28 遠征
翌日、朝食の場でガルが告げる。
「しばらくこちらの返答を引き伸ばす。その間、フェーダに行って暴れてこい。書簡を書くので持っていけば話は通じるだろう。だが伸ばせて7日。それだけ頭に入れておいてくれ」
「感謝する。ではこれから向かう」
「落ち着けケイタ。朝食くらいは食べていけ」
「はい」
スープ、パン、ベーコン、目玉焼き。いつもの朝ご飯。少し焦げてたりするのはもしかして。
「ケイタさん、一週間、いなくなるんですよね」
隣に立つフィーラさん。
「そうですね」
一口ずつ噛み締め、食べる。
「ケイタさん、一週間、戦い続けるんですよね」
スープを飲む。
「そうですね」
朝食を摂り終ったので立ち上がる。
フィーラさんが手を伸ばし、俺の頬を撫でる。
「ケイタさん……」
「死にませんよ。こんな美味いものを食べたんです」
頬に伸ばされた手を取り、そのまま抱き寄せる。
「大丈夫。俺は強いんです」
耳元で囁く。
「知っていますけど、不安です。無茶するんじゃないかと」
「ああ、無茶はします。それは確実に。でも死にませんよ。必ず帰ってきます」
頭を軽く撫で、胸へ抱え込む。
「では、行ってきます」
フェーダまで飛行で飛んでいく。まずは王都へ、ガルの親書と共に。
空を飛ぶヴァーデン様式の服を来た人族は目立つ。
街道沿いを飛んでいたので見上げられ手を振られたので手を振り返す。ヴァーデン領内では有名人になりつつある俺。フェーダではどうだろう。
徐々に街道の人が魔族から獣人族や人族へ変わる。フェーダが近づいている。
俺に気づいた街道の人たちは俺を指差し、何かを言い合っている。まあ、珍しいよな。ヴァーデン様式の礼服を着た人族、バックパック付き。
だんだん街道が綺麗に整備され、幅が広がり、そして先に城が見える。フェーダの王都に到着。街の門番の手前に着地。
「ヴァーデンよりまいりました。グァースです」
門番は俺をちらっと見て、敬礼。
「ケイタヴァーデングァース様ですね、お通りください」
「え? チェックとかないんですか?」
「その身体値でですか?」
「あー……まあこれが身分証、か」
特徴的な数値、というか表現。ある意味便利。
「というか、フェーダでも有名なの、俺?」
「駐留軍も入れ替えありますし……」
ものすごく嫌な予感。悪名高そう。
「もしかして、敵に回すと何されるかわからない、とか言われてます?」
「……申し訳ございません。私の口からは……」
「あー、言われてるのねー、しょうがないかー」
がっくりと肩を落とす。いや、わかってますよ。グァースとして暴れまくりましたしね。
「ただ、味方になれば力強い方、とエシュリア様が」
「あの人バトルマニアだからなあ……」
俺の苦笑に門番も苦笑を浮かべる。エシュリアもまあ有名人だよな。
「っていうかエシュリアさんの知り合い?」
「かつて轡を並べていたことがあります。あの方はそのまま駆け上がられましたが。時折あのお方は下士官食堂に来てお食事を摂られます。なんでもたまに食べないと力が出ないそうですよ」
苦笑を浮かべる門番。
「ああ、うちでも城詰め兵士の肝っ玉かーちゃん料理長の飯が美味いと絶賛していましたよ」
「ヴァーデンでもですか。あのお方らしい」
「ええ。あ……長々と仕事の邪魔を。失礼いたしました」
俺は敬礼をし、門を通り抜ける。
「いえいえ」
門番も敬礼を返した。
フェーダは獣人族が多いが政治中枢は人族、とガルに聞いていた。そのためか王都は人族のほうが多い。それでも獣人族はかなり多かった。エシュリアしか知らなかったのだが、獣人族には犬タイプと猫タイプがいるようだ。
犬と猫でも混ざるのだろうか……? そもそも人族とも混血可能というのだから出来る……んだろうなあ、とか失礼なことを考えながら道を進む。
「ケーーーーイターーーーーー!」
遠くから聞き覚えのある声。ジャンプする影。避ける。
「さあやろうすぐやろう!」
「エシュリア殿、もう少しこう言葉をですね……天下の往来でございますよ? っていうかなんでこんなところにいるんです?」
「出陣するところだ」
「じゃあ戦場行ってください」
手でしっしっと払う。
「えー」
「多分後から行きます。おそらくすぐ追いつきます」
「わかった! 待ってるからな!」
尻尾をパタパタさせてるエシュリア。絶対勘違いしてる。
「俺の相手はグンダールだからね? わかってる?」
「えー、組手しようよ組手~」
「駄目です。そのかわりグンダール相手に本気を見せるから。ね?」
「うー、じゃあそれで我慢する」
耳を下げ尻尾をたらして不満をあらわにしつつも納得するエシュリア。
彼女には裏表がない。というか耳と尻尾が全てを明らかにしてしまう。他の獣人族も同じなのかは知らないが彼女はそういう人間だ。
しょげてるエシュリアを見ていてついかわいそうになってしまって頭を撫でてしまった。尻尾がパタパタする。
「んーーー」
「ああっごめん、つい」
「んー、ケイタだったらいーよー」
ちょうど追いついた兵士たちがどよめく。
「ついにエシュリア様も結婚か?」
「見た目は良いがひ弱じゃ」
「俺たちのエシュリア様に何しやがる」
愛されてるねえ、エシュリア。帰国して間もない新規編成の兵士たちの反応を見て安心すると同時にあまりエシュリアと接触しないようにしよう、と心に誓う。
「お返しっ」
エシュリアに抱きつかれた。兵士の殺意が膨らむ。そしてしぼんだ。はい?
「あの身体値、グァースだ」
「グァースならしょうがない」
待っておかしいでしょ。
「エシュリアさん、あのね、フィーラさんが悲しむからやめて」
エシュリア、硬直。抱擁から抜け出す。
「あんまりあれだと友達もやめるよ?」
「ごめんなさい」
耳と尻尾を見てしまった。しょうがない。
「うん、仲直り」
エシュリアの手を取り握手。
「エシュリア様が引いた、だと⁉︎」
「ありえないものを見た」
「グァースとは調教師という意味だったのか」
兵士たちのエシュリア評が酷すぎる。それもまあ親愛の結果、か。
エシュリアたちと別れ、城へと向かう。ここでもゲートチェックなし。バックパックだけは預けてそのまま謁見の間へ。いいのか?
「ケイタヴァーデングァース、だな?」
フェーダ王アルフォンス・フェーダ。代々同じ名前なんだそうだ。
「はい」
「ガルグォインヴァーデンズィーク親書、確認した。フェーダへの助力、感謝する」
頭を下げたまま聞き続ける。
「グァースにはフェーダ前線にいるグンダール魔法戦士団の無力化を依頼する。可能か?」
「はい」
短い返答に謁見の間にいる王以外の貴族たちがざわついた。チャラチャラと勲章のたくさんついた軍人らしい人が俺に詰め寄る。
「我らができなかったことをお前一人でできるというのか?」
「はい」
返答が気に入らないようで俺の胸ぐらを掴む。
「やめぬかイェルド将軍」
脇にいた白ひげじいさまが言う。
「しかし……」
「エシュリアから送られてきたグァースの記録、読んでいないのか?」
あー、多分読んでいないんだろうなあ、と思う。あるいは読んでいても信用していないのか。
「リッザのファーレン殿との素手での組手で圧勝、その直後にやったエシュリアも太刀打ちできない武人。よくぞ胸ぐらを掴みにいったものよ」
白ひげのじいさまが腕を組んだまま言う。偉い人、かなあ?
しかしこの状況、絶対面倒くさいことになる。どう答えてもこの将軍に恨まれるってやつだ。詰んでる。
「息子よ、そもそも国賓に対するこの扱いはまずいだろう」
あ、先代ですか。なるほど、それは偉い人だ。
「しかも、ケイタヴァーデングァースはフィーラルテリアヴァーデンの婚約者。どうすべきか、わかるな?」
「そうですな。捕縛せよ! 対象、イェルド! そのまま投獄」
フェーダ王が高らかに宣言すると、兵士が一斉にイェルドに群がり、ロープでぐるぐる巻き。そのまま引きずられる。イェルドは口もロープで巻かれているので声も出せない。
展開が急過ぎてよくわからん。
「すまぬな、グァース殿。利用させてもらった」
先代王がニコニコしながら言う。
「いえ、それは構いませんが……もう私は戦場に向かってよろしいでしょうか?」
「ずいぶんと急ぐのじゃな」
「エシュリア殿との約束がありまして。グンダール相手に私の本気を見せるから組手を勘弁してもらいました」
「なるほど。それは急がねばエシュリアがへそを曲げるな。後のことは儂に任せて」
「いや、まあ、任せるも何も……いや、お願いします。それでは」
面倒くさくなったので頭をさげて退出。さっさと城をあとにすることにする。
政治的にややこしい話が増えてくるのは偉くなった証拠とはいうものの、17歳の若造にそんなの頼るなよとも思う。
もうフィーラさんが恋しいです。俺あと7日、戦えるのかな……。
エシュリアを追って移動。軍の足は遅いので上から見れば一発でわかる。適当なところで降りて、エシュリアの隊に合流。
「おーケイター待ってたぞ―」
「おまたせしました」
軍装のエシュリア。軽装の革鎧と長い髪を高めの位置でポニーテールにしてある。で、尻には尻尾。
「あれ? さっき髪そのままだった気が……」
「戦闘するからね。ところでケイタ、礼装のままだがどうするの?」
「天幕張ったらそこで着替える」
「そか。一応兵站の馬車あるけど使う?」
「狭いよねえ……やっぱり後でいいや」
てくてくと歩きながら移動。馬は貴重な動物で、輸送には使うが軍馬という考えはないらしい。ヴァーデンでもそうだった。
エシュリアと俺のそばには兵士はいない。おそらくエシュリアが人払いさせたのだろう。ということはややこしい話をするつもり、だ。
「なあ、ケイタ。なんでフェーダに来たの?」
「魔法戦士隊、おそらく俺のクラスメートだ。フェーダに尻拭いさせるわけにはいかない」
「それだけの理由で? ヴァーデン、グンダールと和平の話が出てるんでしょ?」
「一応出てるね。返答を引き延ばさせてる。俺は拒否すべきだって言ったんだけど、どうなるかはズィーク次第、だね」
エシュリアは俺をまじまじと見る。
「ケイタ、いろいろ考えてるんだねえ」
「エシュリアさんは考えなさすぎです」
「ところでさ、なんであたしの名前にさん、をつけるの?」
「あー……ヴァーデンでは異性の名を呼び捨てにする=家族なので結婚、らしいです。そのくせが付きました」
「そうなんだ……ケイタ」
「イヤです」
「即答された!」
「当たり前です。私の婚約者フィーラさんですよ? わかってます?」
「あ……」
尻尾と耳の反則攻撃。
「二人だけの秘密にしておきますから、注意してくださいね」
「わかった。そういう意味なし、でケイタって呼んでいい? あとあたしはエシュって呼ばれたい」
なんかエシュリア、喋り方が違うんだよな。以前あったときは俺女だったのに。
「……まあ、ケイタ、はいいですよ。でも俺はエシュリアさん、と呼びます」
「えー……」
すごく不満そうに口を尖らせる。
「それならケイタ呼びも禁じますよ? ケイタヴァーデングァースと呼べ、って」
「うー、わかった。エシュ呼びは諦める」
「はい、いい子」
頭をつい撫でてしまった。嬉しそうな尻尾を見る。
「んーーーー」
なんか、大型犬を相手にしている気になる今日このごろ……それでいいのかエシュリアさん。