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29 なんでもあり

 前線へ移動。王都からは1日ほどかかるらしい。ということは抜けられたらアウト、の距離。逆に言えば抜けられないようにフェーダは絶対に抵抗しなければならない。

 だからこそ魔法戦士隊は突っ込んでこない。ここに留まることでフェーダの消耗待ちができる。圧倒的に有利。

 その余裕が、お前たちを滅ぼす。俺が、滅ぼす。


 夕刻、陣に到着。普通のヴァーデン様式のシャツに着替える。

「ケイタ、武装は?」

「あ……そうか、【変身】使うわけにもいかないからなあ、どうするか……なんでもいいんで両手持ちの剣だけ貸してもらえないか?」

「そりゃいいけど、防具は?」

「いらん。そもそも当たらん」

 俺の宣言にエシュリアが目を丸くする。

「当たらんって……」

 呆れられた。相手にエシュリア、ファーレンクラスがいるなら慎重にならざるを得ないが、グンダールにはそんな英雄は見当たらない。

 むしろ魔法戦士隊が面倒くさい。

「あたしでもいくつかもらうから防具着てるのに……」

 エシュリアの視線が熱い。

「ねえケイタ、く・み・て♡」

「イヤです。疲れるから」

 エシュリアを無視して明日以降の動きを考える。俺が突撃、殲滅。ターゲットになるだろうからそこで魔法戦士隊をどうにかする。

 一番楽。だがフェーダやヴァーデンの立場を考えると表立ってヴァーデンのグァースが暴れているってのはグンダールとの関係を考えた場合に望ましくはないかもしれない。

「……さっき大剣貸してくれって言ったけど、切れるナイフを数本、あと、俺のサイズの革鎧がありがたい」

「んー、出来るけど、急になんで?」

「俺が前線に出て暴れると問題だということに思い至った。裏方に回る。ヴァーデン様式の服でやってたら意味がないのでフェーダの装備がいい。顔を隠せるならなおよいね」

「……ケイタの考えてることはよくわかんないけど、多分正しいんでしょ。じゃ用意するよ」

 笑顔で答えるエシュリア。こういうところは気持ちのいい武人……というのは褒めすぎか。多分何も考えてない。

「で、用意するからさあ、く・み・て♡」

「しつこい……わかりましたよ。夕食前にやりますよ」

「やったあ! じゃあみんなに伝えてくるね」

「みんな?」

 ばーっと走っていってしまった。嫌な予感しかしない。


 自陣の真ん中の広場、なぜか八角形にロープが張られている。一辺3.5mほど。そしてそのロープの周りにフェーダの兵士たち。獣人族も人族もいる。

「舞台は用意したよ。ルールは以前と同じで。レフェリーは……ゲイル! お前やれ」

 ゲイルと呼ばれた中年人族がのっそり立ち上がる。俺を上から下まで見る。

「姐御、こいつ強いんですかい?」

「ああ、強い。だから間近で見てろお前」

「わかりやしたよ」

 シャツを脱いで近くの兵士に預ける。リングイン……あああ、観客の視線が痛い。

「恨みますよ、エシュリアさん」

「うふふー、これに勝ったらエシュって呼べよケイタ」

「はぁ……まだ諦めてなかったんですか」

「憧れなんだよねー、強いやつに愛称で呼ばれるのって、女の子の夢じゃん」

「……女の子の夢、ねえ」

 俺が溜め息つくとエシュリアがちょっと怒る。

「あたしが女の子じゃないって⁉」

「そういう意味じゃない。夢がわからんってこと。じゃあ、やりますか」

 中央で対峙。ゲイルが手をあげる。

「では双方準備はよいかな? 開始!」

 相変わらずの右スタンダード。とりあえずは右スタンダードで受ける。相手に少し華を持たせないと観客が暴れそうだ。

 リミッターは4段解除。ちょうど釣り合いが取れるのがこのあたり。時計回りにサークリング。狭まる間合い。

 気合とともにエシュリアの左ジャブ。スウェーしスイッチ。左スタンダード。

「はぁ? ケイタ左利きなのかよ」

「さて、ね。喋ってると舌噛むよ」

 エシュリア左ジャブの連打。前に置いた右ジャブで撃墜するが、いくつかもらう。額で受けたのでダメージは少ないが、被弾を喜ぶ観客たち。

 だがこれでエシュリアは左拳を少し痛めたようだ。速度が下がる。撃墜率が上がる。右ハイキックが飛んできた。クロスブロック。

「おっとっとっと」

 思った以上の重さにたたらを踏む。左ボディフックが飛んでくる。間に合わない。そのままもらう。少し壊れた左だったのでこっちのダメージは思ったほどきつくはない。が、痛い。

 湧く観客。

 要は全部避けろ、ということか。化物め。再度スイッチ、右スタンダード。

 ジャブを入れる。ガードに意識を集中させる。しゃがみ込み、タックル。うまく掴めたのでそのまま転がし、テイクダウン。何もせず離れる。

 右手で立て、と合図。エシュリア跳ね起きた。

 同じパターンでもう一度転がし、立て、と合図。

「ケイタ! てめえ!」

 怒りに震えるエシュリア。二度も同じ手で転がされれば屈辱だろう。

 転がされないためにワイドスタンス。いいセンスだ。

 左ジャブから右フック。ガードを上に意識させたところでタックル、前にある足を引き込み、転がす。立て。

「ケェイィタアアァァァーーー!」

 地獄の底の唸り声。まっすぐ突っ込んでくる。大振りの右。

 リミッターを更に4段解除。加速。

 右ストレートを躱しながら両手で掴む。飛びつき十字。飛びつく時に顎を蹴り、頭を揺する。

「がっ、はっ」

 裏に潰れた。好都合。これで力で抜けるのは相当難しくなる。ゲイルが試合を止めた。


 しばらくして脳震盪から回復したエシュリア。ぺたんと地面に座り込んでいる。

 尻尾も耳も垂れた状態。

「また、負けた、うううぅぅぅ、また負けたーーー!」

 わんわん泣き出す。待って。ちょっと待ってってば。

 以前書き写したプロフィールを思い出す。エシュリア・カイルハーツ、18歳。6歳の時冒険者がちょっかいをかけ怒り狂ったオーガたちに村を襲われ、エシュリア以外助からなかったという事件。エシュリア・グラムはフェーダの有力貴族カイルハーツ家が運営する孤児院に入ってカイルハーツ姓を名乗るようになる。そしてそのまま軍学校に編入。12歳で歩兵として配属。以降は無敗の兵士として駆け上がっていく。

 父、母、弟の、あるいは心優しい隣人たちの無念を受け、力あるものとして生きることを決めた娘。その娘の心を折ってしまうような圧勝劇。

 ゲイルを見る。目をそらされた。周りの観客を見る。みんな目をそらす。

 周囲の声が聞こえる。

「あーあ、姐さん泣かせた」

「竜殺し殿のときも泣いてたけどここまでじゃなかったよな」

「転がして挑発してたもんな」

 怪我をなるべく負わさないように気遣ったのが裏目に出た。

 心に刺さる。

 しゃがみこんで視線を合わせ、エシュリアの頭をぽんぽんする。

「怪我はない?」

「左手と右肘が痛いーー」

「そう、じゃあ出して」

 そっと撫で、治れ、と念じる。

 しゃくり上げるエシュリア。

「はい、治った。ほかは?」

「……ない」

 強くあらねばならぬ少女の心を思う。

「頑張りました、エシュはいい子です」

 頭を撫でながら言う。目を丸くして俺を見るエシュリア。

「ケイタ……!」

「今だけ特別です」

「今だけ、かぁ……」

 頭に載せられた俺の手を掴む。

「ね、ケイタ、立たせて」

 手を引いて立たせる。そのまま俺の体に飛び込んできた。俺の左肩で大泣き。

「あたしね、いつもがんばってたの」

 エシュリアがそこでしゃくり上げる。左手でエシュリアの頭をそっと撫でる。

「あたしね、つよくなくちゃいけないの」

「エシュはがんばった。いい子だな」

 強く抱きしめられた。慟哭。ゲイルが、兵士たちが拳を握りしめ嗚咽。彼らも彼女の生い立ちを知っているのだろう。全員が保護者の、強力な団結。

 左手で頭を撫で、右手で背中をポンポンと軽く叩く。

「うん、エシュはいい子だ」

「……あのね、ケイタ、大好き」

「それは錯覚だよ。自分より強い者への憧れ、じゃないかな?」

「わかんない」

「多分、俺が竜殺し殿ほどの歳だったら、恋愛感情にはならなかった、と思うんだ」

「でも、ケイタは違うもん」

「うん……でも、ごめん。俺はフィーラさんの騎士、なんだ。エシュがフェーダの……いや、プラジアの騎士であるように」

 プラジア村。エシュリアの出身地。今は地図にも残らぬ、かつてあった小さな村。エシュリアは俺にしがみつき、泣く。

 俺は他人を傷つけて生きていく。

 俺が壊れているから。

 壊れている俺は、なぜ今ここで生きている?


 翌日、エシュリアの約束通り革鎧とフェイスガード、ナイフが3本用意されていた。フェイスガードは目の周りだけが露出しており、俺だとはすぐにはわからないだろう。

 身体値(パラメーター)を見られたらバレるだろうが、裏から手を回すなら身体値(パラメーター)を見られる危険性は低い。そして戦闘中に見られるほど俺の攻撃の手はゆるくはない。多分大丈夫だろう。

 慣れない革鎧を着る。後ろ腰にナイフを吊り下げ、左右の太ももに一本ずつくくりつける。とりあえずはこれでいいだろう。

 動きは多少悪いが、なんとかなりそうだ。

 中央の広場へ移動すると、エシュリアが中心で空を見上げていた。

「おはよう、エシュリアさん」

「おはよう、ケイタ」

 空を見たまま挨拶を返すエシュリア。俺も空を見上げる。綺麗な青空だった。

「……雨が来る」

 エシュリアがポツリと呟く。

「こんなにいい天気なのに?」

「来る」

 鼻にシワを寄せて空を睨むエシュリア。

「そっか。じゃあ準備する。それに雨は都合がいい」

「ケイタは疑わないんだな?」

「だってエシュリアさんが断言するんだろ? 信じるよ」

 こっちを向いて、少し泣きそうな顔。

「どうして……いや、うん。泣き言、だな。うん」

 一瞬手を伸ばしかけ、やめる。俺の両手で助けられる人の数は限られている。いざというときに助けられない人に手を伸ばすのは間違いだ。右手で顔を覆って頭を振り、思考を切り替える。

「今日は俺、ぐるっと大回りして裏から魔法戦士隊を狙う。しばらく標的になるだろうけど、耐えて」

「耐えろ、か……発動よりも速く仕掛けてくれるとありがたい」

「努力はするよ」

 朝食を摂り、ざっくりと地図を確認して大きく回り込むために戦場へ先に移動する。

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