テーマパークに来たみたいだぜ 前
「はぁ……」
「あら、元気がありませんわね。どうかなさったの?」
「私の贔屓にしている香水メーカーが出している刀が生産終了になりましたの……」
放課後。日直の仕事をこなしている俺の耳に何気ないお喋りが聞こえて来た。
俺と同じ価値観を持つ人間なら???ってなるだろう。
香水メーカーが出してる刀って何だよ……ってな。なので説明しよう。
日本に存在する企業の殆どは大小問わずどこも本業にプラスして刀を販売しているのだ。
――――OK。意味が分からないよな? ちゃんと説明する。
刀ってのは人の在り方を示すものだ。
つまるところ企業の理念を言葉よりも雄弁な刀を見せることで知ってもらおうってわけ。
新進気鋭の野心に満ちた経営者の会社とかは妖刀を出してたりするな。
敵どころか主すらも切り裂くような危うさと魅力をアピってるわけですね。うん、頭おかしいな。
何が酷いって最近、他国から進出して来た企業も郷に入っては郷にと言わんばかりに刀を売り始めてるんだよ。
良いから。そういう気遣いは良いから。確かに好感度は稼げるだろうけどなくても嫌いになるとかじゃないんだしさ。
(武士道汚染の深刻化について他国はもっと真剣に議論すべきだよ)
日誌を書き終え、一息。次は黒板の掃除だな。
「それは御気の毒に……しかし出会いは一期一会。また別の素晴らしいブランドに出会えましてよ」
「そうですわ。ほら、あそこなんてどうでしょう? お菓子メーカーの“明神”」
「確かに。あそこの歌亜硫は中々良くってよ」
「うーん、確かに何時までも凹んではいられませんし……新規開拓頑張ってみますわ」
「その意気でしてよ! 淑女はそうでなくっちゃ!」
刀なんてどれも変わらんやろ。二本あれば十分やん、なんて言うと大顰蹙だろうな。
俺は幼い頃に両親から与えられ鍛え直し続けているヤツ以外に欲しいと思ったことはない。
何かを斬る道具でそれ以上の意味は見出していないからだ。
ドロップしたり意図せず寝取ったのも影の中で眠ってるが自分から積極的に増やす気はさらさらない。
(まあこの辺の感覚は武士道云々は関係ないがな)
別の趣味趣向でもそうだ。
興味のない人間からすれば理解し難いと思う。
車とかも興味ない人間はカスタムとかする人間がよく分からないし複数台持ちも理解出来ないだろう。
「ところでお菓子と言えば、明日の遠足のお菓子はもうお買いになられまして?」
「いいえ。帰りがけに購入するつもりですわ」
「私も同じく」
「相馬様、相馬様はもうお菓子はお買いになられましたの?」
俺に話が飛んで来た。
「いやまだだ」
そう、明日は遠足なのだ。
小学校中学校なら分かるが高校でもってのは個人的には珍しいと思う。
遠足もそうだが時期もだ。今は四月下旬。ゴールデンウィーク二日前に遠足ってのは中々ないんじゃないかな。
先生曰く、遠足でテンションをブチ上げて連休を満喫するうためだとか。
目的地は現地に着くまでのお楽しみとのことだが、
(つまらんとこなんだろうなあ)
武士道関連を除けば普通のお嬢様学校だからな。
何かお堅いところに連れてかれるんだろう。レジャー的な期待は出来そうにない。
それでも遠足って言葉に少しワクワクしてしまうのは子供の性なのだろう。
「まあ、それでしたらご一緒に如何?」
「名案ですわね。是非、ご一緒しましょう」
「お菓子を買った後はラブホにGOですわ。女体という名の甘味を召し上がれ」
「どこぞの偉い人が仰ってましたものね。女は駄菓子であると」
「駄菓子みたいに食い散らかされてしまいますの!? テンション、ぶち上がりですわね!」
「……ラブホには行かんが買い物は付き合うよ」
ついでに明日だけではなく今日食べる分のおやつも買おう。
育ち盛りだからか腹が減ってしょうがねえんだ。
「おばあ様、お邪魔致しますわね」
「とりあえずきなこ棒を頂けますこと?」
「私はくじ引きをしたいのですが」
「相も変わらず与謝野の子は姦しいねえ。順番だ。一人ずつ注文しな」
向かった先は学校近くの駄菓子屋だ。
新しいものを取り入れつつも、古きを尊ぶ精神が根強い国だ。
それゆえこういう昔ながらの駄菓子屋も都内にだって結構残っているのだ。
「うん? へえ、あんたが与謝野に入学したって唯一の男児かい」
女性陣をひとしきり捌き終えたところでお婆ちゃんが俺に話かけて来た。
「名乗りが遅れて申し訳ない。相馬小次郎と申します」
「帯刀もしていないのに礼儀正しいじゃないか」
「刀を差さぬのは個人的な信条ゆえ」
「フン、ただの拗らせた傾奇者じゃあないってわけだ」
「んま! おばあ様失礼でしてよ! 相馬様をそのような浮薄な輩と一緒にするだなんて!!」
クラスメートたちの擁護の声を鼻で笑い飛ばしお婆ちゃんは言った。
「あたしゃ自分の目で見たものしか信じない性質なのさ」
「そうですか」
「淡白だね。まあ良い。確かに口だけの輩ではなさそうだ」
ニヒルに笑うやポイっとそれを放り投げた。
気が抜けていたせいで反射的に受け取ってしまったが……それは脇差だった。
お婆ちゃんの顔に浮かんでいたニヒルな笑顔に罅が入る。
「な、な、な……NTRやんけぇえええええええええええええええええええええええええええ!!!!!?」
何でどいつもこいつも似たようなリアクションするんだよ。
突然の絶叫に女の子たちがギョっとする。
「じ、爺さんの形見が……」
「いやそんなものを何で投げたんですか」
「ちょ、ちょっと実力を見せてもらおうと思っただけなのに……あ、あぁ……あぁあああああ!!」
クッソ、全然悪くないのに俺が悪いみたいじゃん!
「しかし、このそこはかとない興奮は一体……?」
うん、俺悪くねえわ。
「まあ良い。そこまで刀剣に愛されていると見抜けなかったあたしの落ち度だ。そいつはくれてやる」
大事にしてくれとお婆ちゃんは頭を下げる。
……また一本、無駄な刀が増えてしまった。
いや別に返却すれば良いんだけど、その場合俺に捨てられたってことで砕けちゃうからなぁ。
「……それより実力を見る、とは?」
単なる一騎打ちならそのまま斬りかかって来れば良い。
にも関わらず刀――それも脇差を渡したのならば別の試しということだろう。
「ん? ああ、あたしは副業で悪縁を断ち切る仕事をしててね」
「……そういう」
「斬れるんだろ? 目には見えないものでも」
「まあ、はい。それで何を斬ればよろしいので?」
「え!? そ、相馬様……他人のものとは言え刀をお抜きになられますの!?」
「不可抗力とは言え他人の刀を奪ってしまったからな」
「奪う?」
とりあえず菓子を選びたいのでさっさとしてくれとお婆ちゃんを促す。
「コイツさ」
≪ッ……何と、禍々しい≫
クラスメートたちが口を手で覆い顔を顰める。
お婆ちゃんが取り出したのは小さな仏像だが、目に見えて禍々しい空気を放っている。
「良くないものに魅入られちまったみたいでね。出来るかい?」
頷き、鞘から刃を抜く。
「我流・虚断」
小さく唱え、仏像に触れるか触れないかの空間を切り裂く。
瞬間、纏わりついていた瘴気が霧散し清浄な気が巡りは始めた。
「……一太刀でかい。剣士としてはあたしよりも高みに居るらしい」
お婆ちゃんが札束を取り出したので俺は手でそれを制し報酬は要らんと突っぱねる。
「そうはいかないよ。金貰って仕事請けてるんだから」
「こちらも御主人の形見を奪い取ってしまったわけですし」
「あたしが見誤っただけだろ」
「それなら今日の菓子代を全員分、無料にということでどうでしょう?」
「いや流石にそれじゃ釣り合いが……ああ、分かったよ。それを以って報酬としようじゃないか」
頑固な奴だとお婆ちゃんは笑う。
「あのー、先ほどから仰っている奪う、とは?」
「単に刀を借り受けただけでは?」
「未熟な子たちだね」
やれやれと肩を竦めつつ何が起きたかを説明すると、少女らはこれでもかと慄いた。
まあね。不可抗力でも刀を握られたら愛刀が奪われるんだもん。
そりゃ怖――――
「……ちょっとお待ちになって」
「……あなたも気付きまして?」
「……あら、あなたも?」
?
「つまりこれはNTRた愛刀と元主人である私がケツを並べて、というプレイも……?」
……。
≪んきゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!≫
人格改造みたいになるからやっちゃダメなんだろうけどさぁ。
(コイツらの煩悩、斬り捨てちゃダメかなぁ?)