14 情緒不安定なのは、誰のせい?
朝はどこからって童謡がある。
来る場所がわかっているなら縛り上げてそのまま転がしておけば二度と朝も来ない。みんな平和。
っていうか、そもそもあの歌嫌い。
キング・オブ・ヘタレのクリハラケイタ、嫌だけども起床。
もそもそとベッドから這い出して、着替える。
いつの間にかヴァーデン様式の服にも慣れた。体のラインを出すことを良しとしないようで、比較的緩やかな服が多い。
シャツの仕立ては比翼仕立てのスタンドカラーが基本。長袖で、ダブルカフス。カフリンクスで止める。このカフリンクスでお洒落をする、らしい。
ボトムスはちょっと長いニッカボッカーズ。くるぶしより掌一つ分くらい上で締めるためのベルトが付いている。
女性はシンプルなデザインが好まれるようで、単色染めのAラインワンピースが基本。長さはマキシのときもあればミモレのときもあるが、マキシ丈が主流。
フィーラさんは白が好みみたいで、いつも白いノースリーブのAラインマキシを着てるイメージがある。でもフィーラさんなら何着ても似合うよねって思う。
ルテリアさんはキャミだったりノースリーブだったりスリーブ付きだったりそのあたりは結構いろいろ。長さもマキシ~ミディくらいまで。お洒落さんかもしれない。
客間を出て、食堂へ向かう。
「おはようございます」
食堂にはガル、ルテリアさん、フィーラさん。城詰めの兵士の食堂はこのフロアの下にあり、少し喧騒が漏れ聞こえる。
「ケイタ、昨日の話だが」
「ああ、三国の責任者との会見って話ね。俺の正体を明かそうと思う」
テーブルに付きながら言う。
「……ケイタ、何を考えている?」
「俺の現時点での敵意はグンダールのみで、リッザ・アルピナ・フェーダにはないよ、というのを明確にするためだ」
フィーラさんにサーブされたパンをちぎり、一口食べる。
「なぜ、そうなる?」
「正体を知った上で理由を説明すれば納得すると思うよ」
親指を立てる。
「まず第一。俺は平和だった日本から、戦争を強制されるこの世界に呼び込まれた。これを恨まずして何を恨む?」
人差し指を立てる。
「第二。わけのわからん理由で投獄。即時処刑を決めた」
中指を立てる。
「第三。フィーラルテリアヴァーデンという存在。異界へ呼び込まれ仲間ともはぐれ心細い俺を心身両面でバックアップしてくれた姫に忠誠を誓ったというストーリー」
フィーラさんに後頭部を丸いトレイで叩かれる。
「痛え」
「その割に扱いが雑ですケイタさん」
「こんなに大切にしてるのになあ」
ガルがクックッと笑う。
「なるほど。グンダールを殺したいほど憎んでいる、というのは納得させられそうだ。だが、ケイタ。クラスメートはどうするのだ?」
「そこは、ね……説得できればこっちに引き込みたい」
「リッザ・アルピナ・フェーダの三国もそこが気になるだろうよ。私はお前がクラスメートと決別してもフィーラについてくると確信しているが、ね」
「じゃあ、そこを疑ったとしましょうかね。クラスメートと出会って、フィーラさんを裏切る」
バシバシと叩かれる。痛えってば。
「仮の話に怒られても困る」
「仮の話でもケイタさんに嫌われる話なんて嫌ですー」
実はフィーラさんってすごく甘えん坊で、可愛いんだよね。普段はズィークの娘という立場で凛とした立ち振る舞いなんだけどね。
「じゃあ、あっち行ってて。話進まないから」
「いないところで話されるのも嫌ですー」
「ルテリアさん、すいませんけどフィーラさん抑えておいてもらえます?」
「はいはい」
ルテリアさんがガッチリホールド。
「嫌ー離してーやめてー」
「うるさい黙れ。今すぐ嫌いになるぞ」
びたっと黙るフィーラさん。ごめん、話進めないとどうにもならないからと心の中で謝りながらガルに向かう。ガルは苦笑いを浮かべて見ている。
「すまんね、勇者殿。娘の躾が悪くて」
「まあ、惚れた弱みではあるんですが……えと、どこまででしたっけか?」
「クラスメートと出会ってフィーラを裏切る」
「ああ……そこからですね。クラスメートと再会、グンダールの扱いは誤解だったんだよ、と。で、その誤解につけ込んでヴァーデンというかフィーラルテリアヴァーデンに騙されて取り込まれたのだ、と俺が説得されるわけですね」
しゃくりあげる声が聞こえる。心が痛い。
「あー……ケイタ、大丈夫か?」
「見えてないのでまだ大丈夫ですが、かなり心が折れそうです」
辛いが、話を進める。
「その場合、敵はヴァーデン。騙されたと憎悪に燃えるクリハラケイタは、その怒りをヴァーデンに向ける。結果敵意は三国には向かわない。どっちにせよ三国は安泰」
「……まあ、理論に破綻はないな。だが、お前、大丈夫か?」
「大丈夫、とは?」
「ケイタではなく、グァースとして戦っていたのだろう? 身分を明かすということはその選択はなくなるぞ」
「そうですね。ただその欺瞞では、フィーラさんを護れない。ならば、俺の選択肢は一つ、です。大丈夫。大好きですよ、フィーラさん」
ルテリアさんがそのタイミングで解放。後ろから首に抱きつかれる。
「ぐぇ、フィーラさん、チョークチョーク」
フィーラさんの手をポンポンと叩く。
フィーラさんが落ち着くまで待つ。ちょっと大変だった。ご両親の前でですね、ぎゅっとやって頬にちゅってなんの拷問だよ……。
ご機嫌になったフィーラさんはサーブのためにちょっと席を離れる。
「俺としては第三が説得力があるのが一番なんで、そこに疑義が挟まれないのがいいんだけど……」
「なぜだ?」
「グァースの圧倒的な力は、フィーラルテリアヴァーデンの敵にしか向けられない。故に、お前ら、敵に回るなよ。回れば、こうだ」
親指を立て、首を掻っ切るポーズのあとサムズダウン。フィーラさんに害為す者は、俺が許さん。
ガルとルテリアさんがちょっとびくっとなる。
サーブのためにフィーラさんがいなくてよかったかもしれない。
「なんてね♪まあそんな感じで行ければ少なくとも俺が生きている間はヴァーデン安泰だと思うんですよ。その間にちゃんと相互理解を深めて、今回みたいな状態にさせないように三国とは友好条約を結ぶ、と」
ここでちょうどフィーラさんが戻ってきた
「そうなれば俺が死んだ後でもヴァーデンの安全保障が、ね」
「ケイタさん死んじゃやだー!」
「文脈全部聞いてから泣けぇばかもーん!」
サーブのために戻ってきたフィーラさんに泣きつかれた。
「フィーラさん、ちょっとあなた、情緒不安定過ぎませんかね?」
俯いて、手を組んで親指くるくるしてるフィーラさん。可愛い。いやだめ、可愛いで片付けちゃ駄目なんだけど、可愛い。
「ケイタさんには言いにくいことかしら? お母さんになら、話せる?」
こっくり、と頷く。
……仕方ないねえ。
「じゃあ、ガル、俺らは中庭で武術修練でもやってようか」
「あ……ああ、そうだな。男にはわからないこと、かもしれないからな」
「かもしれない、じゃなくて、そうだよ」
中庭で修練。刃を潰した刀を構える。ガルは槍。手練の長物使いは強敵だ。
突きに合わせて穂を下から払う。上に流された槍を掻い潜り、飛び込む。
ガルは流された槍をそのまま一回転、石突をこちらにぶち当てようとする。
右に躱して左掌底をガルの脇腹へ。引っ掛けて前進しようとする。
体を回し、掌底を外すガル。うまいな。
前へ飛び込む。
ちょっと前まで頭のあった位置を槍の柄が通り抜ける。
「おいおいズィーク、グァースを殺す気かよ」
「簡単に掻い潜られるのは結構屈辱的なのにきっちり置き土産までしていきやがって」
ガルが高揚している。言葉が荒れる。
お互いの間合いの外。なのは、ガル、だけだ。
刀を横に投げ、落ちる前に発動
「操り人形」
引き戻し、腕を回すイメージで回転。おおよそ3メートルの腕で振り回す豪剣となる。
いい反射神経だ。ガルは柄で刀身を止める。
が、腕で回しているのではない。柄に沿って刀は回転し、柄が水月に当たる。
ガルの息が詰まっているところへ前ダッシュ。同時に刀を引き寄せ、右手で掴む。
すでにガルの槍は体の前へ移動し、受けの体制が出来ていた。
右振り下ろしに反応するのは素晴らしいね。
ここで急停止。左フックを脇腹へ叩き込む。
手打ちだけど想定外からの攻撃はスタミナに響く。
左拳を引いたときに前に出していた左足で前蹴りを入れ、距離を取る。
「これは勝てぬな。降参だ」
槍を捨て、どっかりと座るガル。
「一応、英雄ですからね。王に負けてはだめでしょう」
「ケイタ、お前、人間離れしてるな」
「魔族に人間離れしてるって言われるの、どう扱ったらいいんだろ」
「我々魔族は人族より強い。その魔族より、お前は遥かに強い」
ガルの評価を聞いて、ちょっと考えてこんでしまう。
「そうかなあ……? 見てるから知ってるだろうけど、そんなに強くないよ?」
「……その話か。済まなかったな」
「責めてないってば」
「我々は子が少ない。宝のようなものだ。だからケイタの状況は理解できない部分はある」
「あー……まあ、そうか。そうよね。そもそも他人のことを理解できるってのは驕りだと思うのよね。理解ではなくて、共感なら出来ると思うんだけど、それもまた文化が異なるなら難しいよ」
「すまん。驕り、か」
小さくなるガル。
「まあ17のガキの戯言だから気にしないでってば。ね」
時折王様らしくない言動をする。いっその事ズバっと切り捨ててくれればそれはそれでいいと思うんだけど、そこもまた人間味溢れてていい人なんだなあ、と思う。
「あら、ガル、槍で負けたの? 珍しい」
ルテリアさんがフィーラさんとともに中庭にやってくる。
「アレに勝てるヤツはいないよ。化物だ」
タオルを渡してくれ……あれ? フィーラさんはガルにだけタオルを渡してる。ガルは苦笑いしながら渡された2本のうち一本を俺に渡す。
「……ルテリアさん?」
「私は何も言ってませんわよ?」
「そうですか。じゃあ」
俺は壁に訓練用の刀を戻し、拭ったタオルをルテリアさんに渡して客間へ戻ることにした。