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20 操作され抗う魂

 あの会食から5日。リッザ・アルピナ・フェーダとの間に条約締結が完了。より同盟は強固になったと思う。その間にもグンダールは対ヴァーデン戦線、立て直しを行ったようだ。

 自分でやっておいてなんだけどあれだけひどい目に合ったのに、諦めないってのはなかなか、ね。

 今日から前線に立つが【変身】ありの【偽装】なしで行こう、という方針で。ケイタであることを気付かせる作戦。その上でグンダール(あいつら)の出方を見る。

 クラスメートはそろそろ戦線に出されてくるだろう。即戦力として期待されているなら膠着していてやや苦戦のアルピナやフェーダより、グァースによる大逆転を食らったヴァーデン戦の方が可能性が高い。グァース一人どうにかできれば一気に落とせ、アルピナ、フェーダもほぼ同時に潰せる。

 俺自身はぶつかり合う覚悟は一応しているが、クラスメートはグァースが俺である場合の覚悟があるかどうか。

 今日の激突で流れを作り、グンダールの領土拡張の野心をへし折っておきたい。じゃないとフィーラさんとの結婚が先送りになってしまう。

 俺は戦場に立つことについては別に構わないんだけど、フィーラさんが凄く嫌がってる。俺が死んじゃうって。フィーラさん残して死ぬなんてとんでもないって説得したけど、最愛の人を不安にさせて何が守護者(グァース)だよ、ねえ、って事です、はい。クリハラケイタ可愛い婚約者のために頑張ります。

 今回も基本戦術は俺が一人で突っ込むのは変わらず。ディルファで暴れるのも同じ。

 違うのは後詰めがいること。弱って散らされたグンダール兵士に対し追撃戦を行い、無力化する。

 被害が多くなれば心は折れやすくなるだろう。


 両軍睨み合う戦場。ヴァーデン様式の服を着た俺が前線の中央部から少し前に出る。

 グンダールの兵がざわつくのが見える。意図のわからない動きは恐怖だろう。

 だが、理解すればさらに恐怖は増す。さあ、震え、怯えるがいい。

 ポーズをとり【変身】する。光が落ち着くと黒の悪夢。

 走り出す。ディルファを呼び出す。

―主よ、今再びの饗乱を

 ディルファはだいぶ扱いやすくはなった。上下をきちんと弁えさせることは重要だ。

「ケイタヴァーデングァース、推して参る」

 ダッシュするだけで相手の戦線は少し乱れる。だが俺が出てくることは織り込み済みだろう。崩れず、持ちこたえる。

「その精神力は褒めてやる。死にたい奴から前に出ろ」

 ディルファが血の予感に歓喜する。その歓喜に引きずられ精神が高揚する。

 接敵。ディルファを剣で受け折られそのまま頭を割られる兵士。

 飛び散る脳組織、返り血を浴びる。

 左手に冷気。ブースト済み。クソッタレ。

 凍りつく左掌。続いて熱気。上から冷気で熱気による爆発を抑え込む。成功。

 単純なだけに効果のある攻撃。

 次に右手に冷気。させるか。

 発動自体をキャンセルさせるためにリミッターを無理やり飛ばす。視界が赤く染まる。多分目の毛細血管が切れたんだろう。だが魔術霧消(カウンター)発動。右手の冷気がなくなる。緩やかに左手を解凍治療しつつ周囲の兵を切り刻む。

―満腹だ、主

「好き勝手に発動しておけ」

 ディルファから周囲へ何かが発動。

耐魔術障壁(アンチマジックシェル)か。どれほど持つ?」

―吸わせてもらえるなら無限

「わかった。足りなくなったら言え」

 ディルファを振るう俺をターゲットに様々な魔力が飛ぶ。シェルはそれを全て弾く。弾かれた魔力は空間に漂う。これだけ飛んでくるってことはクラスメートがこの戦場にいるってことだな。

 潜在魔力性能(ポテンシャル)切れしたのかついに飛んでこなくなるがこっちも障壁維持のためのタネがなくなってきた。

『コード015』

 精神通話(トーク)を拡張した精神放送(ブロードキャスト)で予め決めていたコードを流す。放送は敵味方関係なく届くのでコードで流さないとまずい。

 015は「このまま俺は突っ切るが、支援なくとも俺は平気だ。お前らは撤退しろ」だ。コードナンバーの後ろにうっすらとそのニュアンスが透けるがそれを読み取るには元々のコード対応表がないと難しい。

 何処かにいるであろうクラスメートの姿を求めて歩き回る。

―主、切れる

「構わん。解除しておけ」

 シェルが割れた直後、俺の頭に向けて魔法の矢(マジックアロー)が飛んで刺さる。チリっとした痛み。ただし、それが飛んできた方向から術者の位置がわかる。潜在魔力性能(ポテンシャル)の残量から打てる限界がそれだったのだろうが、それは、術者にとっての不幸。俺にとっての幸運だった。

 まっすぐ走って行く。それは藪の中。ギリースーツのようなものを着て潜む華奢な兵士。

 ディルファの召喚を解除、感じ取ったギリースーツを掴んで藪から引き上げ、地面に叩きつけようとする。

「いやぁっ!」

 イインチョの声。叩きつけを変更し、抱き寄せ、頚動脈を締める。

 落ちたのを確認後、ギリースーツを剥く。

 やはりイインチョだった。下は簡素な下着のみ。仕方ないのでギリースーツを裂いてロープを作り縛り上げる。ベルトポーチから布を取り出し、猿轡。肩に担いで自陣へ戻ることにする。


 潜在魔力性能(ポテンシャル)を持つものを捕虜とする場合、潜在魔力性能(ポテンシャル)を封じなければ危険だ。それが【無気力】であり、布に織り込むことで効果を発揮するアリアドネの糸というアイテムがある。イインチョもまた下着として作られたそのアイテムを着せられている。

 尋問用に作られた天幕の中、下着姿で椅子に縛り付けられている。この天幕には俺とガルだけがいる。これは、俺の配慮だ。

 まだ【変身】は解いていない。そのまま冷ややかにイインチョを見ている。イインチョは、美少女だ、と思う。かつては淡い恋心のようなものも抱いてはいた。

「ケイタ。かつてのクラスメートではないのか?」

「ああ、そうだよ」

「このような辱め、いいのか?」

「捕虜の標準的な扱いに比べれば、随分と配慮されている」

「それは、そうだが……」

「この扱いですら、不満に思う兵士はいるだろう。(ズィーク)守護者(グァース)の指示だからこそ不満を抑えられる」

 この世界には、そもそも人権意識が低い。尋問、ではなく基本は拷問で、さらに公開されるのが通例だ。今回は危険部分のほとんどを俺が実施したからこの無茶が通っている。

「では、起こすぞ」

 耳を引っ張る。痛みに震え、意識を取り戻すイインチョ。

「あ、あ、あ……」

「目覚めたかな?」

 漆黒の卵が視界いっぱいにある。感じるのは恐怖だろう。

「その声……栗原くん」

「いかにも。グンダールのルヴァートに殺されかけ、逃げ出し、敵対する栗原慶太だ」

 【変身】を解く。イインチョは無気力の影響があるためかぼんやりと俺を見る。

「ああ、栗原くん、生きてたんだ。なんで生きてるの? あなたは脱走を手助けした前田さん、菊池さん、千葉くん、長谷川くんを殺したのに」

「あいつらは気絶はさせたが殺してはいない。お前達には俺がクラスメートを手にかける人間に見えるのか?」

「ルヴァートが言っていた。脱走時に30人もの兵士を殺して逃げた。その時に脱出の手引きをしてくれたクラスメートを邪魔だからと殺した、と」

 ルヴァートは俺に全部の罪をおっ被せるつもりらしい。あの時助けた4人は殺されたことになっているってことは……胸糞悪い想像しか出ない。実際カヴァーストーリーを作るために殺されたか、あるいは……極端に人権意識の低いこの国だから、奴隷……ならまだましだが性奴として売られている可能性がある。

 異世界からやってきた英雄候補の奴隷。高く売れそうだ。そしてその金で軍を増強し、ヴァーデンを攻め落とす。さらなる資金をそれで得て、領土を拡張し続ける。どうせそんなところだろう。くだらない。

「イインチョ、千葉、長谷川は俺を逃がそうとした、と信じているんだな」

「だって、そうとしか考えられない」

「あいつらとはツルんだことはない。むしろ敵だ。思い出してみろ。あいつらと俺が一緒に昼飯食ってたか?」

「……ううん、ない」

「だろう?」

「でも、栗原くんは私たちじゃなく、魔族を選んだ。おぞましい魔族を選んだ。人間ではない魔族を選んだ。だから栗原くんは敵。栗原くんは敵、でも、栗原くん、大好き。なんで私の気持ちに気付いてくれないの。私だけを見て。私は、私は、栗原くんが大好きなの。私の栗原くんを奪わないで! 返して! 返して! 返して!」

 イインチョは俺への歪んだ愛を叫ぶ。

「落ち着け、イインチョ」

「嫌よ、私はイインチョじゃない。高木可奈美。カナって呼んで。ねえ、カナ、って。お願い、私を愛してよ!」

「俺はお前のことを深く知らない。それで愛してと言われても無理だ」

「嫌よ! 嫌なの! こんな理不尽に耐えたのも、栗原くんが生きてるから、まだ取り戻せるからって信じてたからなのに!」

 【無気力】は通常能動的な行動全てを抑制し、何もしたくなくなるものだ。だが、この行動。

「ねえ、栗原くん。私を愛してよぉ……どうしてだめなの? じゃあなんであの時私に声を掛けたの。私に優しくしたの。私に弱味を見せたの。なんでよ」

 ものすごい違和感。イインチョはここまで壊れた女じゃない。

「なるほど。高木可奈美。言いたいことはそれだけか?」

「え……なに?」

「お前、ルヴァートにだいぶ思考をいじられているな」

 高木の瞳に少し理性の光が戻る。

「悪夢から抜け出したいか? それならば俺が手伝ってやる。ただ悪夢から醒めてもまた別の悪夢が続くかもしれない。それでも抜け出したいなら、顔をあげ、俺をみろ。助けてやる」

 高木はゆっくりと顔を上げ、俺を見た。

「助けて、お願い……私が、私でなくなってるの。助けて……何言ってるのよ。私を愛してよ。側にいて、私を選んでよ……助けて……私が壊れてる」

「大丈夫だ。俺が、助けてやる」

 イインチョは俺の言葉を聞いて意識を失った。

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