3 急転直下の地下牢送り
担ぎ上げられて地下牢に放り込まれた。その後、捕縛が解かれ、下着が渡される。
「なんで地下牢送りなんだよ!」
「得体が知れない。危険な存在と判断したからだ」
ルヴァートが冷たく言い放つ。
「お前の仲間はまあまあの能力を持っている。十分前線で戦えるだろう。そこにお前のような異分子がいると危険だ」
異界の勇者からお前呼ばわりか。ずいぶんな格下げだな。
「で、危険な異分子はどうするんだ?」
「処刑だ。実施予定は三日後。その牢に先客がいるだろう。そいつと同時だ」
「そりゃどうも」
ルヴァートはそのまま牢から離れていく。
とりあえず自分の測定値を見直す。
身体能力
物理体力性能
潜在魔力性能
すべての値について非公開。
技能
―公開には権限が必要。現段階では限定公開。他者には非公開。
【解析】
【移動】
『解析は具体的な対象を指定することで解析を行う』
『移動は具体的な対象を指定することで移動を行う』
説明になってねえ。なんなんだよ全く。解析の具体的な対象……たとえばこの下着とか?
〈解析結果〉―【無気力】
『無気力は使用者の気力を減退させる』
ずいぶんえげつない仕掛けだな。もしかして移動、で動かせる……? 周りを見回すと使われていない布団のようなものがあった。
下着の【無気力】をあの布団に移動しろ、と念じてみる。
〈移動結果〉―成功
再度下着を解析。
〈解析結果〉―ただの清潔な下着。
とりあえず履く。何も感じない。そう言えば先客がいる、と言っていたな。部屋の隅に気配がある。
身体能力
筋力:72
瞬発:71
持久:80
精度:88
抵抗:69
思考:77
精神:76
物理体力性能
現在値:152
上限値:35121
回復値:1219
潜在魔力性能
現在値:311
上限値:81512
回復値:11914
技能
【堅牢】
【自己犠牲】
『堅牢は体力の減少が起こると身体能力が上昇するが上昇値は反映されない』
『自己犠牲は自らの体力を引き換えに他者の体力を回復する』
いやこの人かなり強くない? もしかして……。下着を解析。
〈解析結果〉―【無気力】
やはり……。下着の【無気力】を同じ布団に移動させる。
〈移動結果〉―成功
布団を解析。
〈解析結果〉―【無気力】【無気力】
多重化するんだ。へー……。とりあえず奥へ移動する。
「はじめまして、先輩」
部屋の隅に小さくなって座っていた人が俺を見上げる。
特徴的な人だ。頭頂部に髪はなく周辺に薄い銀色の髪、耳は尖り、肌は青緑。細い顎と切れ長な目。通った鼻筋。整った顔だとは思う。肌の色さえなければ。
「そうか、お前か。感謝するぞ人間」
「人間って……栗原慶太って名前があるんで、そうだな、ケイタって呼んでくれよ」
俺は先輩の前に座り込む。先輩はまっすぐ俺を見ながら答える。
「ケイタか。我が名はガルグォインヴァーデンズィーク」
「……長いね」
「そうだな。同族にはズィークと呼ばれている」
「ズィークさん、ね。わかった。多分あなた魔軍?」
「さん、は不要だ……ここいらに住んでいる蛮族には魔軍の長と呼ばれている。実際は違う、がな」
ズィークは忌々しげに吐き捨てる。
しばらく沈黙。
「お前の身体値どうなっているんだ?」
「さあ? いきなりここに呼び出された後このせいでここに来る羽目になったんだけど、ね」
ここで頭の中に言葉が響き始める。
『魔力が回復したので精神通話を繋いだ。お前もできるはずだ』
想像すれば叶う、だったな……。
『こうかな?』
『上出来だ。呼び出されたということはルヴァートの妖術か』
『ルヴァートは異界召喚って言ってたよ』
『気取った名前だが、要は他人の人生を踏みにじる妖術だ』
ズィークの怒りというかなんか黒い気持ちも精神通話を通じてやってくる。
『とりあえず、それはおいておいて。処刑されたくないんだよね、俺』
『奇遇だなケイタ。私もだ』
『なんかいい手がないかな、と思ったんだけどどうすりゃいいかな……』
『一日一度、食事が運ばれる。そこを狙う。蛮族共は【無気力】に未だ囚われていると思っているはずだ』
『なるほど。でも俺戦力になるのかな? 値あんなんだけど』
『お前には恩がある。ヴァーデンに来る気があるなら連れて行ってやる』
『ヴァーデン?』
『私の国だ』
なんか不思議な気持ちが流れ込む。なんだろう、これ。故郷に対する郷愁とはちょっと違うような、でもなんかそんな感じ。
『死にたくないし、お願いするよ』
『よし、決まった。では精神通話を切る。後は体力回復に努めよう』
ズィークの精神通話が切られたようで、頭の中に響く声がなくなった。
望めば叶う。精神通話を切る、と念じる。
ズィークが親指を立てる。これで合っていたようだ。
ズィークから少し離れたところにある布団へ行く。せんべい布団だがないよりまし。
そう言えば解析は具体的な対象を指定するってあったな。俺解析できるのかな……?
〈解析結果〉―拒否
現時点において身体値の解析は拒否する。
現時点では拒否、ねえ。なんなんですかね、俺。
翌日、食料を運ぶ兵士の後ろに見知った顔が数人。クラスメートの連中だ。何しに来た?
「栗原くん、残念だねえ」
嫌味たっぷりの声。千葉俊介の声だった。他には長谷川大翔、菊池聡子、前田香菜。
「何がだよ、千葉」
「お前の人生はあと二日なんだってねえ。いやあ、大変だ」
「そうだな。で、お前は何しに来たんだ?」
「いやあ、別に。いけ好かないお前のシケた面見に来ただけだよ」
全員、身体値が見えない。チェック拒否じゃねえかよ。
「クラスの話題トップだぜ。栗原くん」
「へぇ」
「あんなに偉そうにしてたのに、その実ゴミみたいなヤツだった、ってね」
『ケイタ、こいつ殺っていいか?』
『待ってよ。脱走するんでしょ?』
ズィークとの精神通話は簡単に繋がるようになった。一回通じるとチャネルが開くのか簡単に接続できる。
「で、何しに来たんだ?長谷川、菊池、前田も」
「……」
「ふーん、千葉の金魚のフンか。なるほどねー、どっちのほうがマトモかねー。人に向かってゴミって言い切るメンタルの持ち主と、その仲間たち。へー」
「うるせえ‼」
千葉がブチ切れた。ってことはまあ自覚はあるんだなあ、やっぱり。
「ま、帰れよお前ら。話すことはねえよ」
千葉は持ってきた俺らの飯にツバを吐きかける。ズィークの殺意が膨れ上がった。
『殺る。止めるなよケイタ』
『あとは成り行き任せかねえ』
ズィークは殺意のままなにかを発動。
「凍結・増強・範囲縮小」
急に現れた冷気。千葉の左手が一気に凍りつく。
「焼却・増強・範囲縮小」
急激な温度上昇。千葉の左手は爆発し、盛大な蒸気の霧を生み出す。千葉が霧の中ひっくり返っているのは感じ取れた。
おそらくは魔術に名前をつけることでその行使を容易にしているのだろう。想像すれば叶う世界において、想像する力を補佐するのはやはり言葉だ。俺も牢の鉄格子に向けて想像を高める。
「霧消」
鉄格子が消えた。
「窒息・増強・範囲拡大」
ズィークの魔術が追い打ちを掛ける。
兵士と長谷川、菊池、前田は首を掻きむしる。増強は効果を増強し、その分よけいに魔力を消費するのだろう。範囲拡大は範囲を拡大することで複数を効果範囲に入れるが効果が下がる。逆に範囲縮小は範囲を縮小し魔力を集中させることで効果を上げる、ということだろう。
ズィークは苦しんでいる4人を蹴り倒し、兵士の剣とナイフを奪い取りナイフを俺に差し出した。
『行くぞケイタ。蹴散らす』
『こいつらは?』
『そのまま死ぬだろう』
『一応クラスメートなんだけどさあ……』
『なるほど。では気絶だけさせておくか』
「気絶・増強・範囲拡大」
霧はしばらくすると落ち着く。千葉の左手は手首から先がなくなっていた。焼かれて傷は塞がれているが、うーん……まあ嫌なヤツだったけど、ここまでの罰を受けるほど、かなあ?
ズィークはその後兵士の首を剣で刺しとどめを刺す。
『おい!』
『グンダールの兵士に情けを掛ける必要はないだろう』
『そうだけど、クラスメートの立場が悪く……』
『それも今更だ。ここで脱走する時点で良くなるはずもない』
『……まあそうか、そうだな。よし、行こう』
『少し時間を稼ぐことにするか。ケイタ、ナイフでコイツらの服を切り裂け。細い布を作る』
ズィークの意図も合わせて流れ込んでくる。精神通話は言葉以上の情報を扱う……もしかしてルヴァートの口と声が合っていなかったのも似たような魔術なんだろうか。
とりあえず制服をザクザクと切り、捩ってロープを作る。千葉は手首がなくなってしまっているので胴体にぐるぐる巻き、長谷川、菊池、前田は後ろ手に縛り、足首も固定。口の中にそれぞれ自分のシャツやらブラやらを裂いた布を押し込み、猿轡をする。これで大きな声は出ない。
千葉と長谷川は全裸、女の子たちはショーツ一枚の姿だが、どうもこう嫌なものを見た感しかない。
いや、女の子にこんなことをしたくはないんだけど、ねえ。
自由を失って縛り上げられている半裸の同級生。これが今までだったら多分俺も見境なくなんかいろいろヤバいことやってただろうけど、単純に嫌悪感しかない。
これはもしかしたらズィークと精神通話がつながっている影響もあるかもしれない。ある程度精神的なつながりができてしまうのだ。
そういえば菊池と前田はわざわざ俺のナニを凝視してたな。やり返すか。ナイフでショーツの両脇を切り、取り除く。
菊池はちょろっと毛……じゃねえな、その周辺にプチプチと短い毛がびっしり。ちゃんと処理してたのね、偉いわねー。前田は……うん、大人げがないなあと思ってたら、そうか、そうだったか。
ズィークが面白そうに俺を見ている。
『若いな。頑張るのか?』
『いらねえよ、こんなの。ただの意趣返しだ』
俺はそれぞれのショーツをそれぞれ頭にかぶせてロープで縛り付けておく。ここで提案。
「ズィーク、精神通話はいらないだろう。切ろう」
「なぜだ?」
「あとは力押しだから少しでも魔力を温存した方がいい」
「同意しよう。では力押しだ」
ズィークは口を大きく歪めて笑う、いや……嗤う。魔軍の長と言われる男。それはこういうところなのだろう、と失礼ながらもなんとなく思った。
2019/05/17 公開後に気がついた細かな表現の揺れを修正しました。
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