10 【変身】し【偽装】したもの
結局体力が戻るまで十日かかった。
その間にヴァーデンの戦線はガルグォインヴァーデンズィークの帰還という大きなイベントから押し返す傾向が見られた。
とはいえこの好転は一時的なものであり、いずれグンダールの軍勢に押しつぶされるという予想が立っていた。
「ガル、一つ手を考えた」
「はいはい」
このところ毎日どうにもならない作戦をガルに告げていたので今回も流される雰囲気だった。今回は何か書類を読んでいるところに声を掛けたので更に流す気満々といったところだ。
「今まで俺を温存することばかり考えていた。ここでリスクを取ろうと思う」
ガルの眉が釣り上がる。
「相手の準備が整うまで、相手の駐屯地で好き勝手暴れる→逃げる。というのを真面目に検討すべきではないかと思っている」
「命がけ、だぞ。そんな作戦を通したらフィーラに殺される」
「知られなければ問題はないだろう」
「お前の特徴ある身体値ではすぐ身元が割れて対策されるだろう。例えばクラスメートを配置するとか」
「ふふふふふ、身体値について考えていないとでも? なんと! 解決したのです!」
身体能力
筋力:50 *
瞬発:50 *
持久:50 *
精度:50 *
抵抗:50 *
思考:50 *
精神:50 *
物理体力性能
現在値:2500 *
上限値:2500 *
回復値:150 *
潜在魔力性能
現在値:6000 *
上限値:6000 *
回復値:300 *
技能
【秘匿】 *
「……ケイタ、この胡散臭い身体値一体どうしたんだ?」
「胡散臭いのは自覚してるんだけど、どうにもならないんだよねー。【偽装】って技能がいつの間にか追加されてて有効化するとこうなるみたい」
「そんな技能初めて聞いたぞ……そしてこの【秘匿】ってなんだこれは」
「ダミーだからか意味深なのが置かれてるだけで意味はないみたい」
ガルがじっと俺を見る。
しばらく考え込んでいる。
「世界で二番目にいい女を泣かせるような真似をしないなら、許可する」
「世界で二番目、ね。俺にとっては一番なんだけどなあ」
「評価は相対的だ」
ガルは書類に目を戻した。承諾、ってことだな。
「初陣だったな? 戦場では魔術の効きが悪い……ってお前潜在魔力性能が見えないんだったな……とりあえず追加の魔力消費が起こることがある。それを計算して魔術を使え」
「計算しろ、って言われても値がわからないからなあ」
「最初は無理に突っかからず戦場に渦巻く気を感じてくるだけでもいい。その気がおそらく魔術を阻害する……今日は私も出よう」
ガルは書類を机に置き、立ち上がる。
「王様が前線に行くの?」
「兵士が足りないからな」
ガルは他の兵と変わらない装備を身につけている。魔族だからといってなんかものすごい魔法のアイテムをポンポン作れるというわけでもないらしい。
俺は【変身】で装備を賄うことにするが、でもこれ防御力あるのかなあ……?
飛行で戦場までひとっ飛び。便利だよねこれ。
ただ戦場につくだいぶ手前でガルは降りる。
「ここから一時間歩く」
「なんで飛行で直接戦場に乗り込まないの?」
「落ちるからな。戦場の気は魔術を阻害する。精神通話も繋がりにくい。そういう場だ」
よくわからない。そもそも魔術というか魔法というか、そのあたりがよくわかっていないからなんだろうなあとぼんやり考える。
「……ケイタ」
「んー?」
考え事しているときに声を掛けられて間抜けな返事をしてしまった。
「フィーラのことをどう考えている?」
ガルの質問があまりに予想外で一旦思考停止。
「どう……とは?」
「そうだな。抱きたいと思っているか?」
ガルさん、それはどうにもストレートじゃありませんかねえ?
「娘の親にそれを答えろ、と?」
「そうだ。答えろ」
一緒に風呂に入ったことを思い出す。うん、素敵でドキドキするんだけど、じゃあ抱きしめてフィーラさんの中に入り込み、自分の欲望をぶちまけたいか、というとどうなんだろう。わからない。
「性的な対象かと言われると、どうだろう。フィーラさんは世界で一番いい女性だと思うよ。思うけど……うーん……こればかりはそんな状況になってみないとわからない。多分、俺自分に自信がないんだ。だから踏み込めない」
「……そうか」
ガルはそれだけ答えると黙り込んでしまう。
「え、それだけ?」
「娘の行く末を心配した父親の質問というやつだ。そろそろパートナーを持つべき歳でもあるし、な」
「なんか、ごめん。俺がはっきりしないのがいけないんだよね。フィーラさんのことは大好きですよ。それは言い切れる。でも、どうしたらいいのか、わからない」
俺は魔族ではないから彼女より確実に先に死ぬ。このことだけでも踏み込めないのに、更にこの世界の人間でもない。王族に繋がるフィーラさんのパートナーとしてぶっちぎりでふさわしくない。
「将来に起こるであろう悲劇を考えて今何もしないのは愚か者だろう」
ガルの言葉が俺に刺さる。かつて英語で習ったマーク・トゥエインの言葉を思い出す。
“Twenty years from now you will be more disappointed by the things you didn't do than by the ones you did do.”
20年後に、笑っているのは、俺ですか?
「娘を襲えとけしかける父親ってのもどうかと思うよ?」
「行かず後家のほうが問題だからな」
王と、得体の知れない装備の謎兵士、前線に到着。顔の部分がなんかツルンとした黒い卵のごっつい装備の謎兵士。魔族の人たちも怖いよね。
そして見える身体値の胡散臭さ。
「ガルグォインヴァーデンズィーク……そちらの方は?」
ビクビクしながら俺を指す。
「グァースだよ」
「グァース……ですか? グァース……なのに?」
そりゃあの身体値じゃそうなるよねえ。英雄っぽくないもの。
仕方ないなあ。ディルファを召喚して兵士に突きつけてみる。
「ひっ」
兵士は後ずさり、後ろにコケる。脅かしすぎた。ディルファを消し、サムズアップ。
表情が見えないやつにそんなことやられると怖い、とガルに死ぬほど怒られました、はい。
望めば叶う魔術は場にいる人の思考の影響を受ける。戦場でなければその場にいる人の思考はバラバラだが戦場においては死にたくない、という思考はどうしてもみな考える。
バラバラの思考はエネルギー方向がバラバラで、結果魔術をあまり阻害しないが、同じ方向を向いている思考のエネルギー、しかも死にたくないというエネルギーは魔術を阻害する。
戦場において攻撃ではなく支援の魔術が主に使われる。これは攻撃に比べれば支援は「死にたくない」から使うのでまだ効きがよいから、らしい。
そんなもんかね……?
まあ、今回は魔法には頼らずに突っ込んでみることにする。
「お前、行く気か?」
「行ってみないと、わからない。あと周りにいると巻き込むかもしれないから、一人で行く」
「何かあったら助けられないだろうそれじゃ!」
「大丈夫。助けてもらうことなど、ない」
戦闘に対する渇望。そんな思考が自分にあったことに驚くが、でも、馴染んでいる。
そう。私はケイタヴァーデングァース。伝説の勇者。
「グァース、いざ、推して参る」
まだ小競り合いも始まっていない、にらみ合いの段階。そこへ飛び出す黒い卵頭の謎の兵士。
一斉に敵味方の注目を浴びる。見られていることを意識して黒き契約のディルファを召喚。
時間の流れが引き伸ばされる感覚。
私に向かって矢が飛んでくるのが見える。
当たりそうな矢はディルファを振るって撃ち落とす。
双方からどよめきが上がる。姿勢を更に低くし、加速。
ディルファが低い共鳴音を鳴らす。魔力を、体力を吸わせろと、啼いている。
接敵。
ディルファを叩きつける。
バターにバターナイフを入れるように、板金鎧を切り裂く。
肺二つを一気に切り裂かれた兵士は、声もなく倒れた。
そのまま次の標的を探す。
犠牲者の体力を、魔力を吸い、ディルファは歓喜に震える。
―もっと寄越せ
「ふははは」
高笑いが漏れる。ディルファから歓喜の歌が聞こえる。
ディルファは切り取った断面から犠牲者の力を吸い込む。
腕を切られた兵士が、そのまま倒れる。
ディルファは兵士の魂を食らう。
―満腹だ
ディルファからの伝言。
「ほう? ではどうする?」
―ぶちまけろ
「応っ!」
私の気合に合わせ、刀身が光るディルファ。
「ふははははははは」
吸い取れ、蹂躙せよ。グンダールに我が姿を恐怖とともに刻み込め。
周囲に敵兵がいなくなった。返り血と、内臓と、脳漿とその他いろんなものに汚れた、黒い兵士。
ディルファを見る。
〈解析結果〉―成功
名称:黒き契約のディルファ
品質:伝説級ランクD-
特性:【吸魂】【血の契約―契約者:栗原慶太】
―今日のところは、ここまでにしよう、主よ
ディルファを戻し、戦場を後にした。
自陣に戻ると、ガルが私を出迎えてくれた。
「グァース……おまえ、大丈夫なのか?」
「それは何をもって大丈夫というかによるな。負傷はしていない、という意味ならば大丈夫だ。さあ、帰ろう」
「グァース!」
「大丈夫だ。私は、私、だ。あれもまた私、なのだよ。さあ、帰ろう」
戦場から離れる。
無言で1時間ほど歩いた。ここから飛行で戻る、その地点に来たときになんとなく変身を解く。
俺は、俺は……何を……?
両肩を抱きしめ、膝から落ちる。
苦しい。俺は、俺は。
うずくまる。
「ケイタ!」
「ガル……俺は……」
視界がぼやける。
意識を手放した。
2019/05/19 マーク・トゥエインの名言に引用符を追加しました。