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12 グァースはケイタではないという欺瞞

 まだ敵陣には兵が残っている。だが、私に向かってくる兵はいない。左右を見るだけで逃げていく。

 そうだ、それでいい。

 天幕が見える。おそらくそこに司令官が残っているはず。

 私の意図を理解したのか、兵たちは戻ってきて攻撃を仕掛けてくる。敬愛されている司令官、ということなのだろう。

 敬愛のために自らの命も辞さない。素晴らしき哉忠誠心。

 眠い攻撃。太刀筋が見える。

 躱しつつ左手で殴る。吹き飛ばされる兵士と、不満げな音をたてるディルファ。

―我に喰わせろ

 次の太刀をディルファで弾き、前蹴り。

―痛いじゃないか主

 躱し、殴り、蹴る。

―我を無視するな

 天幕に到達。中には震える女性がいた。身なりから司令官だろう。どちらかと言うと軍人よりも娼館のほうが似合いそうな雰囲気。なんというか色気のある女性。ただし、かなり薹が立っている。

「ほう? 女軍人か……捕縛(アレスト)

 不可視のロープが女性をがんじがらめにする。

操り人形(パペットストリング)

 女性の不可視のロープに不可視の糸が巻き付く。そのまま引っ張る。女性は倒され、引きずられる。

「ぐっ、何をする、殺せ!」

「断る」

 そのまま引きずりながら陣を出る。兵士たちが司令官を救おうと飛びかかるが、全て太刀を躱し、逸し、殴りつけ蹴りつける。

―我に喰わせろ! 喰わせろ! 喰わせろ!

「うるさいぞディルファ。道具の分際で人に命令するな。分を弁えよ」

 そのうち敵陣にいた兵士は全て殴り飛ばされ、蹴り飛ばされ、動けなくなった。

―主よ、我は啜らねば強くなれぬ

「知っている。だが、強くなくても一向に構わん。私が十分強いからな」

―主よ、我は傲慢であった。我は栗原慶太に従う

「分を弁えれば、よい。では後ほど、な」

 ディルファの召喚を解く。

 敵陣を抜け、そのまま前線を超えて自陣へ戻るつもりでいる。

 途中、グンダールの兵士たちがバラバラにされているエリアを抜けることになる。

「うあああ! やめろ! やめてくれ、やめろーーーー!」

 引きずられている司令官が急に暴れだす。かつての部下の血に、内臓に、脳にその顔を体を突っ込み、汚れていく。

 振り返り、司令官に近寄る。

「よう、グンダール司令。名前は?」

 血で汚れた顔でこちらを見上げる。再度聞き返す。

「名前は?」

「殺せ!」

「断る」

「ならば」

 舌を噛もうとしたようだ。その勇気は称えるが、駄目だな。口を狙って蹴る。

「自害は、させぬよ」

 ベルトポーチに入っている布を猿轡にする。

 ズルズルと引っ張る。くぐもった悲鳴を上げ、跳ねる。

 より一層激しく跳ねる箇所に来た。立ち止まり、司令官に近寄る。目を見開き、声を上げている。視線の先には、生首一つ。

「どうした? 恋人か? 恋人というには、ずいぶん歳の離れた……ははぁん?」

 生首を掲げると視線がついてくる。ひどいことをしないでくれと懇願する視線。

「ふむ……これは良いものだな。持ち帰るか」

 行軍開始。小脇に生首を抱え、後ろにビチビチと跳ねる汚れた塊。そのうち跳ねなくなった。


 自陣に戻る。ヴァーデンの兵はそれほどでもないが、アルピナ・フェーダ連合の兵はドン引きだ。まあ、仕方がない。

「グァース、やり過ぎだ……」

「やり過ぎでいい。ヴァーデンに手を出せば、痛い目を見る。これで学習するだろう」

 引きずってきた女性を椅子に座らせ、後ろ手に縛る。その後椅子の背に体を縛り付ける。足を椅子の足それぞれに縛り付け、閉じられないようにする。

 猿轡を外す。

「許さない! お前を! 絶対に! 許さない!」

「うるさいぞ」

 膝と膝の間に生首を無造作に置く。

「騒ぐと、落ちるぞ」

 生首は死んだ目で司令官を見上げる。

「さて、名前を聞こうか」

「あああぁぁぁぁぁ! あたしの! あたしのレグラス!」

「レグラスくんには悪いことをしたねえ。これ以上、悪いことをしたくないんだけども、あなたの態度次第ですよ……名前は?」

「あたしが! あたしが悪かった! あなたの生活を良くするためにこんな作戦に従事しなければ!」

「聞いていますかね?」

 女性は泣きながら意味不明なことを喚き続ける。

「グァース、尋問は無理だろう」

 ガルが首を振りながら言う。

 レグラスと呼ばれた生首を女性から取り上げる。

「レグラス! レグラス! レグラスぅぅぅ!」

 目隠しと猿轡をかませる。椅子の上で跳ね回る。

「グァース、あれ、どうするつもりだ」

「情報が得られないようなら、殺す」

「ケ……いや、グァース。お前……」

「ヴァーデンの敵は、殺す。そして敵にならぬように徹底的に潰す。それがグァースたる私の役目、だ」


 薄暗い戦場へ戻る。

 レグラスくんはぶん投げておいた。ディルファの養分たちは最終的に土地の養分となるだろう。

 薄闇の戦場に佇み、考える。

 近代戦において、5%の損耗が敗戦ライン。10%は大敗。14%を超えると記録的惨敗、20%を超えたら立て直しが出来ないとは言われている。

 グンダールとヴァーデンでの戦争においてその数字が該当するかどうかはわからないが、それでもこの二日で20%は削り取っただろう。前線に出ている兵士を食い散らかし、今日は司令官を拉致、並びに兵站の兵士を無力化。これでまだ戦闘を継続するというのなら、蛮族を通り越してバカだ。

 だが、バカはとんでもないことをやるかもしれない。

 例えばクラスメートを中心とする魔法戦士団を作って派遣されたらどうなる?

 ガルは戦場では魔法が使えないという。ルヴァートは我々を優秀な無敵の戦士だと言う。

 この矛盾するなにかが、引っかかる。

 願えばかかる魔法の世界で、戦場で魔法が飛んでこなかったのは事実だ。飛ばしたのは俺、だけ。

 この事実は、なんだ?

 そしてグンダールの軍勢としてのクラスメートと対峙したとき、俺はグァースとして振る舞えるのか?

 イインチョを、児島を、江藤を、殺すことができるのか。

 今の私なら、出来る、だろう。

 だが、もしそうなったら、俺は、俺でいられるのか?

 フィーラさんの笑顔を思い出す。

 イインチョのため息混じりの苦笑を思い出す。

 児島の馬鹿笑いを思い出す。

 江藤の豪快笑いを思い出す。


 答えの出ない問いは無駄だ。思考を打ち切り、自陣へ戻る。

 結局グンダール司令はぶつぶつと意味不明なことを言うだけになっている。

 心が、壊れた。そういうことなのだろう。

「わかった。私が処理する。兵は下げておけ」

 兵士たちは遠巻きにする。

 ディルファを召喚。

―主?

「ちゃんと啜れよ、ディルファ」

 縛られている司令官の首を一閃。

 ディルファは歓喜の声を上げ、魂を啜る。

 首を切り落とされたのに派手に血が吹き上がらないのは、ディルファが啜っているから、だろうか。

―美味だ。狂気に満たされている魂ほどうまいものはない

 十分啜ったところでディルファの召喚を解除。

 俺はディルファにとって美味いのだろうか。

「処理完了だ」

 転がった生首は、私を睨みつけていた。

「これでグンダールは対ヴァーデンの戦闘を維持できなくなると期待している。最低でも後方から新しい攻撃隊が派遣されるまでの時間を稼げるだろう」

 つまらなそうに生首を見る。

 ヴァーデンの魔族にとってグンダールの軍人をどのように扱っても問題視しないだろう。

 なぜならば、グァースはズィークの親友であり我らの英雄で、さらにグンダールはズィークを処刑しようとした絶対悪だからだ。

 ここにはヴァーデンだけではなくアルピナとフェーダからの兵もいる。彼らに(グァース)という存在はどう映るのだろう。

 しばらく考えて、答えを出す。私は、ヴァーデンの守護者(グァース)なのだ。

「ガル、アルピナ・フェーダ両軍の責任者と会見をしたい。できればリッザとも」

「何を、いきなり」

「細かい話は明日話す。端的に言うなら、先送りにするのはやめる、ということだ」


 夜、城への帰路は無言だった。考えをまとめる。

 アルピナ、フェーダ、リッザは人族の国。我々ヴァーデンは魔族の国。グンダールへの過度の圧力は人族への圧力にも見える。

 とはいえグンダールは軍事国家で戦闘意欲は旺盛だろう。その心を折るにはかなりの圧力が必要だ。

 へし折る前の圧力ですらアルピナ・フェーダはどう感じるか。

 今日のグンダール司令に対する扱いを、アルピナ・フェーダの両軍はどう感じるだろう。

 ガルもそういうことを考えてはいるだろう。

「グァースよ……お前は、その称号を受けて、今、幸せなのか?」

 ポツリとガルが漏らす。

「そうですね、幸せですよ。ヴァーデンの敵を倒す。これ以上の悦びはありません」

「そう、か」

「そう、ですよ」

 サムズアップ。表情が見えないのでハンドサインで伝えるしかない。見えていたら、どう感じたろうな、と思うことはある。

 あるいは見せないので、俺は救われているのかもしれない。

「三国のそれぞれの特徴を教えて欲しい」

「フェーダは獣人族が多い。政治に興味がない人が多いために中枢には獣人族はほとんどいないが、国民のメインは獣人族だ。

 アルピナもリッザも普通の人族の国だ。これら三国は封建制で温厚な政治体制だと思っている。グンダールだけが異質だ」

「なるほど……うまくいけばいいんだが……封建制ならば、なんとかなる、かな」

「グァース、何を企んでいる?」

「失礼な。ヴァーデンの平和しか考えていませんよ」

「フィーラの、ではないのかね?」

 しばらく考えて、答える。

「そうですね。私とフィーラさんの平和を考えていますよ。()()()


 城の中庭に着地。【変身】と【偽装】を解除。疲れが襲いかかってくる。

「ケイタ……お前、顔色悪いぞ」

「ガルのほうがよっぽど青いよ?」

 ニカっと笑う。サムズアップ。

「前から気になっていたんだがな、ケイタ」

 俺のボケを流すガル。

「なんでしょう?」

「その【変身】【偽装】はお前を削っている気がするんだ」

「鋭いね……どっちかっていうと【偽装】かな。【偽装】が有効だと、出せる力を一度【偽装】の数値に絞らされる感じがする。最終的には出るんだけど、ちょうど窒息させられている、そんな感じがすることがある」

「……そうか」

「【変身】はケイタではなくなるような気はする。でも何かをしたのはケイタではない、グァースなのだ、という精神的な余裕が生まれるんだよね」

 中庭にフィーラさんが来た。

「ただいま、フィーラさん」

「おかえり、ケイタさん」

「ほら、ガル、ルテリアさんが来てるよ」

 俺が指し示すと少し離れたところの柱の影にルテリアさんが立っているのが見える。手招きしている。

「あいつは何やっているんだ?」

 俺がガルを指差すと、ウンウンと頷くルテリアさん。

「さっさと来いって。なんか話があるんじゃないの?」

「こっちにくればいいのに」

 ガルはルテリアさんのところに行く。そうするとルテリアさんはガルと腕を組んで、肩に頭を載せて歩いていく。あっちは庭園の方だな……。

「デートだなあれは。ラブラブだなあ」

 フィーラさんはそれを聞いて、俺と手を繋ごうとする。

「ああ、ごめんなさい。すごく汚れているので」

 不思議なことに変身を解くと返り血などは全部綺麗に消えるのだが、掌だけは汚れたままなのだ。そういう謎な現象は必ず何かを意味している。今はそう確信している。

「じゃあ、お風呂ですか?」

「ん? ああ、そのつもり。では、おやすみなさい」

「はい、それでは」

 フィーラさんと別れて地下の大浴場へ向かう。

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