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テーマパークに来たみたいだぜ 後

(クッソ、油断してた!!)


 バスの中で爆睡こいてたことより致命的な油断だ。

 小学校の頃の遠足は普通に遠足だった。

 ちょっと遠くのでっかい公園に行って普通に遊んで普通にお弁当やお菓子を食べて帰って来た。

 中学では遠足はなく代わりに宿泊研修で、その内容は……まあアレだったがそれは良い。

 遠足ではなく宿泊研修という名目なら武士道という非常識に基づく何かをさせられてもしゃーないからな。

 だから今回は遠足という看板がかかっているから普通に遠足だと思ってた。


(お嬢様学校だからな)


 お堅い歴史資料館やら美術館とか見学して併設の公園でお弁当食べてみたいなつまらない感じの遠足だと思い込んでいた。

 物足りない、つまらないとは感じていても……まあまあそれはそれで? と期待してたのにこのザマだ。

 実際他のクラスメートたちのリアクションからしても俺の認識はそこまでズレてたわけじゃない。

 はしゃぎながら怪異をぶった斬ってはいるが、その前の段階では普通に驚いてたもん。

 けど、油断だ。俺は与謝野女学院というものを侮っていた。


(与謝野雷鳥の血縁が開いた学び舎だぞ?)


 新しい刺激をと男子生徒をぶっこむような判断をする学校だぞ?

 これぐらいはやって然るべきだと想定しておくべきだった。


「あらあら、相馬くんってばまだご機嫌ナナメなのね。からかわれたのがそんなに嫌だったの?」


 クスクスと笑いながら微笑ましいものを見るような目を向けるハートちゃん。

 コイツも何時もの三割増しでハート目をギラつかせながら怪異を切り伏せている。


「それもあるが俺は普通の遠足を期待してたんだよ」


 何が悲しくてどこまで地獄ヶ原の深奥に近づけるかなんてチャレンジをせにゃならんのだ。

 お前らはそれはそれでと楽しめるかもだろうが俺は萎え萎えなんだよ。


「……意外。大人びていると思ってたけど案外、子供っぽいところがあるのね」

「ですが愛様。可愛らしくて私はきゅんきゅんしてましてよ?」

「それはまあ、そうね。相馬くんってば本当にあざといんだから」


 キャッキャと囃し立てる女子たち。

 コイツら全員、ローションプールに突き落としてやりたい。


「相馬様の言い分も分かりましたがここはプラスに考えましょう」


 この状況で何をポジティブに捉えろと?


「悪名名高き地獄ヶ原。並の手合いでは中層に行くことすら覚束ないでしょう」


 だろうな。


「しかし相馬様ならば可能のはず。先へ進めば相馬様が己のために刃を抜くに足る強敵とも出会えるのではなくって?」


 ああ、そういう?

 表向きは求道者染みた武士道掲げてっから強敵と戦えるチャンスだと考えるのは自然なことだ。


「まあ、かつて俵藤太が倒した大百足とやり合った相馬様が満足出来るような怪異は稀でしょうが」

「え、相馬くんが倒したのって俵藤太が倒したのと同じ奴なの? 私は子供って聞いたんだけど」

「復活した大百足当人ではありませんの?」


 どうなの? と皆が一斉に俺を見るが俺に聞かれても困る。


「アレが何者なのかは俺も知らんしどうでもいい」


 そして、


「強敵に出会えると言ったな? 人間なら嬉しいが怪異なんて」

「……ビビってる、わけではないわよね。あなたのことだから」

「ここで腰が引けてしまうようなチキンな殿方が大百足と殺し合うはずありませんものね」

「怪異はそそりませんの?」

「そそらないというか」


 これは普段使っている建前は一切なしの純粋な本音だ。


「怪異なんてのは勝手に“行き合う”ものだろう」


 自らの意思で積極的に討伐しに行くようなものではない。

 見えない何かに導かれた結果、怪異に遭遇し戦いが始まる。


「大百足とやり合う以前にも幾度か怪異と殺し合ったことはあるが」


 大百足も含めて自らの意思でそこに出向いたわけではない。

 偶然だ。偶然、出くわしてやらざるを得ないから殺し合っただけ。


「三度の世界大戦だってそうだろう? 誰が望んだわけでもない」


 怪異。怪しく異なる人とは違う存在。

 こんな風に自ら出向いて殺しに行くのは危うい気がするんだよな。


「だって言い換えるならそれは“怪異”という存在を望んでいるようなものじゃないか」


 望まずとも勝手に出現し、迷惑をかけて来るのだ。

 そんな存在を“望んでしまう”というのはどうなんだ?

 連中は人よりもあやふやで不確かで、だからこそ世の理に近い存在だからな。

 人の思い、なんてものもダイレクトに伝わっている可能性がある。


「……怪異に餌を与え無闇矢鱈に招き寄せてしまう、と?」

「あくまで俺個人の意見だがな」


 実際、そういう統計があるなら世に広く知られているだろう。

 何せ大昔から怪異の研究はされてるんだ。俺程度が考えつくことなどとっくのとうに誰かが考えてるだろう。

 にも関わらずそういう説がないってことは杞憂なのだと思う。

 でも科学的に立証されていない迷信であろうとも、一度気付けば気になってしまうのが人間だ。

 例えばソシャゲでガチャを引く時、時間帯とか事前のルーティンとかをやってしまうだろ?

 別にそれで最高レアが引けるなんてデータはどこにもありはしないのに気分的にやってしまう。


「だから相馬様は怪異を積極的に斬りに行こうとは思っていませんのね」

「相馬様からすれば現状、厄を拾いに行っているようなものですものね」

「そうだな。まあ怪異そのものを敵と見ていないってのもあるがな」

「それはどういう?」

「怪異そのものに対する認識と言うべきか」


 人類にとって不都合な存在であるとは思っている。

 何せ世界規模で災いを引き起こすこともあるわけだがな。

 しかし敵かと言うとそれも……。


「俺にとって怪異は夏の夕立みたいなものなんだよ」


 それまで晴れ渡っていて雲一つなかった。当然、傘も持ち合わせちゃいない。

 そんな時、激しい夕立に見舞われたら鬱陶しく思うし忌々しく思うこともあるだろう。

 だが敵か? と問われたらそれは違う。

 怪異という存在が世の理に近しいからってのもあるだろう。俺からすれば怪異は自然現象のようなものなのだ。

 自ら会いに行くことはない、偶然襲い来るもの。


「不都合だし苦々しく思えども、じゃあそいつを倒してより高みへって言われると何か違うだろう?」

「そういうお考えだと確かに」

「とは言えこれを誰かに押し付けるつもりはないがな」


 役所で請けられる怪異の討伐依頼。

 あれは誰かが不都合を被っている証で、誰かがそれを請けたことで依頼主は不都合から逃れられるのだから。


「中々興味深いお話でした」

「先生」


 気付けば担任の相州先生が背後に立って居た。

 おい、尻に手を伸ばそうとするな。その首斬り落とされてえのか。


「今度、職員会議で議題に上げてみますね」

「何の根拠もない話なのですが……」

「それは承知していますとも。ただそういう考え方があり、尚且つ私自身なるほどと思わされたので」


 毎年、地獄ヶ原に遠足に行くのは自らを高めるため、そして楽しむため。

 しかし考え方によってはこの遠足そのものが不謹慎なものだと思う生徒も居る。


「少数だからと意見を聞き流すのが教師のやることでしょうか?」

「先生……」


 ちょっとジーンと来たじゃねえか。


「お、好感度上がりました? ちょっとそこの草むらにでもしけこみます?」

「先生……」


 尚、翌年の遠足から地獄ヶ原行きは中止され普通の遠足になるのだがこの時の俺は知る由もなかった。

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