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21 弄られている魂たち

 イインチョの状態はかなり悪い。錯乱し、困惑し、攻撃的になり、無気力になる。

 魔族を見ると錯乱するために全身拘束を行った。さらに視覚、聴覚を奪った上で継続的な気絶(スタン)で意識を奪うという処置をしている。

 それは本意ではないが、俺がイインチョの世話に当たるわけにもいかない。気絶している間、彼女は悪夢をあるいは幻想を見る。

 願わくば幻想であり続けることを。

「ケイタさん……イインチョさんの面倒はちゃんと見ておきます。大丈夫」

「すまない、フィーラさん。こんなことをお願いするのはひどいことだと思うが、俺にはあなたしか頼れない。だが……いや、そうだな」

 フィーラさんをそっと抱き寄せ、キスをする。

「俺の魂は、あなたのためにある。俺は、必ず、ここに……愛する人のところに帰ってくる」

「はい。待ってますよ。大丈夫。信じています」


 またあの戦場へ。ディルファの哄笑を響かせる、あの戦場へ。

 今日はガルは城で事務仕事。組織上、俺が現場トップ……ということなのだろう。いろいろな情報が上がってくるが、読めないので口頭報告を指示する。

「グァース、お気をつけください。何かがおかしい」

 斥候からの報告。

「何か、とは。具体的にお願いします」

「明らかに兵士の数が少ない。隙間が多すぎます」

「……何を狙っているのか突っ込んでみなければわからないですね。わかりました、行ってきます」

 【変身】し、飛び込む。ディルファが手の中で歓喜の歌を高らかに歌う。

 兵士の数は明らかに少ない。その割に魔術が飛んでくる数が多くカウンター処理が煩わしい。耐魔術障壁(アンチマジックシェル)が欲しい。

―主、足りぬ

「ええい、面倒くさい。ならば、こうだ」

 ディルファを戻してからリミッターを自分の意志で一気にぶち抜く。体が悲鳴を上げる。血涙を、鼻血を、血反吐を吹き出す。

 半径2kmの気絶(スタン)増強(ブースト)範囲拡大エリアエクスパンションをぶっ放す。自陣側には耐気絶(アンチスタン)増強(ブースト)範囲拡大エリアエクスパンションを設置。俺自体は気合で気絶を乗り越える。というかリミッター解除の結果体中が痛くて気絶から勝手に回復する。

 四つん這い。喉が鳴る。気持ち悪い。血の塊を吐き出す。俺からは見えない黒卵の頭部防具の中に血をぶちまける。血によって形が見えるようになるのは皮肉だ。吐き出した血が顔に、髪にかかる。体が震える。立ち上がる。ドロリとした血が卵に沿って防具の中を流れ落ち、体に流れていく。世界が赤く染まって見える。

 なにかの揺らぎが赤い視界に見える。今の俺は生体センサー付きらしい。ディルファを呼び出し一つずつ丁寧に処理。揺らぎを処理したところで世界は極彩色の渦に変貌し、意識がとびかける。なぜか地域を俯瞰しており、地図の中に赤いマーカーが3つ見えた。なんだ?

 位置を覚えたところで視界が急に地表へ急降下。塊の血を再度吐き出す。まだ、死なない。大丈夫。

 体を引きずりながら、一番近いマーカーの位置へ歩いていく。そこには気を失ったクラスメート山岡志保の姿があった。

 今度はギリースーツではなく、普通の革鎧。丁寧にベルトを切り落とし、脱がす。キルト下着を着込んでいたのでこれを切り裂き、細いロープにして縛り上げる。猿轡もして転がしておく。上のキルトの下はさらに薄い下着。下はドロワーズのような下着があって、そっちには手を付けていない。

 次の点へ向かう。

 相田加奈子。やはり革鎧で下にはキルト+ドロワーズ。同じようにキルトを裂いてロープにして縛る。小柄な相田は胸部装甲がまったくない子だったが、同じような薄い下着を着けていた。スレ防止だろうか?

 大山美樹。バスケ部の次期エースだった彼女は俺よりでかい。だが高2になってなぜか急激に成長した胸がどうしても邪魔になってバスケを諦めていた子。

 元の世界にいた頃は「おー、ばいんばいん。揉んで顔埋めてー」とかからかったものだが、今となってはどうでもいい。

 だいぶ体が回復してきた。3人を連れ帰るためにまずは一箇所にまとめる必要がある。

 そのまま担ぐと俺の装備が刺さってしまって痛そうだったので【変身】を解除。大山を担いで相田のところに行く。相田も反対の肩に担ぐ。そして山岡のところへ行く。

「さて、これはどうするかな……」

 力仕事は苦にならないが魔法を使おうとすると世界が周り、喉から何かがせり上がってくる。リミッターを強制的に飛ばした副作用だろうか。

 苦労して三人のキルトの残りを捩ってロープにして相田をロープで俺の体に縛り付ける。その後、大山、山岡をそれぞれ左右の肩に担いで帰る。


 自陣にクラスメートを三人抱えて戻ってきた血みどろな俺。一つの天幕に三人を揃え、目隠しをし耳栓をした状態で【無気力】下着上下を着せて椅子に縛り付ける。尋問を開始する。ガルはいないが、まあ大丈夫だろう。

 まずは相田から。

 猿轡を外し、耳栓を外すが目隠しはそのまま。刺激をどうするか考え、耳たぶを引っ張ってみた。

「痛いよう」

 涙声で意識を取り戻す。

「そうか、痛かったか。すまんな」

「その声は……栗原だな」

「そうだ。相田加奈子。久しぶりだな」

「なんであたしは下着姿なの?」

「俺がやったから。測定のときの仕返しだ」

「この感じ、着替えさせたな? ってことはあたしのおっぱい見たな。おっぱい見たんだから責任とれ栗原」

「なんの責任だよ」

「あたしの気持ち、知ってるだろ?」

「いいや。知らん」

「えー……毎日いつも見てたのになー。やっぱり栗原はおっぱいでかい女のほうが好き? 大山ちゃんみたいな」

「好きになった女のものがいい」

「ふふっ、栗原らしいね。で、あたしはどう?」

「……鉄壁の防御力だな」

「あ、ひっどーい。女子高生のおっぱい生で見ておいてその感想はひどいよ」

 ものすごく違和感。無気力なのにこの饒舌っぷり。やはりこれもルヴァートにいじられているな。

「ね、責任取って」

「……やはり、お前もか」

 ルヴァートの意図がわからん。

「相田、お前児島と付き合っていたんじゃないのか?」

「あ……あ……児島くん、どうして忘れてたんだろう。児島くん、そうだよ龍ちゃんと一緒に……児島くんは酷いんだよ。あたしのないおっぱい見て『男のほうがあるぞ』っていうんだよ。栗原くんはそんな酷いこと言わないよね。ね。あたしね、栗原くん、好き。かなぴーと一緒に見てたんだ。ずっとだよ。たから、私を愛して」

 気絶(スタン)を発動。がっくりと意識を失う相田。猿轡を噛ませ、耳栓をする。


 次に大山。同様に耳栓と猿轡だけ外す。やはり耳たぶを引く。

「痛いわね! 何するのよ」

「まあ、痛いようにやったからな」

「その声は栗原ね。何するのよ。引っ張るんじゃなくて舐めるとかそういう心遣いはないの?」

 ……こいつもか。

「ねえ、慶太ぁ」

「お前に慶太と呼ばれる関係ではないな、大山」

「いいじゃない。私のことは美樹って呼んでよ、慶太ぁ」

「遠慮する」

「なんでよー。私、慶太のことが好き。大好き。だから私のことを好きになって、愛してよ」

「そもそも大山、お前と俺はあまり話したことがないだろう」

「えー、大山なんて呼ばないでよ―、美樹って言ってくれなきゃやーだー」

「……美樹。俺はお前のこと知らないんだよ」

「またまたそんなー周囲の目があるからそんなこと言ってるんでしょー。揉んで顔埋めたいって言ってたのは嘘、なの?」

 ……なんだこれは。稚拙な誘い。頭がおかしくなりそうだ。

 やはり気絶(スタン)を発動させて気を失わせる。


 おそらく山岡も同じだろう。耳栓と猿轡を外してから耳たぶ引っ張る。

「あんっ……もっと。ねえ、もっと。お願い、もっと強く」

「やなこった」

「あーその声、栗原だー。大好き」

「いきなりそれか」

「んふふー。好きなのはしょうがないじゃない。誰にも止められないわよ。衝動のまま突き進む。それが愛」

 こいつも、おかしい。

「こんなところで再会できたからこれで結婚だね」

「は?」

「えー、だって戦場で敵味方になってたのに再会、なかなかないことだよ。だから結婚」

「理論の飛躍が見られる。-30点」

「えー、栗原厳しいなあ……こんなに好きって言ってるのに」

「そりゃどうも。だけど俺はそれほどでもない」

「えー……これだけ可愛い子が好き好き言ってるのにー」

「自分で可愛い言うか……」

 イインチョの比べると三人の反応は混乱もなくストレートなのが気になる。ただ、共通しているのは「好き。だからいいから無条件で愛せ」ということ。

 これがルヴァートの工作だというのなら、信じられないほど稚拙だ。逆に何かの罠を疑わなければならないほどの。

 とりあえずは、この三人を後送しなければならない。どうやるか。

 捕縛(アレスト)して毛布でぐるぐる巻きにしてから操り人形(パペットストリング)で吊り下げて飛行(フライト)……かな。

 恐る恐る精神放送(ブロードキャスト)で通知。魔法を使っても気持ち悪くならなくなった。良かった。

『これから捕虜を3人後送する。フィールドにはおそらく敵勢力はないが、厳重警戒を怠るな』

 3人分を抱えても飛べた。助かった。

 あんな宣言して「やっぱり飛べませんでしたー」じゃかっこ悪すぎる。

表現を修正しました

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