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25 救われた魂たちの邂逅

 しばらく待っていると、三人の医療兵士が来た。山岡を引き渡す。

 その後、隣の部屋へ移動してフィーラさんに会う。

「ケイタさん、嬉しそうですね」

「イインチョ、どうにかできそうなので」

「よかったー。あのままじゃかわいそうです」

 フィーラさんはそういう人なんだよなあ、といつも思う。眠っているイインチョに近づいて【解析】を左手薬指の爪限定で起動。


〈解析結果〉―異常状態を検出


 絶対評価は能動解析ではないため非公開。

 精神に対する複数の異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。

【好意増幅:対象クリハラケイタ】を確認。


 複数だと……? あ、そうか。【無気力】!

「フィーラさん、イインチョ【無気力】まだ履いてると思うんで、脱がしてもらっていい?」

「あ……えーと、ケイタさん、あっち向いててくださいね」

 言われたとおり後ろを向く。暫く待つ。

「はい、どうぞ」

 フィーラさんに呼ばれ、再度向き直って【解析】。


〈解析結果〉―異常状態を検出


 絶対評価は能動解析ではないため非公開。

 精神に対する複数の異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。

【好意増幅:対象クリハラケイタ】を確認。


 眉間にシワが出ていたようだ。フィーラさんが心配そうに覗き込む。

「どうしました?」

「ちょっと予想外の結果が」

 大雑把に見直す。頭→胴体→左足→右足→右腕。反応あり。右手→右手中指→爪。また爪、か。


〈解析結果〉―異常状態を検出


 絶対評価は能動解析ではないため非公開。

 精神に対する複数の異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。

【憎悪:対象魔族】を確認。


『憎悪は対象を憎悪する』


 魔族がメインの戦場へ送った兵士に憎悪。そりゃあよく戦うだろうよ。クソッタレめ。

 でもなぜイインチョだけ? あいつらには憎悪はなかった。

 というか、他にもあるならたまらんなこれは……ただ爪ばかりなので生体には打ち込めないのか……? 髪の毛とかは抜けやすいから爪を利用した…んだろうなあ。

 念のためにまだ【解析】していない他の指の爪、右手薬指、小指、左手の薬指以外、足の爪全部を見ていく。

「ケイタさん?」

 眉間にシワのまま考え込んでいたようだ。フィーラさんが心配そうに肩に手をかけてきた。

「酷い話だ。【好意増幅】【憎悪】という心理操作を受けている。イインチョ、思考力が高いから外部からの心理操作に理性で抵抗してぐちゃぐちゃになってるんだろうと思う」

「【好意増幅】? 【憎悪】?」

「【好意増幅】は、俺に対する好意があればそれをさらに増幅させるらしい。

 【憎悪】は単に対象を憎悪する。対象は……魔族」

 フィーラさんが口に手を当てて固まっている。

「え、じゃあ、彼女は……」

「そう。殺したいほど憎いやつに世話をされる屈辱という感情を抱えている、と思う。でも彼女は聡明なので人種差別はありえない、とも思っているだろう……ライティングデスクに綺麗なタオル、おいてもらえる?」

「どうするんですか?」

 と言いながらもフィーラさんはタオルを置きに行く。

「そのタオルに【好意増幅】【憎悪】を移動させる」

 まずは【憎悪】を、そして【好意増幅】を移動させる。


 〈移動結果〉―成功


 解析しクリアになったのを確認。移したタオルは霧消(ディシペイト)で分解しておく。これであとはイインチョを起こすだけだが、その前に拘束衣を着替えさせたほうがいいかな。

「フィーラさん、もうイインチョの精神操作は取り除いたから、拘束衣を普通の衣服に変えてあげて。苦しいと思うんだ。あと清拭してあげて。このあたり、俺、できないから」

「あら、やりたかったんじゃありません?」

 いたずらっぽく笑うフィーラさん。

「以前だったらね。今は、フィーラさんにならやるけど、ね。何かあったときのために後ろは向いているけど……多分なにもないと思うんだ」

「はい、わかりました」

 フィーラさんは手早く清拭の準備と着替えを用意する。あー、やはりチューブトップなやつかー……まあイインチョくらいなら大丈夫だろ、多分。


 清拭も終わり、着替えさせた状態。まだベッドで寝ているが、心なしか楽になっているように見える。

「さあ、イインチョ、起きようぜ。栗原が迎えに来ましたよ」

 横について耳元に囁く。

「ん? 栗原……くん?」

「そうですよ」

 ゆっくりイインチョは起き上がり、そして立ち上がる。微笑みながら、俺に近づく。

「私はイインチョじゃない。高木可奈美。カナって呼んで」

 ギクリとする。まさか、まだ残っている?

「なんてね……ごめん、ちょっとした悪ふざけ、よ」

 俺に抱きつき、そのままワンワン泣き出した。

「怖かった! 私が私じゃなくなるかもって! 嫌われたらどうしようって!」

 あー、困ったな。うん。天井見上げて顎を掻き、視線をフィーラさんへ。フィーラさん、怒っているような、泣いているような、複雑な表情。イインチョの肩を両手で抱き、そっと引き剥がす。

「無事で良かったよ、イインチョ」

「あのね、栗原くん。もうここは学校じゃないから、その呼び方、やめて」

「そうか。うん、わかった。高木、でいいかな?」

「……カナ、がいい」

「それは、ちょっと」

「なんで、ダメなの?」

 かつて淡い恋心のようなものを持った、そして俺が利用しようとした人。この人を傷つけるのは二回目、か。最低だな俺。

 涙をいっぱいためている高木に告げる。

「俺、グンダールを叩きのめしたら、結婚する」

「……え?」

「結婚するんだ、俺の命をかけてもいい人と。その人が笑って暮らせるようにするために、今俺は()()()()()()()

「なん……で? どう……してよ……なんでなのよ、なんでなのよ! なんでなのよ!」

 俺の胸を叩きながら泣く。やがてその手も止まり、泣き声も小さくなった。手を離し、少ししゃくりあげる。

「ふー、スッキリした」

 泣き笑いの顔で俺を見る。

「あーあ、振られちゃったかー。私の初恋だったんだけどなー。で、私みたいないい女を振ってまで選んだ女性って、だれ?」

「フィーラルテリアヴァーデン、この人だ」

 少し離れたところで様子をみていたフィーラさんがお辞儀をする。

「はじめまして、っていうのはおかしいかしら。フィーラルテリアヴァーデン、です」

「高木可奈美です……栗原くんって小柄な細い人が好きだったんだ。じゃあ私だとちょっと無理かなあ」

「違うな。好きになった人が、たまたま小柄で細かったんだ」

「……そういうところ、栗原くんらしいよ」

「そりゃどうも。ところで高木、お前、これからどうするか、を決めよう。選択肢は3つ、かな?

 1.グンダールに戻る。お勧めしません。

 2.ここに残って暮らす。

 3.ここに残って戦争に行く。

 2がおすすめだな。相田、大山と暮らすことになる。3だと多分俺の下に組み込まれ、こき使われるぞ。あと死ぬかもしれん」

 ざわつく心を抑え込み、いつもどおりに接する。そう、それは俺が悪い。すべて、俺が悪いのだ。

「うん……2か3、かな」

「わかった。2だな。了解だ。よし飯だ。行くぞ高木」

「え、え、え?」

「肉肉しいのとお上品なの、どっちがいい?」

「え?」

「ちなみに肉肉しいのはうまいぞ。お上品なのもうまいぞ」

「あの……えっと……」

「よし、俺が肉食いたいから肉。行くぞ!」

 右手にフィーラさん、左手に高木の手を取り、兵士食堂へ突撃する。テンション高くしていなければ、俺は多分ぶっ壊れる。


 兵士食堂はいつだって満員。

「すいませーん3人分くださーい」

「お、ケイタヴァーデングァース! 来たね」

 肝っ玉かーちゃん料理長のお出迎え。美味いんだここ。

「おやお嬢じゃない。珍しい。それとそちらの人族さんは?」

「あー、私の学友です。素敵な子でしょう?」

「さっきもルテリアさんが二人連れてきてて、あそこにいるわよ」

 今日のメニューは薄切り肉を溶き卵の衣で揚げ焼きにしたピカタ、ざっくり切られたレタス、ショートパスタにチーズソース。ジャンク万歳!

「おーおー面白色男、今日は両手に花かよ羨ましいなあ」

「あっちのもお前の知り合いだろ? お前の世界、可愛い子多いんだな」

「いつ結婚するんだよ面白色男」

「まさかお前本妻二号三号四号ってことか?」

 こいつにはショートパンチをボディにぶっこんでおきました。

「言っていい冗談と悪い冗談がある。これは愛の躾」

「すみませんでした!」

「わかればよろしい」

 フィーラさんが肩をツンツンする。

「ケイタさん、いつの間にこんなに仲良くなったんですか?」

「暇な時には散歩して一緒に遊びますし、軍事行動しますからね」

 トレイに三人分載せて、奥のルテリアさんと合流。

「あー、かなぴー元気になったんだー」

 相田が高木にブンブン手を振る。

「うん、大山さん、相田さんも無事だったのね」

「無事……かなあ? まあ無事、かな? あんな姿で耳引っ張られたけど」

「あー、それあたしも―! 栗原ひどいよー」

「私もよ」

「あんな姿……?」

 フィーラさん、いや、そこは追求していただきたくないところなのですが、えと……あ……高木さん? なに耳打ちしてるんですか? あ、フィーラさん、ちょっと待ってくださいね。トレイテーブルに置きますね。

「ケイタさんの、えっちー! ばかーーー!」

 エシュリア直伝のいい左ボディフックが入りました。


「だってさ、ルヴァートな何仕込んでるかわかんないし無気力セット付けるには仕方ないんだもん」

「だからって、女の子全部脱がす人いますか」

「……じゃあどうすればいいのよ。無気力なしで優しく揺すって起こせって? 好き好き大好きビーム乱射してくる人にそんな優しいことしたらもっと大変じゃんか」

「なにそれ? 好き好き大好きビームって」

「あー……じゃあ、後で体験させてあげるよ」

 大山がふるふる首を振る。

「あれは……だめ……すごいの。醒めた後辛いの。自分が自分じゃない考えに支配されるのって……あ、でもフィーラルテリアヴァーデンさん、栗原の婚約者だっけか。じゃいっか」

「フィーラでいいですよ、オオヤマさん」

「んー、じゃあ私も美樹でいいわ」

「はい、ミキさん」

「じゃあ、あたしはかなっちだ」

「カナッチさん」

「さんいらないよー、フィーちゃん」

「あのね、相田……ここで問題だ。ルテリアさんがお妃で、俺の婚約者はその娘。ここまで言ったよな? そしてその婚約者はフィーラさん。フィーラさんのこの国での立場を述べよ。20点」

「……え、え、えーーーーー‼」

あー、まあ相田だしな……。

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