22 魂を救うために
半裸の子を簀巻きにして飛んでいる。そのために速度は出せない。いや出してもいいんだけど風邪とか引かれたら後が面倒すぎる。結果ヘロヘロ飛ぶことになる。このところ忙しくてじっくり取り組めていなかった思考の整理を行う。
このところ考えている物事の一つ、ガルの言う「戦場では魔術の効きが悪い」というのは何なのだろう。
魔族はその豊富な潜在魔力性能から攻撃魔法の使い手としては優秀なはずだ。実際小規模戦闘ならかなり強い。グンダールの城から脱走したときのガルは無双状態だった。
大規模な戦場では本当に魔術が飛んでこない。例外は俺とクラスメート達。異世界の人間は優秀な潜在魔力性能を持つ、とはルヴァートの言。
しかし潜在魔力性能ならガルのほうがイインチョより遥かに上。イインチョや相田、大山、山岡、はわりとポンポン使っていたけど、ガルは使わない。この謎。ずっと考えているが、答えはない。
俺はこの世界における神々に対する信仰ってのをまともに見たことがない。グンダールでは城から出ていないからしょうがないが、ヴァーデンには神殿やそれに類する施設がない。
自分の意志である程度の奇跡が起こせる世界で聖人だの神だのってのは違和感があるわけだけども、それでもなぜか神の概念はある。いや、まあ百歩譲って神の概念はある、としよう。その神の概念が存在していてある程度文明が進んでいるにもかかわらず、聖職者はいない。この気持ち悪さ。
文明が進むと人の作業は細分化する。当初は全て自分でこなすのが当たり前。耕し、狩りをして食料を得、自分で服を作り、家を建てる。そのうち農民、狩人、調理人、機織り、仕立て屋、大工等いろんな商売が生まれ、分業し社会を形成する。そのときに神に対する感謝を代行する聖職者ももちろん生まれるはずなのだ。
ガルに以前聞いたときには「神々は我々の心の中に共にあるものだぞ」と不思議そうに言われた。かといって世界の全てに神が宿るようなアニミズムに近い考えなのかというとそうでもない。
心の中にそれぞれ神々の欠片のようなものがいる、と考えているようなのだ。その欠片の量が潜在魔力性能に影響すると考えている城詰め兵士もそこそこいた。
じゃあ、異世界転移した我々はなぜ潜在魔力性能を持つのだろう。神々と共にあったことはない異界人の我々に神々の欠片が存在するという謎。
魔族は人族より潜在魔力性能が高い事が多い。その場合は神々を多く体に宿しているということになり、神により近い存在だということなのだろうか?
城詰めの兵士と話していてそんな選民思想を感じることはない。
理詰めで考えていくと矛盾だらけなのだが、彼らはあまりその矛盾を感じていない。種族の性格的なものなのだろうか?
周りに人族がいないのと魔族のサンプル数が少ないためどうにも答えはない。一旦心の中にしまっておいて潜在魔力性能とはそういうものだ、ということにしておくしかない。便利だし。
ルヴァートの考えがわからない。この俺に対する好意を埋め込んだクラスメートを前線に配置した意味。
イインチョの事を考えると心が痛い。おそらくこんなことがなければ表に吹き出すこともなかった感情。あの教室に今もいたとしたらどうだろう。だが俺はイインチョじゃないから彼女の本当のところはわからない。
相田、大山、山岡はもともと俺にさほど好意を持っていなかったのではないだろうか。だからイインチョに比べると反応が雑で薄い。
とはいえこの4人はどうにかして救いたい。
かつての仲間が貶められているというのは俺の夢見が悪い。
そんな事を考えながらヘロヘロ飛んで、城に到着。
「また、ですか……」
城詰めの兵士が簀巻きを解いて中身を見てため息。
「ええ、私のクラスメートです。彼女たちのほうが軽症ではありますが、拘束を解かずに監禁の方針で行きます。まずは地下牢へ」
また簀巻きにされて地下牢へ担ぎ込まれていく。
それを見届けてから風呂。汚れを落としてからフィーラさんが面倒を見ているイインチョの部屋へ。いまはイインチョは俺のいる客間の隣の部屋を改造した監禁室にいる。
「ただいま」
「おかえりなさい、ケイタさん。イインチョさんはずっと微睡んでいます」
「そう……あと3人増えます」
「え……」
「全部女性。おそらく思考をいじられて、俺への好意を無理やり植え付けられています」
フィーラさんが俯く。
「かつてのクラスメートですが、それ以上ではありません。この好意もおそらくは偽物です。だから安心してください」
「そんなこと心配してません! ケイタさん、喋り方、おかしい。そんな他人行儀な喋り方するの、どうして⁉」
フィーラさんに指摘されて気づく。精神のバランスが狂い始めている。おそらくは虐殺と、尋問と。そしてこれからのことと。
両手で頬をパンパンと叩く。
「あー、ごめん。風呂でリセットできなかったかー」
悩みは多い。だがそれをフィーラさんに見せてどうする。反省。
フィーラさんが寄ってくる。両手で頬を包み込まれる。
「ケイタさん。辛いことがあるなら、我慢しないでね。私はそのためにいるの」
「ありがとう。そうだね、ありがとう」
そっと抱き寄せる。ほのかな温もり。
「この4人、俺への好意を誘導されている。これからしばらく不快なことがあるかもしれない。だけど信じていて欲しい」
「はい、私はケイタさんを信じます」
「ありがとう……ただ、たぶん3人はたいしたことは起きないと楽観している。問題は、イインチョ、だ」
フィーラさんはしばらく下唇を噛む。その後聞いてきた。
「イインチョさんは、ケイタさんのことをどう思っていたんでしょうか」
「俺はイインチョじゃないからわからない。でも今日捕まえた3人と比べると明らかに……ね。自惚れかもしれないけれど、好かれていたのかもしれない」
「……ケイタさんは、どう思っていたんですか?」
「んー……そうだなー、好きだったかもしれない」
「かもしれない……? 自分の心なのにわからないんですか?」
「俺はフィーラさんと出会って人になったようなもんだからなあ」
「どういう意味ですか?」
これを言葉で伝えるのは難しい。
「うーん……人を好きになるっていうのは、まあ、本能だと思うんだよね。
でも、その好きになった人のために生きるっていうのは、本能じゃないと思うんだ。
正直なところ、出会いのときにやらかした勘違いとその贖罪って部分も多少あったよ、最初は。
今は100%フィーラさんが幸せになれるように生きたい。そう思ってる。それが出来るようになったから、人になったんだと思ってる」
じっと聞いているフィーラさん。そっとその頭を抱き寄せる。
「最初の本能での好き、と、人になってからの好き、は言葉は同じでも意味と重さが違う」
俺を見上げるフィーラさん。そっと口づける。
「とりあえず、3人の状態を見てくる。フィーラさんはイインチョをお願い」
「はい、お任せください」
微笑むフィーラさん。離れたくないけれどもやらなきゃならない仕事をする。
地下牢へ降りる。
まずは相田加奈子から。
……もう学校なんて関係ないのに出席番号順に処理しようとしている自分に気づいて苦笑する。
地下牢のベッドに半裸状態のまま気絶状態で横になっている。そういえば、俺にはこんな技能があったな、と思い出して【解析】してみた。
〈解析結果〉―異常状態を検出
絶対評価は能動解析ではないため非公開。
精神に対する異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。
異界の人の俺にとって技能は生まれたときから周りに普通にある能力ではないのでついつい忘れがち。一時期は自分に【解析】を入れるのを日課にしていたんだけど、情報が全く更新されなくなって見るのをやめてしまったらすっかり忘れてしまっていた。反省。
この【解析】は非常に強力な技能だ。なぜこれが俺に与えられたのか。神々の思惑とは? いや本当に神々というものは存在するのか。
……思考が横にそれた。部位を絞っての解析を推奨とされたが、どうやるのだろう。集中する範囲をコントロールするのか? 頭を中心に、と念じながら【解析】。
〈解析結果〉―異常状態を検出
絶対評価は能動解析ではないため非公開。
精神に対する異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。
頭部には原因なし。
出来た。この調子で細かく見ていく。左腕→左掌→薬指→爪。ビンゴ。
〈解析結果〉―異常状態を検出
絶対評価は能動解析ではないため非公開。
精神に対する異常操作を確認。部位を絞っての解析を推奨。
【好意増幅:対象クリハラケイタ】を確認。
『好意増幅はもともとある好意を増幅させる』
大山、山岡も左手薬指の爪に仕込まれていた。部位についても何かの意味があるのかもしれない。対応策を考えながら、一度戻りつつルテリアさんを探す。
王室食堂前でルテリアさんを発見。
「ルテリアさん! ちょっとお願いが。もう一室、客間を用意してほしいのです。今回の部屋は家族向け……で大丈夫かな、たぶん。3人で使える部屋、で」
「そりゃここは部屋あるから大丈夫だけど……まさか、また?」
「いいえ。イインチョほど酷いケースじゃないですし、多分、治せます。そしてこれがうまくいくなら、イインチョも」
「あら、そう。それはよかったわ。じゃあ客間は用意しておくわね……そうね、イインチョさんの部屋の隣、あそこベッド四つ入っているから、そこ使うといいわ。準備が出来たらケイタさんの部屋に行くので待ってて」
「ありがとうございます。そのときに服とタオル、お湯を用意してもらえますか」
「服は、体格がわからないと難しいわね」
「あー……大雑把には背丈ならフィーラさんより頭半分位小さいの、頭半分大きいの、俺より頭半分大きいのって感じですね。太っている子はいないけど、魔族に比べれば多分ふくよか、です」
「ゆったりとしたやつでいいならなんとか出来るかしら。ほら、最初に会ったときにフィーラがお風呂で着たやつ」
「……ああ、あれですか。はい、あれでお願いします」
ちょっと心が痛む記憶を掘り起こされる。まじまじと見ていたわけではないけど、チューブトップ形状だった記憶。
「ケイタさん、かわいいわね」
「……ありがとうございます。あと、清拭してあげたいのでタオルとお湯の用意してもらえると助かります」
「いいわよ。じゃあ後でね」
ルテリアさんは手を振りながら去っていく。
「ありがとうございます」
深々と礼をした。
「んもう、家族みたいなものなんだから、遠慮しないの」
戻ってきて肩を軽く叩かれた。
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