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コラボの魔力

 散々ディスって来たので偶にはこの世界の日本の良いところも述べよう。


「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?!」」


 スーパーからの帰り道。

 ランドセルを背負った小学生男子が鬼気迫る表情で鍔迫り合いをしているのが日常な世界にも良いところはあるのだ。

 逆に考えて欲しい。まったく良いことがなければ俺だってこれまで生きては来られなかったよ。


「ただいま」


 誰も居ないがつい、声に出してしまうのは一人暮らしあるあるだと思う。

 アパートのドアを開けた瞬間、芳しい香りがこれでもかと鼻腔を擽った。

 飯がうめえんだ、この日本。いやマジでクオリティが半端ねえのよ。

 今部屋を満たしているのは炊き立ての米の香りだが、こりゃ別にお高いブランド米ってわけじゃねえ。


「これで五キロ二千円以下だもんなぁ」


 前世で言うところの五キロで五千六千円とかするブランド米がこの世界ではお手頃価格の米なのだ。

 となるともう、高級ブランド米とかはとんでもねえ美味さってことだわな。

 牛、豚、鶏も同じようなもんで醤油や味噌、塩なんかの調味料も米と同じようにクオリティがパない。

 三大欲求の一つがさしたる金をかけずとも十二分に満たされるのだ。そりゃ生きる気力も湧きますわな。


「んふふ」


 時刻は五時を少し過ぎたところ。夕飯にはちと早いが今日はそんな気分なのだ。

 あとは事前に仕込みをしていた鶏肉をカラっと揚げるだけでオカズは完成する。

 多めに仕込んだし冷めても美味しいからこないだのお返しにミスグリーンが帰って来たら差し入れしよう。


「っし」


 手洗いを済ませエプロンを装着し、さあ飯を作るぞと意気込んだところでインターホンが鳴った。

 こういう出鼻を挫くような来客って萎えるわぁ……。

 新聞とか訪問販売なら即座にドア閉めよう。そう心の中で決意しドアを開けると、


「……夕飯時でしたか? 申し訳ありません」

「いえ、お気になさらず」


 かっちりとスーツを着込んだ身なりの良い男。

 ただ、訪問販売とかそういう感じではなさそうだ。


「失礼。私、こういう者でして」


 差し出された名刺を確認すると彼はどうやら議員秘書らしい。

 何でそんなのが、と思ったが直ぐ理由に思い至る。


(……都議戦か)


 未成年のお前には関係なくねって? あるんだなこれが。

 成人年齢は法律で定められているが一廉の武士であると認められればその時点で成人として扱われる法律もあるのだ。

 そして幾度も国選仕置き人の役を引き受けている俺は法律上、成人として扱われている。

 だからこそ都議戦とも無関係ではいられない。いや別に投票権を行使しなくても良いんだがな。


 うん? 都議戦都議戦言ってるけど都議選の間違いだろって?

 馬鹿おめえここは蛮族国家だぞ。選挙戦は文字通り“戦”なんだよ。

 都議戦に限らず政治家を決める選挙はどれもそう。民意+武力で決まるのだ。

 選挙において有権者は投票者であると同時に支持者の兵隊でもある。

 立候補者は選挙当日に大将として支持者を率い他の候補とぶつかりその勝敗を以って決するわけだ。


 ――――それって民主主義なんですか……?


 色々言いたいことはあると思うがこの国はそういう国なのだと納得してくれ。

 まあ政治家としての求心力を測る意味で一定数以下の支持者だと参戦権を剥奪されるって制度もある。

 だから最低限の民意は反映される……されてるって言えるのかなぁ……? わっかんねえな。

 ともかくだ。そういうわけで選挙期間中はどこの陣営も戦力を集めるべく実力者に誘いをかけるわけだな。

 この秘書さんが来たのもそういう理由だろう。


「立ち話も何ですのでとりあえず中へどうぞ」

「すいません」


 無視は出来ない。

 意識高い系武士としてやってるわけだからな。(まつりごと)に無関心な姿勢を見せるわけにはいかない。

 意識高い系武士だからこそ普段の振る舞いが許されているのだ。

 そうでないと見做されればこれまで以上に喧嘩を売られる羽目になるからな。そんなのは御免だ。

 だから断るにしてもしっかり話を聞いた上で理屈をつけんと……。


「粗茶ですが」

「これはこれはご丁寧に」


 卓袱台を挟み、対峙する。

 正直かなり面倒臭い。早くご飯食べたい。でも我慢、我慢だ俺。


「生憎と俺は上京してまだ一ヵ月ちょっとの田舎者です。

正直な話、都会の暮らしに順応するのに精一杯でしてそちらの先生の名前すら知りません」


 これは本当だ。

 国会議員でさえニュースなんかで名前が挙がるのは極々一部だ。

 都議会議員ともなれば、なあ?

 長く住んでるとかなら地元の議員ぐらいは知っているだろうが俺は越して来たばかりだしな。

 うちの区から誰が出ているのかさえ知らん。


「それを踏まえて、丁寧に説明してくださると嬉しいです」


 そう告げると秘書さんは勿論、と笑い立候補者の名前を最初に告げその政策を語り始めた。


「まず最初に同性パートナーに対する保障の更なる充実」


 んぐ……!?

 意外と言うべきか、ある意味当然と言うべきかこの世界の日本におけるLGBTの受容度はかなり高い。

 「命を懸けて愛し合っている者を嗤うかァ!!」という武士道的観点と……与謝野雷鳥のお陰だな。

 うん? 与謝野雷鳥は女性の権利を求めた活動家だろって? まあそうだが別の見方をすれば分かり易いと思う。

 彼女はそれまで“当たり前”だとされていた常識にNOを叩き付けたのだ。それはLGBTにも通ずるものがある。

 現にそういう活動の黎明期に声を上げた代表的な活動家の一人は男性でありながら、


『与謝野雷鳥という偉大な先駆者が居てくれたからこそ声を上げる勇気を持てた』


 と発言していた。

 まあうん、LGBTが社会に受容されること自体は俺も良いことだと思うよ。

 でも……別の、別の問題……それも俺しか共有出来ない危惧があるのだ。

 受容度が高いってことは日本は同性愛者にとって住み易い国であるということ。

 つまりはだ。心の安寧を求め外国からの移住者が来易いということでもある。

 大多数は日本の武士道という概念に、


『配慮はするがそれを自分がっていうのはちょっと……』


 と思ってる。

 しかしドンドンその手の法整備が整っていけばどうだろう?

 今日の安らぎは武士道という価値観ありきのもの。武士道とは素晴らしい価値観なのでは?

 などとトチ狂ったことを考え出す輩が出て来てもおかしくはない。

 現に何時だったか社会問題を討論する番組でそういうことを語ってたのが居たし。

 武士道が自国民のみならず他国の人間にまで感染拡大していくというのは……お、恐ろしい……。

 ミスグリーンのような存在が少数派でなくなることを想像すると震えが止まらん。


「そして次に他国の文化をもっと積極的に取り入れる仕組みを作りたいとお考えです」

「……他国の文化?」

「相馬様はゲッシュという言葉をご存じですか?」


 ケルトやんけぇ!!

 禁忌を意味するアイルランド語でケルト神話に登場するまじないの一種だ。

 ざっくり説明すると何かを神と己に誓い、それを遵守すると多大な恩恵を受けるというもの。

 しかし美味い話というのはそうそうない。破った場合は大いなる破滅と災いが降り注ぐのがゲッシュというもの。

 ケルト神話の有名な英雄たちの死因が正にそれだ。


(武士道とのシナジーが高過ぎるッッ! 与謝野雷鳥も似たようなこと言ってたし!!)


 どう断ろうかを必死に考える俺なのであった。

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