ハーレムものの主人公みてえだな! 前
親への孝行は美徳とされている。
ならば己の父母を斬った(殺してはいない)俺は親不孝者なのかと言われればそうではない。
これが金欲しさだったり道徳から外れる理由ゆえなら非難される。非難っつーか囲んで殺される。
しかし、己が武士道を通すために親を斬ったのならその行いは称賛されてしまう。
『士道を貫かんがため父母を斬った!? 素晴らしい、とても素晴らしい』
『親御さんも鼻が高いでしょうね』
『ええ、親すら斬り捨てられるほどに武士たらんとしているのだもの』
『とても良い教育をされたのね。うちの子は……どうかしら? 私、斬ってくれるかなぁ』
『まあ俺も正直、士道を否定されても親を斬れるかと言われたら躊躇うかもだし』
俺も、そして俺を育てた父母も周囲から絶賛されたよ。
俺が刀を差さないのも、殺さないのも、この狂った世界へのせめてもの抵抗。
ただそれをそのまま言っても理解されないからな。
『俺の刃を安売りするつもりはない』
とか、
『斬るなら、命を背負うのならば天上の星々にも劣らぬ輝きをこそ斬りたい』
みたいな意識高い系(この日本基準)の理由をでっちあげるしかなかった。
傲慢極まる物言いだ。実際そういう誹りも受けた。
しかし力を示し、己を通せば皆が認める信念になってしまう。
だから周囲は俺を意識高い系武士と見ているわけだが……正直、居た堪れない。
一度認めるとマジで素直にリスペクトして来るもんだから好意が刺さる刺さる。
それゆえ俺は小三の時、中学を卒業したら地元を離れようと決意したのだ。
表向きは、
『まだ見ぬ何かを』
みたいな理由で納得させた。親は大喜びだった。
幾らでも金を出す。行きたいとこに行けい! みたいなテンションだったけど……ねえ?
結局、嘘なわけだから俺としては後ろめたいわけだ。
なのでなるべく負担をかけぬようにと推薦を取ろうと勉学に励みまくった。
その結果俺は、
「相馬様。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう相馬様。今日も良い天気ですわね』
「相馬様! 良い葉が手に入りましたの。よろしければ放課後、お茶でも如何?」
都内でも屈指のお嬢様学校に入学することになった。
だって返還不要の奨学金で学費完全無料だし生活費の補助もしてくれるって言うから……。
や、正直下心もあったがね。今もそう、通学路で見目麗しいお嬢様がニコニコ挨拶をしてくれるのは気分良い。
ただ入学前ほど滾るものはない。
(この話を聞いた時はラッキーだと思ったんだがなぁ……)
女子高に男を放り込むんだ。そりゃ当然、目的があるわな。
入学式で百人斬り(無手)かました後に理事長(品のある淑女って感じの蛮族)が教えてくれたんだが、
『わが校の娘たちは無意識に殿方を下に見ている節がありますの』
とは言えだ。見下してしまうだけの能力はあるのでそれ自体は問題ない。
問題なのは停滞、硬直だと理事長は言った。
『現状に満足し判を押したような淑女が放流されていくだけでよろしくって?
否、それはあまりに意識が低過ぎましてよ。刺激が、凝り固まった空気を破壊する大いなる刺激が必要ですの』
その劇薬として用意されたのが俺ってわけだ。
何でも俺が通ってた小学校の教頭が理事長と同窓らしく俺の話を聞いていて目をつけていたんだとか。
そして実際、放り込まれるや俺は即座に波乱の渦を巻き起こした。
(……正直、お嬢様学校なら気性も穏やかなんじゃないかって思ってたんだが)
むしろその逆。俺が予想していた以上に帯刀していないことへの反発が大きかった。
けおけお鳴くお嬢様の群れは軽いホラーだったわ。
仕置き仕る! と気炎を吐いた教師と在校生百人を相手に入学式は決闘イベントに早変わり。
全員、キャン言わせたったわ。
……まあね、正直それだけなら別に問題なかったんだわ。
俺のワガママで常識に背く行いしてるわけだからさ。帯刀してないことにつっかかられるのはしゃーないなって。
問題は全員をぶっ倒した後だよ。勝ったからね。普通に認められたよ。認められたは良いんだが……。
『私の子宮が光って唸りましてよ!』
『相馬様のやや子を宿せと轟き叫んでいますわ!』
『光輝で神懸かりな子種をくださいまし!!』
……痴女は、好みじゃねえんだ。
正直、ビビったよね。まさか入学一週間で俺の盗撮写真が出回るとか誰が予想するよ。
『デッケエ逸物ですわ!』
『何て立派な太刀ですの!?』
『お待ちになって! これはお小水をしている場面の写真でしてよ?』
『つ、つまりいきり立っておられないということ? こ、このサイズで?』
『こ、こんなん太郎太刀ですわ!』
『熱田神宮に参拝に行かねばなりませんわね!!』
動物園かな?
見目麗しい令嬢が猿にしか見えなくなったよね、うん。
今もそう。挨拶をして来るお嬢様方の目にはギラついた性欲が宿ってるもん。
「時に相馬様。相馬様がお抜きになられないのは知っておりますが手入れはちゃんとしておりますの?」
「ちょっと失礼でしてよ。相馬様ほどの殿方が己が魂のお手入れを怠るわけないでしょう」
「は!? この女……手入れの話題にかこつけて良いところを紹介するとか言って相馬様とお近づきになられるおつもりでは?」
「カーッ! 何て卑しい女なのでしょう!」
「天誅ですわ! 天誅!!」
クッソ、ラノベのハーレム主人公みてえな状況なのになあ!
色々キッツイ生活してんだからさァ! 俺好みの女の子をダース単位で用意してくれや神仏ゥ!!
そうこうしていると学園に到着。門を潜り中に入ったわけだが……何か騒がしい? 何かあった?
「あ、あれは!!」
視線の先、校内に続く玄関前で一人の女が刀を地面に突き立て仁王立ちしていた。
艶やかな黒髪を風に泳がせながらその美少女は真っ直ぐ俺を見ていた。
右目の泣き黒子に何とも言えぬ色気を感じ、俺は目を細める。
「“心眼”の愛様……ッ」
「サプライズ入学なされた相馬様以前の下馬評では学園一の強者であろうと噂されていた!」
「三月に行われた偶像将軍の座を巡る戦いで傷を負い療養中とのころでしたが」
「ようやく傷が癒えましたのね」
羅武 愛。職業、偶像武士娘兼女子高生。
俺もその名は知っている。普通にテレビとか見てれば誰でも知ってる国民的アイドルだ。
でも何がひでえって芸名じゃないんだよな。本名なんだよ羅武愛。
まあ俺の名前もある意味では羅武愛をどうこう言えるもんじゃないがな。
あとさ、その二つ名凄まじい読みからついたらしいけど……。
(どう考えても俺と似たような理由にしか思えないんだが)
薄い本であるよな? 目にハート浮かべてるの。
正にアレ。リアルにアレ。薄い本だとエッチだけどリアルだと普通にこええな。
ってかアイドル様が俺に一体何の用なんだ? ……いや薄々予想はつくけど。
「右乳に気合!」
かっと目を見開いたラブハートが叫ぶ。
「左乳に根性!」
ざわ、と周囲がどよめく。
「子宮に度胸!」
……淑女、三原則。
この学園の淑女はかくあるべしという心構えだ。
これを唱えるということは……ねえ? もう、決まってる。
「――――私の全霊を以ってあなたに挑ませてもらうわ! 相馬小次郎さん!!」
…………おうちにかえりたい。