31 合流
雨である程度隠されているとはいえ、魔術が飛んでいない時点で後衛に何かあったというのは自明。時間を掛けすぎたようだ。
偵察の小隊がこっちに向かってきているのが見える。
「あー、グンダールの兵が来たよ。そしてあのシルエット……人族でも、獣人族でもない」
溜め息。
「お前たち、どうする? 捕虜をやめてグンダールに戻ってもいいぞ。俺は全力で守るが」
振り返り4人に聞く。全員首を振ってる。
「このまま捕虜扱いがいいかな……戦争は、もういや。でもケータ一人で大丈夫なの?」
「了解。んじゃブッシュに潜んでてくれ。やってくる。多分俺はこの世界で最も強いから平気だ」
リミッターを4段ずつ抜きながら飛び出す。3回抜いたところで接敵。
竜人族の小隊。10人。臨戦態勢。
太もものナイフを両手に逆手持ちで突っ込む。
刃を叩きつけたら弾き返された。鱗硬い。
仕方ないのでナイフを戻し、拳を握る。全身に魔術による防御を付与。
勝手にリミッターが抜ける感覚。神々の加護。どうせならもっと直接的にやってくれ。
飛び込みながら鼻っ面に右ストレート。防御付与があったのでこっちが一方的に打ち勝つ。トカゲの顔が潰れ、返り血を浴びる。
しゃがみこんで突きこまれた槍を回避。そのまま前に飛び、目の前にあった腹を殴りつける。
弾け飛ぶ竜人。二人目。
ぬかるんだ地面で踏ん張りきれないのでそのまま大きく回って反転。
こっちの飛び込みに合わせて槍を突き出す竜人。左拳で穂先を跳ね上げる。加護のない革鎧のグローブが裂けるかそこまで。そのままがら空きの腹に右フック。上半身と下半身が泣き別れ。3人目。
前進力と回転力を利用して浴びせ蹴り。肩口に食らった竜人が弾ける。4人。
まだ戦闘意欲旺盛。こいつら爬虫類かよ。
着地したら前に滑って転びそうになる。雨の中で足場が悪い。
そこへ槍が3本伸びてきた。脇腹に少し刺さる。
少し刺さった刃を一つ掴み、引っ張る。その勢いで立ち上がる。
下がってきた竜人の頭を蹴り上げ、消す。5人。
奪った槍を振り回し、頭に叩き込む。槍折れた。役に立たん。
叩き込まれた竜人はそのまま後ろにぶっ倒れた。脳震盪程度かよ。クソ。残り4人。
増援依頼でもしようというのか戦場から離脱しようとしている竜人がいた。窒息・増強を叩き込む。残り3人。
突くのではなく振り回して距離を取ろうとする。凍結・増強・範囲縮小で相手の目だけを狙う。視界がなくなればどうにもなるまい。残り二人。
ぬかるみで暴れまわって足場が悪すぎる。踏ん張れないので魔術で対処。
窒息・増強を残り二人に。そのままぶっ倒れ、痙攣し、死ぬ。
脳震盪と目を潰した竜人は喉を貫手で突いて止めを刺した。
返り血は雨で流されていくが、それでも何かが体に纏わりつく感覚。リミッターが戻る感覚と同時に高揚していた戦意が抜け、テンションがガタ落ちする。
4人のところへ戻ると、日野が引きつった顔で出迎えてくれた。
「ケータ、化物……」
「ああ、知ってる。だが仲間には手を出さないよ」
精神的な疲労を表に出さないように答えたつもりだが、少し声が死んでいた。付き合いが深いフィーラさんにはバレるだろうが、他の人では気が付かない、だろう。
「さて……前線側の剣戟の音もだいぶおとなしいし、おそらくグンダールは退いたんだろう。フェーダの陣に戻るぞ」
「分かったよケータ。ついてく」
フェーダの陣に戻るとエシュリアが耳をぺたんとして寄ってきたが、後にいた4人を見て耳立てて警戒モードへ。
「あー、エシュリアさん、落ち着いて。召喚された俺のクラスメートだ。敵じゃないよ」
「ケイタが言うなら信用する」
「そりゃどうも」
四人に向いてエシュリアを紹介する。
「この人がフェーダ防衛の長、エシュリア・カイルハーツさんだ。通称は“最後の砦”。エシュリアさん、中山結衣、伊藤真美、三宅麻衣、日野奈津美。ルヴァートに呼び出された被害者、だ」
エシュリアを見て4人がぽかーんとしている。獣人族初めて見たんだろうなあ。
「ねえねえケータ、なんであの人耳と尻尾つけてるの……?」
日野が耳打ちする。
「あー、うん、獣人族だから生えてるんだよ」
中山がフルフルしてる。あ、抱きつこうとした。時計回りに逃げて右膝をカウンターで入れてる。腹抱えてうめいてるなあ……かわいそうに。
「あー、エシュリアさん、手加減してやって。現代日本人は概ね戦闘できないよ。多少は軍事訓練してたみたいだけど、まあヌルいと思っていい」
「だと思って当てただけ。振り抜いてないよ」
「まあ、そうだよね」
しゃがみこんで中山の腹に手をあてて治療。
「中山、無茶するなよ……こう見えてもエシュリアさん、フェーダの大英雄だぞ……」
「こう見えても?」
俺の発言に眉を吊り上げるエシュリア。
「見た目すごく可愛いのにえげつなく強い」
「それはあたし喜んでいいのか怒るべきなのか困る。そもそもケイタのほうが強いじゃん」
「そりゃあね。そのかわりいろいろあるけど、強くなりたい?」
「んー……いろいろ、によるけど、多分ろくでもないんだよね?」
俺が頷くと、エシュリアは肩を竦めて首を降った。
「だよね。中山、犬大好きで可愛いって抱きつきたかったんだろ?」
半泣きになりながらコクコク頷く中山。
「殺気がないのはわかってたけど、よく知らない人に抱きつかれたくない」
エシュリアの言葉にショックを受ける中山。いや普通そうだと思うぞ……。
「ま、仲良くなってから抱きつけ……ところでさ、男子達ってどうなってんの?」
日野に聞いてみる。
「ここにあと4人いるよ。ローテーションしてたんだ。明日出てくるかどうかは……どうかなあ?」
「そっか。男子の測定組が俺を含めて12人だろ。んでここに4人、あとの7人は?」
「グンダールに残ってる。こっちに来てるのは岸上、児島、高橋、永嶌」
「お、児島こっちか。それはいい。なんとか連れ帰りたいな」
「なんで?」
「相田がいるからな」
4人がああ、と頷く。
「お前らはどうしようか……んー……飛行で吊り下げ移動……は4人上がるかな?」
「なにそれ?」
三宅が俺を見る。
「捕縛で体固定して操り人形で吊るんだよ。前3人それで運んだ」
「ちゅ、宙吊り……?」
「そう。宙吊り」
「ヤダヤダヤダ高いとこ怖い!」
「なんなら気絶入れるけど?」
「そういう問題じゃなーーーーい!」
三宅に超怒られた。とはいえ後送どうするかを考えないといけない。
それか、ここでじっとしてもらうか。
「じゃあここで待機、だな。一応兵站の兵士もいるし」
「そうだぜ旦那!」
ゲイルがやってきた。
「俺ら兵站の兵士といえどフェーダの精鋭だ。必ず守り通すぜ」
「その前にグンダールの兵はこっちに通さないよ」
「そりゃそれで俺の体がなまっちまうなあ」
「っていうかゲイルさん兵站なの? てっきり前線で暴れる人なのかと……」
「本来はそっちだ。姐御が来たからな」
苦笑まじりに答えられた。
「なんなら組手やる?」
「いやあ……そりゃやめとくわ。姐さんブチギレるから」
獲物を見る目でこっちを見るエシュリア。
「あたしには聞かないの?」
「二回やったでしょ?」
「えーもう少しやろうよ」
「4人が更にドン引くからダメ」
中山が俺の肩を突く。
「あん?」
「栗原強いんだよね?」
「さっき戦闘見てただろ」
「エシュリアさんも同じくらい強い?」
「あー……ファーレン殿とやって負けたんだっけか?」
「うー、そうだよ。あたしのランキング下がって三位だよ」
不満そうなエシュリア。
「ケイタがトップ、次にリッザの“竜殺し”ファーレン、そしてあたし、だろうね。アルピナのディングトゥは怪我がなけりゃあたしといい勝負……ってところだと思う」
グンダールには英雄がいない。強いのが軍にズラっと並んでいるので突出した傑物はおらず、全体で強いということらしいが、俺やエシュリアみたいな規格外がいると突破されて終わりになりやすい。
アルピナの英雄ディングトゥは怪我で退場、ヴァーデンには英雄なし、フェーダの英雄は閑職送りで勝てると踏んだんだろう。だがその段階で押し込まれ抵抗され異界召喚、ってところか。そして召喚した40人のうち、戦場に出る決断をしたのが20人、うち9人がこっちにいる。残りは11人。そして気が変わる可能性のある16人。ということは最大27人。
さて、ルヴァート、どう出る? 私をどう楽しませてくれる?
「ケイタ、その殺気やめてくれ、あたしでも怖い」
エシュリアに声をかけられて気が抜ける。
「ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた」
フィーラさんがいたら抱きつかれていたところだな、とふと思う。
「エシュリアさん、竜人がいたんだけどグンダールって竜人住んでるの?」
「ぽつぽつ集落はあるよ……って竜人いたの?」
「1小隊10人いたんで纏めて殺しておいた」
エシュリア絶句。
「そんな軽く倒せるもんじゃないんだけど……そのナイフじゃ鱗切れないよね?」
「ああ。だから拳でぶっ叩いた」
「素手で撲殺出来る種族じゃないんだけどなあ……」
「エシュリアさんだったら出来るんじゃないかな?」
「タイマンならね。10人もいたら無理だよ。先に拳壊れちゃう」
4人がドン引いていく。
「あのなあ、お前ら。戦争って結局は殺し合い、だからな?」
「わかってる、わかってるけど……平然としている栗原、怖い」
三宅がボソボソと言う。
「んあー、まあ俺も平気ってわけじゃあない。だがやると決めた。決まればどうにかなるもんだ」
「ならないよ……栗原、化物だ」
「おう、化物だよ。そうしてくれたルヴァートには恨みがたっぷりとある。感謝を込めて仕返ししてやるって決めたんだよ」
暗い情念。殺意。
エシュリアに抱きつかれた。
「落ち着いて、ケイタ。あたしじゃフィーラの代わりには足りないかもしれないけど」
頭が冷える。
「助かったよエシュリアさん。気をつける」
そっと離れる。
「エシュリアさん、この4人、やはりフェーダがヴァーデンに送ってほしい。ここにいたら、危ないかもしれない」
「……ああ、そうだね」
エシュリアも一流の軍人だからこれで察してくれた。助かる。
「ゲイル、この4人ヴァーデンへ送って。異界の英雄って手紙も付けて。サインは私と……ケイタもする?」
「ああ。フィーラさん俺のサインを一度見たことがある。多分それでわかると思う」
4人は不安げにこっちを見る。
「安心しろ。ヴァーデンなら高木とかいるから。あとフィーラルテリアヴァーデンを頼れ。俺の婚約者だ。フィーラさんの母親のルテリアサリーンヴァーデンには気をつけろ。いい人だがお茶目だからな」
「ここここ婚約者⁉」
「中山、お前鶏かよ……つか婚約者いたらおかしいか?」
「うーん……てっきり高木さんとよりを戻すかと思ってたんだよね」
心を抉る一言。
「まあ、いろいろあってな。高木はいい人だ。それを俺が利用したんだよ。そう思ってくれて構わない」
目を伏せて思い出す。中山は少し慌てたように手を前に出して振っている。
「あ、いや、ごめん。その……ごめん」
「謝るようなことじゃない……さて、お前らは明日は旅路だ。飯食ってしっかり寝とけよ」
「あ、ケイタ悪いんだけど天幕4人と一緒に使って」
「はぃ?」
「うちの荒くれ、ゲイルなら理解するだろうけど捕虜ってほら……」
「あー……4人がいいなら」
「ケータ、捕虜の扱いって……もしかして……」
日野が自分の肩を抱きながら俺に聞く。
「この世界にジュネーヴ条約はないからな。基本的に捕虜は好き勝手されるもの、だ。初日とはいえ戦場というストレスフルな環境にいたんだし、魔法戦士隊に酷い目に合わされた兵士の近親者もいるだろう……うん、俺が魔法戦士隊を抑えた、って功績で最優先ってのは通せるな」
エシュリアが頷く。4人も顔を見合わせて頷いた。