16 偉い人たちとの夕食会の前なのに、なにやってるんですかもう
朝からみなバタバタしている。リッザ・アルピナ・フェーダの三国の軍事関係の偉い人が来るのだからそりゃしょうがない。
でも俺、やることがないのでぼんやりしていた。
昼過ぎ。ついにお仕事が。資料を渡される。
வெர்டன்ஃபர்ன்ன்ஸ்யராபர்தளதிரிட்இன்ஸாலேடிகன்
一行目見て絶望。
周りはみんな忙しそうなので資料を読み上げてもらうって手も使えそうもない。ってことは出たとこ勝負で行くしかない、か。ま、なんとかなるでしょ。
やっぱりやることがないので割り当てられてる客間から出て、廊下を行き来する人を見てぼーっとしていた。
パタパタとフィーラさんが走っていく。頬がほんのり暗い色になる。これは魔族は青緑の肌で赤い血だからなんだけど、微妙な変化でまずわからない。
でもフィーラさんのことなら任せろ。わかるようになったぞ。すごいぞケイタ。さすがグァース。
赤面フィーラさん可愛い。
「ケイタさん何やってるんですか?」
ニコニコしながらフィーラさん見てたら気づかれた。忙しいからかそれとも吹っ切れたのか、昨日までと違っていつものフィーラさんに戻ってた。
「フィーラさん見て幸せになってました」
「……資料、読みました?」
「えーと、無理でした」
硬直するフィーラさん。
「え、ケイタさん字読めないんですか⁉」
「読めません。むしろなんであれが読めると思われたのかが疑問であります」
「いやだって普通に会話してるじゃないですか」
「会話能力と文字読解能力は別です、ってのは置いておいてですね。フィーラさん、よく俺の口元見て音を聞いてくださいね」
フィーラさんがじっと見ているところで割と大きく口を開けてしゃべる。
「大好きフィーラさん」
「私もです!」
「……見てました?」
「あ」
「もう一回、いきますよ。……今日も素敵なフィーラさん、大好き」
「え……あれ……?」
ものすごい困惑しているフィーラさん。
「そういうことなんです。なんでだかは不明ですが、そういう仕掛けになってるみたいです」
きゃー! という叫び声を残してフィーラさんが走って行ってしまった。マキシなのて裾たくし上げて。綺麗な足だなあ。
しばらくして、ペンと紙束を持ってフィーラさんが来た。少し息切れしてる。ドキドキしちゃう。
「ケイタさん、私が読み上げるので、メモしてください」
「え、フィーラさん忙しいんじゃ?」
「私の分の仕事はお母さんに押し付けてきました。だから大丈夫です。さあ、お部屋に戻って!」
客間に戻る。ライティングデスクもあるので、そこに座る。
そして俺の横に立って書類を読むフィーラさん。その可愛い声を聞きながらスラスラとメモを書いていく。あれで理解するのだからやはり彼女は察しがいい。
フィーラさんが俺の手元を面白そうに見ている。
「ん?」
「面白い字だなって。何かごちゃって書いたと思ったら隙間だらけになったりして……出鱈目じゃ、ないんですよね」
「そりゃあそうですよ。こんなにしてもらってるのに出鱈目書いてたら酷い人ですよ」
スラスラ書きながら、ふと思う。フィーラさんの声は意味を持って聞こえているけど本当の声はどんな声なんだろう。逆に俺の声はどのように聞こえているんだろう。
ペンを持ったまま固まっている俺を不思議そうに見るフィーラさん。
「どうしました?」
「あ、いや……なんでもない。久しぶりに字を書いたからちょっと疲れちゃって」
微笑み、手を振る真似をする。
「せっかく読んでもらっていたのに、ごめんね」
「……ケイタさんの声なら、どんな声だって素敵だと思いますよ」
耳元で囁かれ、耳たぶをかぷっとされた。
「ひゃああ」
「うふふ、いつもいつもケイタさん悪戯するからお返し、です」
「っていうか、よく考えていたことわかったね」
「それは、その……ケイタさん、だから」
もじもじして、赤面するフィーラさん。可愛い。
「ふーん……そうなんだ……じゃあ、今何考えてるか、分かる?」
立ち上がり、手をワキワキさせながら近づく。
「えーと……たぶん、仕返しされちゃう……かな?」
「せいかーい」
抱きしめて細長い耳をぺろーんと舐めてはむはむして差し上げた。
「ふぁ……あは……ん」
え、あ、あれ?
「え? あの? フィーラさん?」
首に手を回される。とろんとした目。いやちょっと待って、待ってってばー。
ガツっと側頭部に衝撃。
「何やってんですかケイタさん」
いつの間にか俺の近くに立ってたルテリアさんがフィーラさんと俺の側頭部にチョップ。結構痛かった。フィーラさん頭を抱えてしゃがみこんでる。
「フィーラに押し付けられて仕事増えてるんで文句の一つも言ってやろうと思って来てみれば、イチャイチャしてからにもう」
ジト目で見られる。
「いや、そのですね、えーと……」
「何やったんですか、ケイタさん」
「えーと……」
「何やったんですか?」
「耳を舐めてはむはむしました」
目を見開くルテリアさん。
「え、このタイミングで? なんで?」
「フィーラさんに耳たぶをかぷっとされたので、お返しで」
「はぁ⁉フィーラ、ケイタさんの耳たぶ甘噛みしたの⁉」
「はい……やりました」
しゃがみこんでたフィーラさんが下向いたまま小さく返事。
「何やってんのよフィーラ! それ知らないでケイタさん叱っちゃったじゃない!」
「だって、我慢できなかったんだもん……仕事しているケイタさんの横顔かっこいいんだもん……」
更に小さくなるフィーラさん。
「えーと……あの、なんかスイマセン。軽率なことしたみたいで」
デジャヴ。そう、出会いのときの話だ。
「あー……ケイタさん、えーと、耳かぷってされる意味って、知らない……?」
ルテリアさんがもじもじしながら聞く。
「へ? 何か意味あるんですか? そりゃ、まあ……多少はくすぐったいけどフィーラさんにかぷってされるのなら気持ちいいんで、お返しにしちゃおうかなーくらいには思いますが」
「あー……うん、今回のはフィーラが悪い。ケイタさんは被害者。
えーとね、決まったパートナーがいる魔族にとっての耳、って……その気になっているときに愛撫するところ、なのよ。そしてお返しがあったら、同意、って意味なのよ」
すごく恥ずかしそうに説明してくれるルテリアさん。本当に申し訳ない……。
「私達は、子どもがなかなか産まれない。その気になったときに、相手もその気になっているかどうかは、わからない。だから少し親愛の情を示すような行動で試すことがあるの」
「いや、本当にスイマセン。俺が全部悪いんです。フィーラさんを叱らないでやってください」
「その時に、耳を、ね」
「いや、もう大丈夫です、具体的な説明は、はい、大丈夫です、はい」
暴れん棒が暴れたそうにしています。暴れさせますか?
はい
いいえ ←
ちょっと気まずくなったけど、仕事をしない訳にはいかない。
「フィーラ、じゃあ交代。私が読む」
「やだー!」
「やだーじゃありません! 二人きりにしたら大変なことになりそうです。駄目」
「いやだー! やだー!」
「あのー、僕はこれで……」
親子喧嘩からエスケープ。
「ケイタさんがいなきゃ話にならないでしょ!」
回り込まれてしまった!
「えー、あのですね。もうフィーラさんに悪戯されても一切無視して仕事だけ進めますんで、大丈夫です。はい」
「……まあ、ケイタさんがそう言うなら」
しばらくルテリアさんに監視されてゴリゴリとメモを書いていく。今書いている内容は経歴がメイン。覚えきれるかどうかはわからないが、ポイントになる部分をフィーラさんが教えてくれるのでそこにはマーカーを打つ。
偉い人なんでいろんな作戦に従事しているんだよね。だから経歴も長い。でもキーになる大きな戦いだけでも異世界の人が知っているってポイント高いから頑張ってね、って言われた。
ふと見るといつの間にかルテリアさんはいなくなっていた。フィーラさんの仕事もやってるっていうから、大変なのに悪いことをしたなあ、と思う。
記録に戻る。やはりファンタジー世界なんだなあと思う戦いが多い。対国家の戦争ってほとんどなくて、対ドラゴン、対オーガなどの大型モンスター系の戦闘が多く、しかも面倒なものばかり。面倒じゃないやつは冒険者という名前のならず者たちが倒すのだとか。
まだまだ知らないことが多い。
兵士たちは、戦闘を生業としているが、戦争を生業としているわけではない。
俺は、戦争を生業としている。
俺は、自ら、人を、殺す。私ではなく俺が。
眉間にシワが寄る。
後ろからそっとフィーラさんが被さってくれる。
「大丈夫ですよ、ケイタさん。私は、ここにいます」
「……ありがとう。続けよう」
夕食会の流れ、全メニュー。
とにかく渡された資料をひたすら書いた。
「ありがとう、フィーラさん」
「ふぅ、疲れました……」
ライティングデスクには椅子が一つしかないので、しばらく考えてから、ぽんぽん、と膝を叩く。
「え?」
「さあ、どうぞ、お嬢様」
ぽんぽん、と膝をまた叩く。
フィーラさんは横向きに座って、俺の首に手を回す。背中が左側にあるので、左手を腰回りに、右手でフィーラさんの頭をそっと撫でる。
額と額を押し付けて、じっと見る。
「ふふ」
フィーラさんが小さく笑う。
「んー? なあにー?」
「私達、昨日まで喧嘩してたんですよー」
「喧嘩? そうだっけー?」
「さっき、お母さんに叱られちゃいましたね」
「そうですねー。でもね、フィーラさん」
「なんですかー?」
「んー」
「んー?」
フィーラさんの「んー?」に合わせて軽く唇を合わせる。
「我慢、出来ませんでした。フィーラさん、愛してます」
もう一回、今度は少しだけ長いキス。そっと抱きしめる。
「はい、私も、です」
「よかった。今回の会見が終わって、グンダールの軍勢押し返したら……」
「押し返したら?」
「その時に、ちゃんと言います」
またフィーラさんにキス。こんなにも、素敵な気分になるものだったなんて、知らなかった。
おでこくっつけあって、クスクス笑う。
「ていっ! ルテリアちょーーっぷ!」
「痛っ」
いつの間にか現れたルテリアさん。俺、これでもグァースなんスよ……なんで気配感じ取れないんスか……。
「またこの子は!」
「違います、今のは俺が悪いんです。フィーラさん悪くないです」
「え、じゃあついにケイタになるの?」
「……それは、気が早いですよ、お母様」
「きゃーお義母様ですって! やったわお祝いだわ! あ、今日はちょうどパーティだったわ! 飲めや歌えの大騒ぎよー!」
「ケイタぱーんちっ!」
ルテリアさんにデコピン一発。
「いったーーーい、何するのよ!」
「何か用事があったから来たんじゃないんですか?」
「あ……忘れてた。そろそろ時間になるから、お風呂入って着替えてって言いに来たんだ」
「急いで風呂行ってきます。フィーラさんどうします?」
「じゃあ、私もお風呂行きます」
「……ガルと私も一緒に行くわ。不安でしかないから」
こうしてまた王族と裸の付き合いをすることになる私でした。いや、何もしてないよ? 体洗ってさっさと出てきましたってば。