あぁそうか、そうだったのか。法とは、裁きとは……
日本は法治国家である。
イカレタ道理が罷り通っているこの世界の日本であろうとも法治国家である(強弁)。
……まあ国際社会ではそう言い張ってるからそうだね(愛想笑い)されてる疑惑もあるがな。
話を戻そう。法治国家である以上、罪とそれを裁く法は当然の如く存在する。
――――刃傷沙汰が起きても犯罪にならない世界の犯罪って何だよ……。
人を殺めてもそれが武士道に則ったものか、舐められた結果のものであるなら咎められることはない。
しかしそうでない人殺しは普通に犯罪だ。
だが待って欲しい。武士道に則った殺しがOKならこれは武士道によるものと主張すれば罷り通るのでは?
もしくは「屍を積み上げ高みに至ることが我が武士道なり」なんて危険思想も許容されてしまうのか?
当然の疑問だと思う。だから答えよう。そう言い訳をする犯罪者は存在する。
だがそれに対するカウンターも当然、存在している。
それが今、俺の手に握られている書状だ。
「……公欠になるのはありがたいがどんな案件なのやら」
国選仕置き人選出のお知らせ。そう記されたこの書状こそが先に述べたカウンターだ。
ざっくり説明すると武士道だって言い張るんならお白洲の場で見事それを証明してみせい! って制度だ。
国が用意した仕置き人に勝てたら無罪で負けたら有罪という本当に法治国家を名乗って良いのか疑わしい制度である。
この仕置き人だが裁判員制度に近いものである日突然、この日時に裁判所に来て斬り合ってくださいと言われる。
ただ裁判員制度と違ってランダム要素は低く市井の実力者にしか届かない。
拒否権もあるが給金を貰えるので俺はなるべく受けるようにしている。
武士は食わねど高楊枝、なんて意地を張るつもりは毛頭ない。金は大事よ。
「楽なのだと良いんだが」
堂々と非道を犯してその正当性を謳う輩が相手だ。
性根は腐っていても犯罪のレベルが上がるにつれ実力は上がっていく。
小学校五年から仕置き人をやっているが重犯罪者は軒並み強かった。
じゃあ軽犯罪者や民事で訴えられた連中は絶対弱いかってーとそれもな。
基本的には雑魚ばっかだが時たまやたら強い小物も存在するのが面倒臭いところだ。
「相馬小次郎様で御座いますね。どうぞこちらへ」
東京地裁に入ると帯刀をしていないことで嫌な目を向けられるのは今更だ。ガンスルーし控室へ向かう。
控室では俺以外に三人の男女が居た。
……今回は四人。つまり上限いっぱいか。
犯罪者と目されてるような奴を対象とした制度だ。当然、受ける側が不利になっている。
その不利の一つが仕置き人の人数だ。対象者の実力によっては四人まで増え、連戦に勝たねばいけなくなる。
「おい坊主。お前さんぐらいの年頃なら傾奇者に憧れるのは分かるがよぅ」
「幾ら何でもこういう場で帯刀しないのはないんじゃない?」
「そうそう。早いところ刀出しておきなよ」
裁判所の中で武器持ってる方がおかしいやろ。
などという常識は通じない。この世界における非常識は俺なのだ。
「断る。赤の他人に俺の在り方をどうこう言われる道理はない」
「「「……」」」
こういうとこで険悪な空気になるのも慣れっこだ。
とは言え嫌なものは嫌なのだから迎合するつもりは毛頭ない。
(え、まさかここでやるつもり?)
何時ものパターンなら裁判終わった後で、となるはずだが全員が同時に刀に手をかけやがった。
おいおいおい、常識説くんならお務めを果たす前に私闘なんざやらかすんじゃないよ。
これまでもこういう事態がまったくなかったわけではないが……四人仕置き人が居る裁判では初めてだ。
「……ふぅ」
火が点いている以上、血を見なければ終わらない。
……今回の仕事は俺一人でやるしかねえな。嘆息し、拳を握りしめた。
「御待たせ致し……うぉ!? こ、これは……」
担当者が部屋に入るなりギョッとする。
そりゃそうだ。部屋中血の海なんだもの。
三人は仕置き人に選ばれるだけあって手強かった。綺麗に意識だけをとはいかんわな。
とは言えちゃんと生きているので安心して欲しい。
「ああ申し訳ない。決闘を挑まれたので返り討ちにしました。今回は俺だけでやらせてもらいます」
「分かりました。では早速今回の裁判についてご説明致しますがよろしいでしょうか?」
「はい」
「今回は離婚裁判になります」
……民事かよ。
民事で四人が出張るレベルとなると、今回はやたら強い小物が相手のようだ。
「原告は不貞による離婚と慰謝料を求めているのですが」
「旦那はそれを認めていないと」
「はい。『本気で愛したのならそれが世の道理に背くことであろうとも貫くのが俺の武士道である』と主張していまして」
ただの屑やん。
いやだって全員が納得の上でなら重婚出来る法律あったよな?
納得させられてねえからこうなってるわけだし……。
「『妻を納得させられないのは俺の力不足である。
しかしここで慰謝料を払い世の道理に屈せば士道に背くことになるので払えない』とのことで」
ただの屑やん。
ようは離婚はしても良いけど金は払いたくねえってことだろ?
むしろ愛云々ほざくんなら惚れて結婚した相手なんだから気前良く払ったれや。
「……とまあこんな感じですね。お疲れなら少し時間を伸ばせますが」
「気遣いは無用。むしろ身体が温まったぐらいです」
「そうですか。では参りましょう」
地裁にある決闘場に向かうと茶髪、グラサン、髭の如何にもなチャラ男が刀を片手に佇んでいた。
「おいおいおい、仕置き人はガキかよ? しかも痛々しい傾奇者被れの」
「黙れゴミ屑」
さっと手を突き出し切り捨てる。
言葉を遮られたチャラ男が苛立ちを露わにするが余裕は崩れない。
これなら楽勝だとでも思ったのだろう。
「裁判長。さっさと始めましょう」
「うむ。それでは武士道裁判――――開始ィ!!」
開始の合図と共に地を蹴る。
真正面から突っ込んで来た俺を嘲笑しチャラ男は刀を振り下ろすが、
「な!?」
するりと回避し手首を圧し折る。
堪らず刀を落としたチャラ男だが、まだ手は緩めない。
そのまま首元に手を伸ばし喉を握り潰す。
「ッ……!!」
恐怖に染まった表情で奴は後ろに大きく跳んだ。
勝てないと思ったのだろう。治癒の術を発動し喉を治そうとするが、
「!?!!」
「治癒殺し。大百足と殺し合った際に会得した業だ」
この決闘は死ぬか降参か意識を失うかでしか終わらない。
つまるところ、チャラ男に逃げ場はないってわけだ。
必死に何かを伝えようとする彼奴を無視し、意識を失わない程度に痛めつける。
そして、
「仕置き仕る」
治癒殺しで股間を文字通りに毟り取る。
血の泡を噴いてチャラ男は崩れ落ちた。
「――――此れにて一件落着ッッ!!!!」
裁判長の言葉と同時に花吹雪が舞う。
「ありがとうございます……ありがとうございます……!!」
「……次は良き殿方と縁を結んでください」
駆け寄って来た原告の女性が涙ながらに感謝の言葉を告げる。
俺は彼女を慰めつつ、心中で呟く。
(何てイカレた光景だ……)
法治国家とは……法とは……裁きとは……うごご……。