから出る。立哨側の気配を見ている。一人増えた。革鎧を持ってきたんだろう。

 声が聞こえていて入るかどうかを躊躇しているのがわかる。シャツを脱いでテーブルに載せ、入り口から上半身だけを見せ、革鎧を受け取る。

「ああ、ありがとう」

 その間も艶っぽい声は響くが、トーンダウン。どちらかと言うとハァハァという息の音メインへ。潜在魔力性能(ポテンシャル)の消費を感じるが、尽きる気はしない。

「はっ、あの……グァース殿、4人いっぺん……でありますか?」

「ああ、まあね。それほど大変なことじゃない。潜在魔力性能(ポテンシャル)というのは素晴らしいもの、だね」

「戦場で潜在魔力性能(ポテンシャル)でありますか?」

「それができるから、俺はここにいるんだし、アイツラが厄介なんだろう」

 ここで嬌声をあげさせる。

「こんなこともできる。そういうこと、だ」

「あの……私も中」

「殺すよ?」

 にっこり微笑んで言う。

「あと、気配見てるからね。入ってきたら殺す。その覚悟があるなら、入っておいで」

 中に戻り、シャツを着る。嬌声は継続。ベッドに近づくと4人がげっそりした表情でこっちを見る。

「あのさ、ケータ、これある種の拷問なんだけど……」

 日野が小さく俺に言う。

「すまんな。あと1時間くらいは我慢してくれ。気になるならどうにかする」

「どうにか……って?」

 念じれば叶う厨ニの世界。ベッドの中央部に音を遮蔽するドームを想定、外側に嬌声発生源を移す。音の位相をずらさないように注意深く移動させる。

 仮想のドーム内へ移動。

「この中なら音は漏れない。お前たちで好きに喋って寝ればいい」

「え……?」

「ドーム型の遮音の壁を作った。ベッドから立ち上がれば壁から抜けるので外の音は聞こえる。遮音の壁は内外を完全に遮断するのでドーム内の声は外からは聞こえない。さあ、もう寝ろ」

 ベッドの側から立ち去ろうとした時、日野に呼び止められる。

「ケータどうするの?」

「椅子にでも寝るさ」

 ドームから抜け出し、椅子に座る。1時間かけて徐々に音の頻度を減らし、沈黙。

 ベッドから三宅がでてきた。こっちに来いと手招きをする。

 そっと歩み寄る。耳打ちされる。

「あのね、みんなで話し合ったんだけど、結構ベッド大きいんだ。だから3人で一つ、もう一つを私と栗原とで使おうって決めたの」

「……お前らな……」

「だって、栗原明日も戦争、なんだよね?」

「ああ、その予定だ」

「じゃあ疲れたらダメじゃない」

「その程度では俺は死なん」

「でもね、決めたの。それに栗原紳士だよね?」

「そりゃあもちろん」

 頷くと三宅はクスクス笑う。

「じゃあ、大丈夫。さ、寝よ」

 ベッドに招き入れられる。

「断ったら?」

「んー、叫ぶかも。そしたら結構大変なことになるよね」

 こいつら……溜め息をついて頷く。

「わかったよ。じゃあ寝るよ。おやすみ」

 ベッドの端っこに横になる。その後ろにピッタリくっつく三宅。

「もう少し離れろ」

「イヤです~雨に濡れて寒かったんで温めてください~」

「わかった。好きにしろ」

 抱きつかれた。しばらくしたら後ろで啜り泣き。

「本当はね、嫌だったんだ、戦争。助けて、栗原……」

 抱きつかれた手をそっと包み込む。

「まかせろ。そのために俺はここに来た。もう、寝ろ」


 背中に柔らかい感触。というより、足も載せられて抱き枕状態。三宅さん、もう少しお手柔らかに。というかこっちのほうが眠れない。

 そっと抜け出す。気づかれなかった。

 ベッドサイドに椅子を持ってきて座る。

 4人の寝顔を眺める。取りあえず今はすやすやと眠っている。

 頻度を上げろ、と言われていたので【解析】を自分に対して実行。


〈解析結果〉―情報公開を継続

 絶対評価値を公開。


身体能力(アビリティ)

 筋力:86545

 瞬発:99806

 持久:85560

 精度:72085

 抵抗:95466

 思考:124

 精神:150


物理体力性能(フィジカル)

 現在値:19048040

 上限値:19048040

 回復値:865047


潜在魔力性能(ポテンシャル)

 現在値:68060489

 上限値:68060489

 回復値:3504650


 完全にリミッターが外れた場合、おそらく一人でこの世界を――介入(インタラプト)


 相変わらず、だ。数値がわかったのはありがたいが、この狂った値。俺は人間じゃなかったんだな。フィーラさんにどう告げよう。

 フィーラさんだったら気にしないかもしれない。いや気にされてしまったら俺多分立ち直れないな。それはそれでいいんだけど、いやよくない。

 だんだん俺が何者なのかわからなくなってくる。

 もしこの数値が正しいなら潜在魔力性能(ポテンシャル)はルヴァート1万人分。身体能力(アビリティ)の偏差値は求めたくもない。狂った値だ。

 その割に思考も精神もあんまり常人と変わらない。ああ、これが変われば人じゃなくなるよな。そういうことか。

 おそらく、俺は死なない。というか死ねない。そういう存在になっているように見える。

 椅子に座り考える。介入がなかった場合、何を伝えようとしていたのか。

 もう一回【解析】を回してみる。


〈解析結果〉―通知


 おそらく一人でこの世界を支配するだけの力があるが、その結果を我々としては望まない。そのためかの戦力の行使について正確に把握し対処するよう希望する。

 世界の祝福のもと正しく歩むことを願う。


 何を行っているんだこいつは。そして介入なし。神々の間で調停が完了したのか。

 情報が足りない。が、【解析】しても空打ちだった。なにも出てこない。

 あとは自分で考えろ、と。概ね神という存在はそういうものだろうが、だが、俺の人生をおもちゃにする権利なんかないはずだ。

 ぐるぐると渦巻く考え、漏れ出る殺気。三宅が半分寝ぼけている状態で起きた。

「あー、くりはらだめだよー、ねなきゃー」

 ぷしゅーっと気が抜ける。

「そうだな。寝るよ」

 三宅の頭をポンポンと軽く叩き、ベッドに腰掛けると三宅はそのままぽすん、と倒れてくぅくぅ寝息。俺はまた椅子に戻って腕を組んで寝ることにした。

前へ次へ目次