ハーレムものの主人公みてえだな! 後
俺は帯刀を拒んではいるが刀を抜かないわけではない。
殺したくないからなるべく安全な素手で戦っているだけ。
弱かった頃は刀に頼っていた。
まあなるべく使いたくないから強くなるにつれ武士道アップデートで表向きの抜かない理由をくっつけてったがな。
そして殺したくはないが死にたいというわけでもない。
死にたくない。殺したくない。言葉にしてみれば実にシンプルなそれが俺という人間の柱だ。
「相馬様がお抜きになられた!?」
「……愛様はそれだけの御仁ということですのね」
言葉と共に突き付けられた切っ先。
そこから放たれる重圧はかつて斬り捨てた大百足ほどではないが俺に命の危機を感じさせるものだ。
影から刀を取り出し、小さく息を吐き出す。
(最後に抜いたのは大百足とやり合った時以来か……)
メンテに出す時は触ってたがそれぐらいだ。
斬るための道具として使うのは数年来だというのに嫌になるぐらいに馴染む。
これだけじゃない。刀を握るとどれもそうだ。
『な……俺の黒揚羽が!? NTRやんけぇええええええええええええええええええええええええ!!!!?』
とは父の言だ。
父母とやり合った際に片腕を斬り飛ばしていざトドメって時に背後から母が迫ってたからな。
手数が足りねえと咄嗟に宙を舞う父の愛刀を手に取った際に言われた言葉だ。
血を分けた肉親であろうと普段使いのはともかく愛刀には滅多なことでは触らせないというのが常識だからな。
それゆえにそんな言葉が出たのかとその時は思ったが後々、病室で聞いたところもっと根が深かった。
『……え、何で刀差し出すの?』
『パパはもう黒揚羽の主じゃない。心が離れてしまったのだ』
俺のみならず母も驚いていた。それぞれ理由は違うけどな。
え、刀に意思とかあんの? いやファンタジーな世界観だしそれもありなのか? ってのが俺の理由。
母の場合は、
『あり得ないわ……自分の血肉を分けた刀が他の誰かに心を奪われるなんて……』
担い手が死ねばその場で砕け散るぐらいに一心同体。
愛刀とはそういうもののはずだ。なのに心変わりなんて、と母は驚いているのだ。
旦那の言葉であろうと信じられないようで、
『小次郎ちゃん。ママの紅揚羽を握ってくれる?』
『あ、おい馬鹿ヤメロ!!』
父の制止も聞かず半ば無理矢理俺に刀を握らせるや、
『あ、あ、あ……ママの紅揚羽が!? NTRやんけぇええええええええええええええええええええええええ!!!!?』
ギャグかよ。
俺の目からは特に何が変わったわけでもないのだが父母には違うらしい。
『かつてない絶望! しかし、このそこはかとない興奮は……?』
どうも俺はそういう体質らしい。
無条件にというわけではないが格の違う相手の刀なら寝取れてしまうらしい。薄い本の竿役みてえだな。
俺にその気がなくても向こうから合わせて来る。今握っているこれもそう。
親が俺の生まれ月の刀匠に依頼し鍛えたもので成長と共に鍛え直してるから十年以上の付き合いだ。
しかし俺からの扱いは……まあ、良くない。最低限手入れはしてるがそれだけだもん。
例えるなら生活費はしっかり家に入れてるが妻とロクに話もしない旦那みたいな感じ?
だってのにいざ握ればこの有様。最低な男に入れあげてる女みてえだな。
「……一応、聞く」
「よくってよ。何かしら?」
「何故挑む?」
「私は星になりたいの。誰よりも何よりも輝く皆が見上げる一番星に」
「それと俺に何の関係が?」
「この学園で一番、キラキラと輝いているのはあなただから」
この学園の誰もが仰ぎ見る俺という存在を超えねば羅武愛という女の一分が立たない。
だから真正面から切り伏せたいのだと真っ直ぐな瞳で奴は言い切った。
「……そうか」
「今度は私が聞いてもよろしくて?」
「答えられることなら」
「あなたが、相馬小次郎が抜いたということは私の首は“獲るに足る”ということで良いのよね?」
「思い上がりも甚だしい」
刀を抜く=殺すと受け取られても面倒だからな。
人間相手に刀を抜く場合はこう言うことにしている。
「まだ抜かせただけ。価値を示せるかどうかはお前次第だ」
「何て傲慢な……違うわね。あなたにはそう言えるだけの力があるのだもの」
クス、と愛は笑った。
やべえ可愛い。どうしよう。何だか興奮して来たぞ。
よくよく考えればテレビで見るアイドルが目の前に居るって凄くね!?
(一騎打ちのどさくさに紛れて乳の一つ二つ揉めんやろか……?)
刃を抜き、鞘を放り捨てる。
「! ろ、露骨な……そんな手には乗らなくってよ!?」
「言いたいなら言って良いぞ」
俺のフルネームは相馬小次郎。つまりは平将門に肖った名だ。
それでも小次郎って名前の男が鞘を捨てたら……ねえ?
父母とやり合った時もこれは……! とノリノリで言ってたもん。小次郎敗れたり、ってね。
単に鞘が邪魔だから捨てただけなんだがなと思ったっけな。
ただこれぐらいで喜んでくれるならとそれからは刀を抜く際は終わった後の好感度稼ぎも兼ねて意識して鞘を捨てるようになった。
「い、言わない! 言わないんだから!!」
誘惑を断ち切るように愛は叫んだ。
「何て自制心ですの!?」
「言ってますわ! 私なら絶対小次郎敗れたりって言いますわ!!」
サービスのつもりだったんだが……まあ良いや。
「じゃあ始めるか」
「……ええ」
だらりと自然体で佇み、真っすぐ愛を見やる。
どこからでもかかって来い。視線に乗せた言葉はしっかり届いたようで愛は即座に動いた。
「ほう」
斬りかかって来た愛を見て思わず声が漏れる。
アイドルって言うと見栄えを重視してか跳んだり跳ねたりでとかく派手な立ち回りをする奴が多い。
愛もテレビじゃそうだったんだが……目の前の愛は違う。
「偶像将軍決定戦の最後で見せた愛様のマジなスタイルですわ!!」
小さく速く鋭くそれでいて決して軽くはない。地道な鍛錬に裏打ちされた堅実な太刀筋。
俺は偶像将軍決定戦は見てなかったが……なるほど、愛の本気はこっちだったってわけか。
「やるな」
「涼しい顔で捌き切っておきながら……嫌味かしら!?」
切り上げると同時に愛は後ろに大きく跳んだ。
「……このままじゃその守りは突破出来そうにないわね」
「ならば諦めるか?」
「まさか! 今の私に出来る最高の一撃を以って守りごとその命を貫いてみせるわ!!」
一つ、二つ、三つ。
呼吸が終わると同時に愛の姿が掻き消えた。
「愛・絶死!!!!」
神速の踏み込みから最短ルートで放たれた突きはしかし……俺を貫くことはなかった。
「柄頭で……!?」
くるりと手首を返しなが刀身を打ち据え愛の得物を弾き飛ばす。
呆然とする愛と俺の視線が交わった。
「終わりだ」
大上段から袈裟懸けにバッサリ。
「あ、ちょっと逝ク♥」
鮮血が舞い、愛は倒れた。
こうして誰かを斬る度に俺は思うのだ。
(ホントの勝者はどっちなんだか)
誰とやってもそう。勝った気がしねえんだよなぁ……。