【銀の魔女と黒き竜】「お前は追放だ」仲間に裏切られ、暴行された私が魔女に出会い復讐を果たす

作者: 筆折作家No.8

「おいクソ女。お前は追放だ」

「え、な、なんで」

「おめェみたいな役立たず、今まで仲間に置いてやっただけでも有難(ありがた)いと思え」

「そ、そんな!」


 その日。私たちの一団は村外れにある大きな杉の木の下でキャンプを張っていた。

 ()き火の(あか)りが残雪に私たちのシルエットを描き出す中、私の心は現在、芯の芯まで冷え切っている。


 揺らめく真っ赤な炎に照らされている仲間の表情が、さっきまで信頼しあっていると思い込んでいた彼らの顔が、何よりも恐ろしい魔物の(たぐい)に見える。


 目の前に立ちはだかる筋骨隆々の男に、私は泣いて(すが)りついた。


「どうしてですか、団長! 私、いつだってこのパーティに尽くしてきたじゃないですか! この間だって、あの大きな蜘蛛(くも)の魔物を倒したのは私の魔法ですよ!?」

「うるせぇよ、クソが!」

「ぉグぅッ──!?」


 獅子のタテガミのような金髪を振り乱しながら、男は私の下腹部を蹴った。

 突き刺すような衝撃と同時に、鈍い痛みが下半身全体から力を失わせる。


 私は痛みに耐えかねて、転ばされた先でうずくまった。


「アッ、ああっ……いだい、いだいよぉ」


 痛くて、苦しくて、悔しくて、恐ろしくて。


 雪と泥でぐちゃぐちゃに汚れた顔をいく筋もの涙が伝い、地面に黒ずみを作り出していく。

 たった一回蹴られただけで動けなくなるほど打たれ弱い自分の体が、本当に情けなく思う。


「ハハッ、得意な炎魔法で反撃してみろよ! もっとも、魔法力場を練り上げる余裕があるのなら、なァ!」

「グっ」


 団長が首の動きで合図をし、仲間の男の一人が私に触れる。

 次の瞬間、肩口の辺りにとてつもない衝撃を感じた。



「──ッ!!」



 一度、私の意識は寸断される。時間にしてほんの数秒だろうけど、確実に私は気を失っていた。

 手脚が(しび)れている。

 どうやら私はあの男に雷魔法を浴びせられたらしい。


「……ヵ……ハッ」


 呼吸ができない。電熱のせいか、私はうつ伏せに近い姿勢で痙攣(けいれん)したまま動けなくなっていた。


 団長が近づいて来る気配がする。彼は私の傍で屈み、短く切りそろえたばかりの私の赤髪を鷲掴みにする。

 そのまま毛髪を引っ張り上げられ、私は無理矢理に上体を起こされた。


「お前はよォ、広範囲魔法しか使えねぇ無能なんだよ。しかも人間様が相手じゃァ魔法発動の前に力場を散らされて攻撃すらできやしねェときた。俺様たちの稼業には向いてねェンだよ、クソ女」


 団長は吐き捨てるように呟くと、私の頭を地面に打ち捨てた。

 私の身体をブーツの先で転がして、後ろに控えていた三人の男たちに向かって笑いながら告げる。



「おいお前ら、この女に()()()()()やれ」



 刹那(せつな)

 かつて仲間だったモノがいやらしい笑みを浮かべて私に近づいてきた。

 彼らは寄って集って乱暴に服を掴み、()ぎ取ろうとする。


 必死に抵抗した。こんな奴らの慰み者になんて、なってたまるか。


 無我夢中だったからだろうか、大して練りもしないのにひとりでに魔法が発動した。

 私の身体から放射状に灼熱(しゃくねつ)を伴う風が噴き出す。


「熱ッ!?」


 男たちが声を上げ、飛び退く。

 その際、咄嗟(とっさ)に魔法で防いだのだろう、炎は彼らの髪の毛や衣服の端を焦がしただけでダメージにはなっていない。


 しかし、もしも彼らが私の炎をまともに食らっていたら……。

 制御の効かない私の魔法は森の木々に引火して、私自身も無事では済まなかったかもしれない。

 そう思うと、別の意味でゾッとした。


「……チッ、これだから無能だってんだよォ、テメェは!」


 団長が叫ぶのと同時に、周りの男たちも激高する。


 彼らは私を犯すことよりも暴力に訴える方向に切り替えたようで、殴る蹴るを執拗(しつよう)に繰り返してきた。

 私はうずくまって、必死に耐える。耐え続ける。


 ──ああ、私の人生ってなんだったのだろう。


 一緒になったのが、こんな奴らだったなんて。

 楽しくやっていけていると思っていたのに、追放され、暴行の標的にされるなんて。



 男たちの、おぞましい負の感情が襲いかかってくる。



 何度も、何度も、



   、何度も

   何回でも、いつまでも 、  、、



 ──刺すような地面の冷たさが、まだ春が遠いことを感じさせた。

 こんな時に情緒もなにも無いはずなのだけど、私は目の前の現実を見ていられなかったんだ。




 ***




 やがて焚き火が(くすぶ)り始めた頃。

 土と血液でどろどろに汚れた私は、それでも(かろ)うじて生きていた。

 暴行に次ぐ暴行で何度も意識が飛んだけれど、命の灯はたった一本の糸で繋ぎ止められた。


「ぁ……ッ」


 腫れあがった(まぶた)の奥、(かす)む視界で辺りを見る。

 奴らは……どうやらテントに引っ込んだらしい。

 仲間だった(モノ)を放置して、今はぐっすり夢の中というわけだ。憎らしい。


 私は、このまま目を閉じてしまおうかとも考えた。

 冬の夜の寒さの中に溶けて、さっさとこのくそったれな人生にさよならをしてしまおうと。


「逃げ、な……きゃ」


 どうしてか、そんな考えが脳を支配した。


 せっかく繋ぎ止めた命。

 風前の(ともしび)となった我が命を、このまま放りだすのは()()()()()()

 すっかり染みついてしまった貧乏根性が、ちっぽけな私の魂に(わず)かに価値を見出したのだ。


 冷たい地面を這うように、ゆっくり、ゆっくりとテントから距離を取る。

 泥だらけの地面の上を、木々の下に積もる残雪の上を、懸命に()い続ける。


 私の身体は、這えば這うほどに熱を奪われていく。

 だけど身体が冷えれば冷えるほどに心は熱を帯びていく。



 ──絶対に生き延びてやる。



 だんだんと眼が覚めてきた。

 と言っても左右の眼のことではない。私たち人間の額に備わる第三の瞳、【頭頂眼(とうちょうがん)】がだ。

 魔法力場の操作を司るこの器官が、かつてないほどに覚醒していく。


 今ならできるかもしれない。

 細かい調整が苦手な私でも、簡単な魔法くらいは。


 倒木にもたれかかりながら、左右の眼を閉じ、頭頂眼に意識を(そそ)ぐ。


「痛みを払い、傷を癒せ……痛みを払い、傷を──」


 私は狂ったように、何度も何度も同じ呪文を唱え続けた。

 唱える度にイメージが固まっていく。細胞が分裂し、傷を塞ぎ、再生していくイメージ。



「ぁ」


 瞼を開くと、そこにはまだ傷だらけの醜い体があった。

 治癒魔法なんて、やはり私には早すぎたか。だけど、少なくとも出血は止まった気がする。


「火を、焚かないと」


 私が考え無しに魔法を使ってしまえば、途端にこの辺りは大火事になってしまう。

 空気の乾燥したこの季節は、上手く調整しないと森ごと自分が黒焦げになってしまうのだ。


 本当に役立たず。

 森の中では唯一得意な炎魔法ですら使えぬ無能。



「ふ、ふふふふ」


 自分が情けなくて、笑えてしまう。

 ああでも、良いや。今の私は、頭のネジが何本か飛んでいる。


「炎よ」


 私が一声かけると、間もなく小さな火が生まれた。


 掌の中で揺れるロウソクほどにか弱い光。

 威力を絞る事ばかり考えていたら、こんなにも小さい。はは、やっぱり才能無いわ。


「でも、どうしてこんなに、暖かい」


 そよ風でも消えてしまいそうな灯を、覆いかぶさるように、抱きかかえるように体で包む。

 じわりじわりと体表が熱を帯びる。


 しかし同時に、とてつもない悲しみが襲い掛かってきた。

 惨めな自分が、力の無い自分が憎い。


「うう……ぐすッ、ち、くしょう……みんな、嫌い。私も、きらい……!」


 私はゆっくりと立ち上がり、涙を腕で拭って歩き始めた。

 見た目はボロボロだけど、回復魔法はちゃんと効いていたみたいだ。


 何とか歩けるだけの気力をもって、私は村へと急ぐ。

 あの場所なら、替えの衣服も、きっと食べ物だってあるはずだ。



────

──



 歩き出して数十分。ようやく村が見えてきた。


 雪下ろしを簡易にするための、角度を付けた三角屋根。

 丸太を組み合わせて建てられた、数多くのログハウス。

 (いた)る所に黒ずんだ染みの付着した、村人たちが夢の跡。


「なッ──!?」


 私は驚愕に目を見開いた。

 そこに広がる光景は、この世のものとは思えない程に美しく、そして凄惨(せいさん)だったのだ。


 雪の下から覗く住人たちの死骸、割れたガラス、血痕が壁一面にひろがる家々。

 本来なら春の訪れを祈祷し火をくべるはずの広場は、今は死体の山となっている。



 その山の頂に、銀色の長髪をなびかせた、黒い外套(がいとう)の女性が立ち尽くしていた。

 黄金の瞳に、白い肌。浮かび上がるように鮮烈な輝きを放つ深紅の頭頂眼。

 聞いたことがある。左右の瞳と額の瞳の色が異なる、旅の魔女がいると……。


「まさか、【銀の魔女】」


 私は無意識にその名を口ずさんでいた。



 黒い装束の彼女は長い銀髪を風に任せ、不敵に微笑(ほほえ)む。

 猫のように細くなった瞳孔を私に向け、真っ直ぐな視線で心ごと射貫いた。


「なんだ。俺のことを知ってるのか。……あはは、有名になったもんだ」


 なんだか男みたいな口調の魔女だった。


 彼女はふわりと宙に浮かび、ゆっくりと地面の上に降りてくる。


 ……風魔法?

 いや、身体を浮かせるほどの風ならば、死体の山が崩れてしまってもおかしくないはずだ。

 彼女は今、間違いなく、無音無風で空中を移動した。なんだあれは。


「つーかあんた寒くないのか。こんな季節にそんなボロを着て出歩いてさ。しかも傷だらけ。折角(せっかく)の綺麗な身体が台無しだ」

「さ、寒いですよ。だから私は服を取りに」


 私はそこまで言うと、ハッと口を(つぐ)む。


 彼女があまりに自然体で話しかけてくるものだから、ついつい普通に会話をしてしまったではないか。

 こんな状況で出会うなんて、尋常ではないというのに。


 私は一歩後退して、身構える。


 対人戦は苦手だ。

 貧弱な私の身体では体術でまともに敵うはずがないし、かといって魔法を練るには他人以上の時間がかかる。

 私の致命的な欠点だ。威力だけは一端だけど発動しなきゃ意味がない。


 だけどそうも言っていられない。

 でなければ私は目の前の魔女に殺されてしまう。

 せっかくあいつらから逃げて来れたのに、こんな訳もわからない中で死にたくはない。


「炎よ──」

「おおっと、もうその辺に魔晶は残ってねーよ。俺が散らしたからな。残念残念♪」

「なッ……」


 本当だ。頭頂眼から空間魔晶に接続が出来ない。

 干している最中のタオルに腕を押し当てたように、手ごたえがまるでない。


「ううー、さみぃ。とりあえずさ、どっか建物の中に入らないか? お前んちってどこだよ」

「えっと」


 どうやらこの魔女には敵意というものが無いらしい。

 てっきり殺されるとばかり思っていたけれど、上手くすれば乗り切ることが出来そうだ。


 私は辺りをきょろきょろと見回して、一軒の木造建築を指さした。

 この村一番のサイズを誇る、首長の家だ。


「へぇ、あんたの家ってデカいんだな」


 私は首を横に振る。


「私の家じゃなくて、村長、みたいな感じの人のだよ。この村では身寄りのない子供はあそこで育てられるんだ」

「ふぅん、なるほどね。孤児って奴か。それなら辻褄(つじつま)は合うか」

「……?」


 魔女は新設を踏みながら首長の家に向かって歩き始めた。

 私は無言で彼女の後に続く。



「お邪魔しまーす」

「……ただいま戻りました」


 家の中に入るなり魔女はすぐさま炎魔法で家中の明かりを(とも)した。

 さらに彼女がストーブの魔石に触れると、たちまち熱を発し、一気に家じゅうが暖かくなる。


 凄い。魔石の術式を作動させるのにたったひと撫でなんて。


「うわ。中も酷い荒れようだな。台所で使用人が死んでるし。こりゃ酷い」


 魔女はそう言いながらソファの(ほこり)を払い、腰を下ろした。

 私は二階のクローゼットから適当な衣服を見繕(みつくろ)うと、すぐに着替えて再びリビングの魔女の元へ降りて行った。


「お。やっぱあんた綺麗じゃん。髪を伸ばしたらもっと似合うと思うぞ」

「あ、ありがとうございます」

「欠けた前歯は後でどうにかするとして。とりあえずは……何があったのか、俺に教えてくれるか、お嬢さん?」



 ──私は彼女に事情を話した。



 最近、この村が盗賊に襲われたこと。

 私は森の中で仲間に追放され、酷い暴行を受けたこと。

 命からがら逃げだして、やっと辿り着いた村で魔女(あなた)と出会ったこと。


 今までの行動のうち、話せる部分は全て話した。

 ただ一点、知られては困る要素は伏せたまま。



 彼女はソファの上で腕を組み、真顔で私の話を聞いていた。

 やがて軽く頷いた彼女は、こちらへ振り向くなり白い歯を見せて笑った。


「俺の目的は、多分お前の元お仲間だ。案内してくれ。そいつらは今、どこにいる?」

「……案内します、銀の魔女さん」


 私は少し迷ったが、彼女を導くことにした。

 キャンプに戻るのは怖いけど、不思議と、この銀の魔女と一緒なら大丈夫だと思えたのだ。



────

──



 ニ十分後。私は空の上にいた。

 銀の魔女の背中にしがみつき、振り落とされまいと必死で風に耐える。


 当の魔女はというと、(くら)(またが)り、手綱(たづな)を握って、巨大な黒い生物を巧みに操っている。

 滑らかな質感の鱗に覆われた、一対の翼をもつ恐ろしきトカゲの怪物。

 すなわち、【ドラゴン】の背中に私たちは騎乗しているのだ。


「おーい、お嬢さん。方向は合ってるのかー? ……って、目を閉じてちゃ現在地が分かんねーだろ」


 振り向きざまにそう叫ぶ魔女に、私は半泣きになりながら叫び返す。


「だって、こんなのに乗るなんて聞いてないんですもん! 何なんですか、このドラゴンは!」

「名前はクロウだ」


 いや、そうじゃない。

 名前なんてどうでも良い。


「あっち、あっちです! ほら、一番大きな杉の木が見えるでしょ!」


 私は薄目を開けながら進行方向右手を指さした。

 森の中に一つ頭が抜きん出た感じで大きな針葉樹が顔を覗かせている。


「だってさ。──行くぞ、クロウ」


 魔女が手綱を思い切り引くと、ドラゴンは大きく旋回し、(つい)に大杉を真正面に捉えた。

 羽ばたきを止め、滑空状態になったドラゴンは、杉の木に向かって弾丸のように突っ込んでいく。


「きゃあああ!?」


 私の絶叫など意に介さず、ドラゴンは勢いのままに地面へと急着陸した。

 『墜落』と表現しても違和感のないくらいの勢いで。

 魔女が操る魔法力場のクッションが無ければ、私は振り落とされ、今頃は四肢を散乱させていたに違いない。


「ふー、到着っと」


 銀髪の彼女は見えない何かに支えられるかの如き緩慢(かんまん)な動きで空中を飛んだ。


 風魔法ではない。

 魔女(いわ)く、魔法を包む力場そのものを操作する秘術なのだとか。

 私もその『見えない腕』により、ドラゴンの背中から降ろされる。


「さぁてお嬢さん。(やっこ)さんたちの、お目覚めだぜ」


 魔女がテントの方へ視線をやった。

 ドラゴンによる着地の衝撃に驚いたのか、かつての仲間たちは鎧も何も身に付けずに天幕の外へと跳び出してくる。


「……!!」


 彼らの姿を視界に入れた瞬間、私は急な吐き気に襲われた。

 先刻のおぞましい光景がフラッシュバックして、精神の奥底までを(むしば)んて行く感覚がした。



 手足が震える。


  涙が(あふ)れてくる。


   視界が(ゆが)む。


    世界が回る。



「グッ……あいつら……あいつらぁぁああッ」


 気持ち悪さがピークに達した時、悲しみは怒りに、恐怖は憎悪へと変質した。


 殺してやりたい。

 殺してやりたい。

 私が、この手で、一人残らず……!



 ありとあらゆる負の感情で震える私の肩を、魔女はそっと指で触れ、優しく(ささや)きかけてくれた。


「まあまあ、落ち着けってお嬢さん。俺はあの団長に話があってここまで来たんだから」


 しかし次の刹那には彼女は声のトーンを落とし、無機質な調子で呼びかけた。



「なあおい金髪のおっさん。部下の後ろに隠れてないで、出て来いよ」


 すると仲間の身体を腕で押し退け、獅子のようにゴツイ体格の大男が前に歩み出てきた。

 彼はこのパーティーの団長。今日という日に私を棄てたクズ野郎。



「おめェがドラゴン使いの【銀の魔女】って奴か。で……俺様に何か用かい?」


 魔女は不敵に笑うと、さっと髪をかき上げる。

 相変わらず何を考えているか分からない彼女は、なんだか笑顔という名の仮面を付けているみたいだった。


「ああ。用件は単純だ。とてもシンプルさ。……復讐だよ」

「復讐だァ? 俺様たちとあんたは初対面のはずだが」

「そうだよ、俺とお前は初めて出会う。そして、今日でお別れするんだ」


 私の隣で、魔女はニヤリと笑った。


 「ヒッ……!!」


 その瞬間、私の背すじに悪寒が走る。

 首元に見えないナイフを突き立てられているような嫌な気分だ。

 これは殺気だろうか。

 魔女から発せられた、殺意の塊。


 どうしてだか、あいつらだけでなく私にも容赦なく浴びせられる、魔女の敵愾心。






「あの村の連中をよくも皆殺しにしてくれたなぁ──【金獅子の盗賊団】さん♪」







 ハッとした。



 ……私は彼女に、喋ってはいない。



 私のいたパーティーというのが実は()()()で、あの村の住民を殺戮(さつりく)したのが()()()だということなんて。


 教えて、いない、はずだ。


 なのに、どうして。



「俺はさ、エイヴィス共和国への渡りの拠点として、あの村の連中には随分(ずいぶん)世話になってたんだよ。国際手配されてる俺のことも、軍に黙っていてくれてたし。……それをあんたらが(なぶ)り殺しにしちまってさ。俺がせっせとあの村に蓄えてた宝石も金も、全部売り払ってくれちゃってさ。……ふふ、こりゃあ復讐されても仕方がないよなぁ?」



 魔女は団長と話しているはずで、最早(もはや)私の方なんて一切目もくれていない。

 だというのに、私が一瞬でも妙な動きをすれば、次の瞬間には首を刎ねられる予感がしていた。


 実際、その予感は正しいのだろう。

 私もまた、魔女の大事な存在を奪った簒奪者(さんだつしゃ)なのだから。

 彼女の復讐対象なのだから。


 思えば村で首長の家を『自分の家』と偽ったあの瞬間、私は既に詰んでいたのだ。




「く……ッ、きさまァあ」


 魔女のプレッシャーに、団長は抗う。

 彼だって盗賊団の長として、数年戦い続けてきた存在だ。

 王国軍の戦士だって、時には強力な魔闘士だって返り討ちにしてきた。


 その自負が彼を突き動かすのだろう。

 魔女に向かって、一歩、二歩と距離を詰めていく。


 拳に電撃を(まと)い、空気中に火花を散らしながら、腰を落として跳躍。

 魔女に肉薄する。



「死ねやぁあああ、クソ女がぁぁああ!」






 ぱん。





 (まばた)きを、しただけだった。私は、瞬きをしたんだ。


 そうしたら、既に戦闘は終わっていた。


 私が瞼で視界を途切れさせたその一瞬の間に、男たちは四肢を綺麗に切断され、今まさに大地へ崩れ落ちようとしている。



「──は?」



 何が起きたのか、全く理解できなかった。いや、理解したくなかった。

 銀の魔女は、既に常識の範疇(はんちゅう)を超えている。


 私は後ずさりをした。

 無意識に身体が動いていた。

 しかし、そこにあったドラゴンの尾に(つまず)いて、勢いのままに尻もちをつく。

 股の間に嫌な感触。生暖かいものが分泌されて、せっかく奪ったばかりの服を濡らしてしまう。


「あ……ッ、やめ……」


 私は地面を転がるようにして魔女に背を向けた。

 立ち上がろうにも足に力が入らない。

 もう、逃げることは許されない。


「なに、逃げようとしてるんだよお嬢さん」

「ヒィ!?」


 彼女の冷たい声に身を(すく)めた。

 なんてことだ。

 どうせ死んでしまうのなら、あの時、雪の中に溶け落ちてしまえば良かった。


「あのさー、俺、お嬢さんを殺したりはしないよ?」

「……ぇ」


 私は耳を疑った。

 恐る恐る彼女の方を(あお)ぎ見て、涙で揺らぐ視界の中に研ぎ澄まされたナイフの切っ先のように澄んだ姿を捉える。


「だから、殺さないって言ってんだよ。だってさ、」


 魔女は言った。


「お嬢さんは、盗賊団を抜けたんだろ? ……()()()()()()()()()()

「あ……ぁ──ッ」


 彼女はそう言い残し、私のすぐ(そば)を風のように歩き去っていく。

 私は空気を()むように口を開け閉めするだけで、何も言えず、去っていく魔女の後ろ姿すら見る事もできず、ただひたすらに虚空(こくう)を見つめていた。


「行くぞ、クロウ。もう用は済んだよ」


 彼女がドラゴンに跨る気配がした。

 大きな羽音の後、私の周囲を一陣の風が吹き抜ける。


「……ああ、そうそう。お嬢さん、そいつらはまだ生きてるから。四肢は切ったけど、炎魔法で傷を焼いて止血すればまだ助かるんじゃないかな。──それとも」




「そのまま焼き殺しても良いんだぜ? 憎いんだろ、そいつらが」




 頭上から、あの人の声が聞こえた。

 妙に心に響く、天使のような声だ。


 ……ああ。憎い、憎いとも。

 こいつらが。私を追放した、こいつらが、憎い。


 憎い、にくい、にくい、ニクイ。


 なんだ、僥倖(ぎょうこう)じゃないか。

 あの人は、私にチャンスをくれたんだ。

 私が復讐できるように、機会を設けてくれたんだ。


 銀の魔女。なんていい人なんだろう。


 ならば従おう。

 彼女の示してくれた道に。

 私は私の復讐を遂げよう。



「ぉ゛ぃ……クソ、ァま」

「やべでぐれ……俺だちを……たずげ──」


 私はゆっくりと深呼吸をして、魔法力場を練り上げる。

 幸いにも技に集中できる時間的余裕はたっぷりだ。威力を絞る事だって考えなくていい。


 ねえ、銀の魔女。おもいっきり、得意な炎をぶつけちゃってもいいんだよね。


              「おい、やめろ」


 このもりぜんぶをやきつくすくらいの、おおきなおおきなほのおで、


                      「やめ゛ろぉぉおお」


   このおとこたちをやきころしても、




 ふくしゅうをしても、いいよね。




「アあ゛あァァああ゛あア゛ァぁあああ!!」



 ありがとう。

 真っ赤な世界に包まれながら、私はほくそ笑んだ。