13 大浴場で大欲情、なんてやって怒られるのは理不尽……でもないかそりゃそうだ
この城の素敵なところはいくつもあるけど、その中の一つに大浴場がある。
まあ初めて入ったときは大変なことになったけども。
体をゴシゴシ洗いながらそんなことを思い出す。
「ルテリアさん綺麗だったなあ……」
ゴシゴシ洗う。
「まあ、それでもフィー」
ざばーん。
水をぶっかけられる。
「ぎゃーーー誰だー」
振り返ると水桶から次の水を汲み出してぶっかけようとするフィーラさんがいた。
「何するの!」
「どうせ、私はお母様ほどおっぱいも大きくないし」
「待って、フィーラさんちゃんと話」
ざばーん。
「どうせ、私は子どもっぽいし」
「待ってってばフィー」
ざばーん。
「どうせ、私はお母様ほど話も面白くないし」
「だから待ってってば」
ざばーん。
「ケイタさんのばかー!」
ざばーん。
水を避け、飛びつき抱きつく。冷えた体にフィーラさんの体温が気持ちいい……じゃなくて。
「風邪引くでしょーが!」
「だってだってー」
「まあ、それでもフィーラさんのほうが世界一可愛いんだけどね」
「……え?」
「人の話をよく聞く。いいね?」
体を洗い直す。脇でちょこんと座って反省中のフィーラさん。まったくもう……これで67だって言うんだから、と思った後で。ああ、でもそうか。15になってから成長が急激に緩やかになって、300近くまで生きるんだっけか、と思い出して苦笑いをする。
苦笑いの気配を察して上目遣いに俺を見る。可愛い。
出会ってからまだ1ヶ月も経っていない。第一印象は綺麗な人。そのあと一緒にお風呂に入って、ちょっとドキドキして。
今はこうして勘違いで水をぶっかける。美人っていうか、可愛い人、なんだよね。
体を流す。
「フィーラさん」
名前を呼ばれてびくっとなるフィーラさん。可愛い。ちょっといじめたくなっちゃう。
「お返事は?」
「……はい」
「もう怒ってませんよ。一緒にお風呂、入ります?」
「え、あ、はい」
右手を取る。
「さあ、参りましょうか、お嬢様」
指を絡めて手をつなぐ。ぴったり寄り添って立つフィーラさん。頭一つくらい低いのはちょうどよいバランスだなあ、と思う。
「あのー……ケイタさん」
「はい? なんでしょう?」
「苦しくないんですか?」
顔を俺に向けたまま、左手で下を指し示す。
「いやんフィーラさんのえっちー」
苦しいか苦しくないかで言えば、すごく苦しい。
大好きな人が裸ですぐそこにいるんだぜ。恋人繋ぎして腕を絡めてるってことは、大好きな人の可憐な膨らみが腕にエンゲージだ。
だから茶化さなきゃやってられない。
「えっちって」
フィーラさんが絶句する。
「いや、ごめん。そう言わないと我慢できそうになかった」
「……我慢しなくてもいいのに」
小さく囁かれた言葉。聞こえないふりをする。
「ん? なに?」
「いいえ、なんでもありません。ケイタさん、風邪引いちゃうからお風呂入りましょ」
二人で並んで湯船に浸かる。お風呂文化バンザイ。
「ケイタさん、気になっていることがあるんです」
「はい、なんでしょう?」
「ケイタさんは、異世界転移でこっちに来たんですよね?」
「そうですね」
「お父様やお母様のこと、全くお話したことがないのですけども、もしかして……」
……ああ、ガルは何も話してないんだな。あのときの約束を守って、律儀に。
「生きてますよ。文字通りの意味なら。
うーん……そうだなあ……
むかーしむかし、あるところに国家公務員一種合格の男と女がおりました。
男と女はたまたま出会い、結婚し、男の子が産まれます。
産まれた途端、母親は職場復帰、男の子の世話は母方の祖母がしておりました
父親と母親は激務で、家に帰ってくるのは子どもが寝た後。
出かけるのは起きる前。
男の子の家族は、祖母と、ペットの犬だけでした……おしまい」
「え……?」
自分の中では終わった話、のつもりだった。フィーラさんに説明している途中で切り上げてしまったのは、やはりまだ片付いていないということなのだろう。
「お祖母様と、犬……だけ……?」
「まあ、犬は5年前、ばーちゃんは一昨年、死んじゃったんだけどね。ばーちゃん死んで葬式出したら両親とも家に帰ってこなくなってさー、もう乾いた笑いしか出ないよね。あれはばーちゃんに叱られてたから家に帰ってきてたんだって理解するのに半年くらいかかったよ」
フィーラさんがこっちを向いている。多分、泣いている。
「ちゃんと衣食住確保できるだけのお金を振り込んでくれていたから、そこは感謝してる。でも彼らにとって俺って、仕事より優先順位の低いものだったんだよね」
「子どもより仕事が優先なんて、間違っています!」
「ありがとう。俺の代わりに怒ってくれて。でも、そういう仕事をする人がいるから、国が回る。だから、少しの犠牲はしょうがないんだ」
「でも! でも……」
フィーラさんの声が小さくなる。
「小中時代は、まああまり楽しい思い出はなかったかな。
高校になると割と楽しい思い出が多くなる。親はあまり関係がなくなるし、クラスメートでバカやって、勉強してってそんな感じ。
そしてどこか大学へ行って、就職するんだろうなって思ってた。
家庭は……持たないかもしれないけど、持つなら持つで自分が持てなかったような温かい家庭を持つ、ってのが漠然とした夢だったなー。
まさか異世界に来てこんな綺麗な人に水ぶっかけられたり一緒にお風呂入るようになるとまでは想像してなかったけど」
フィーラさんお湯をバシャバシャ俺に掛ける。照れているようだ。重たい話はあまりしたくない。しても心が死ぬだけだ。
風呂から上がるべく立ち上がる。
下半身が大変なことに。
いつも思うんだ。これ自由にコントロール出来ないものかって。できればもっと幸せになれる気がする。
「あ……!」
フィーラさんの小さな声。しまった。フィーラさんに見せつけてしまう形に。えーとえーと……。
「やあ、僕ケイタのムスコ。フィーラさんがそばにいるといつも元気になっちゃう困った暴れん棒さ!」
裏声で言ってみた。
「ケイタさんのばかぁーー!」
横向いたフィーラさんに突き飛ばされました。ひどい。
風呂から上がって体を拭いて、着替えて階段を上がる。出入り口の脇の壁に寄りかかってボーッと立っているとフィーラさんが上がってきた。濡れた髪を纏めてタオルでくるんでいるので普段見えない項が見えててドキッとする。
「よっ、そこの湯上がり美人。時間、あるかな?」
「ありますけど、ケイタさん、どうしていつも私をからかうんですか」
ちょっと怒ってるフィーラさん。可愛い。
「からかってませんよ」
「だって、さっきだって」
「さっき?」
「……私に見せたあとに、ケイタさんのムスコって」
困った顔になってるフィーラさん。可愛い。
「あー、あれかー……いやだってさー、お風呂に入るってことは全裸なわけでさー、事故だよ事故」
「だからって! だからって‼」
「朝に全裸で抱きついてきた人に言われたくありませーん」
小さくなってしまうフィーラさん。可愛い。
「ケイタさんの、ばか……」
小さく言うフィーラさん。可愛い。そっと抱きしめる。
「あ」
「ああ、安心する。これで、また、頑張れる。ありがとうね、フィーラさん」
そっと離す。
自分自身の解析、割と癖になっていてふと行ってしまった。
〈解析結果〉―情報公開を開始
測定における身体値を計算するために必要な情報を公開。
身体能力
筋力:μ=102.119 δ= 5.199
瞬発:μ=102.125 δ= 5.203
持久:μ=101.988 δ= 5.181
精度:μ=101.085 δ= 5.210
抵抗:μ=102.111 δ= 2.118
思考:μ=101.885 δ= 9.051
精神:μ=101.755 δ= 9.083
……なにこれ。神々は俺で遊んでいるとしか思えない。
「ねえ、フィーラさん。みゅーが102.119でるたが5.199ってなんだと思う?」
「え?」
「みゅーはもしかしたらまいくろかもしれない。心当たり、ある?」
「いえ、全然……なんですかそれ」
「そう。気にしないで」
そっともう一度抱き寄せる。額にキス。
「……ケイタさん、何か隠し事をしていますね?」
「いい男なら秘密の一つや二つ、持っているものです」
「それには同意しますけど、できれば私とケイタさんの間には秘密がないほうが嬉しいです」
「……努力します、はい」
しばらくくっついたままでいる。ああ、ホッとする。
「あー、うん、仲がいいのは大変に喜ばしいことではあるのだがね、できれば廊下などではなく個室でお願いしたい。非常に通りにくい」
ガルの声。慌てて離れる。
「個室だったらあーんなことやこーんなことになっちゃうのでそれはそれで大変だと思いますよ?」
「ケイタ……その勇気があるなら、やればいい」
「……はい、すみません」
「前に聞いたからな」
ガルの後ろにルテリアさん。この二人、仲いいよねっていつも思う。それとも魔族の夫婦はいつもこんな感じなのだろうか。n=1だからわからんのよねー。
「……ケイタさん、いつになったら私はケイタって呼べばいいんでしょうか? 早いところ孫ができないとディーガルと歳が離れすぎて一緒に遊べな」
「ノーコメントでお願いします」
ルテリアさんの質問にフィーラさんもキラッキラの目で俺を見上げてるのが見えたので被せ気味に返答。背中をげんこつでぽかぽか叩かれる。
「痛い痛い痛い!」
「ケイタさんのバカー」
「バカっていうほうがバカなんですぅー」
「……子供のケンカか……」
ガルの呆れたような呟き。
「ケイタさんのいくじなしー!」
「いえーす、キング・オブ・ヘタレは私デース! HAHAHA!」
「ヘタレーヘタレー」
「知ってるー、僕ヘタレー」
子供のケンカ、悪化中。こういうじゃれ合い大好き。
「ケイタさんの、ケイタさん……好き」
「あ……」
フィーラさん、それは反則です。一気にテンションが下がる。
「……すみません、もう寝ます。おやすみなさい」
三人に背を向けて自分に割り当てられている客間へ向かって歩き出す。
いや、駄目だよ、これじゃ。
振り返ると半泣きのフィーラさん。駆け戻って、ぎゅっと抱きしめて。
「俺も大好きですよ。じゃあ、おやすみなさい」
客間に逃げ込んだキング・オブ・ヘタレ、クリハラケイタです。ありがとうございました。