テーマパークに来たみたいだぜ 中
梅、おかか、ツナマヨ、昆布、定番の具材を詰め込んだちょいと歪なおにぎり。
唐揚げ、赤ウインナー、卵焼き、ポテトサラダにワンポイントのミニトマト。
「ご機嫌なお弁当だ」
好きなものを好きなように詰め込んだお弁当は宝石箱のように眩い。
他人様に自慢出来るほどの腕はないが、それでも精一杯頑張って作った自分だけのお弁当。
誰に恥じることもない。胸を張って誇れる出来だ。
「そして水筒。ふふ、入れちゃった。ジュース」
クラスの皆には内緒だぜ?
世界に一つだけのお弁当と水筒をスポーツバッグに放り込む。
中にはタオルなどの他に昨日買ったおやつも入っている。300円分だ。
「いやおかしいな。これだけはおかしい」
高校生にもなって300円縛りはどうなのよと言いたい。
安い駄菓子屋で買ったからそれなりに量は揃えられたよ?
でも仮にもお嬢様学校なんだからさあ。
学食のクオリティとかも半端ないし購買のラインナップもお高いのばっかだ。
だったら無制限に買わせてくれても良いじゃないの。
「折角の遠足だってのに」
ぶつくさ言いつつも頬は緩んでしまう。
やっぱり男の子だな俺。幾つになってもワクワクしちゃう。だって遠足だもん。
しっかりと施錠し、何時もより軽い足取りで学校に向かうと既に校内には複数台のバスが停まっていた。
「ご機嫌よう相馬様」
「見てくださいましこの晴れ渡ったお空!」
「ああ、絶好の遠足日和だな……しかしあそこのゾンビは?」
少し離れた場所で地面に座り込むハートちゃん。かなりお疲れのようだ。
「遠足には是が非でも参加したいからここ最近、相当無茶をしておられたようで」
ああ、芸能人だもんな。スケージュールの調整とか大変だったんだろう。
仕事とか詰め込みまくって今日一日、確保したってわけか。
「ふふふ、労わるのなら熱い口づけで頼むわ。勿論、下のお口にねェ!!」
過労死すれば良かったのに……。
談笑しているとチャイムが鳴り、集合するよう声がかかった。
教師陣も子供たちのはしゃぎようを分かってくれているのだろう。短い注意だけで済ませ皆をバスへと誘導した。
「あら相馬様、おねむですの?」
「……遠足が楽しみで昨日、眠れなかったものでな」
「まあお可愛いこと! そんなギャップを見せ付けてどうなさるおつもり?」
「ですわですわ! そのような愛らしさをお見せになって……これは合意と見てよろしいですわね?」
殺すぞ。
……まあ流石に寝込みを襲うような輩はおらんやろ。
俺は睡魔に身を任せ、目を閉じた。
「ん」
そうして眠りの海に沈んでどれだけの時間が経ったか。
バスの停止に伴う揺れで俺は目を覚ました。
ゆるゆると目を開ける……暗い? 見れば車内にはカーテンがかかっていた。
「……」
車内の様子を見渡す。一気に睡魔が吹き飛んだ。
俺のように眠る生徒は他にも居ただろう。
だが“全員”寝こけているってのは流石におかしい。眠らされた、そう見るべきだろう。
何のために? 行き先を悟られないためだ。
「やっぱり一番は相馬くんだったのね。先生と一緒に他の子を起こすの手伝ってくれる?」
「……はい」
多分、俺に眠りの術はかかっていない。弾かれたと思う。
だから異変に気付かぬまま爆睡かましてしまったのは俺自身の油断によるもの。
迂闊。あまりにも迂闊。油断し過ぎていた。これが命か貞操の危機なら即座に対応出来たのに。
不甲斐ない己を内心、罵倒しながら近くの席で眠る子たちを起こしていく。
……口を開けばアレだが、寝姿は実に楚々としてるなコイツら。
「皆さんおはようございます。ふふ、よく眠れたようで何よりだわ。さ、それじゃ楽しい遠足と洒落込みましょう」
先生に促されバスの外に出た瞬間、
≪怪異!?≫
おびただしい数の怪異が俺たちに襲い掛かって来た。
(この数の怪異がここまで近くに居て……結界か!? そうまでして俺たちに悟らせまいと!!)
数もそうだが質も、上等ってほどではないがそれなりだ。
他の皆も一対一なら問題なく対処出来るレベルだし、それなりの数なら複数でも問題はなかろう。
しかし、このレベルで視界いっぱいを埋め尽くす数をとなると至難の業だ。
いざとなれば教師が割って入るのだろうが、
(――――それが俺が動かない理由にはならん!!)
俺が引き抜くまでもなく影から飛び出した黒揚羽と紅揚羽を両手でキャッチし迷うことなく抜刀。
この時ばかりは刀に意思があるというのはありがたかった。
今から使う技のことを考えれば二刀であるのが望ましく、二刀を使うなら夫婦刀であるこの二振りが一番適しているからだ。
「我流・遍斬り」
螺旋の動きを意識し二刀を振るう。
瞬間、半径二百メートルに及ぶ斬撃の檻が形成された。。
見えないものを斬れるということは、斬るものを選べるということ。
人にもそれ以外にもこの斬撃が及ぶことはない。怪異のみが切り裂かれていく。
「ふぅ」
檻が消え怪異の帳が張れ周囲の景色が見えるようになった。
範囲外にはまだ無数の怪異が居るようだが、実力差を悟ったのだろう。
正攻法。力押しでは敵わぬと潮が引くように遠ざかっていく。
「あらあら、危なくなれば私たちが出張るつもりだったのに」
「ふふ、相馬くんに出番を取られてしまいましたね」
「ちょっと予定が狂いましたが……まあまあ、よしとしましょう」
うちの担任やよそのクラスの教師が微笑まし気に俺を見つめている。
「滅多なことではお抜きになられない相馬様が」
「相馬様の実力なら素手でも何なく切り抜けられたはず」
「にも関わらず抜いたのは」
「私たちを守るため!?」
「こ、これはもう……同意と見てよろしいのでは?」
よろしくねえよ。
桃色に染まりかけた空気を散らすべく、俺は口を開く。
「先生方にお聞きしたいのですがここは一体?」
鬱蒼とした木々が茂り空もロクに見えない深い森の中。
だが先ほどの怪異の群れからも分かるようにただの森ではない。噎せ返るような瘴気が満ちている。
「地獄ヶ原樹海よ」
「――――」
地獄ヶ原樹海……だと?
それは前世の日本じゃ青木ヶ原樹海と呼ばれていた霊峰富士の裾野に広がる現実を侵す異界の名だ。
青木ヶ原樹海も自殺の名所だの何だのでホラースポット扱いをされていたがこっちは“ガチ”だ。
凶悪な怪異が蔓延り、並の手合いでは浅い部分ですら命を落としかねない最低最悪の危険地帯。
え、嘘でしょ? ここ? ここで遠足すんの? おいおいおい、マジかお前。
幾ら武士道インストールされた頭おかしい世界だからってこんなとこ連れて来られちゃ子供ガン萎えだよ。
遠足ですよ遠足。こんな、
「何と! ここがあの!?」
「許可なき者は決して立ち入れない禁足地、地獄ヶ原!!」
「許可を取ること自体、かなり難しいとお聞きしていましたが……」
「流石は名門与謝野と言ったところですわね」
「まさか未成年の内にここへ来れるとは」
……。
≪テーマパークに来たみたいですわ! テンション上がりましてよ~≫
ダメだ。向こう一か月分ぐらいのやる気が底を尽いた。