11 俺の周りの慈愛を救うため、俺は悪意を持って世界に立ち向かう
気がついたら、客間のベッドに横たわっていた。
あたりは暗い。
隣に、温もり。
フィーラさんがすうすうと寝息を立てている。
ガバっと起きる。服を確認。着ている。
フィーラさんもゆったりとした寝間着を着ている。
良かった。
「ケイタさん、寒いです」
フィーラさんが手を伸ばして、俺を呼ぶ。
「ごめんね」
微睡んでいるフィーラさんに布団を掛け、ベッドを抜ける。
「ケイタさぁん、どこですかー、ここにきてくださーい」
ポンポン、とベッドを叩く。まだ微睡んでいるようだ。
「はい、ケイタさんですよ」
フィーラさんの手を握る。
「あーケイタさんだー」
それで落ち着いたのか、またすうすうと寝息を立てる。
しばらく手を握って寝顔を見る。
落ち着いたのを確認して握っていた手を離す。
ソファへ移動。深く座る。
いつの間にか【偽装】は外れていた。
自分を解析する。
〈解析結果〉―拒否。ただし公開について現在審議中。
現時点において身体値の解析は拒否する。
状態が変わった。審議中とは、誰が審議しているのか。
身体能力
物理体力性能
潜在魔力性能
すべての値について非公開。
技能
―公開には権限が必要。現段階では限定公開。他者には * を公開。
【解析】
【移動】
【武神】
【変身】*
【偽装】*
ソファに深く沈み込みながら考える。神々からの下賜だという測定。ならば神々はなんの意図を持って俺にこんな不思議な身体値を与え、あるいは測定させないという強制を行っているのか。
意図的なスキルの隠蔽と公開。なんだこれは。
ディルファを振るっていたときの心情を思い出す。
あのときの俺は切り刻む歓びに啜る悦びに震えていた。
吸い取れ、蹂躙せよ。グンダールに我が姿を恐怖とともに刻み込め。
震える。叫びたくなる。
フィーラさんが寝ている。起こしてはならない。耐えろ。堪えろ。
左人差し指を曲げて、関節を噛む。痛みが意識を引き戻す。
少しずつ思い出してきた。結局の所意識を手放したが、手放していない。駆け寄ってきたガルに「大丈夫だ、貧血だ」とだけ答え立ち上がり、土埃を払った。
でもそれは意識の連続した俺だったのだろうか。それとも?
そのまま城まで戻り、風呂へ。
さっぱりした後フィーラさんを見つけて他愛もない会話。その後、そうだ。
「何もしませんから、一緒に寝ませんか?」
俺は、一体、何を。
何もしない、なんて嘘だった。後ろから抱きかかえ、緩やかな寝間着の胸元から右手を入れ、そっと可憐な胸に手を当てて……いや、それ以上していない。そこで落ちた。
……積極的なヘタレ。いや、それで良かった。助かった。
フィーラさんとそういう関係になるのなら、ちゃんとしなければならない。
自らの意思で人を殺したのだろう。あの人の笑顔のために殺したのだろう。
ストレスのはけ口に彼女を使おうとするなど、未熟の極み。
耐えろ、堪えろ、乗り越えろ。
ギリギリと指を噛む。
ソファで俯いていたら、左肩にそっと手が置かれる。噛んでいた手を降ろし、見上げる。
「……起きてたんですか? いつから?」
前にフィーラさんが立っていた。
「ついさっきです。隣にケイタさんがいなかったので」
「起こしてしまいましたか……すみません。さあ、寝ましょう。フィーラさんはベッドを使ってください。俺はここで寝ます」
「あら? 一緒にって誘ったのはケイタさんですよ?」
クスクスと笑うフィーラさん。
「一応、健全な青少年なので大好きな人と一緒に寝るのは色んな所が大惨事になってしまいます」
「そうなの?」
フィーラさんは俺の顔を両手で包み込むようにする。
近づく、顔。
目を閉じる。
おでこに、コツン。
びっくりして目を開ける。いたずらっぽく笑うフィーラさんが目の前にいた。
「うふふ。さっきのお返し。びっくりしたんですからね……さあ、寝ましょ?」
フィーラさんに手を引かれ、結局同じベッドで朝まで過ごすことになった。
翌朝。結局ヘタレの俺は何もせずにそのまま過ごした。そして、うん、年頃の男の子なら朝には『元気でーす』ってなっているのを見られる前に起きる事ができた。
さっさと着替えて、落ち着かせよう。大丈夫、そう、大丈夫だ。
シャツを脱いで上半身裸になったところで声を掛けられた
「ケイタさん、おはようございます」
「お、おはようございます」
振り返らず挨拶。背中に抱きつかれた。振り返っていたらそのまま抱きつかれていたということかこれは。
柔らかい何かが、背中に。ダイレクトな感触。
ちょっと大人しくなっていたのが元気に。いや、だからダメだってば。
振り返ってたら大変なものが大変な状態になって大変なところに大変なことをしでかすところだったかもしれない。危なかった。
「あのー、フィーラさん。背中に非常に嬉しい感触があるんですけども」
思い切って、聞いてみる。
「寝間着、着てます?」
「着てませーん。全裸でぇーす」
「……できればこうもう少しご配慮いただけるとありがたいのですが」
「どんな配慮ですかぁ?」
「いえ、そのですね。実は健全な青少年でありまして、こう女性に対していろいろな感情を抱えております。ですのでそういった面でのご配慮をいただけると大変助かります」
「イヤでーす」
「即答したよこのお嬢様」
「私だって、いろいろあるんですよぉ?」
フィーラさんの手が俺の胸の前で組まれている。そこにそっと手を重ねる。
「あっ……」
手が緩む。抜け出す。
「あー、ずるいですー」
フィーラさんらしくないアプローチ。少し距離を取り、視線は外しておく。
「……無理してますね、フィーラさん。大丈夫。俺は、大丈夫だから」
「……ケイタさんこそ、いつも無理してますよね」
飛びつかれた。首に両手を回された。頬を擦り寄せ俺の胸板にやわらかな胸。俺の左足に絡みつく両足。
硬直していた両手。抱きしめようとして、踏みとどまる。
フィーラさんの細い肩に手を置く。
「どうして、抱きしめてくれないのですか?」
「このままだと、多分、あなたが不幸になるから、です」
「それは、誰が決めることですか?」
不満げなフィーラさんの声が耳のそばでする。
抱きしめてしまいたい。だが、それは不誠実だ。
「少なくとも俺は、あなたを置いて先に行ってしまう。それだけは確実にわかっています。ただ、それだけが理由ではないのです」
フィーラさんを少しだけ引き剥がす。正面から顔を見る。
「もう少し、待ってもらえますか。多分、もう少しで、はっきりします」
潤んでいる瞳を見てしまった。
「泣かないでください。俺は、あなたをのことが大好きなんです。それは絶対です。でもだからこそ片付けなければならない問題があるのです」
泣いているフィーラさんをどうにか引き剥がし、客間を出る。
憂鬱な朝。泣かせたくはないが、とはいえ自分が抱えているいろいろな問題、最低でもこの身体値と測定の結果についての謎がどうにか落ち着かないことには、人としてここで生活できない。というか、俺は人なのか、という根源の疑問がある。
朝食を摂るために食堂へ移動。ガルはいなかったがルテリアさんがいた。
「おはようございます。昨夜は楽しかったですか?」
「何をもって楽しかったとするかは人それぞれかと思いますが、楽しかったですよ」
「うちはまだ子が小さいんですけど、孫が生まれるなら仲良く遊べますね」
「……孫が生まれるようなことはしてませんよ」
「嘘っ! も、もしかして、ケイタさん、その歳なのに役立たず? いいお薬ありますよ?」
「大丈夫です。いりません」
「え……じゃあ、もしかして……ガルはあげませんからね?」
「そっちの趣味もありません」
「も、もしかして私を狙っている?」
「ルテリアさんも素敵ですけども……お気遣いありがとうございます」
深々と頭を下げる。
「もう大丈夫です。あんな壊れ方はもうしません……ガルがいませんね」
「今日も戦場に行くそうです。昨日の後始末、だとか」
「……なるほど。では私も向かいましょう」
さっさと朝食を摂り、飛び出す。
「あ、ちょっと!」
ルテリアさんの制止を無視し、中庭へ移動。
【変身】【偽装】し飛行。
昨日とほぼ同じ位置で降りる。そこから走る。
もともと体育は苦手じゃなかった。だが、こっちに来てから、何かがおかしい。
考えたとおりに体が動くだけではなく、元の世界にいたときよりも遥かに体を動かすのが楽に感じる。おおよそ徒歩で1時間。ざっくり6キロほどある道を20分で走り切ったが、疲れた、とは思わない。
少し弾んだ息を整え、天幕へ向かう。
「グァース……お前、なぜここに」
ガルが俺を見て言う。サムズアップし、その後外を指差し、めった切りにするフォームを見せる。
「……駄目だ。お前が壊れる」
首を左右に振る。もう一度めった切りを見せ、サムズアップ。頷いてみせる。
「……言っても聞かない、と」
頷く。
「わかった。死ぬなよ、あと、壊れるなよ」
手を振り、天幕を出る。気合を入れるために左掌に右拳を叩き込む。
前線へ移動。今日もまだ睨み合っている。
今日はちょっと試してみようと思ったことをやる。イメージをまとめる。大規模な魔法は出来ないというが、本当だろうか。
「降雹・増強」
グンダールの前線に暗い雲が現れ、雹が降る。出来た。かなりパニックになっているから大きさもそこそこあるのだろう。増強したのは正解だった。
俺はそのまま飛び出し、途中でディルファを呼び出す。
―主よ、再びの闘争を
雹は止み前線を立て直そうとしていたグンダール軍。
そこへ昨日の悪夢を引き起こした恐怖の象徴、黒い兵士が飛び込む。
前線は崩壊。まともに機能しない。
ディルファで切り、吸い、蹂躙する。
―満腹だ、主よ
ディルファから溜まった力を放出。そしてまた蹂躙。
―素晴らしき哉我が主
ディルファが満足したかのように言う。
〈解析結果〉―成功
名称:黒き契約のディルファ
品質:伝説級ランクD++
特性:【吸魂】【血の契約―契約者:栗原慶太】
更に強化されている。戦線は完全崩壊。逃げた兵はいるかも知れないが、少なくともこの場に動いているものは俺以外、いない。
血と内臓と脳と脳漿に雹が混ざった泥を踏み、敵陣を見据える。まだ、人の気配がある。
敵陣へ向けて歩き始めた。