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26 動き出す

 疑うもんだからしょうがない。フィーラさんと二人で客間に戻ってに三倍ケイタさん大好き拳タオルを持たせてみた。大変なことになった。洒落にならなかった。

 タオルを無理やり奪い取って、その場で霧消(ディシペイト)で処理。奪い取りまでのあいだに抱きつかれて耳舐められるという大騒ぎ。そのあと恥ずかしくなったフィーラさん自室に籠もっちゃった。疑うフィーラさんが悪い、俺悪くない。

 俺悪くないけど部屋に行って説得。

 ドアをノックする。

「ケイタです。フィーラさんいますか?」

 返事なし。

「ケイタです。フィーラさんいますか?」

 まだ返事なし。

「ケイタです。フィーラさんドア開けてくれないならここで服脱ぎます」

 返事なし。

「ケイタです。ちなみに大山、相田、高木の3人娘がここにいます。まずはシャツ脱ぎますね」

「きゃーーーー」

 三人娘の嬌声と同時にドアが開いてすごい勢いで引きずり込まれた。勝利。サムズアップを三人に送る。後でお礼しないとね。

「ケイタさん何しようとしてるんですか!」

「フィーラさんのためならなんでも」

 真っ直ぐ見つめるとだんだん俯いて、手を組んで親指ぐるぐる。フィーラさんの困ったときの癖の一つ。

「あのね、フィーラさん」

「いやいやいやいや恥ずかしい」

「何が?」

「だって、だって……」

「それだけ、俺のこと好きだったんでしょ。じゃあいいじゃない。俺にしか見られてないんだもん」

 そっと抱き寄せて、おでこにキス。フィーラさん目を閉じて顎を上げて。

「ん」

「わかりましたよ、お姫様」

 苦笑交じりに唇を寄せ、少し長めのキスをする。

「魔法のキスで機嫌は治りましたか、お姫様?」

 少し顔を離して、問いかけてみる。

「ばか……」

 胸の中で小さく言われた。

「じゃあ、俺は部屋に戻りますね。おやすみなさい」

「……いくじなし」

 小さく言われた言葉。聞こえないふりをしてそのまま外に出る。

 ドアを閉じてからため息一つ。

「そうだね、いくじなし、だね」

 小さくつぶやいてから、部屋に戻った。


 翌々日、山岡のリッザへの亡命が認められ、リッザへ出立することになった。まあ、体のいい厄介払いではあるものの竜殺し殿が後見人になるということなので身の安全は確保できただろう。

 俺と相田、大山、高木で城門前で見送ることにした。

 馬車がくるまでしばらくかかるというので少し話し込む。

「栗原……その……ごめん」

「ん? なんの話だ? よくわからんな」

「いや、その……お前の義理の母を」

 そこに被せるように答える。

「あー、あれはちょっとしたサプライズだったな。大丈夫大丈夫。なにもなかったんだから」

 ゆっくりと顔をあげる山岡。サムズアップしてニカっと笑いかける。

「そう、だから大丈夫だ……何かあったんだとしたら、今、お前はここにいないよ」

 実際ちょっとバタバタはした。全部俺の権限で却下するように処理したり、もみ消したり。まあ、ルテリアさんも罰を望んでなかったってのもあるんでそれほど大変ではなかったが。

「……え?」

「何もなかった。お前も何もしていない。だから、忘れておけ。な?」

「栗原、もしかして、私のために……?」

「んー……いやほら、元同じ世界の人間がなにかをやらかすって俺の立場が悪くなるから、ってことにしておいてよ」

 山岡は俯いて小さく何かをつぶやいた。遠すぎて聞き取れなかった。

「えっと……みんな少し目をつぶっててくれる?」

 山岡が俺と三人に言う。三人は顔を見合わせて頷いてた。

「俺も?」

「できれば」

 しょうがないので目を閉じる。山岡が近寄る気配がする。殺気はないので無視していたら首に手を回して抱きつかれた。耳元で囁かれる。

「いろいろ、ありがと。あれから考えたんだ。私、たぶんね、栗原のこと、好きだったんだなあって。そして、これでお別れなんだなあ、って。私は、王族の暗殺未遂者……だもんねえ。だから、最後に」

 少し離れる気配。唇に柔らかい感触。

「フィーラさんにも謝っておいてね、さよなら」

 耳元で囁いて山岡が離れる。

「あー、ありがと。もう大丈夫よ。スッキリしたわ」

「……俺はあんまり、スッキリはしないな」

「えー、いまいちだった?」

「そういう問題じゃない。俺の立場も少しは考えてくれよ」

「しょうがないじゃない。衝動のまま突き進む。それが愛ってものだもん」

 山岡はそう言うと首を傾げ、微笑み、静かに泣いた。

 馬車が着く。

 三人が山岡を囲む。俺は少し離れてそれを見る。

 やがて山岡は手を振って馬車に乗った。手を振り返す。

 馬車は走り出す。

 見えなくなるまで、そこにいた。


 それから三日後、朝からバタバタしている城内。部屋を出るとちょうどフィーラさんが通りがかった。

「何があったの?」

「グンダールから和平の申込みがありました」

「へー、へ?」

「国境線をグンダール側へ寄せ、村を一つこちらにくれるそうです」

「……人族の村、だよね?」

「そうですね。国境付近ではよくあることですよ」

 どうもヴァーデンは魔族の単一民族国家だと思ってしまうのは俺が日本人だからかなあ。

「父は受けるつもりのようです」

 ということは戦争は終了、と。でもフェーダ・アルピナはどうするんだ?

「あと、フェーダの駐留司令がエシュリア様からリーリエ様に代わるという連絡が来ていてバタバタしているんです」

「あ、ごめん、忙しかったよね。ごめんね」

 フィーラさんは会釈をするとパタパタと走っていった。

 ところで、リーリエって、誰?


 疑問は夕食の場で解決。

「リーリエはエシュリアの元部下でやはり獣人族の女性。エシュリアを3割ほど割り引いた人だと思えばいいわよ」

 ざっくりとしたルテリアさんの解説。エシュリア3割引って言われてもなあ……。でもフェーダがエシュリアを召還したってことは、フェーダ・グンダール戦線は膠着状態からややフェーダ不利、ってことか。

「グンダールが魔法戦士隊を整備して対フェーダ戦線に投入したという情報が来ている」

 ガルが書類を見ながら話す。魔法戦士隊……すごく嫌な予感しかしない。

「多分、ケイタのクラスメートたちだ」

「だよねえ……俺フェーダに助力に行きたいところなんだけど、まずいかな?」

「難しいな。フェーダから正式に依頼が来たら考えるが、現時点ではちょっとな……うちはグンダールの和平提案を受ける予定だからなおさら難しい」

 ガルの立場からしたら戦争継続はない、か。

 考えをまとめるまでの間を埋めるためにあまり考えなくてもいい質問を投げておく。

「ところで、フィーラさんの呼び方、どのタイミングで変えたらいいんだろ?」

「好きにしろ。式挙げた後は絶対に変えなきゃだめだが、今からでもかまわん」

 ぶっきらぼうなお義父様(おとうさま)ですこと。

「はあ、わかりました。そのうち検討します」

 フィーラさんがこっちを見ていて、がっくりする。いや、ごめん。まだ、なんだよ。まだ。

「ところで部屋どうするの?」

「はぁ⁉」

 ルテリアさんの問いに変な声出しちゃった。いや考えまとめさせてくださいよ……。

「いや、だってもう夫婦みたいなものじゃない。一緒でいいわよね?」

「いや、まあ……えーと……」

 ちょっと照れる。

「これが、現在のヴァーデンにおける最強の戦士なんだからねえ」

 ルテリアさんにからかわれる。

「うるさいですよ、お義母様(おかあさま)

「んふふー、すごんでも怖くないもの。かわいい」

「……とりあえずですね、式が終わって正式な夫婦になるまでは今のままで。どうせしばらく準備にかかるでしょう?」

「そうでもないわよ? 明日でも式はできるように準備してるもの」

「それは参列者が大変じゃないですかね?」

「んー……たとえば?」

「フィーラさんとのことを考えるとエシュリアさんとか呼ぶべきでしょうし。でも召還されたってことは前線送りでしょ?」

「まあ、そうだろうな」

 ガルが溜め息混じりに言う。その間に大雑把には考えがまとまった。和平は、ありえない。

「やはり、だめだな。この選択はない」

「……ケイタ、何をする気だ?」

「敵はグンダール。俺はグンダールを滅ぼすもの。完膚なきまでに叩き潰し、二度と立ち上がれないようにしてやればいい」

 フィーラさんが俺の腕をそっと掴む。

「一時の和平になんの意味がある? ルヴァートを潰さなければあいつはまた異界召喚(トランスポート)を行い戦力を増強、いずれヴァーデンは陥落する」

「……我々は争いごとを好まない種族なのだよ、ケイタ」

「知っている。だからこそ私がやる。私はすべての魔族のための盾となり、剣の切っ先となる。グァースという生き方は、そういうものだろう?」

 知らない間に笑っていたようだ。フィーラさんの手の力が強くなる。

「ケイタさん……それは違います……そんな生き方、誰も望んでいません」

「だが、誰かがやらなければヴァーデンは滅ぶ。ルヴァートの悪意によって、な。間近でその悪意に晒された私がルヴァートの悪意を叩き潰す。それもまた運命ではないかね?」

「ケイタさん、だめ!」

 ギュッと抱きつかれた。

「あ……いや、すみません。疲れていたようです」

 ガルが複雑な表情で俺を見ている。

「ケイタ、お前……いや、なんでもない」

「ただ、俺はこの和平交渉、蹴ったほうがいいっていうのは変わらない。単に侵略される時期を後ろにずらすだけだ。それだけならまだいい。おそらく、リッザ・アルピナ・フェーダとの関係も悪くなる。ヴァーデンだけ一抜けた、は他の国にいい印象を与えない」

 ガルはしばらく考えている。

「我々には資源がある。対立は資源の枯渇を意味する」

「資源を奪い取るためにヴァーデンを滅ぼすという手が一番合理的だと考えたグンダール、その合理性を他国も採用しかねないんだ。()()()()()()()()()()()()()

 自嘲的な笑い。そう。俺らは残酷だ。平和を愛する魔族とは違う。

「だからこそヴァーデンはここで抜けるべきではない。ケイタヴァーデングァースは宣言したとおりすべての魔族のための盾となり剣の切っ先となる覚悟がある。そのうえで返答を考えてくれ、ガルグォインヴァーデンズィーク」

 夕食の席を立ち、客間へ戻った。

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